表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/77

20話

 中学1年で不登校になり、自宅に引きこもっていた頃。


 弦人はとあるゲームに夢中となっていた。

 それは、時空を越える壮大な冒険を描くRPGだった。


 主人公の名前はクロノ。

 弦人の憧れの存在でもあった。


 そのゲームをプレイをしている間だけは、学校でのつらい出来事を忘れることができた。


 〝こんな世界に自分も入ることができたら〟


 そんな願望を持っていた弦人の目の前に。

 ある日、突然女神が降り立つ。


(女神さまに会うのは、あれがはじめてじゃなかったんだ)


 12歳だった弦人の前に現れたのは、神界第4区域に住むプロセルピナという女神だった。


 偶然にも弦人の実家の地名は天神町。

 そういう意味もあって、当時から女神が降臨しやすい土地に住んでいたことになる。


 プロセルピナは弦人の置かれている状況に同情し、異世界へと送るために降臨したのだった。


(そして、俺はここフィフネルに降り立った。賢者クロノとして――)


 憧れたゲームの主人公のように、世界を変革する存在になりたい。

 そんな想いがあったため、弦人は自身をクロノと名乗った。


 そのあとの活躍は史実のとおりだ。

 

 規格外の魔力総量を武器に、クロノは圧倒的な力をもって異世界フィフネルを平和へと導く。


 そのあと。

 子供たちがそれぞれ五ノ国の国王になるのを見届けると、弦人は人間界へと戻っていく。


 20年もの長い期間、フィフネルで過ごしてきたため愛着があったが、いつまでも異世界の中に逃げ込んでいるわけにはいかないという気持ちが弦人の中にはあった。


 引きこもっている現実に立ち向かわなければならない。


 そんな思いもあったため、弦人は筋トレにも成功し、ふたたび学校へ通うことができるようになる。


(けど俺は、もう一度フィフネルへ戻って来るつもりでいた)


 クロノとしてやり残したことがあったのだ。


 ひとつ目は、人々の体内から魔素(マナ)を消し去れなかったこと。

 かつての〝魔素が存在しなかった世界〟が正しいフィフネルの姿だと弦人は考えていた。


 魔法は時に便利だが、それによって新たな争いや格差が生まれ、フィフネルの環境はがらりと変わってしまっていた。


 その状況をもとに戻したいと弦人は考えていたのだ。


 ふたつ目は、人々の領土を取り戻せなかったこと。

 つまり黒の一帯をそのまま放置してしまったことである。


(でも、これはこの世界にまたやって来てからすぐに解決したんだよな)


 無限界廊へ飛ばされたことも、魔境に辿り着いたことも、そこで魔剣を引き抜いたことも・・・。

 すべて偶然の産物だったが、弦人は無自覚のうちにこのふたつ目の目標を達成していた。


 そして最後。

 これがもっともやらなければならないことだった。


(そう・・・魔王を倒すことだ)


 魔王を倒さない限り、人々の体内から魔素は消えないからだ。




 が、当時のクロノにはそれは不可能な課題であった。


(なぜなら、魔王を倒すには魔剣が必要だったから)


 当時、クロノはレベル10の伝達魔法を使って、神界にいるプロセルピナにこのことを訊ねて確認していた。


 なんでも魔族には魔法がまったく効かないらしく、物理攻撃もまたほとんど意味をなさないのだという。


 魔族相手には、彼らが生み出した魔具しか効き目がないとのこと。

 つまり、魔王が持ち込んだ魔剣なら、唯一ダメージを与えることができるというのがプロセルピナの見解だった。


 そして、その魔剣は黒の一帯に突き刺さっているという話だった。


 だが、ヒト族であるクロノにはそれを認識することができない。

 魔具は魔族しか視ることができず、扱うこともできないからだ。


 だから、次にフィフネルへ降り立つ時は、弦人は魔族として転移する必要があった。


 では、種族の壁を一気にぶち抜いて魔族となるにはどうすればよいか?


 プロセルピナによれば、【大賢者】の資格を持って新たに異世界転移すれば、ヒト族にも魔族にもなれるという話だった。


 ただし、ここが問題であった。


 人間界から【大賢者】の資格を持って異世界に転移するには、40歳を迎えるまで待たなければならない。


 しかも、ただ待つだけではない。


(40歳まで童貞を貫くこと。それが【大賢者】の資格に辿り着く唯一の方法だった)


 嘘みたいな話だが、プロセルピナは大真面目にそのことをクロノへと伝える。


 なんでも異世界では童貞には聖なる力が宿るらしく、40歳までそれを貫徹すると偉大な能力が得られるという話だった。


(だから、どこかの異世界作品の主人公が言ってたセリフは、あながち間違いじゃなかったことになるな)


 とにかく。

 そんな理由もあって、弦人は人間界で童貞を貫くことになった。




 人間界へ戻ると半年ほどの月日が経過していた。


 この間はディアーナが告げたように、弦人はNPCとして行動を取っていたため、特別日常生活で問題は起こらなかった。


 また弦人は、異世界から立ち去る際に『滅亡の書』、『蘇生の書』、『誓約の書』を持ち出している。

 この3冊の旧約魔導書は、残しておくと特に危険だったためだ。

 

 今はゲームの攻略本に姿を変え、マンションの押し入れに入っている。


(フェルンさんが探してる『蘇生の書』もそこにあるはず・・・)


 けれど。

 弦人はそのことすらもすべて忘れてしまっていた。


 なぜなら、異世界から人間界へ戻るとぜんぶ記憶を失ってしまうためだ。


(だから、引きこもってた期間の記憶がずっと曖昧だったんだ)


 こんな風に突然、記憶が戻ったのには理由がある。

 実は、これはクロノが『操作の書』を使って仕組んでいたことだったのだ。


 いずれかの旧約魔導書に触れると、自身の記憶がすべて戻るようにあらかじめ座標を定めておいたのである。


(今回はたまたま『烈火の書』に触れたから記憶が戻ったってわけか)


 すべての記憶が戻った今のゲントにはわかった。


 これまで女性を避けてきたのは、心のどこかで童貞を守らなければならないという思いが無意識のうちに働いていたためだ、と。


 結果、弦人は40歳の誕生日を迎えるまで誰とも付き合うことなく、童貞を貫くことに成功する。


(プロセルピナさまには40歳の誕生日を迎えたら、またフィフネルへと送ってほしいってお願いしておいたんだっけ)


 偶然にもディアーナの上官がプロセルピナだったようだ。


(ディアーナさまは、自分の意思で俺を異世界へ送り込んだって思ってるはずだけど・・・)


 きっと、プロセルピナの差し金だったのだろうとゲントは思う。

 転移者候補のリスト最上位に名前来るように仕向けたとか、きっとそんな感じで。


(同情してくれたディアーナさまには申し訳ない気もするけど・・・。まあ、結果オーライってことで)


 それからのことは記憶に新しい。


 【大賢者】の資格を持って異世界へと送られた弦人は、ふたたびフィフネルへと降り立つことになる。

 クラスFの【堕威剣邪】として。


 あの時はディアーナが転移をしくじったと思ったゲントだったが。


(記憶が戻った今ならわかる。というのも、あれもまた俺が仕組んでおいたことだから)


 人間界へと帰還する直前。


 ふたたびフィフネルに降り立った際は、最初から魔族として転移できるようにと。

 クロノはこのことも『操作の書』を使って座標を定め、仕組んでいたのだ。


 【堕威剣邪】はいわば、真のクラスである【大賢者】へと昇格するためのカモフラージュ。


 クラスFの【堕威剣邪】で転移したからこそ、ゲントははじめから魔族として異世界生活をスタートすることができていたのである。


 ただ、イレギュラーな事態もあった。


(それは・・・あんなにも早く黒の一帯へ辿り着いてしまったことだな)


 本来ならば、なにかのタイミングで旧約魔導書に触れて、すべての記憶を取り戻してから黒の一帯へと向かい、そこで魔剣を手に入れるつもりだったのだ。


 だから、あれは本当にまったくの偶然だったのだとゲントは思う。


 『操作の書』を使ったとしても。

 あそこまで上手い具合に未来を読むことはできなかったに違いない。




 そのほかにも。

 記憶が戻った今ならゲントには理解できることがあった。


 まずは、ルルムが自分だけに視える理由について。


(この答えは簡単だ。魔族だったからこそ、俺はルルムの姿を視ることができてたんだ)


 逆に自分の姿がまわりに認識されていたのは、魔族でありながらもヒト族でもあったからに違いない、とゲントは思う。


 次に魔力総量がゼロでも死なない理由について。

 これもある程度予測ができる。


(たぶん魔族は、魔素の呪縛から解放されてるんだ)


 だからこそ、魔力総量がゼロでも死なない。

 その代わり魔族は魔法が使えない。


 たぶんこの予想はそこまで大きく外れていないはずだ、とゲントは思った。


(魔境で俺だけ調子がよかったのも魔族だったからなんだろうな)


 『幻影飛魔天』でもそうだ。


(透明なモンスターの姿が自分にだけ視えたのは、あそこにいたモンスターは変異的に魔族の血を持って生まれたからに違いない。だから、ヒト族であるレモンさんにはその姿が視えなかったんだ)


 そして。


 ここでゲントは最も重大なことを思い出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ