12 血染の月(2)
「出てこいゾンビの助! ボクが相手だ!」
クロエは意気揚々と本棚の陰から姿を現し、ゾンビを挑発する。
「ガゥゥ……!」
するとゾンビもすぐさま姿を現してきた。
ただし、クロエの背後にだが。
「ひゃぁぁあ! いつの間に回り込んでたの!?」
クロエは即座に距離を取る。
そして手の平をゾンビに向け、こう言い放った。
「――《уад》!」
直後、手の平から紫色の闇弾が発射され、ゾンビへと襲いかかっていく。
クロエにとってそれは単なる否定の言葉ではない。
全力で相手を倒すための合言葉だ。
「……ガァ!」
ゾンビは身を翻し、闇弾をかわそうとする。
「甘い!」
クロエも、ゾンビが回避行動をするのは予測済みだった。
指をクイッと左に向けると、闇弾も左に軌道が変わり、そのままゾンビに直撃する。
「やった!」
喜ぶクロエだったが、ゾンビは少し仰け反っただけだった。
「あー、なんとなく予想はしてたけど……やっぱりゾンビに闇魔法はあまり効かないよね」
アンデッド系の魔物を倒す際によく用いられる方法は二つ。
一つは聖水をかけること。これは聖水があれば誰でもできる方法である。
もう一つは治癒魔法を施すこと。死した存在であるアンデッドにとって、治癒魔法は逆に毒でしか無いのだ。
もちろん、正攻法でも倒すことは可能である。
剣で切り刻んだり、炎や雷の魔法で焼き尽くしたり……。
しかし、上記二つに比べるとやはり効果は落ちる。
さらに言えば、属性が似通っている闇魔法とアンデッドはさらに相性が悪かった。
だが、クロエは聖水を持っていないし、治癒魔法も当然使えない。
闇魔法でゴリ押すしか道はなかった。
「でも逆に考えればそれって、闇魔法をいっぱい撃てるってことだよね?」
クロエはニヤリと笑みを浮かべた。
効果が薄いのならば、さらに多くの闇魔法をぶつければいい。
多く撃った分、闇魔法の研究も進む。
そう考えると、本来相性が悪いはずのゾンビが理想的なサンドバッグのように見えてきた。
「グルゥゥ……!」
だがその瞬間、ゾンビも反撃に出てきた。
思わぬ速さで急接近し、噛み付こうとしてくる。
それをクロエは間一髪かわす。
「ひぃー、そんなこと言ってる場合じゃないかも!」
前言撤回、やはり魔物はさっさと倒すに限る。
再び距離を取ったクロエは、すかさず二発目の《уад》を放った。
(あの闇弾を自由に動かせるってことは……)
闇弾が宙を舞うその刹那、クロエは思考を巡らせて一つの可能性を導き出していた。
「闇弾自体も自由に動かせるはず!」
クロエはイメージする。
もっと鋭い形を。もっと攻撃的な形を。もっと、強そうな形を――。
するとそのイメージに連動するかのごとく、闇弾の形状が三日月型の刃――闇刃――に変化した。
ゾンビはこれをかわそうとしたが、闇弾と違って闇刃は横幅があり攻撃範囲も広い。
そのため回避する余地はなく直撃、一刀両断。
闇の力をもろに受けたゾンビの肉体は、黒い霧となって空気中に散っていった。
「やった……やったのかな?」
恐る恐るゾンビが居た所に近づく。
ゾンビの姿は跡形もなく消えており、ようやくクロエはホッと一息ついた。
「ま、ボクにかかればこんなもんだけどね」
すぐ調子に乗り出すクロエ。
すると突然書物庫の扉が開き、クロエは猫のように背中をビクッと震わせた。
「クロエ、居る?」
その声の主はエリシアだった。
そうだと分かったクロエは、またもホッと胸をなでおろす。
「なんだ、エリィかぁ」
「あ、いたいた。やっぱりここだったのね」
クロエに気づいて近づいてくるエリシア。
「わたしもいますよ~!」
その後ろには、ユノの姿もあった。
「二人とも、どうしてここに来たの?」
「一応、報せなくちゃと思ってね」
「報せ?」
「はい。実は、大聖堂の敷地内にゾンビが入り込んだらしいんです」
「ゾンビ……それって、何体くらい?」
「一体だけなんだけど、油断はできないわ」
「一体かぁ……もしかしたらそれ、ボクが倒しちゃったかも」
「……はァ!?」「ええ!?」
二人は、クロエの言葉に耳を疑った。
「えっ、じゃあ……書物庫にゾンビが入ってきたって言うの!?」
即座にエリシアが問う。
「そうだよ? ほら、あそこを見て。割れてるでしょ?」
クロエは上にある天窓を指差した。
「たぶんゾンビはあそこから入ってきたんだと思うよ」
「……それ、クロエが割ったんじゃないでしょうね。暇で暇で仕方なくて、本を投げたら当たっちゃったとか」
「エリィはボクを疑うの?! あんな高い所に届くわけないじゃん! ボクの肩の弱さをナメないでよね!」
ぷんすか怒るクロエ。
ゾンビの死体があれば話は早いだろうけど、あいにく闇魔法によって跡形もなく消えてしまった。
いったいどうすれば信じてもらえるか……悩み始めたその時、ユノが何かに気づいたようにこう言った。
「そう言えば、なにか臭いますね。腐った臭い……?」
「あ、本当ね。ちょっとだけど、確かに臭うわ」
(えっ……ボクが臭ってるわけじゃないよね)
二人は先程まで書物庫外の空気を吸っていたため臭いに気づけたが、逆に書物庫内に長く居たクロエは臭いの存在に気づけずにいた。
そしてこの臭いの正体は紛れもなくゾンビの放つ腐臭であり、このおかげで二人もようやくクロエの話を信じる気になった。
「じゃあ、本当にクロエが……?」
「ま、そういうことだね。ふんふんっ」
「ですが、いったいどうやって倒したのでしょうか……ハッ、まさかクロエ様、闇魔ほ――」
思わず自分の口を抑えるユノ。
闇魔法のことはクロエとの秘密――その約束を自ら破ってしまった。激しい後悔がユノを襲う。
「あ、大丈夫だよユノ。闇魔法ならエリィも知ってるから」
「本当ですか!?」
「ええ、本当よ」
「はぁ、よかったです~!」
ユノの顔に再び笑顔が戻る。
反面、エリシアは真剣めいた目付きになっていた。
またも防衛班からの伝言魔法を受信していたのだ。
「……えっ」
その伝言内容に、エリシアは愕然とした。




