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エマニュエル・サーガ―黄昏の国と救世軍―【side:B】  作者: 長谷川
第4章 迷い子たちのバラッド
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113.星は巡る、私は踊る


 壁際に佇む姿を見たとき、ひと目で気づいた。


 ──彼だ。


 そう確信したときの胸の高鳴りを、何と表現したらよいのだろう。

 やっとまた会えた。そんな想いでいっぱいだった。

 ただ同時に、それは半年前の天燈祭(てんとうさい)の記憶ではなく、もっともっと遠いどこかから溢れてくる感情のような、不思議な感覚も同時にあった。


 そもそも自分は、どうしてひと目見ただけで彼を彼だと確信できたのだろう?

 黄都守護隊(こうとしゅごたい)のアンゼルム。天燈祭の日に自分とイークを助けてくれた男は彼ではないかと推測し、確かに今日まであらゆる情報を集めてきた。

 けれどあの日、フィロメーナは男の名を聞いていない。顔も見ていない。

 唯一の手がかりは今もはっきりと耳に残る、()()()()()声だけだった。


 なのに彼の声を聞く前から確信していた。あれは私が探し求めていた人だ、と、互いに仮面で顔を隠し、仮装までしていたにもかかわらず、だ。

 そして彼もまた、まるで最初から会えると確信していたかのようにフィロメーナの正体を見抜き、ほんの一刹那、夢のようなときを過ごした。

 身分も肩書きも関係なく、彼とただ共に踊っただけの、夢のような時間を。


 この時間が永遠に続けばいいと、心のどこかでそう願った。

 そうすればまた戻れる気がした。自分も彼も忘れてしまった遠い昔に。

 なれど結局思い出せない。自分は何故こんなにも彼をなつかしいと感じるのか、どうして共にいきたいと願ったのか、今度こそは彼を救いたかったと──否、()()()()()()という想いが、胸を裂かんばかりに暴れている理由は何なのか。


(私は、また)


 舞踏室から屋敷の地下へと下る使用人用の階段を駆け下りながら、フィロメーナは浅く唇を噛んだ。ドレスの(すそ)をたくし上げ、転ばぬよう足もとをよく見ていたいのに、涙が視界を遮って何も見えない。


(私はまた、間違えた。間違えてしまった。彼からすべてを奪う選択を……取り返しのつかない過ちを、また繰り返してしまった……!)


 胸の奥でそう叫んでいるのは、一体誰の記憶なのだろう。分からない。

 分からないのに今、自分は魂を引き裂かれているのかと思うほど痛くて苦しくて悲しくて、どうしても涙が止まらない。そうして化粧が落ちるのも構わず泣きじゃくりながら、屋敷の地下に広がる使用人たちの空間へ駆け込んだ。

 普段はラヴァッレ華爵(かしゃく)家に仕える下女や下男が慌ただしく行き来する地下も、舞踏会の給仕や接客のために今は人が出払って、寒々しくがらんとしている。


 そのがらんどうの中を駆け抜けて、半地下からさらに半階分下がった場所にある葡萄酒庫(ワインセラー)へと駆け込んだ。外から断りも入れずがむしゃらに扉をくぐると、中にいた複数の人影がバッと身構えたのが分かる。が、彼らの先頭で腰の剣に手を回した男が、壁の灯火に照らされたフィロメーナの姿を見るなり、


「フィロ! 無事だったか……!」


 と安堵の声を上げて駆け寄ってきた。

 かと思えば一も二もなく自らの青い外套(マント)を剥ぎ取り、ドレス姿のフィロメーナの肩へ回した男は他でもない、イークだ。奥にいるのも彼が救世軍の生き残りから選び抜いてきた腕利きの護衛兵で、彼らはフィロメーナがアンゼルムとの交渉を終えて戻るのを、ここで息を潜めて待っていたのだった。


「で、どうだった? 例の男には会えたのか……って、おい、どうした? 上で何かあったのか?」

「いいえ……」

「じゃあ、なんで泣いてる? 野郎に何かされたのか? もしそうなら──」

「いいえ。何も……何もされてないわ。だけど、私は──」


 ──私は、彼を裏切った。今度こそ救えたはずの彼を、救わない道を選んだ。


 そう叫び出したい衝動が嗚咽(おえつ)となってフィロメーナの胸奥から溢れた。

 おかげでただ、ただ、顔を覆って泣くことしかできない自分を、仲間たちが困惑気味に取り巻いているのが分かる。このままではいけない。ジャンカルロの遺志を継ぎ、救世軍を率いる立場となった者が、皆の前でこんな風に取り乱しては。


 頭ではそう分かっているのに、感情の荒波はなおも飛沫(しぶき)となって瞳から溢れ、足もとの暗闇へと落ちていく。すると刹那、一度はためらう素振りを見せたイークの腕が伸びてきて、フィロメーナを抱き寄せた。

 彼は見るからに不馴れな手つきで、されど幼子をあやすように自らの胸を貸し、ぽん、ぽん、とフィロメーナの頭を軽く叩いてみせる。


 続く言葉は何もなかった。けれどそんなイークの不器用な優しさが、何故だか先刻、露台(バルコニー)でほんの数瞬包まれたアンゼルムのぬくもりと重なって、余計に涙が溢れてしまった。しかし同時に思い出す。ああ、そうだ。

 今の自分には、こうして支えてくれる仲間がいる。必要としてくれる民がいる。

 だからこそ、彼の手を放す道を選んだ。魂の奥で(くすぶ)る得体の知れない記憶ではなく、今、確かに実在する彼らを守るために。


「……少しは落ち着いたか?」

「ええ……取り乱してしまってごめんなさい」

「いや。そいつはいいが、何があった? 例の男との交渉はダメだったのか?」

「ええ。やっぱり彼は、私たちと共には行けない、と……彼には彼の守りたいものがにあるからと、そう言ってフラれちゃった」

「……だから言ったんだ。いくら傭兵上がりとは言え、喜んで黄皇国(おうこうこく)(いぬ)に成り下がったようなやつの勧誘なんかやめておけってな。そんな野郎のために、わざわざ危険を冒してまで黄都に潜り込むなんて……」

「ごめんなさい。だけどどうしても、もう一度彼の口から答えを聞いておきたかったの。でないと覚悟が揺らいでしまうような気がして……彼のように、黄皇国に(かしず)きながらも民を救おうと血を流している人々を、この手にかける覚悟が」

「フィロ」

「でももう大丈夫。これで二度と迷わないわ。私はやっぱりジャンの見た夢を……救世軍の理想を叶えたいの。そのためならいくらでも血を浴びてみせる。ジャンがそうしてきたように……いつの日か、自由の代償を支払うことになるとしても」


 そう言って見つめた己の両手を、フィロメーナは固く握ってみせた。

 既に汚れてしまったこの手で、幸せな未来など掴めるとは思っていない。

 そんなものを望むことすら、もはや自分には許されない。生涯を懸けて愛すると誓った亡夫(ジャンカルロ)は、最期まで自分の幸せを願ってくれていたけれど、


(そのジャンの未来(いのち)を奪ったのは、他の誰でもない、私なのだから──)

「──フィロメーナ様!」


 ところがフィロメーナが握った手の中で、ついに最後の迷いを断ち切った刹那、にわかに葡萄酒庫の扉が開かれ、数人の人影が飛び込んできた。

 つい最前の自分が現れたのかと思うほどの騒がしさに驚き振り向けば、そこには息を切らせてやってきたひとりの吟遊詩人と、ラヴァッレ家の衛士数名がいる。


 先頭を切って駆け込んできた詩人は言わずもがな、当屋敷の主であるグアルティエロ・ラヴァッレだ。彼は金の(かつら)と一体化した仮面を即座に脱ぎ捨てると、たちまちあらわとなった蒼白な面差しをフィロメーナへ向けた。(よわい)二十八歳という若さで家督を継いだ彼は今も昔も、黄都におけるジャンカルロのよき理解者だ。


 彼が祖国に反旗を翻すべくソルレカランテを離れたあとは、ラヴァッレ家が代々後援してきた商団を使って幾度となく救世軍の財政面を支えてくれた。そしてジャンカルロ亡き今も、彼の遺志を受け継いだ同志のひとりとして協力を惜しまないでいてくれる。ところが普段は飄々(ひょうひょう)として、やや掴みどころのなさを感じさせる彼が血相を変えて現れたのを見て、フィロメーナも瞬時に只事ではないと察知した。


「ラヴァッレ卿。どうなさいました?」

「大変です。先刻、会場の客がフィロメーナ様を見たと騒ぎ出し、それを聞きつけた憲兵隊がただちに屋敷を封鎖しました。今から現場にいる者すべての素性を改めるまで、ひとりたりとも会場を出ることは許さないと騒いでいます」

「えっ……」


 想像を絶する報告に、フィロメーナは思わず息を呑んだ。

 これにはイークたちも顔色を変えてラヴァッレに詰め寄っている。


「どういうことだ? まさかフィロ、ここへ来る間に顔を見られたのか……!?」

「い、いいえ、そんなはずは……だって私、アンゼルムと別れたあと、すぐにまた仮面を……そこからまっすぐ地下へ来たから、顔を見られるはずは……!」

「しかし、会場では複数の客が確かにフィロメーナ様を目撃したと……私も詳しい状況を聞く前に抜け出してきてしまいましたが、何でも給仕の者とぶつかった際に仮面がはずれて、一瞬素顔があらわになったところを多くの者が見ていたとか。その後、フィロメーナ様はすぐに仮面を拾って、中庭へ走り去ったと証言している者もいましたが……」

「ち、違う……それは私じゃないわ! そもそも私は途中で仮面を落としたりしてないし、中庭にも出ていない。露台から戻ったあとはすぐに、使用人用の出入り口から会場を出て──」


 と混乱する頭でここへ来るまでの過程をひとつずつ思い出しながら、瞬間、フィロメーナははっとした──いや、まさか。ありえない。

 少なくとも自分が調べた限り、彼と()()の間に接点は見られなかった。

 けれど、だとしたら父の差し金か?

 自分がラヴァッレ邸に現れることを突き止めて網を張っていたとか?

 仮にそうだとすれば()()が父の指示で会場に紛れ込んだ可能性は充分にある。


 フィオリーナ・オーロリー。


 生まれたときから鏡のように瓜ふたつだった、双子の妹が。


「いや、今はことの真相はどうでもいい。とにかく屋敷に救世軍(おれたち)がいるのがバレた以上、脱出が最優先だ。ラヴァッレ、例の隠し通路は?」

「大丈夫、問題なく使えます。こうなることも一応想定の範囲内でしたから、当初の予定どおり速やかに屋敷を離れてクーデール商会の事務所へ避難しましょう。商会へ辿(たど)()ければ祭に乗じて馬車を出し、例のクラブへ逃げ込むことも可能です」

「よし。そうと決まれば……」

「──待って」


 瞬間、フィロメーナは背筋に冷たい汗が伝うのを感じながら仲間を引き止めた。

 もし会場で騒ぎを起こしたのが妹で、それが父の差し金であったなら、いざというとき逃げ込むことに決めていたクラブへ直行するのはまずい。父ならば──『(しん)(ぼう)』と(うた)われるあの軍師(おとこ)ならば、既にラヴァッレとのつながりから商会やクラブの正体を暴き、さらなる罠を張っていたとしてもおかしくはないからだ。


(エルネスト・オーロリー……我が父ながら、敵に回すと本当に厄介な男だわ)


 自らの家族も含め、この世のいかなる人間も勝利のための駒としか思っていない冷血漢。幼い頃から注がれ続けた彼の冷徹な眼差しを思い出すたび、今も全身に(あわ)が立つ。あの男はフィロメーナを娘だと思ったことなどきっと一度もないはずだ。

 ならば敵として討つことにも一切の躊躇(ちゅうちょ)を感じていないに違いない。

 人としての感情を持たぬ男に親子の情を期待するだけ無駄だということは、子供の頃から嫌というほど思い知らされてきた不動の事実なのだから。


「……ラヴァッレ卿。有事の際は一旦クラブを(かく)(みの)にして、ほとぼりが冷めたのちクーデール商会の馬車で黄都を脱出する、というのが当初の計画でしたよね?」

「ええ、それがどうかなさいましたか?」

「少なくとも今、この屋敷には、今夜私がラヴァッレ邸に現れると予期していた人間がいます。だからこそ会場に私の偽者を用意し、憲兵隊を動かした。だとすれば上の騒ぎはあらかじめ計画されていたものだということになり、あなたが救世軍の協力者であることも、とうに露見していたということになります」

「……! となれば……私が懇意にしてきた商会や社交場などは、既に調べ上げられている可能性が高い、ということですか」

「ええ。そして仮にそうだとすれば、私たちが避難先として想定しておいた場所には事前に国の手が回っているか、あるいは無事逃げ込めたとしても、すぐに捜査の手が伸びるはず。つまり当初の脱出計画は使えないと考えた方が賢明です」

「そういうことでしたら……実は以前、いざというとき黄都を脱出する手段として用意しておいた船があります。偽名を使ってひそかに購入したものですので、まだ足はついていないかと」

「船……ということは、ベネデッド運河を使って脱出するということですね。それなら運河の上流にある救世軍本部(ロカンダ)を目指すのにかえって都合がいいわ」

「ですが郊外の船着き場まで無事に辿り着けるかどうかが問題です。何より船での即時脱出は想定外で、水夫(かこ)の準備がありません」

「いや、川船ってことは手漕ぎだろ? ならここにいる人数で交代で漕げば何とかなる。最悪黄都さえ脱出できれば、あとは途中で人手を雇ってもいい。船着き場までは祭の仮装に乗じて、顔を隠して移動すれば何とかなるはずだ」

「ええ。イークの言うとおり、今ならまだ祭の人混みを利用できます。何より憲兵隊は速やかに屋敷を封鎖したことで、私たちを閉じ込めることができたと思い込んでいるはず。とすれば当分は屋敷の中を捜索することに躍起になって、外へは目が向かないはずです」

「なるほど。お二方のお話にも一理あります。では予定を変更して、すぐにも脱出を図りましょう。フィロメーナ様に万一のことがあっては、ジャンカルロ殿に申し訳が立ちませんから」


 そう告げて気丈に微笑むと、ラヴァッレはすぐさま衛士に命じて、葡萄酒庫の奥にある隠し扉を開かせた。が、彼らがその作業に取りかかっている間、フィロメーナの胸には慚愧(ざんき)の念が去来する。


(私のせいだわ)


 こうなることも想定の範囲内だったとはいえ、もう一度アンゼルムに会って確かめたいという自分のわがままのために、皆を危険に晒してしまった。

 ましてやラヴァッレは今回の件で、家も身分も財産も失ったも同然だ。もともと救世軍の一味として暗躍する立場にあったとはいえ、今夜の騒動さえなければ、彼が自分たちと同じお尋ね者になるのはもっと遠い未来の話であったはず。

 だというのに自分が強引に協力を依頼したせいで、彼は一夜にして今日まで築き上げてきたものを失った。今更後悔したところで遅いというのに、フィロメーナは己の無謀な行いが招いた事態の重さに、たちまち押し潰される思いがした。


「……ラヴァッレ卿」

「はい」

「ごめんなさい。可能な限りあなたに迷惑はかけまいと思っていたのに、最悪の結果になってしまって……」

「なんの。私はもともと、ジャンカルロ殿と共に黄都を出て世直しに加わるつもりでいたところを、説得されて渋々この地に留まった身です。あの方には〝貴殿の人脈の広さを活かして陰から救世軍を支えてほしい〟と言われていましたが、本音を言えば、こんな腐臭にまみれた場所にはさっさと別れを告げて、早く清々したいと願っておりました。その望みがようやく叶おうとしているというだけの話ですよ」

「ラヴァッレ卿……」

「一日も早く黄都を離れることを夢見て、準備は常に万端にしておりましたから、あなた様が思うほど私が失うものはそう多くありません。ですからどうかお気になさらず、今はご自身の安全だけをお考え下さい。さあ──では、行きましょう」


 そう告げたラヴァッレの笑顔に励まされ、フィロメーナは頷き、踏み出した。酒棚の裏から現れた出口をくぐり、先頭に立つ仲間の手燭に導かれて暗闇を行く。

 しばらく進むと、背後で隠し扉の閉まる音がした。つられて少し振り返ってみたものの、来た道は既に闇の彼方で何も見えない。行く先も闇、戻るも闇。

 まるで今の自分が置かれた立場を暗示するような状況だった。しかしフィロメーナは己を奮い立て、前を向き、ほんの小さな光を頼りに歩みを進める。


 その先に彼と自分が夢見た未来があると信じて。


 もう二度と、引き返すことはできないのだから。



              ●   ◯   ●



 かつて神々が見ていた夢の中で、エリクとフィロメーナは深く愛し合っていた。


 ゆえにエリクは彼女と共に歩むことを選び、ふたりは手を取り合ってトラモント黄皇国という巨悪に挑んだ。救世軍総帥となったフィロメーナを陰に日向(ひなた)に支え、彼女を勝利へ導いたのだ。かくて革命は成り、かつて黄皇国と呼ばれた大国が覇を唱えた大地には、自由と平等を標榜する新時代の国家が誕生した。

 フィロメーナはそうして生まれた新国家をこれからもエリクと共に導き、守り、栄えさせてゆくのだと信じていた──自らの選んだ革命の道が彼から愛するものを奪い、心を壊してしまうなどとは夢にも思わずに。


『さようなら、フィロメーナ。君の幸せを心から祈っている』


 そんな書き置きだけを残して彼が消えた日の記憶は、今もフィロメーナの魂に()きついているはずだ。決して消えない罪の烙印のように。

 されどかつて《原初の魔物》と(ちぎ)った者たちの手によって、神々の夢は書き換えられた。というより奪われた夢は粉々に破壊され、神々はそのかけらでもう一度新たな夢を組み上げなければならなくなった。しかし一度割れてしまったものをまったく同じ形に復元するというのは、神々の全能をもってしても難しい。


 何しろいくつかのかけらは《原初の魔物》をも(そそのか)した魔女どもに盗まれたきり帰ってこず、足りないままに物語を進めざるを得なかったのだから。

 ゆえに夢は今、いびつな()()()を生じつつある。壊れる前の夢をなぞりながらもところどころに穴が開き、不完全な形のままに運命の坂を転がっている。


「……やはりおまえは、あくまでも神々の意思に(あらが)うというのですね、エリク・()()()()()()・バルサミナ・セル・デル・シエロ」


 と、白い大地の真ん中で、少女は歪んだ笑みを刻んだ。彼女が見上げた先の天空では、近づきつつあった赤い星と青い星とが、再び別れて距離を置きつつある。


 あのふたつの星が交わることは、もう二度とないのだろう。


「忌々しい、忌々しい、忌々しい──魔界に堕ちた一族め」


 純白の地に似つかわしくない憎悪の言葉は、されどやはり三日月を描く口角から生み出された。少女は狂気の微笑を(たた)えたまま瞳を見開き、思い思いの道を進み始めた星たちを凝視する。彼らの中にただひとつ、ぽつんと取り残されて心細げに明滅する、もうひとつの赤い星の姿を蒼眼の内に閉じ込めるために。


「ですが、いいでしょう。おまえがあくまで神意に逆らうと言うのなら──その身に流れる血の罪を、違う形で(あがな)わせるまで。おまえはおまえの選択を、必ずや悔いることになりますよ、エリク」


 少女の言葉は預言であり、予言だった。



              ●   ◯   ●



 青き星がふたつに分かたれる。


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