15話
「王女さま」
「なんでしょう?」
「実は・・・俺、この世界の人間じゃないんです」
「この世界の人間ではない? それは、いったいどういう・・・」
これまで黙って見守っていたレモンが肘でつついてくる。
「ちょっとゲント大丈夫? いきなりなに言ってるの?」
「マスター? まさかぁ、言っちゃうんですかぁ・・・?」
ルルムも不安そうに見守っていた。
けれど、ここで話を止めるわけにはいかない。
ゲントは勢いに任せて続けていた。
「突然こんな話しても信じていただけないかもしれません。ですが、俺はべつの世界からやって来たんです。このフィフネルに召喚されて」
「待ってよゲントっ。召喚されてって・・・どの国でも『召喚の書』の発動は認められてないはずだよ? いったい誰に召喚されたっていうの?」
「それはフェルンさんっていう召喚士の方に。フェルンさんはザンブレクの国王さまに雇われたんです。国王さまは賢者を呼び出そうとしてて・・・。それで間違って俺が召喚されたんです」
「てことは・・・グレン王が『召喚の書』の発動を承認したってこと?」
ゲントが返事をする前にマルシルが割って入ってくる。
「賢者を呼び出そうとしている・・・。たしかにお父さまなら、あり得ると思います」
「そうなんですか?」
レモンの言葉に王女は小さく頷く。
「お父さまは1000年周期論を信じておりますから。お父さまは、世界にふたたびなにか悪いことが起ころうとしてるんじゃないかと、そんな風に考えているのだと思います。そうですか・・・。ゲントさまは召喚されてやって来られたのですね?」
「はい。だから、俺はこの世界の人間じゃないんです。それが今回結婚をお引き受けすることができない理由です。本当にごめんなさい」
深々と頭を下げるゲントを見て、レモンは唖然とした表情を浮かべていた。
「ゲントが召喚されてやって来てたなんて・・・」
「レモンさんもすみません。今まで黙ってて」
急に広間の空気が重くなるのをゲントは感じた。
ルルムが羽をぱたぱたとさせながら、心配そうに体を寄せてくる。
「マスタぁ~。よかったんでしょうかぁ・・・? 本当のことを話してしまって」
「うん。隠しててもしょうがないよ。いいんだ」
ゲントが小声で話していると、レモンはどこか晴れ晴れとした顔となった。
「でも・・・そっか。なおさら納得しちゃったよ」
「納得ですか?」
「みんなが言うようにさ。まさにクロノの再来だって。これまで深くはつっこんで聞かなかったけど、ゲントの強さの秘密がようやくわかった気がするよ」
「つまり、ゲントさまはいずれもとの世界へ帰らなければならないから、だから婚約はできないと。そういうことでしょうか?」
「はい。そのとおりです」
それを聞いて、ルルムがぎゅっと袖を掴んでくる。
ゲントはまわりに気づかれないようにそっと彼女の頭を撫でた。
「・・・」
きっと失望させたに違いない、とゲントは思った。
マルシルはなにか考え込むように、ぎゅっと唇を閉じて黙り込んでしまう。
が。
すぐに顔をパッと明るくさせて両手を合わせる。
「でしたら・・・疑似婚というのはどうでしょう?」
「疑似婚?」
「ニセモノの夫婦になるということです」
「それはわかるんですが・・・。すみません。俺、いつかはもとの世界に帰らないといけないので」
「その帰るまでの期間でぜんぜんかまいません。というよりも・・・これは百歩譲っての妥協案ですね? わたくしはどうしてもゲントさまと結婚したいのです」
「えぇ・・・」
物静かな見た目と違って、性格は少し強情なところがあるらしい。
微笑みながらもマルシルは一歩も引こうとしなかった。
(その笑顔が逆に怖いですって・・・)
「なんか意外~。けっこう強引なんだね、マルシルさまって」
「他人事のように言わないでくださいよ」
「ウチはゲントが幸せになってくれたら、それでいいと思ってるからね~」
「はいはいはぁ~い♪ ルルムもマスターにはぜっ~たい幸せになってほしいですっ!!」
ルルムも拳を高く振り上げながら応援してくる。
どうやらここにゲントの味方はいないようだ。
ただ。
マルシルにもマルシルなりの引けない理由があるようだ。
彼女は静かに本心を口にする。
「ゲントさま。賢者クロノがフィフネルを去ってから、今まさに1000年が経とうとしております。またいつ世界が混沌に包まれるかわからないと不安を抱えている国民も大勢いるのです」
フェルンによれば、1000年周期論を信じている民衆は半々なのだという。
〝半数しか信じていない〟のではなく〝半数も信じている〟と考えれば、マルシルの言葉の意味もよく理解できた。
「先ほどもお伝えしたようにクロノが放った『物質の書』の効力はすでに切れておりました。魔王のような存在が我々の脅威として、またいつやって来るかわからない状態なのです」
「たしかに・・・そうですね」
「そこで最強のゲントさまがロザリアの新たな国王となってくだされば、国民も安心すると思うのです」
このような国民感情の表れが、王選の開催へと結びついたのだとマルシルは付け加える。
彼らは待ち望んでいるのだ。
自分たちを良い方向へと導いてくれる英雄の登場を。




