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エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―【side:B】  作者: 長谷川
第4章 迷い子たちのバラッド
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119.だいたいあなたのせいです


 ──というのはあくまでベルントの立てた仮説にすぎないのだが、おかげでエリクはすっかり彼に気に入られてしまった。ベルントの中ではもはや、エリクはシュトライト覇王国(はおうこく)の王族の血を引いているということになっていて、


「これも祖霊(トーテム)のお導きってやつよ」


 と上機嫌だ。ちなみに〝祖霊〟というのは聞き慣れない言葉だが、ベルントの講釈によればゲヴァルト族が信仰している祖先の霊のことらしい。

 彼らの一族の魂は死後すぐに天樹エッツァードへ召されて星になるのではなく、しばらくのあいだ地上に留まり、子孫を守り導くとされているらしかった。

 そうした祖霊たちの力が宿った特殊な武具が、先日ベルントの振るっていた金色(こんじき)の戦斧──〝咒武具(ヘクセライ)〟。あの日彼が操っていた地術の数々は神術ではなく、咒武具に宿る祖霊の力を借りた〝咒術(ゲヴェット)〟だったのだそうだ。


 咒武具は代々ゲヴァルト族に伝わる秘宝で、一族の中でも特別に認められた戦士のみが所持することを許されるらしい。ということはベルントは強者揃いの一族の中でも、特に実力を認められた男だということだろう。もっとも平時の言動からはそういう威厳や貫禄がまったく感じられないのがこの男の妙なところだが。


「いや、だがお前たちの言う〝祖霊〟とは、要は〝地祇(チギ)〟のことじゃないのか?」

「チギ? 何だそりゃ?」

「地の底を流れるという〝龍脈(リュウミャク)〟を成す、大地の生命力のことだ。その咒武具とかいう武器からは、かなり強い地祇の力を感じる」

「えっ……ち、地の底にはそんなものが流れてるんですか? でも大地の下には魔界があって、だから地が裂けるとそこから魔物が溢れてくるのでは?」

魔物(アヤカシ)が普段隠れているのは根ノ国だろう。やつらが地底を()()としているなんて話は聞いたことがない」

「ネノクニ?」

黄泉門(ヨミド)が開いたときだけ現世(ウツシヨ)とつながるとされている異界だ。龍脈の流れが何らかの理由で詰まったり滞ったりすると、地祇がひとところに集まりすぎて(しゅ)のようになり、やがて破裂して黄泉門が開く。それが今、お前の言った〝地が裂ける〟という現象だ」

「えぇっ、違いますよ。地裂(ちれつ)が発生するのは《原初の魔物》、つまり魔王ガロイが天樹エッツァードの枝を盗んで大地の裏に挿し木したせいで生まれた魔界の胎樹(たいじゅ)、リューリカのせいでしょう? その根がときどき暴れて悪さをするから大地が裂けて瘴気(しょうき)が噴き出してしまうんだって、僕は教会で習いましたよ?」

「へえ。あなたたちは大人からそう教わって育つのね。ちなみにゲヴァルト族の間では、地裂は《魔王(ガロイ)》の叫びによって起こると伝わっているけれど」

「《魔王》の叫び、ですか? ですが《魔王》は、神界戦争の終わりに神々によって討ち取られ、とっくに滅んだはずですよね?」

「ええ。だから《魔王》は、()()()()()()()()()()()()()んですって。やつの叫びは神々と人類に対する呪詛で、ときを越えて様々な時代の様々な場所に影響が表れると言われているわ」

「へえ……何だか不思議ですね。地裂の発生理由ひとつを取っても、国や民族が変わると言い伝えも変わるのですか。どれも同じ現象に対する見解のはずなのに……僕は教会の聖典に書かれてあることが世界の共通認識なのだと思っていました」


 などと、いつの間にやらコーディやサユキはベルントたちとの異文化交流を楽しむまでになっているが、正直エリクは気が気でない。自分が太古の王族の血を引いているだなんていくら何でも話が飛躍しすぎているし、それをさも確定した事実のごとく言いふらされても困る。確かに自分の生い立ちと髪の色はちょっと特殊かもしれないが、ベルントの仮説はあくまで事実と伝説の都合のいい部分だけをつないで解釈したもので、明確な証拠はどこにもないのだ。


(だいたいベルント殿は俺や父さんが神子の血を引いているから魔物を呼び寄せたんだと言うが、俺が魔族と遭遇したのは今回が初めてだ。もしも彼の言うとおり、神子の血族を絶やすために魔界が動いたんだとすれば、俺も父さんももっと昔に殺されていたはず……つまり父さんの死の真相も、今回の襲撃の理由も、答えは別のところにある。結局今も手がかりは何ひとつ掴めてないけどな……)


 ちなみにベルントたちには〝白き魔物〟や〝赤い髪の魔女〟についても何か知っているかと尋ねてみたのだが、特にこれといった情報は得られなかった。

 ただ彼らの一族には〝咒医(メディウム)〟と呼ばれる咒術の専門家がいて、文字文化を持たないゲヴァルト族に今も伝わる伝承の多くはその咒医なる者たちが代々語り継いできたものらしい。ゆえに一族の咒医を訪ねれば、あるいは何か情報を得られるかもしれないとベルントは言った。

 〝白き魔物〟の方は自信がないが、一族の祖だと伝わる覇王ヒーゼルと同じ赤髪の魔女についてなら、何らかの言い伝えが残っているかもしれない、と。


「で、何となく意気投合したついでにヴィルヘルム殿の居所を聞き出すべく、わざわざスッドスクード城まで我が副官を護衛してくれたというわけか。その好意については謝意を表するが、ヴィルヘルム殿の行方については私も知らん。仮に知っていたところで、貴公らの目的があの御仁(ごじん)の首を持ち帰ることだと言うのなら、教える義理などありはしないがな」


 (しか)してようやくスッドスクード城へ帰り着いた蒼神(そうしん)の月、理神(りしん)の日の昼下がり。

 およそひと月ぶりに再会した己の上官が、世界最強の傭兵団と(うた)われるゲヴァルト族を前にして、眉ひとつ動かさずそう吐き捨てるさまを目の当たりにしたエリクはさらに胃が痛くなった。このあまりに挑発的なシグムンドの応対に、本棟一階にある応接間へ通されたベルントたちはたちまち不穏な顔つきをする。

 特に革張りの椅子にどっかと腰かけながら、隻眼の上の眉を「あ?」と持ち上げたベルントの表情は、どう見ても不興顔だ。


「おいおい、そう堅えこと言うなよ、将軍サマ。俺たちゃ同じゲヴァルトの血を分けた同胞(はらから)だろ? だったら……」

「確かに私の家の祖はゲヴァルト族の出だと聞いてはいるが、初代当主の時代から七代も下った今となっては、当家は既に(れっき)としたトラモント人の家柄だと言って差し支えないだろう。第一、同一の祖を持つ同胞だと言うのなら、貴公らと出自を同じくするヴィルヘルム殿も私にとってはそうであるわけで、ならばなおさらあの御仁を売り渡す理由がないと思うのだが?」

「だーかーらー、さっきも言ったとおり、ヴィルヘルムの野郎は正式に一族から追放された裏切り者なんだよ。野郎は今から十五年前、魔物に襲われて死んだヴァンダルファルケ族の族長から、長の証である宝剣シュトゥルムを奪って逃げた。おかげで俺の一族は今も族長不在のまま、他の四氏族に(わら)われながら暮らしてる。だから俺ァ、ゲヴァルトの掟に則って野郎からシュトゥルムを奪い返し、晴れて族長となるために……」

「貴公らの言い分については理解した。それがゲヴァルト族の間で代々守られてきた掟ならば致し方ない、ヴィルヘルム殿を追うなとは言わん。だがその件と今回の件は話が別だ。何度も言うがトラモント人である私には、貴公ら()()()の問題へ介入する理由がない。ゲヴァルト族の問題は、ゲヴァルト族の手で解決してくれたまえ。以上だ」


 と、なおも淡々と言い捨てるが早いか、シグムンドは涼しい顔で卓上の香茶(こうちゃ)を手に取り口へ運んだ。対するベルントは向かいの席で青筋を立て、額をヒクつかせているというのにそんなものはどこ吹く風だ。


(まあ、シグムンド様ならこうおっしゃるだろうと思ってはいたが……)


 と、黙ってなりゆきを見守るエリクは、コーディやサユキと共にシグムンドの背後に控えながら、頼むから双方これ以上話をややこしくしないでくれ、と、ひたすらに祈るしかない。


 ──ヴィルヘルム・シュバルツ・ヴァンダルファルケ。


 目下、シグムンドとベルント一行が話題にしているその人物は、かつてトラモント黄皇国(おうこうこく)で客将として遇されていたゲヴァルト族の戦士だった。

 正黄戦争(せいこうせんそう)の勃発直前、彼は当時軍の重鎮だったラオス・フラクシヌスによって当国に招かれ、一軍を任されていたというのだ。

 だから当然、当時から軍に在籍していたシグムンドとも面識がある。一説によるとラオスは戦争勃発以前から内戦が起こる可能性を予期しており、ゆえに卓越した武芸と将才を持つと評判のヴィルヘルムを事前に国へ招いたのだという。


 つまり彼はオルランドの叔父であった偽帝(ぎてい)フラヴィオの謀反に備え、真帝軍(しんていぐん)(かなめ)として招聘(しょうへい)された人物だったというわけだ。そしてラオスの期待どおり、かの戦争では現役のトラモント五黄将(ごこうしょう)にも並ぶ働きをして、何度も共に死線をくぐり抜けたガルテリオやシグムンドとも戦友としての信頼を育んだらしかった。


 が、一方、ヴィルヘルムと同じヴァンダルファルケ族出身のベルントの話によれば、どうもヴィルヘルムはゲヴァルト族最大の禁忌を犯した大罪人、ということになっているらしい。その禁忌とは一族に対する〝裏切り〟だ。ゲヴァルト族は文字文化こそ持たないが、長い歴史の中で築き上げられた不文律の掟があり、中でも特に重い罪として忌み嫌われているのが仲間を裏切ることなのだという。


 ベルントの話を全面的に信じるなら、ヴィルヘルムは幼い頃からヴァンダルファルケ族の長となることを夢見ており、それがのちに病的なまでの執着となって最悪の形で表れたとか。すなわち一族の長だけが手にすることを許される宝剣シュトゥルム──これも例の咒武具のひとつと思われる──を前族長の不慮の死に乗じて盗み出し、今も逃亡を続けているというのだ。


 通常数百から数千の集団で動き〝軍隊〟として雇われることに重きを置くゲヴァルト族の出身でありながら、ヴィルヘルムが単独で行動している理由もそこにあるのだとか。ゆえに自分は彼を追ってきた、とベルントはそう主張した。

 ヴァンダルファルケ族の代表として一族から罪人の処刑を委任され、もう何年もヴィルヘルムの足跡(そくせき)を追い続けている、と。


(確かにほとんど規律立った軍隊と同じ機構を有するゲヴァルト族にとって、総大将に当たる長の不在はかなり大きな問題だろう。だから長の証となる宝剣を一刻も早く取り戻して、新しい長を据えたいと血眼になるベルント殿の気持ちも分かる。だが俺にはどうもヴィルヘルム殿が、私欲のために禁忌に手を染めるような御仁には見えなかったんだよな……)


 と、シグムンドがカップをソーサーへ戻す音を聞きながら、実は内心、エリクもベルントの言い分には首を傾げていた。というのもエリクは過去に一度だけ、問題のヴィルヘルムなる男と対面したことがあるのだ。あれは確かエリクが十五か十六の頃、ちょうどトラモント黄皇国で正黄戦争が終結を迎えた直後であったはず。

 当時既に母を亡くし、父と妹の三人で暮らしていたエリクはルエダ・デラ・ラソ列侯国(れっこうこく)での戦時中、父の傭兵仲間だったとある女性の訪問を受けた。


 そのとき彼女と共に父を訪ねてきたのがヴィルヘルムだったのだ。

 あの頃彼は同じ傭兵の彼女と行動を共にしていたようで、父との面識はなかったが比較的すぐに打ち解けていたように思う。そしてエリクも父と共にルミジャフタへ移住してからというもの、外の世界とはすっかり縁がなくなっていたから、この外界からやってきた客人たちに興味を持ってあれこれ話をしたりした。


 ヴィルヘルムらが郷に留まっていた半月ほどの間に、頼み込んで剣術の指南をしてもらった覚えもある。そうして受けた印象としては、ヴィルヘルムは寡黙で決して愛想のいい男ではなかったが、傭兵としての確固たる実力と誇りを併せ持った実直そうな人物、というものだった。


(もちろん一族を離れたあとに改心して、以前とは人が変わったという可能性もなくはない。が、だとしたら罪を償うために、せめて宝剣だけでも一族へ返そうという発想になりそうな気がするし……だとするとヴィルヘルム殿にも何か事情があって、今も一族から逃げ続けているんじゃないかとも考えられるが、実際のところはどうなんだろうな……)


 無論、エリクも過去にヴィルヘルムと接触したことがあるという話は、ベルントにも既にした。しかしそれももうずいぶん昔のことだから、当然彼が今どこで何をしているかなどという情報はエリクのもとにはない。

 そこで他にヴィルヘルムを知っていそうな人物はいないかと食い下がられ、思い当たったのが我が上官(あるじ)だったというわけだ。


 ところが目下茶卓を挟んで向かい合った両者の間には、見るからに険悪な空気が流れている。ここは彼らを引き合わせたエリクが責任を持って何とかしないと、さらなる悶着が起きかねない。ゆえにエリクはこほんとひとつ咳払いしたのち、努めて穏便な笑みを浮かべながらシグムンドの背中へ声をかけた。


「え、ええと、シグムンド様……ではヴィルヘルム殿の消息については、シグムンド様もご存知ないということでお間違いないですね?」

「ああ。正黄戦争以降、あの御仁とは一度もお会いしていないし、特に連絡も取り合っておらん。今もエマニュエルのあちこちで輝かしいご活躍をされているという話なら、たびたび風の噂に聞いてはいるがな」

「で、では、ベルント殿……残念ながら黄都守護隊(こうとしゅごたい)には、他にヴィルヘルム殿の行方を知っていそうな者はいません。わざわざご足労いただいたところ、大変申し訳ないのですが……」

「チッ……おう、副長サンよ。偉大なる赤き髪の王の血を引くあんたが、何でまたこんないけ好かねえオッサンの下でせせこましく働いてんだ? もしもあんたさえよけりゃ俺から一族に掛け合って、伝説の王の子孫としてゲヴァルトに迎えたっていいんだぜ?」

「ですから、その件はあくまで憶測の域を出ない話で……確かに俺の父がゲヴァルトの血筋であった可能性は高いと思われますが、だからと言って古王国の王族がどうのというのはいくら何でも話が飛躍しすぎですよ。とにかくそういうわけですから、ヴィルヘルム殿の情報については今回は諦めていただいて……」

「分ぁったよ。だが代わりにひとつ、あんたに頼みてえことがある」

「頼みたいこと……と言いますと?」

「なあに、簡単なこった。あんたこないだ、シャムシール砂王国(さおうこく)との国境を守ってる『常勝の獅子』サマにも顔がきくって言ってたよな? 実は俺ァ、二年くらい前にあの獅子サマのとこにもヴィルヘルムの消息を尋ねに行ったんだがよ。せっかく黄皇国に戻ってきたからにゃ、もう一遍挨拶に行っときてえと思ってな。つーわけであんたから一筆、獅子サマ宛の紹介状を書いてもらえねえか?」

「ガルテリオ様とも面識がおありなんですか? ですが、それなら……」


 とエリクは驚きと困惑をあらわにして、思わずシグムンドへ目をやった。ベルントがガルテリオに会いに行ったという話が本当なら、シグムンドが今日まで彼らの存在を知らなかったというのはおかしい。何しろ彼はつい一昨年まで、ガルテリオの副官としてグランサッソ城に常駐していたのだ。ところが当のシグムンドは、ふと何か思い立ったような顔をして「ああ」と短く声を上げた。そうして束の間考え込むように顎髭(あごひげ)(しご)いたのち、再びひたとベルントに視線を向けて言う。


「なるほど、思い出したぞ。確かに以前、私が所用でグランサッソ城を留守にしている間に、妙な客人が来たとガルテリオ様がおっしゃっていたことがあった。あれも貴公らであったのか」

「ああ? どういうこった?」

「私は一昨年まで、グランサッソ城でガルテリオ様の副官をしていた者だ。ゆえに貴公らの訪問については、あのお方から断片的に(うかが)った覚えがある。何でも現在我が国では反逆を企てた大罪人ということになっている、フィロメーナ・オーロリーからの紹介状を持ってかの城を訪ねたそうだな?」

「……え?」


 と刹那、まったく予想もしていなかったシグムンドの言葉に、目を見張ったコーディが息を呑むのが分かった。同じようにエリクも言葉を失い、思わずベルントたちを見やる。が、椅子の背凭(せもた)れに丸太のような腕をかけ、しどけなく座ったベルントに悪びれた様子は少しもない。


「ああ、そうだ。俺らも二年ぶりにこの国に帰ってきて驚いてたところだよ。まさかあの世間知らずの嬢ちゃんが反乱軍なんてモンに加担して、国から多額の賞金を懸けられてるなんてな」

「では、貴公らはフィロメーナの招きに応じて黄皇国へ戻ったわけではないと?」

「ったりめえだろ。もし嬢ちゃんに請われて雇われに来たんなら、そもそも黄都であんたの副官殿を助けちゃいねえよ。なんせあんときゃトラモント人のお姫サンも一緒だったんだからな。そんならむしろ、騒動のどさくさに紛れてふたりとも殺しといた方がお得だったろ」

「だが先程聞いた話によれば、貴公らは我が副官を、どうも一族の祖に連なる神聖な存在だと見なしているそうではないか。ゆえに騒動の場は丸く収めただけであって、本来は我々と敵対する立場にあるのでは?」

「ずいぶんと疑り深え将軍サマだな。そんなに俺らが信用ならねえなら金で雇ったらどうだ? 俺らは腐っても傭兵だ。仮にあんたの言うとおり嬢ちゃんに雇われてこの国に来たんだとしても、より高い金で俺らを買ってくれるってんなら喜んで寝返るぜ?」

「お、お待ち下さい。そもそもあなた方は何故彼女を……フィロメーナを知っているんです? 彼女とはどういう関係なのですか?」

「関係も何も、二年前、ヴィルヘルムを探して黄皇国を旅してた最中に嬢ちゃんに雇われたんだよ。何でも山賊に脅されて金やら女やらを搾取されまくってた村を助けたいってんでな。んで、契約どおり山賊どもを皆殺しにして、報酬として獅子サマへの紹介状を一筆書いてもらったってワケだ。会ったのはそれきりで、今はどこにいんのかも知らねえよ」

「二年前……というとフィロメーナ様がまだジャンカルロ様を探して、おひとりで旅をされていた頃でしょうか? であればあの方がジャンカルロ様と合流する以前の話ということになりますから、反乱軍に加担したわけではなさそうですが……」

「ああ……確かに彼女も当時、そんなことを言ってたわね。自分は婚約者を探して旅をしてる途中なんだって。だけどひとり旅ではなかったみたいよ?」

「え?」

「だって私たちと別れたあとは、一緒に村を救ったイケメンくんとふたりで旅に出たはずだから。名前は確か──イークとかいったかしら?」

「ああ、そうそう、あの短気で後先考えねえ青二才な。しかしあいつも確か、副長殿と同じナントカって郷の出身だとか言ってなかったか?」

「言ってました言ってました。歳も副長サンとだいぶ近そうでしたけどねえ?」


 と、ベルントの後ろに控えたジャッポが、相変わらず大きな目玉でぎょろりとエリクを覗き込んだ。その勘繰るような視線に晒されたエリクは一瞬息を詰めて返答に困ったのち、深々と嘆息する。


「それは……幼馴染みがお世話になったようで、ありがとうございます。ですがまさか、あなた方がイークとまで面識をお持ちだとは……」

「へえ。ってことはやっぱあの青二才もあんたの知り合いか。だが野郎も今じゃ嬢ちゃんと一緒に立派な罪人になってるみてえじゃねえか。そいつがあんたの幼馴染みだって?」

「ええ……お互い色々と事情があって、今は立場上、敵味方に分かれてしまっていますが……シグムンド様。少なくともこの反応を見る限り、彼らは嘘をついていないと思います。そもそも彼らが今もフィロメーナに雇われてここにいるのなら、私が黄都守護隊副長のアンゼルムだと分かった時点で、何らかの反応を見せていたはずですよ」

「フィロメーナはどうあっても君を反乱軍に引き入れたがっていたから、か?」

「はい。彼女はそのために私の身辺を嗅ぎ回っていたようですし……反乱軍に身を置く彼女が官軍の情報を集めるには、彼らのような第三者を使うのが最も安全で合理的でしょう。しかし彼らは私の名前すら知らなかったようですから」

「ああ、私もそう思う。第一、言動が終始猿同然のあの男に、そんな器用な腹芸ができるとも思えないしな」

「あ? なんか言ったか、まな板女」

「シグムンド様がお望みなら、今すぐお前の首を掻き切ってやると言ったんだ」

「……なるほど。言い得て妙なりだな」


 と、サユキが腰の刀を半葉(ハーフアレー)(二・五センチ)ほど抜きかけ、それをコーディが慌てて(いさ)めている()に、何やらシグムンドも深く納得した様子だった。

 ……どうやら今のやりとりで、ベルント一行に対する嫌疑は一応晴れたようだ。

 喜んでいいやら、悲しむべきやら。エリクはますます胃がキリキリ言い出すのを聞きながら、落ち着け、と己を(なだ)めすかした。ベルントたちがフィロメーナやイークと行動を共にしていたのは、もう二年も前のことだ。ならばこれ以上探りを入れたところで情報は得られまい。だとすればあとは穏便に彼らをこの城から送り出すだけだ。一刻も早く、サユキが主君の目の前で客人を斬り殺す前に。


「では……話は分かりました。シグムンド様、そういうことでしたら彼らにガルテリオ様宛の紹介状を渡しても構いませんか? 例の夜会での顛末(てんまつ)(つづ)った便りも一緒に届けてもらえれば、我々としても助かりますし……」

「そうだな。だが仮にガルテリオ様のもとを訪ねたところで、あの方の回答も私と変わらんと思うが?」

「だとしても、獅子サマはあんたよか話の分かりそうな男だったからな。もう一遍会ってみる価値はあるさ」

「なるほど。しかし二年前は、フィロメーナを助けた対価としてガルテリオ様宛の紹介状を手にしたと言っていたな。ならば今回は何と引き換えにするつもりだ?」

「あ? だからそいつは、あんたの副官殿を助けた対価として……」

「アンゼルムを助けた見返りは、既に報酬として受け取っただろう。その上タダで紹介状まで(むし)()ろうと言うのは、いささか厚顔が過ぎるのではないかね?」

「チッ……マジでいけ好かねえな、このオッサン。じゃあアレだ、ホラ、例の赤髪の魔女の件。紹介状をもらえんなら、そいつをウチの咒医に()いてきてやるよ。そうすりゃ等価交換成立だろ。なあ、副長殿?」

「……〝赤髪の魔女〟? 何だね、それは」

「あ、え、えっと、話せば長いのですが、赤髪の魔女というのは、アンゼルム様のお父上の死に関係していると思われる人物でして……」

「……私も確証はないのですが、今回黄都に魔族が現れたのは、父の死と何か関連があるのではという話を彼らとしていたのです。そこに関わっていると思われる赤髪の魔女について、同じ〝赤髪〟の王の伝説を持つゲヴァルト族ならば、何かしらの情報を握っているのではないかと思いまして……」


 数日前、ソルレカランテに現れた魔物の群は明らかに自分を狙っていたという話は、シグムンドをベルントたちと引き合わせる前の報告で既にした。

 もしあの事件にも〝赤い髪の魔女〟が関わっているのなら、エリクは知らねばならないと思う。魔女が何者で、何故父や自分を狙ったのか。


 理由が分からなければ対処のしようもなく、次にまた魔族に襲われるようなことがあれば、今度はシグムンドや黄都守護隊まで危険に晒してしまうかもしれない。

 ゆえにベルントの提案は非常に魅力的だ。エリクがそう感じたのを察したのか、シグムンドもそれ以上は何も言わなかった。ただひと言「そういうことか」と呟くと、鷹揚(おうよう)にゲヴァルト一行へ向き直って言う。


「いいだろう。では交渉成立だ。ガルテリオ様に宛てた紹介状は私の方で用意しよう。その間にアンゼルム、君は少し休みたまえ。見たところ、今にも胃に穴が開きそうな顔色をしているからな」


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