9話
そのあと。
ゲントは何度か同じように人型クラーケンへの接近を試みる。
しかし。
『わわぁっ!? またですよぉ~マスターぁぁ・・・!』
奥義で相殺しながらゲントは素早く後退する。
(ふぅ・・・ダメか)
魔剣をフロアの床に突き刺しながら、ゲントはこめかみに指を当てた。
何度か試してみてわかったことがある。
それはあるラインを越えて近づこうとすると、人型クラーケンは無条件に攻撃魔法を仕掛けてくるという点だった。
《天駆》と《風纏い》のアビリティを所有するゲントですら近づくのが不可能なほど、相手はあらゆる方角へ向けていっせいに魔法を撃ち込んでくる。
鉄巨人の時と状況が大きく違うのは、ここが狭い空間の中ということだ。
結局は引き下がるしかないという状況をもう何度も繰り返していた。
(それなら・・・こういうのはどうだ?)
葬冥の魔剣をふたたび手に持つと、ゲントは離れた場所から遠距離の奥義を放つ。
「奥義其の25――〈払車滝壺剱〉!」
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[奥義名]
払車滝壺剱
[威力/範囲]
B+/単
[消費SP]
15%
[効果]
対なる剣技を交差させながら叩き込む防御完全無視の二段攻撃。
敵単体に命中率の高い大ダメージを与える。
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ゲントが魔剣を振り抜くと、連なるの双撃波がボスに目がけて飛んでいく。
が。
ドゴォォォン!!
相手も同じように火属性の魔法を放ってこれを相殺してくる。
まさになす術がないといった状況だった。
『どうしましょうぉ~~! あのタコ、まったく隙がありませんっ~~!?』
「ちょっと困ったな」
というのも、これでほとんどわかってしまったからだ。
相手が並のボスではないということが。
(こんな芸当ができるってことは・・・やっぱりそういうことだよな)
フェルンに匹敵するその常軌を逸した力量を目の当たりにし、ゲントは確信する。
間違いない。
目の前にいるこのモンスターこそが叡智の占領者なのだと。
おそらく、長年放置してあった瘴気がたまりにたまって、このような怪物を生み出してしまったのだろうとゲントは推察する。
『ええぇっ~~!? このタコが叡智の占領者さんなんですかぁっ!?』
「たぶんね。それだといろいろ説明がつくんだ」
なぜ『フルゥーヴ伝承洞』に出現するモンスターだけ魔法が使えて、冒険者は使えなかったのか。
理由は単純だ。
この人型クラーケンが味方のモンスターにだけ発動の承認を行っていた。
それだけのことだったのだろう。
魔力総量は高ければ高いほど優先権の及ぶ区域は広くなるわけだが、フェルンによればこれは調整可能なものらしい。
本来ならば、この人型クラーケンの優先権はテラスタル領の全域まで及んでいるはずなのだが、どういうわけかこのダンジョン周辺の狭い範囲にだけ区域を絞っている。
ここでヒントとなるのが先ほどのルルムの言葉だ。
(たぶんこいつは生まれたてで、自分の縄張りを守ることだけに意識が向いてるんだ)
だからこそ、こんな風に極端に狭い範囲に優先権が絞られてしまっている。
こう考えるとすべての辻褄が合った。
ここ最近、エコーズで『生成の書』が発動できなかったり、『治癒の書』が使えたりしたのは、このボスがまだ赤子で魔法の性質をよく理解していなかったためなのだろう、とゲントは思う。
ただ、これは不幸中の幸いと言える。
(こいつが成長したら、どんなバケモノが誕生するかわからない)
テラスタル領全域に及んで、今後魔法が一切使えなくなるなんて自体にもなりかねなかった。
やはり、このまま放置しておくのは危険だとゲントは再確認する。
『そうですっ、マスター! まだあのタコのステータスを確認してませんでしたよねっ?』
「言われてみればそうだね。ちょっと確認してみよう」
『はいっ♪』
距離は少しあったが魔晄に呼びかけると、問題なく敵のステータスが光のパネルに表示される。
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[モンスター名]
ガノンドロフ
[危険度]
S級
[タイプ]
水棲型
[ステータス]
Lv. 72
HP 140000/140000
MQ 270
魔力総量 450万6600
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(ガノンドロフ・・・。危険度はS級か)
昨日、冒険者ギルドへ行った際、張り出されていたクエストのボス危険度は、だいたいがA級~B級の範囲に設定されていた。
それを考えると、このガノンドロフがどれだけ脅威的なボスであるかがわかる。
このまま放置しておくと、鉄巨人に匹敵するほどの力を得てしまうかもしれない。
そしてなによりも。
ゲントの目を引いたのが敵の魔力総量だった。
(450万6600か・・・すごいな)
フェルンに迫るほどの魔力総量だ。
当然、この数値だとテラスタル領の領主を越えている可能性が考えられる。
とにかく・・・とゲントは思う。
今できることは、近づいたり離れたりを繰り返して、相手の魔力を浪費させていくしかなかった。
(こうなれば体力勝負だ)
「ルルム。もう少しだけ、がんばってみようか」
『りょーかいしましたぁっ~!! マスターのお役に立てるよう魔剣へさらに力を送りますねっ♪』
「頼んだよ」
覚悟を決め、改めてラインに踏み込もうとするゲントだったが・・・。
ピッカァァーーン!!
(!)
その時。
これまでフロアの片隅で固まっていたガノンドロフの全身が眩い光をもって輝きはじめる。
『マスターっ! なんかタコの様子が変ですっ~!? 注意してくださいっ!!』
それから虹色に体躯を変色させたかと思えば・・・。
「クゥァゥォピィャ~~!!」
ドカッドカッドカッドカッ!!
いっせいに魔法陣を立ち上げ、攻撃魔法を連続で放ってきた。




