勇者討伐いたしまして
謁見の間が眩い程の光に包まれ、瞬間視界が遮られた。
そして光が消えた後、違和感を覚えた。
「元に戻っている」
両腕を切り落とされた筈が、身体には傷一つ残っていなかった。
「リーリアの力か……」
その彼女は気を失い倒れていた。
セルジュは徐に近付くと抱き上げる。
「ベルノルト、勇者をフェーニスへ運んでおけ」
「御意」
リーリアを彼女の部屋のベッドに寝かせると、セルジュはフェーニスの森へと向かった。
城から数キロ離れた場所に位置するフェーニスの森。そこは凶悪な魔物達の巣窟だ。
その場所に、気を失い口から泡を吹いている勇者とその仲間を運ばせた。
少し開けた場所に粗雑に転がされた勇者等は程なくして目を覚ました。
チョロチョロと逃げられると面倒なので、手や足は縛ってある。
「ゔっ……ここは……。っ‼︎ ま、魔王⁉︎」
リーリアからの攻撃で大分弱っている勇者はセルジュの姿を見て叫んだ。
一々リアクションが大袈裟で不愉快極まりない。
「先程は随分と舐めた真似をしてくれたな」
別に腕を切り落とされたくらいで腹を立てている訳ではない。正直そんな事は瑣末な事だ。
セルジュが許せないのはリーリアを人質にした事だ。幸いにも彼女は無事だったが、傷つけようとした事が許せない。
「一度目は捨て置いたやったが、二度はない」
初めに現れた時は大した関心もなかったので、そのまま逃してやった。だが懲りもせず再びやって来るとは本物の馬鹿としか言いようがない。
セルジュは手を動かし合図を送ると、森の奥からドスドスと大きな音が聞こえてくる。
「ケルベロス、食事の時間だ」
漆黒の美しい毛並みの犬が現れ、セルジュへ尻尾を振る。
その風貌は三つの犬の頭を持ち、身体は五メートルを超える。
本当は城で世話をしてもいいが、図体が大きいので邪魔になるのでこの森で放し飼いにしている。それにセルジュには従順だが、それ以外の者達には凶暴で手が付けられないのも理由の一つだ。
「ま、待ってくれ! 謝る! 誠心誠意謝るから、俺を見逃してくれ‼︎ こいつ等は煮るなり焼くなり好きにすればいい!」
「勇者様っ⁉︎」
「ちょっと、冗談でしょう⁉︎」
「信じられない……」
「五月蝿いっ! お前等の代わりは幾らでもいるが、俺の代わりはいないんだよ‼︎」
仲間内で罵り合う様子は無様で見るに耐えない。
セルジュは鼻を鳴らす。
「そう案ずるな。四体しかないんだ。一体ずつにして勇者、お前の身体は三つに分ければ喧嘩にもならない筈だ。なあ、ケロベロス?」
グヴゥゥ〜。
嬉しそうに喉を鳴らす。
「先ずはお前の身体を三等分にしてやる」
「え……うわあ"あ"あぁぁ‼︎‼︎‼︎」
綺麗に斬ったつもりだが、早くしないと流石に息絶えるだろう。意識が残る中で自分が喰らわれる様を感じさせてやらないと意味がない。
「嫌だッ、まだ死にたくない、死にたくないッ! 死にたくないんだっ‼︎‼︎‼︎ 助けてくれ、助けっ……ゔッ……ーー」
ケルベロスの口の中でグシャリと潰れる音と同時に声もしなくなった。
「い、嫌……いやっー‼︎‼︎‼︎」
興味が失せたセルジュは踵を返す。
残りの三体が喰らわれる音が背中越しに聞こえた。
城に戻るとその足でリーリアの元へと向かった。
まだ眠っている彼女の頭をそっと撫でると、僅かに開いていた唇から声が洩れる。
「んっ……セルジュ、さん? ……私」
琥珀色の瞳を何度も瞬きさせる姿に思わず頬が緩むのを感じた。
こんな時、ヒシヒシと実感する。少しずつ自分が彼女の影響を受け変化している事を。
「身体は、大丈夫か?」
「はい、特に問題ありません……」
本人も言っている様に外傷はなく、気を失ったのは力を使い過ぎた所為だと思われる。
「それで、彼等は……」
「また逃げて行った。だが心配は要らない。流石に今回の事で懲りた筈だ。もう二度と現れないだろう」
あの時確かにリーリアの勇者への怒りを感じたが、本当の事は言わない方がいいだろう。
気の優しい彼女の事だ、自分の所為だと落ち込むのは目に見えている。彼女を傷付けたくない。
「それならいいんですが……あ!」
「どうした」
「セルジュさんの怪我は……」
ハッとした顔をして勢いよく飛び起きた。そしてセルジュを凝視する。
眉根を寄せ、肩や腕や指をペタペタと入念にチェックする。
「腕が、戻ってます……凄い……」
感嘆の声を上げる彼女に笑いが込み上げてきた。
「腕を治したのはリーリアだ」
「え……」
「流石の俺でもここまで速く再生は出来ない」
面白いくらいに目を見開き固まる彼女を抱き寄せながら、何が起きたかを説明した。
◆◆◆
勇者が再来したと聞いた時はどうなるのか心配になったが、どうやら無事追い払う事が出来たらしい。
セルジュから話を聞いたリーリアは胸を撫で下ろした。そして可笑しくなってしまう。
本来ならばリーリアは勇者側であった筈なのに、こんな風に思うなんて妙な気分だ。
あの時、勇者から説得をされたが何の未練もないと気付いた。勿論人間を裏切ったつもりはないが、魔王城で自分を必要としてくれる魔族達がいる限りこの場所にいると決意した。
(人間とか魔族とか関係ない。私は彼等と一緒にいたい)
これまで何処に居ても自分の居場所なんて何処にも無かった。でも今は違う。
魔王城が私の帰る場所だと胸を張って言える。
「本当に私が治したんですか⁉︎」
「あぁ、そうだ。やはり便利な力だな」
「凄いです!」
自画自賛だが、それだけ驚いたし嬉しかった。
それに何よりも彼の役に立てた事が誇らしかった。
「では、今度お庭に花壇を作ります!」
「花壇?」
「はい! 以前は一輪だけでしたが、もっといっぱい花を植えます」
「そうか。きっとベルノルト達も驚くだろう。ルボルは食べてしまいそうだがな」
「ふふ、確かにあり得ます」
「意外とナータンは喜ぶんじゃないか」
「セルジュさんは、嬉しいですか?」
「あぁ、俺も楽しみにしている」
庭に花壇が出来たら次は花畑を作って魔界中に花を植えたい。
何時か人間と魔族が分かり合える様にと祈りを込めて……。
おしまい




