18 引きこもり聖女はサボリを極める(1)
礼拝の儀式、当日の朝。
この日、クロエを引っ張り出すために書物庫へ向かっていたのは、エリシアではなくライナだった。
駄々っ子の相手をするのもシスターの役目。そんなことをエリシアに言われ、渋々引き受けることになったのだ。
だがライナにとって、書物庫は苦い思い出しかない場所。
そこへ向かう足取りは当然重く、憂鬱な気分でしかなかった。
しかもクロエに会うとなれば尚更だった。
尚更だった、はずだった。
「――――承知しました」
「へっ…………?」
クロエは書物庫に入った瞬間に見つけた。
しかも駄々もこねずに、ライナの命令に従った。
その意外な反応に、ライナは唖然となった。
(おかしいですわね……もっと抵抗してくると思いましたのに)
エリシアが言うには、書物庫に入ったらまずかくれんぼが始まるとのこと。
どうしてもサボりたいクロエが、身を隠してやり過ごそうとするからだ。
だが実際はこの通り、書物庫に入ってすぐの所に立っていた。
――見つからない時は『追い出されてもいいの』とでも言いなさい。そしたら向こうから勝手に出てくるわ。
――そしてクロエを見つけたら本番よ。力づくでも何でもいいから、とにかく外に連れ出しなさい。
――あと、決してクロエの言葉に耳を貸しちゃ駄目よ。
などという、エリシアからの助言も無駄になってしまった。
それに加え、口調もなんだか変だ。ライナの記憶にあるクロエ像は、家政婦みたいに「承知しました」なんて言わない。
(……まあいいですわ。楽なことに越したことはありませんし)
ライナは違和感に目をつむることにし、外に出るよう命じた。
それに対してクロエはまたも「承知しました」と答えた。
そして書物庫からは、人の姿が消えた。
……………………。
いや、まだ一人。
ライナとクロエが去った数分後、本棚の陰から人影がぴょこっと現れる。
「よぅし、出だしは順調だね」
それはクロエだった。
こっそり抜け出して帰ってきたわけではない。
このクロエは、ライナが来るよりずっと前から身を潜めていた。
言うなれば彼女は、本物のクロエだ。
そして今ライナと一緒に歩いているのが、クロエの偽者。
幻影魔法『《корёг》』によって影から創られた分身である。
クロエは一度失敗した替え玉作戦を、三ヶ月という月日を置いて再度挑戦しようというのだ。
当然、同じ轍は踏まない。
前回は分身があまりに精巧すぎて、クロエ本体の自堕落な性格まで模倣してしまい、替え玉にしようにも言うことを聞かなかった。
しかしそこは、洗脳魔法『《ихяя》』を施すことにより、愚直なまでに素直な操り人形のようになったことで解決した!
……と言いたいところだが、実際に出来上がった分身は感情が死んでおり、しかも言葉も「承知しました」としか発さない。
でも一応は命令を聞くようになったし、肝心の『聖歌』も歌えるようにはしている。
――だから、まあいいかな。
クロエはこれで妥協することにし、分身を替え玉として送り出した。
もちろん違和感は無いほうがいい。しかし礼拝の儀式におけるクロエの出番なんて、聖歌を歌うだけだから10分にも満たないくらいだ。準備も含めれば一時間弱ほど。
なので偽者だとバレる前に事は終わる。問題なし!
というわけで分身が帰ってくるまでの間、クロエは闇魔法の実験でもして時間をつぶすことにした。
昨日やったように、ランダムなページを開いてそこに載っている魔法をやってみる、という方法で。
早速クロエは目を閉じ、魔導書を適当にパラパラとめくる。
そうして開かれたのは、52ページ目――これもまた、未だに試していない魔法だった。
「中級幻惑術、序列の五十二番――――…………なるほどなるほど、こりゃまた恐ろしい魔法だぁ」
◆ ◆ ◆
「ところで知ってるデスか? ロージア大聖堂の歌姫……確か名前はクロエって奴なんデスけど」
「あー、なんとなくは知ってマス。すっごく綺麗な歌声を持ってマス」
「じゃあこうは思わないデスか? ソイツの歌声は『金』を生むはずデス! ……って」
「思いマス思いマス! ……ってまさか、ソイツを攫おうって話でございマスか!?」
「そのまさかデス! ソイツを攫えば大儲け出来るデス! なははははは!」
「…………それは妄想の話かい?」
「あっ、姐さん! 大丈夫デス、ちゃんと策はあるデス」
「……ほぉう、『礼拝の儀式』を狙うのかい。アンタにしちゃあ、いいこと思いついたねェ」
「やったデス、褒められちゃったデス」
「けど、まだまだ詰めが甘いねェ。アタシならここでこの手を打つねェ……」
「うわ、さすが姐さんデス! 考えることが一々汚ェーデス!」
「……あとでお仕置き」
「ひぃぃいい! そ、それだけは勘弁デス!」
「はぁ、まったく……。言っていいことと悪いことがあるよ」
姐さんと呼ばれた一際背の高い彼女は、部下の口の悪さを嘆き、深い溜め息をついた。
――お前達は一応、年頃の女の子なんだからさぁ……。
とある女盗賊団での一幕であった。
なお、一番口が悪いのは言うまでもなく姐さんである。
今回の『礼拝の儀式』は、水面下で色々な思惑が交差しているようだ――。
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