23 引きこもり聖女はサボリを極める(6)
「そ……それは、なに……」
クロエは震えた声でクアラベルに尋ねた。
初めて見る形状の武器……いや、武器と言ってもいいのかすら分からない。
しかし、本能がそれを危険な物だと認識してる。
「こいつは魔道具の一種さね」
クアラベルは右手に持ったソレをクロエに向けた。
「そして私の相棒……名を『黒鉄』と言う」
「へ、へぇ……金色なのに、黒――」
バンッ!
「ひぃっ!」
クロエのすぐ側に、黒鉄から発射された弾が着弾した。
その着弾点には小さな穴が空き、プスプスと黒い煙が上がる。
「おぉっと、勝手な口を利くのは許しちゃいないよ?」
(あんなの……体に当たったら風穴が空いちゃうよ!)
クロエは立ち上がって逃げようとしたが、腰が抜けて思うように体に力が入らない。
「さて、一つお前に質問をしよう。『はい』もしくは……『やだ』で答えろ」
「え! 『いいえ』じゃなくて!?」
バンッ!
「ひゃぁっ!」
クロエのすぐ側に、二つ目の穴が空いた。
「私はさァ、可愛らしい女の子が『やだやだ』って駄々をこねる姿を見るのが何よりのご馳走なのさ……。分かるだろう?」
「分からないよ!」
バンッ!
「――痛ッ!!」
三発目の弾丸は、クロエの太もも辺りをかすめ通っていった。
法衣に裂け目が入り、その奥にある柔肌からは直線上に血がにじみ出てしまっている。
「言い忘れてたけど、私はそんなに上手くないんでねェ。今みたいに、うっかり当てちゃうこともあるのさ」
それが嘘であることは明白だった。
クアラベルは、狙ってクロエの脚を峰撃ちしたのだ。
もちろん一発目、二発目も同じ。
これは「次はない」という無言の警告だった。
「さぁ、話を戻そうか。私が言ったことに対して、お前は『はい』か『やだ』で答えるのだよ」
「……っ」
クロエは痛みに悶ながら、まっすぐクアラベルを見捉える。
「――私の、妹になりな」
「なっ……! (この人、正気!?)」
「『なっ』? そんな答え、選択肢にはないねェ――!」
クアラベルが黒鉄の銃口を、クロエの腹部に向けた……その時!
「――そこまでよ」
「誰だい!」
クアラベルは謎の声に戸惑い、引き金を引く手が止まった。
そして次の瞬間、本棚の陰から本が一冊、直線軌道を描いて飛んでくる!
バチン! それは見事にクアラベルの持つ黒鉄に当たり、床へと弾き落とした!
「思った以上に大変なことになってるわね」
「エリィ!」
クロエは思わず感嘆の声を上げた。
絶体絶命の状況で現れた彼女――エリシアは、クロエからすると救世主どころか神に見えていた。
「クロエ、大丈夫? 怪我は……あるじゃない!?」
クロエの脚から流れる血を見て、焦るエリシア。
だがすぐに冷静さを取り戻し、傷口に手を合わせて『ヒール』と唱えた。
するとみるみるうちにクロエの受けた傷がふさがっていき、同時に痛みも引いていった。
「ありがとう、おかげで勇気も湧いてきたよ!」
勢いよく立ち上がり、ニッと笑って見せるクロエ。
「おかしいわね。私の治癒魔法にそんな効果はないはずだけど」
「フィーリングだよフィーリングぅ。やっぱり真面目すぎるなぁ、エリィは」
「どうでもいいけどクロエ、戦う準備はいい? 向こうはもうやる気みたいよ」
見ると、すでにクアラベルが黒鉄を拾い直しており、再びクロエ達の前に近づいてきていた。
「――もちろん出来てるよ」
クロエは視線をクアラベルの顔に合わせた。
やっぱり勇気が湧いたのは気のせいじゃない。
あんなに怖かったクアラベルが、今は全然怖くないのだ。
「まったく、とんだ邪魔が入ってくれたよ」
クアラベルは銃口をクロエの眉間に向ける。
そしてまた、同じ質問……いや、命令を繰り返した。
「私の妹になれェッ!」
「やだッ!」
バンッ!
耳をつんざく四発目の銃声。
しかし弾丸は、クロエの手の平から放たれた紫色の球体――闇弾に取り込まれるようにして消えた。
クロエにとって「やだ」は単なる否定の言葉ではないのだ。
「なに、魔法か……!?」
クアラベルはとっさに身を逸らし、飛んできた闇弾を回避する。
「今のも見たことない魔法だねェ。さらに気に入った!」
「おっと、そんな余裕かましてる場合かな?」
「なんだって? …………!?」
気持ちが高ぶっていたせいで、クアラベルは気づくのが遅れた。まだクロエの攻撃が終わっていないことに!
しかし、気づいた時にはすでに手遅れ。クロエは闇弾の軌道を後ろに戻し、クアラベルの背中に直撃させた。
「うぐぁっ! なんだ、この痛みは……!」
じっくり、じわじわと蝕まれていくようなダメージがクアラベルを襲う。
「痛むのかい? だったら治療してあげるよ――《глам》!」
拷問魔法『《глам》』。
相手を倒すと言うより、痛めつけるのが目的の魔法である。
「――ッ! んぐぅぅぅぅうう!!」
かつてないほどの痛みに、クアラベルは苦悶の声を上げる。
「「姐さん!」」
それは部下達も初めて見る姿だった。
デイスとマイスが思わず駆け寄る。
「アンタ、何やったんデス!?」
「何って、そりゃ治療だよ。さっき言ったでしょ?」
「治療? ……全くの逆だと思いマス!」
「いや……ソイツの言うことは嘘じゃないさァ」
表情に苦痛さを残しながらも、クアラベルが立ち上がった。
「姐さん! 大丈夫なんデスか!?」
「あぁ。どういうわけか痛みが消え去ってるのさ」
黒鉄を構えるクアラベル。
その銃口は、クロエの心臓を寸分違わず捉えていた。
「どういうつもりか知らないけど、私を治したことを後悔させてやるよッ!」
「……ふぅん。やれるもんならやってみなよ」
「なっ――!」
次の瞬間、クアラベルの視界は闇に染まった。
ただひたすら闇だけが広がる世界に、クアラベルは立たされていたのだ。
「な……なんだいここは!」
クアラベルはデタラメに黒鉄の弾丸を乱射した。
しかし、弾丸がどこかに着弾することはなく、無音のうちに闇の中に溶けて消える。
『無駄だよ。ここは外とは遮断された世界なんだ』
クロエの声がした。姿はない。
「どこだい!」とクアラベルが声を荒げたが、クロエは関係なく話を進める。
『いやぁ、これは初めて使う魔法だからさ。ちょっと時間稼ぎさせてもらったよ』
「お前、私に何をした……?」
『あ、やっぱり気になる? ……しょうがないなぁ、じゃあ特別に教えてあげるよ。どうせここでの記憶は忘れるしね』
「これは――!?」
瞬間、クアラベルの脳内に謎の言葉が浮かび上がってきた。
――中級幻惑術、序列の五十二番《йаган》。目障りな対象を懲らしたくば、この術を詠唱せよ。さすれば対象は、直ちに悪夢の中に追い込まれるであろう。闇は、そなたの味方だ――
「まさかこれは……闇魔法?」
『そ、正解。ボクがこの闇魔法で、キミに悪夢を見せているんだ』
「なるほど……あの分身も、紫色の球も、謎の痛みも……全部闇魔法の仕業ってわけかい」
『大正解! けど、分かった所で全部忘れちゃうんだけどね』
「だったら教えてくれないか。お前、どうやってそんな危ない力を手にしたんだい」
『話せば長くなるよ』
「構わないさ。聞かせてくれ」
『……それは無理だよ。そろそろ時間だからね』
その言葉を最後に、闇に閉ざされた世界が崩壊を始めた。
視界が真っ白い光で覆い尽くされていき、思わずクアラベルは目を強く閉じた。
「おはよう、頭領さん。いい夢は見れたかな?」
クロエがクアラべルの顔を覗き込む。
クアラベルの手足は、柱に縄で縛り付けられていた。
「お前、可愛い顔してエゲツない真似してくれたねェ……」




