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26話

「とにかくっ! ルルムは一刻も早くザンブレク城へ行きたいですっ!」


 ここでようやく。

 ルルムはいつもの口調に戻る。

 

 それを見てゲントは少しだけホッとした。


 これまでの彼女はなにかが憑依したようにまるで別人だったからだ。 


「エスデスっ~! こんな姿にさせられてぜ~ったいに許せないですー! ルルム、もとの姿に戻りたいです!!」


 ルルムは記憶が戻っても体はまだ不完全な状態だった。


 なんでも葬冥の魔剣(ケイオスヴァレスティ)と肉体が常にリンクしているような状態のため離れられないのだという。

 エスデスを倒さない限り、どうやらこの呪いは解けないようだ。


「これで魔王を倒す理由がさらに増えたね」


「はいっ! マスター! ぜっ~たいにエスデスを倒しましょうっ~~!!」


 エスデスにはもちろんルルムの姿が視える。


 1000年近く魔境に封じ込めてきた彼女が自分を倒すためにやって来るのを見て、その時エスデスはどう感じるだろうか。


(あ・・・)


 そこでふと。

 ゲントはもうひとつ試したいことがあったことを思い出す。


 ルルムを皆にも視える存在にすること。

 それはゲントにとって最優先課題でもあった。




 ***




 少しの間、その場でじっとしていてほしいとルルムにお願いすると、ゲントは光のパネルを立ち上げてふたたび魔剣のモード選択画面を操作する。


 次に選択したのは絶剱猛怒(アルゴスモード)だった。


 〝相手に力を与える〟という集束裁定型のモードだ。


「ルルム。また魔剣を突き刺しちゃうことになるけど、いいかな?」


「ふぇ? あ、はいっ! もちろんです~!」


「それじゃいくよ」


 先ほどと同じ要領で葬冥の魔剣をルルムの体に突き刺すと、鉄巨人との戦いの時のように、ゲントは与えるイメージを膨らませていく。


  今回ゲントが与えようとしていたのは〝ヒト族〟という種族の壁そのものだった。


(アビリティだって与えることができたんだ。【大賢者】となった今の俺なら、きっとできるはず・・・)


 そのままイメージを強く固め、魔剣をぐっと握り締める。


 すると――。




 スパンパパーン!!




 ルルムの体に目に見える変化が起こった。


「おおおぉぉっ~~!?」

 

 見る見るうちに煌めく輝きに全身が包まれていく。

 

 やがて。


 その波が落ち着くと、ゲントはゆっくりと魔剣を彼女から引き抜いた。


===================================


 絶剱猛怒の権能により、

 種族【ヒト族】を獲得しました。


===================================


 ルルムの目の前に光のパネルが立ち上がる。


「えっ、マスター? これって・・・」


「なんとか今回も上手くいったみたい。たぶん、これでルルムの姿はほかの人にも視えるはずだよ」


「!」


 それを聞いた瞬間、ルルムはハッと口元に手を当てる。

 頬を赤く染め、目頭をうるうると熱くさせた。


「今はこんなことしかできないけどさ。魔王を倒してもとの姿に戻してあげるから。約束だ」


「ううぅっ~~・・・。マスターぁぁぁ、だいすきですぅぅぅ~~~!!」


「うぉっ!?」


 ゲントはそのまま思いっきりルルムに抱きつかれてしまう。


 これもまた彼女なりの愛情表現だということがわかっていたので、ゲントも無理に離れるようには言わなかった。


「いいんですかぁぁ・・・? これじゃ魔剣が視えてしまいますよぉぉ~~!?」


「それは大丈夫。こっちの魔剣は不可視のままだと思うし。ただこの先はまた、ルルムには魔剣の姿になってもらうかもしれない。エスデスを倒すには、フルパワーで挑まないとダメだと思うから」


「もちろんですぅっ!! その時はルルムも全力でお手伝いさせていただきますねっ~!」


 視える魔剣と視えない魔剣の二刀流。

 それに【大賢者】となった今なら、新約魔導書は使いたい放題だ。


 これなら怖いもなしだ、とゲントは思う。


「ほんとにありがとうございますっ、マスターぁぁ~~!!」


 これからもよろしくとゲントが手を差し出すと、ルルムは嬉しそうにそれを握り返すのだった。




 ***




 時を同じくその日の夜。


 ザンブレク城では、玉座の間の長椅子に座り、ひとり頬杖をつく国王の姿があった。


「・・・」


 その肉体に憑依しているのは魔王エスデスだ。


 1000年が経過し、クロノが放った〈氷絶界完全掌握(エンペラーブリザード)〉の効力が消えたタイミングで、エスデスはひそかに人々の暮らす土地へ侵攻。


 グレン王の肉体を奪うことに成功する。


 フィフネルに降り立った当初は、聖剣の加護に邪魔されていたこともあり、体が上手く世界に馴染まず、力を発揮できなかったエスデスだったが、徐々に本来の力が戻ってきていた。


 1000年という時間は、魔族にとってはあっという間だ。

 この期間、エスデスは自身の力をため込むことだけに費やしていた。

 

「そうか・・・あの男が」


 グレン王の肉体に乗り移ったエスデスが光のパネルに目を向ける。


 そこにはゲントの姿があった。


 無限界廊へ飛ばしたはずの召喚士とニセモノ賢者が、偶然にも黒の一帯に辿り着いたことはエスデスにとっては予想外の出来事であった。


 もちろん、まさかそこでニセモノ賢者が魔剣を引き抜くとは想像もしていない。


 のちに魔境の浸食を止められたことに気づいたエスデスは、聖剣を手に入れられないためにザンブレク城の周囲に二重結界を張った。


 これまでは『操作の書』の魔法で臣下たちを操り、優秀な召喚士を炙り出そうとしていたが、それも効率が悪いことに気づく。


 今後はザンブレクの国民から直接魔素(マナ)を奪い集め、それを暴走させることによって、国ごと聖剣を葬ってやろうとエスデスは考えていた。


「やはり戻ってきたか。フフッ・・・。今度こそ子孫もろとも消し滅ぼしてくれようぞ、クロノ・・・」


 まるで愛しいものを愛でるかのように光のパネルに手を伸ばし、ひとりエスデスは微笑むのだった。

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