13 血染の月(3)
「今度はいったい、どのような言伝があったのですか?」
ユノがエリシアに尋ねる。
「またゾンビが現れたらしいわ」
「なーんだ、ゾンビかぁ。そんなのまたボクが倒してあげるよ」
と豪語するクロエだったが、しかし。
「……なんだか、団体様でいらっしゃったらしいわ」
「団体? 一体だけじゃなくて?」
「ええ。あの様子だと、二桁はいると考えた方がいいわ」
「ふ、二桁……!?」
エリシアからの追加情報に、クロエは絶句する。
「二桁って、10……とか?」
「99というのも有り得るわよ」
「えぇぇ……」
ゾンビと言えば、増殖能力が付き物だ。単体では大したことなくとも、集団で襲われればデンジャラスであることこの上なし。夢か幻か、本当の恐怖はここからだった。
「でも、ここにいれば安全だよね?」
クロエがそう言った次の瞬間、書物庫全体が何かの衝撃で揺れた。
さらにはドンッ、ドンッ、ドンッ、と壁を叩く音も聞こえ始める。
「――ッ!」
三人は身構える。
こんな話をした後だ。
壁の向こうにいるのは、ゾンビの集団に違いない。
しかし書物庫には天窓以外の窓がないので、それを確かめる術はない。
天窓から頭を出して確かめようにも、ハシゴがない。
もしハシゴがあったとしても、三人揃って高所恐怖症なため登る勇気がない。
そんな「ないない」尽くしの中、クロエが叫んだ。
「倒さないと!」
「……クロエ、何か策はあるの?」
緊張感に満ちた声で、エリシアは尋ねる。
「うん。今まで一度も使ったこと無い魔法だけど、今は何かいける気がするんだ」
「そう。だったら貴女にお願いするわ」
快くゴーサインを出すエリシア。
だが、それに待ったをかけたのが、意外と慎重派のユノだった。
「待ってください、まだ向こうにいるのがゾンビと決まったわけではないですよ!?」
もしかしたらパニックに陥った市民かも知れない。可能性としては僅かだが、ユノはそれを危惧していた。
「大丈夫だよ、絶対ゾンビだって!」
クロエがユノを諭す。
こうしている間にも壁を叩く音は強くなっており、さらには「ウガー」という鳴き声のような物も聞こえてきていた。
もはやゾンビで間違いあるまい。が、慎重なユノは自分の目で確かめないと気が済まないタイプだった。
「確かに、わたしもゾンビだとは思いますが……」
とは言え危機的状況にあるこの場面では、ユノの考えも傾きつつあった。
そこに、エリシアが決定的な一言を放つ。
「まあでも、ユノの言うことも一理あるわ。向こうにいるのはゾンビじゃないかも知れない。けどね――その時はその時よ。やっちゃって、クロエ」
「ほいきた!」
クロエが魔導書を開き、詠唱を開始する姿を、エリシアは後ろから黙って見届ける。
「エリシア様、意外とアバウトですね……」
さらにその後ろでは、ユノが呆気に取られながら二人の姿を眺めていた。
程なくして、クロエの闇魔法は発動する。
「闇魔法上級攻撃術、序列の八十番――《холе》!」
◆
「あーもう、どうしてこんな日に!」
そう言って大聖堂の外を駆け回る法衣姿の女。
彼女は攻撃魔法に心得があったことから、防衛班に割り当てられていた聖女の一人だった。
いま彼女がしているのは、大聖堂の敷地に入り込んだゾンビの捜索である。
ちなみに捜索はブロックごとに区分けされた範囲を分担する形で進められており、彼女が担当するのはEブロック――すなわち書物庫周辺だった。
とはいえ書物庫は大聖堂の中でも特に奥地、ゾンビが侵入するには少しばかり難易度が高いように思われた……のだが。
「――ッ!」
彼女は書物庫隅の外壁付近にて、ゾンビの姿を目にする。
しかもその数はかなり多い。まるで書物庫に入りたいとでも言うかのように、壁を殴打し続けている。
聞いていた話だと一体だけのはずだが、これは何が起きている?
「いえ、今はそれよりも排除するほうが先ですわ!」
彼女は魔法を詠唱し、炎の大玉を創り出す。
そしてゾンビの集団に攻撃を繰り出そうとした、次の瞬間――地面に黒い大渦が出現した。
――ギュゴォォ……!
大渦は禍々しい音を立て、ゾンビ共をじわじわと足元から吸い込んでいく。
やがてゾンビの姿が完全に消えると、大渦も収縮してフッと煙のように消えて無くなった。
「……な、なに……?」
一部始終を目撃した彼女は、未だに状況を把握できていない。
ただ、今の魔法……のような物には、どこか見覚えがあった。
種類は違うが、本質的には同じ。感じる既視感、蘇る悪寒。
その時、彼女の左目が灼けるように疼いた。
いや、実際には何の変化も起こっていないが、過去のトラウマが幻痛を発生させたのだ。
「い……いやああああっ!!」
そしてライナはその場から逃げるように去っていった。




