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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.06 モントリニオ丘陵編

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11 四人の冒険者


 突如現れた冒険者たち。決して警戒は緩めずに、その姿を順に目で追ってゆく。


「名のある冒険者かと思ったが、随分と期待外れだな。くたびれた中年パーティか?」


 そう言って笑うのは、先頭の大柄な男だ。年は三十歳ほど。髪を剃り上げ頭皮を晒しているが、対照的に伸びるのは口髭と顎髭だ。口には細く巻いた葉っぱを咥えている。二メートルはあろうかという長身は、体を覆う重量鎧(ヘビーアーマー)と相まってかなりの威圧感だ。


 酒でも飲んでいるのだろうか。動きや口調はしっかりしているが、目が据わっている。


「モルガン、おまえは馬鹿か。奴等の装備を良く見ろ。貧相で腕輪もない」


 大柄男の背後から歩み出てきた若い男。身長は俺よりも僅かに低い。黒髪の短髪に鋭い目付きはレオンを彷彿とさせるが、この男の方がより薄暗く、凶悪な雰囲気を漂わせている。全身を覆う黒の軽量鎧(ライトアーマー)と腰の長剣(ロングソード)を見る限り、剣士に間違いない。


「強いて言えばひとり。ランクAか。そこそこできる奴がいるようだな」


 剣士からの鋭い視線を受け、緊張を隠せない。モルガンと呼ばれた大男よりこいつの方が危険だ。その直感を肯定するように、ラグが左肩の上で威嚇の唸りを上げ続けている。


 すると腕組みをして立つ剣士の隣へ、長弓を握った男が並んだ。


「困窮した賊が食料でも捜しに来たんかよ? こんな所をうろちょろして、俺たちに狩られても文句は言えんよ」


 年は俺と同じくらいか。胸元まで伸びた黒髪。薄ら笑いの浮かぶ唇には八重歯が覗いている。身長は百八十ほど。引き締まった体に長い手足だが、随分と不釣り合いな印象だ。


 弓矢使いは武器を背中へ担ぐと、腰に提げた短剣(ショートソード)を素早く抜いた。爛々とした目とだらしなく緩んだ口元。この状況を楽しんでいるのは明らかだ。


「丁度、魔獣退治にも飽きてきたところだったんよ。軽く手合わせしてくんねぇ? それか、怪我をしたそいつを置いていってくれるって言うんなら、喜んで買うよ」


「ギデオン、ひとりで遊ぶな。儂たちの分も残しておけよ」


 背中を丸め、右手の中で短剣を転がす弓矢使いに、モルガンと呼ばれた大男が呑気な口調で言う。


 どいつもこいつも気味が悪い。相手の目的は判然としないが、こちらへ危害を加えようとしているのは明らかだ。となれば、このまま静観しているわけにもいかない。


 近付く男を牽制するため、即座に剣を引き抜いた。こいつの言動が理解できない。


「止まれ。あんた正気か? 手合わせうんぬんの前に、こっちは怪我人がいるんだぞ」


 三人の後ろでは長衣を着た男が無表情のまま静観している。そいつを目に留め、威圧を込めて睨んだ。


「あんたは魔導師だろうが。治癒魔法くらい使えるんだろ。こいつの手当てが最優先だ」


 左手に魔導杖(まどうじょう)。身に付けているのは黒の法衣。どう見ても魔導師に間違いない。年は三十過ぎ程度。黒の短髪で色白の肌。手前の弓矢使いを越える長身と細身の体は、強風が吹けば簡単に折れてしまいそうだ。


 魔導師はこの中で一番まともに見えるが、こんな奴等とパーティを組んでいる時点で正常な思考をしているとは思えない。


「私が彼を治療する? そうすることで、私にどんな見返りがあるというんだ?」


 やはり、歪んだ思考の持ち主というわけだ。


「あんた、自分が何を言ってるのかわかってるのか? 見間違いとはいえ、あんたの仲間が俺たちを攻撃したんだぞ。その落ち度を穴埋めするのは当然だろうが」


 悪びれた様子もない。感情を持たない人形たちと話している気分だ。


「矢を抜いて応急処置はしやしたが、このままじゃ、ナタンは満足に動けやせん」


 ジョスは、ナタンの膝へ手を当てながら呻くように言う。それを聞いたドミニクが、お手上げだというように両手を天へと向けた。


「何とかしてもらえないもんかねぇ。俺たちもこの森で、もうしばらく狩りを続けなくちゃならないんだわ」


 だが四人はドミニクの訴えにも耳を貸そうとしない。こちらの出方を窺うように気味の悪い視線を投げかけてくるだけだ。


 ドミニクが怒りを堪えている気配がはっきりと伝わってきた。不慮の出来事とはいえ、目を掛けている部下のひとりが負傷した。助けたいと思うのは当然のことだ。


 街中での騒動ならば、衛兵が取り仕切ってくれる。しかしここは彼等の責任や感知の及ばない場所。たとえ仲間を(あや)めたとしても罪に問われることはない。常に死と隣り合わせの危険な職業。それが冒険者だ。


「見返りだのなんだの言ってる場合か?」


 ナタンを見殺しにはできない。魔導師へ直接頼み込もうと、彼に近付いた時だった。俺の目は魔導師の右手へ釘付けになった。そこには手綱が握られ、茂みの奥から一頭の馬が姿を現したのだ。


「なんで?」


 それ以上、言葉が続かなかった。


 真っ白な馬というのは少なくない。だが色艶の良い毛並みと雄々しい鬣。そして品格を漂わせる端正な顔付き。何より目を惹くのは背負った鞍だ。何度となく跨がり、数日間を共に過ごしたこともある間柄。そこへ刻印された家紋を見間違えるはずもない。


 咄嗟に魔導師の顔を睨み付けていた。無表情のまま棒立ちしているその顔へ、剣の切っ先を向けて身構える。


「答えろ。なんでてめぇが、びゅんびゅん丸を連れてるんだ」


「あ? おまえ、あのザコと知り合いか?」


 答えたのは、モルガンという大男だ。口元へ下卑(げび)た笑みを浮かべたまま、咥えた葉巻きを上下へ揺すってみせた。人を小馬鹿にしたような対応を見せられ、苛立ちだけが募る。


「人が酒を飲んでるのに、どっちが強いか手合わせしろとしつこくてな。儂がガツンと打ちのめしてやったわ。この馬は戦利品だ。ただ、全く言うことを聞かないんでな。グレゴワールが薬を与えて、調教している最中だ」


 そう言って、背後の魔導師を親指で示した。


 確かに、びゅんびゅん丸には本来の精気が窺えない。いつもの雄々しい印象は薄れ、しなびれ年老いてしまったように見える。


「あいつは。ナルシスはどうした」


 モルガンは興味もなさそうな顔をして、鼻から息を吐き出した。


「知らん。ザコには興味ないんでな。街の入口に放置してきたが、今頃はどこかで野垂れ死んでるかもな」


 もう我慢の限界だった。飛び出そうとした瞬間、誰かに肩を掴まれた。


「碧色様、ここで騒ぎはまずいねぇ……敵の根城の目の前だ。気付かれる前に一度離れた方がいい」


 ドミニクがそっと耳打ちしてきたが、暴れ出しそうな程の激しい葛藤が胸の中に渦巻いている。その感情をどうにか制御しようと、剣を収めて深く息を吐き出した。


「なんだ。怖じ気づいたんかよ?」


 ギデオンと言ったか。好戦的な弓矢使いは拍子抜けした顔で構えを解いた。


 俺は四人の顔を順に見回し、最後にびゅんびゅん丸の姿を目に焼き付けた。

 勝負に負けたとはいえ、兄弟同然の愛馬を奪われたナルシスが心配だ。あいつの抱えた悔しさが、手に取るように伝わってくる。


「その馬は、乗り手を選ぶ利口な奴だ」


 左肩からラグが飛び上がった。それと同時に前傾姿勢を取り、ギデオンへ向かって駆ける。


 相手が身構えるより、こちらの踏み込みの方が速い。鞘に収めた長剣を腰から外し、気合一閃で突きを見舞った。


「がっ……」


 苦悶の表情で背中を丸めたギデオン。その顔を思い切り蹴りつけ、脇へと転がした。


「野郎!」


 大剣を手にモルガンが迫る。大きく振り上げられたそれを捉え、左手の中へ隠していた物を親指で弾き出した。


 モルガンの足下が(またた)く間に凍り付く。相手の足下へ投げ付けたのは氷の魔法石だ。先程、剣を収める振りをしながら、革袋の中から抜き取っておいたものだ。


 予想通り相手は足を滑らせ転倒した。重量鎧を着ているものの、兜を被っていない。剥き出しの顔面を蹴ると、モルガンは氷の上で大きく回転。そこへ追撃となる雷の魔法石を投げ付けた。


轟響創造(ラクレア・トネール)!」


 直後、グレゴワールと言う名の魔導師が青白い雷球(らいきゅう)を放ってきた。まともに受ければ全身を焼けるような激痛が襲い、痺れを伴う強力な電撃魔法だ。


 だが、今の俺には恐れるに足らない。

 鞘を左手で押さえ、眼前の雷球目掛けて刃を抜き放った。


「てめぇらの汚ねぇ手で、その白馬に触るんじゃねぇ!」


 両断された魔法が大気に溶けて消える。青白い光の吹雪を走り抜け、驚きに目を見開く魔導師へ肉薄。相手の眼前で体を回転させ、素早く背後へ。杖を手にした左腕を捻り上げ、首筋に刃を突き付けた。


「馬は返して貰う。てめぇも、このまま死にたくねぇだろ。さっさとあいつを治療しろ」


 グレゴワールは苦悶の声を上げる。


 モルガンとギデオンが身を起こそうとしている中、腕組みをしたまま固まっている剣士。驚きに目を見開いたその顔を、真っ向から睨み付けてやった。

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