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エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―【side:B】  作者: 長谷川
第4章 迷い子たちのバラッド
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123.将軍たち


     挿絵(By みてみん)




「よう、シグ。ワーグマン先生から聞いたぞ。何でもまーた犯罪まがいの見合い話を持ちかけられて困ってるそうだな?」


 と、数ヶ月ぶりの再会に際してファーガスが発した第一声に、出迎えたシグムンドは明らかな不興顔で答えた。


「ええ。おかげさまで近頃は、平民の血筋を羨ましいとさえ感じるほどです。ようこそ、スッドスクード城へ」


 という場所が場所なら空気が凍りついているであろう彼の皮肉は今日も健在だ。

 が、対するファーガスはこれを鼻で笑って受け流し、尊大とも取れる態度を崩さなかった。さすがは軍学校時代から続く()()()()()だ。

 翼神(よくしん)の月、天神(てんじん)の日。魔追いの日バニッシュメント・デイから四日が過ぎたこの日、トラモント黄皇国(おうこうこく)南部から黄都(こうと)ソルレカランテを目指す三つの軍がスッドスクード城に到着した。


 すなわち『(くろがね)』の異名を持つ黄帝(こうてい)の盾、ハーマン・ロッソジリオ率いる黄皇国中央第五軍と『鷹の娘フィリア・デ・ファルコ』ことマティルダ・オルキデア率いる第六軍、そしてガルテリオとシグムンドの古い朋友であり『戦場の雄狐(ゆうこ)』の異名を取るファーガス・マーサーだ。皇家から直々に大領地の統治を委任されるトラモント五黄将(ごこうしょう)のうち、実に三人が集結した壮観な眺めだった。たとえ軍に身を置いていてもここまで錚々(そうそう)たる顔ぶれが一堂に会するところを見られる機会は滅多にない。


 だというのに、階級の上では彼らより一段下のシグムンドの応対が()()だ。

 いくら気心知れた間柄とはいえ、端から見ていると胃が痛む。が、彼らにとってはどうやら見慣れた光景らしく、ファーガスと共に城主への挨拶にやってきたハーマンやマティルダは、シグムンドの自儘(じまま)(とが)めるでもなく苦笑していた。


「今日から数日ご厄介になります、シグムンド殿。偶然とはいえ、年の瀬のお忙しい時期に大所帯で押しかける形となってしまい、申し訳ありません」


 と、まず律儀に謝意を表したのは、全身を余すことなく鎧で覆った偉丈夫ハーマンだ。小脇には頭頂部がつるりとした飾り気のない(かぶと)まで抱えているところを見ると、黄都を目指す道中も気を抜くことなく、戦場(いくさば)(おもむ)く装いでここまでやってきたらしい。その兜を被りやすくするためか丸刈りにされた頭は見ていて寒々しかったが、本人は意外と何でもないようで、凍えている素振りひとつ見せなかった。


 何しろハーマンはシグムンドやファーガスに比べてだいぶ若い。

 歳はまだ三十五か六、それくらいだったはずだ。

 しかし『鉄』の異名のとおり戦場では鉄壁の守りを得意とする彼は、正黄戦争(せいこうせんそう)中も幾度となくオルランドの盾となり、あらゆる危難から守り切った。

 そうした功績を讃えられて今、若くして五黄将の一角を任されているというわけだが、彼の防衛に特化した戦術はかつての上官にして黄都守護隊の第一部隊長ブレント・バントックによって伝授されたものであるというのは軍内でも有名な話だ。


 当のブレントは、今年はスッドスクード城に留まるシグムンドの名代として既に城を発ち、黄都へ向かってしまったあとなので、師弟の再会はハーマンもソルレカランテに着いてからということになるだろう。しかしエリクはときどき、もしブレントが先に受けた大将軍就任の話を彼に譲っていなければ、黄都守護隊で鉄馬隊(てつばたい)を率いていたのはハーマンだったのだろうかと考えることがある。


 そう思うと彼には自然と親近感を覚えるのだ。もっともハーマンは階級が逆転した今もブレントには臣下の礼を尽くしているから、たとえ先代隊長(ラオス)から声がかかっても黄都守護隊への入隊を断ってブレントについていった可能性は大いにあるが。


「ですが今年はシグムンド殿も城に留まられるとか。せっかくの六聖日(ろくせいじつ)に貴殿のお顔を見られないとなれば、陛下やガルテリオ殿がお嘆きになりましょう。今からでも我々と共に上洛されるおつもりはありませんか?」


 と次いで尋ねたのは、凛とした佇まいの女将軍マティルダ・オルキデアだった。

 彼女も五黄将の中ではハーマンと並んで若く、歳も彼と変わらなかったはず。

 皇家の血を引くという理由で第二軍統帥(とうすい)となったリリアーナを除けば、実力で大将軍まで上り詰めた将軍たちの中では彼女が最年少だ。そんなマティルダももとはシグムンドと同じ近衛軍の出身で、現近衛軍団長である老将軍セレスタ・アルトリスタから薫陶を受け、一軍の将として身を立てたと聞いた。


 基本的に無表情で、感情の読めない言動をするあたりはまさにセレスタ譲りだ。

 前近衛軍団長だったギディオンの元妻でもあるセレスタは、任務には忠実だがどこか冷淡で近寄り難い雰囲気がある。貴族の中には彼女を指して「母親の腹の中に感情を置いてきた」と揶揄(やゆ)する者まであるほどだ。

 その点、マティルダにはセレスタほどの近寄り難さはないが、声に抑揚のないあたりや、誰に対しても物怖じしない言動を繰り返すあたりは師によく似ている。


 加えてトラモント貴族出身の淑女でありながら榛色(はしばみいろ)の髪をバッサリ切って、肩にかからないほどまで短くしているあたりもセレスタと同じだ。

 黄皇国の上流階級では、女性がうなじを見せるのははしたないとする風習が根強いにもかかわらず、彼女は今も鎧下に()(えり)の上衣を着ているだけで、まったく無防備にうなじを晒している。外套(がいとう)や襟巻きを使って隠す素振りもなく、貴族社会の慣習を真っ向から「馬鹿馬鹿しい」と唾棄しているかのようだ。


 そういう潔い性格は自然、彼女の戦い方にも表れる。マティルダはハーマンとは真逆の攻めの戦を最も得意とする将軍で、彼女が指揮する軽騎隊の機動力は、黄皇国最速と(うた)われる黄都守護隊の第二部隊にも並ぶと言われていた。

 『鷹の娘』という異名も猛禽のごとき速度と鋭さで相手を襲う猛々しさからついたものだ。加えてオルキデア家はもともと鷹匠から出世した家系で、マティルダ自身も鷹を飼い、自在に操る技を身につけていると聞いた。


「やめておけ、マティルダ。ガルはともかく、陛下は新年早々こいつのしゃっ面を見たところで喜ばん。第一、俺はやっとこいつの小言を聞かずに新年を迎えられる日が来たと、浮かれながらここまで来たんだ。だのに今更一緒に黄都へ行かないかなどと、不吉な誘いをかけるのはよしてくれ」


 そして先程からシグムンドに対し、ぞんざいな言動を繰り返している男こそが他でもないファーガス・マーサー。

 彼は他ふたりの将軍と比べるとひと回り年上で、確かガルテリオと同い年だと聞いた。かつて在籍していた軍学校でもガルテリオとは同期であったらしい。ふたりは同じ平民出身の士官候補生として入学間もない頃から意気投合し、のちにガルテリオがシグムンドと交友関係を結んでからは三人でよくつるんでいたと聞いた。


 が、ふたりが軍学校卒業後、オルランドに引き抜かれて近衛軍へ入った一方で、ファーガスは入団の誘いを断り、自ら志願して第三軍の将校になったという。

 理由は実戦の経験が積める軍団に所属したかったからとか、実家であるマーサー貿易商会のしがらみから距離を置きたかったからとか色々あるようだが、一番は当時軍学校で怪我の療養も兼ねて教鞭を()っていた第一軍現副帥オズワルド・ワーグマンが、ファーガスらの卒業と同時に任地へ復帰することになったから、だそうだ。


 士官候補生時代、血筋よりも実力を重視し、家柄を問わず正しい評価を下してくれたオズワルドに心酔したファーガスは、皇家直属の近衛軍に籍を置く栄誉よりも彼の部下となることを望んだ。そしてシャムシール砂王国(さおうこく)との小競り合いが続く国境で頭角を現し、のちに『戦場の雄狐』とまで称される大将軍となったわけだ。


 そんな彼の戦い方はちょうどハーマンとマティルダの中間と言ってよく、攻めも守りも臨機応変にこなしてみせる、まさに〝剛柔一体〟という言葉がぴったりの指揮をする。その変幻自在、当意即妙の用兵によっていかなる戦況にも即応し、よく敵を惑わせることから軍内では『雄狐』の異名を取っていた。


 この場合の〝狐〟とは恐らく、化かしの術を使って幻を見せる狐人(フォクシー)族のような、という意味合いを強く持つのだろう。同時に商人(あきんど)の一族として知られる狐人と、商家出身という彼の出自もかけられているのかもしれないが。


「ご安心召されよ、ファーガス殿。私も今年は(おおやけ)の場で貴兄の無作法を(いさ)め、要らぬ誤解や軋轢(あつれき)の種が()かれぬよう尻拭いする手間が省けて助かると思っていたところです。よってマティルダ将軍のご厚意は痛み入るが、間違っても心変わりするようなことはございませぬ」

「ふん。俺から頼んだわけでもないのに、勝手に気を回しておいて何を偉そうに」

「ええ、頼まれてはおりませんが、放っておけば貴兄と近しいガルテリオ様や私まで同類と見なされ風評に傷がつきますので、あくまで我々の名誉のためにしていることです。なれどそもそも貴兄と共に夜会や年賀行事に顔を出すことをやめれば、そんな気苦労を強いられる必要もないと悟った次第でして」

「この……相変わらずああ言えばこう言いおって……」

「ま、まあまあ、ファーガス将軍。何はともあれ、長旅のあとで皆様お疲れでしょうから、早速城内へご案内致します。兵たちにも温かい食事と寝床を用意しておりますので、どうぞこちらへ」

「アンゼルム。お前もこいつの右腕などやらされて、さぞや苦労していることだろう。俺が城にいる間はいくらでも愚痴を聞いてやるから、遠慮せずいつでも来い」

「ははは……お気持ちは有り難く頂戴しますよ」


 と、ファーガスが投げて寄越した火薬玉(ばくだん)のような誘いを軽く去なして、エリクは三人の将軍たちを城内へと(いざな)った。ファーガスのねぎらいに一も二もなく頷きたい気持ちは少なからずあったものの、あそこで彼の言い分を肯定していたら、あとでシグムンドからの手痛い報復が待っていたことだろう。


 そういう将軍たちの性格や関係の機微を理解し、身を守れる程度には俺も軍に馴染んだのだなと己の成長を誉めそやしながら、続々と入城してくる三つの軍の将兵を(さば)いていく。詳細な人数の連絡は事前に受けていたから、彼らが到着する前に何とか兵舎や物資の割り振りを済ませられたのが大きかった。


 コーディやサユキの助けも借りつつ何日か徹夜した甲斐があったというものだ。

 されど例年であれば三千~五千程度の軍勢を率いて上洛するはずの各軍が、今年はどこも二千程度しか連れていないことには驚いた。

 どうやら三人の将軍たちも、反乱軍の台頭によって領内の治安が乱れることを危惧したらしく、統帥不在の間に地方の守りが手薄になるのを嫌ったようだ。


 が、この時期将軍の供として黄都に上るのを楽しみにしていた兵の多くは、きっと今頃肩を落としていることだろう。というのも地方の防衛を任されている中央軍の将兵にとって、年末年始の上洛は貴重な行楽の機会を兼ねているからだ。

 将軍たちもそれを分かっているから、上洛の際に率いる手勢は毎年交代制にしてすべての兵が平等に羽を伸ばせるよう配慮している。

 しかし国内の治安が落ち着くまでは当面の間、兵たちはそういったささやかな楽しみさえも奪われることになるのだろう。


(国を守るのが本分とはいえ、兵士だって人間だ。たまには娯楽や息抜きの時間を与えてやらないと、みんな気詰まりを起こしてしまう。彼らだって大半は徴兵されてきた黄皇国の民なわけだし……兵をぞんざいに扱うのは、民をぞんざいに扱うのと同じことだ。内乱の気運さえ収まれば、また以前のように彼らの忠勤をねぎらってやれるんだが……)


 国の政治が乱れることでわりを食うのは、いつだって末端の国民や兵士たちだ。

 今ならシグムンドが正黄戦争の再来を嫌い、ジャンカルロの主張と構想を受け入れ難いと言った理由がよく分かる。単に同じ国の民同士が争うことの不毛さや、戦火がもたらす損失が問題なのではない。つい昨日まで当たり前にあった日常やささやかな幸せが、何の罪もない人々の手から取り上げられてしまうこと。それがたまらなく耐え難いのだ、と、エリクは城に入ってようやく人心地つき、仲間と談笑したりほっとした様子を見せている兵士たちの笑顔を見て、改めてそう思った。


(フィロメーナはそのことを承知の上でなお国に戦いを挑むと言っていた。だとしたら、やっぱり俺は……)

「アンゼルム殿」


 ところがすべての兵が問題なく収容されたかどうか、また何かしらの不備が出ていないかどうかを確かめるべくエリクが客軍用の兵舎をざっと見回っていると、外へ出たところで不意に声をかけられた。誰かと思い顔を上げれば、そこには上級将校の軍装に身を包んだ、すらりと背の高い男が立っている。

 (よわい)二十がらみと(おぼ)しいその男の顔に、エリクは見覚えがあった。

 何しろトラモント黄皇国では見慣れない褐色の肌は、トラモント人ばかりの軍内ではよく目立つ。ゆえに他人と見間違えるわけもない。


「これは、コラード殿。大変ご無沙汰しております」


 と互いに歳が近いのもあり、エリクが気さくにそう答えれば、コラードと呼ばれた青年は白い歯を見せて嬉しそうに微笑んだ。彼の名はコラード・アルチェット。

 他でもない中央第五軍の副帥(ふくすい)──すなわちハーマン・ロッソジリオの副官だ。

 確か彼と最初に面識を持ったのは今年の六聖日、ソルレカランテ城で開かれた年賀舞踏会の席だったか。そこで顔見知りの将軍たちに新年の挨拶をして回っていたところハーマンから紹介され、以来エリクも彼の名前と来歴を興味深く記憶していたのだった。何しろコラードは誰がどう見ても異邦人だ。


 肌の色はもちろん、やや彫りの深い顔立ちもトラモント人とは異なり、ただ立っているだけで異国情緒を感じさせる。聞けば彼の出身はかのシャムシール砂王国であるらしく、幼少の頃、黄皇国に侵攻してきたシャムシール人の奴隷として従軍していたところをハーマンに救い出されたのだそうだ。それがきっかけでコラードは軍人となり、今では恩人であるハーマンの副官として働いているのだとか。


 そんな彼の経歴がどことなく自分と似ていると感じたエリクは親近感を抱き、またかつて自分も砂王国で奴隷とされていた娘を助けた経緯もあって、話してみるとすぐに意気投合した。軍内には今も「シャムシール人を重用するなんて」と陰口を叩く輩がいるようだが、実際に彼と交流してみれば、下手なトラモント紳士よりも遥かに紳士然とした青年だと分かる。


 いかにも砂賊といった感じの荒っぽさや残忍さは微塵もなく、むしろ見習いたくなるような教養と礼節の持ち主だ。ゆえにエリクも同じ異邦人同士仲良くしましょうと、舞踏会の場で親しく酒を飲み交わしたのだった。


「ご挨拶が遅くなりました。このたびは我が軍の兵の収容をお手配下さり、大変ありがとうございます。しかし第四軍や第六軍まで一緒にとなると、さぞや準備にご苦労なさったことでしょう」

「いえ。確かに少々バタつきましたが、栄えあるトラモント五黄将を三人も同時にお迎えすることができて光栄ですよ。何か不足しているものなどありませんか?」

「今のところは特に何も。兵たちも久しぶりに温かい毛布と屋根のある場所で寝られると喜んでいます。おまけに夕餉(ゆうげ)には酒まで用意していただいたとか……」

「まあ、冷えた体を温めるにはやはり酒が一番ですからね。黄都までの道のりはまだしばらくありますし、出立前に少しでも将士の心身が休まればと思いまして」

「お気遣いありがとうございます。ですが今年はアンゼルム殿と一緒にソルレカランテで新年を迎えられないというのが少し残念ですね。時節柄、仕方のないことではありますが……」

「そうですね……オヴェスト城からここまでの道中では、何か変わったことはありませんでしたか? 近頃は我が隊の管轄内でも魔物が急増していて、対応に追われているのですが」

「ええ。我々も行軍中、何度か魔群と遭遇しましたが、いずれも小規模なものだったので何とか。ですが我が軍が治めるオディオ地方でも、最近は竜人(ドラゴニアン)より魔物の方が遥かに深刻な脅威となっていますよ。地方軍だけでは対処し切れない事例も今後増えていくと予想されるので、より対策を強化しなければなりませんね……」


 と色の濃い肌の上に物憂げな影を落としながら、コラードは兵たちの談笑が漏れ聞こえる兵舎を見上げた。言われてみれば第五軍(かれら)が治める黄皇国南西部のオディオ地方は、ラムルバハル砂漠の南に広がる死の谷──人食い獣人と恐れられる竜人族の()()──と隣接している。ゆえにかの地方では狩猟目的で人間を襲いにやってくる竜人が民の脅威となっており、特に彼らが大量の食糧(エサ)を必要とする繁殖期にはほとんど戦争のようになると聞いていた。


 エリクがかつてラムルバハル砂漠で出会った竜人たちは、交渉すれば人を襲うことなく家畜と砂金の交換に応じてくれたが、彼らは広大な死の谷の中でいくつもの部族に分かれて暮らしていると聞く。とすれば部族によっては今も好戦的だったり人間に対する敵愾心(てきがいしん)が強かったりと、同じ竜人でも微妙に性格が異なるのだろう。


「しかし冬が明ければまた竜人たちの繁殖期がやってきますよね。やはり彼らとの交渉は難しそうですか?」

「あ、そうそう。それについて、ぜひアンゼルム殿の見解をもう一度お聞きしたいと思っていたのですよ。以前アンゼルム殿から教えていただいたアビエス連合国の書物をついこの間、ようやく取り寄せることができましてね」

「ああ、竜人族の生態や言語についての解説が載っているからぜひ参考にとお伝えした、ヨヘン・スダトルダの冒険記ですか?」

「はい。アンゼルム殿もあの書物を参考に、ラムルバハル砂漠で竜人たちとの対話に臨まれたのですよね? そのときのことをぜひ詳しくお(うかが)いしたいと、ハーマン将軍も非常に関心を寄せていらっしゃいまして……」

「えっ。は、ハーマン将軍がですか?」

「ええ。竜人たちの侵攻を抑えて、魔物対策に軍の比重を移す方法を議論していた際に、私からお話してみたのです。アンゼルム殿はあの冒険記の著者とお知り合いなだけでなく、竜人語も習得していらっしゃるというお話でしたし……」

「い、いや、習得していると言っても、ごく簡単な言葉をいくつか知っている程度で……遠い昔に竜人の友人からほんの少し習っただけの知識ですから……」

「だとしても、そもそも竜人の友人がいるという時点で前代未聞ですよ! 私も例の冒険記にはひととおり目を通しましたが、あれの第二章に記されていたルエダ・デラ・ラソ列侯国(れっこうこく)のサン・カリニョという城が、かつてアンゼルム殿の暮らしていらっしゃった場所なのですよね? そういった部分も含めてぜひまたお話を伺いたいです」


 と、まるで少年のように目を輝かせながら乞われてしまい、エリクは思わず苦笑した。そう、サン・カリニョとは他でもない、幼き日のエリクが身を寄せていた義勇軍の拠点だ。当時列侯国では、為政者たちの邪智暴虐を止めるべく立ち上がった者たちが『トゥルエノ義勇軍』と名乗り、諸侯と激しく戦っていた。


 そしてその義勇軍の副将として名を()せていた男こそエリクの父のヒーゼルだ。

 おかげで父の名は例の冒険記にも何度か登場する。

 かつてエリクも郷に出入りしていた行商人に頼み込み、海の向こうのアビエス連合国から取り寄せてもらったかの書物は、当時サン・カリニョに逗留(とうりゅう)していたヨヘン・スダトルダという鼠人(チュイ)──鼠によく似た姿の小さな獣人──が後年故郷(くに)に帰ったのちにまとめた冒険の記録だった。彼は獣人の血を引く者ばかりが集まった奇妙な隊商の一員で、そこに父と友誼(ゆうぎ)を結んだ竜人も所属していたのだ。


 が、そんな思い出話を年賀舞踏会の席で、酒の(さかな)にとうっかり漏らしてしまったのが運の尽きだった。果たして彼は本当にあの砂王国の出身なのだろうかと改めて疑問に思うほど純真な眼差しで見つめられては、無下に断ることもできない。

 ゆえにエリクは、まあ自分の回想が少しでもオディオ地方の防衛に役立つならと思い直して、こう答えることにした。


「分かりました。ではせっかくですから、詳しい話は今夜の夕餐(ゆうさん)の席で致しましょう。他の将軍方も交えた方が、より有益な情報交換ができそうですしね」


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