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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.06 モントリニオ丘陵編

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04 王の左手


「そこを何とかお願いします!」


「ダメなものはダメだ」


 テーブルに両手をついて頭を下げたものの、返ってくるのは否定の言葉ばかりだ。


 シルヴィさんが通話を交わしてから三日後。他のパーティの様子を見てくると言っていたフェリクスさんが、ついに戻ってきた。彼等の仕上がりは上々だと満足げだが、間もなく王都アヴィレンヌで催される国王の生誕祭を嫌がり、すこぶる機嫌が悪い。


“リュシー。フェリクスが部屋に来いって”


 奉仕活動から戻るなり、待ち受けていたシルヴィさんに声を掛けられた。


 それにしても、この変わり身の早さ。通信の翌日には淫乱メイドは鳴りを潜め、胸を隠しただけのブラトップと、太ももが露わになったショートパンツという見慣れた軽装姿へ戻った。メイドより過激な姿のはずなのに、何の抵抗もなく受け入れてしまうのはなぜだろう。


 そうしてふたりでフェリクスさんの部屋へ出向いたのだが、いきなり説教が始まった。


「確かに、今回おまえが巻き込まれた件には素直に同情してやる。だがな、俺には何の関係もない。俺が約束したのは、一ヶ月間の猶予を与えるって話だ。おまえが二ヶ月も活動停止をくらったせいで、俺の計画は一ヶ月も遅れてるんだ。そうだろ?」


 大股を開いて椅子に腰掛けているが、今にも飛びかかってきそうな勢いはまるで獣だ。太ももに肘を乗せた前のめりの体勢で、険しい視線を投げ続けられている。


「納得してない、って顔だな」


 体を揺すって舌打ちを漏らしているが、こちらとしても絶対に譲れない。


「さっきも言いましたけど、マリーが戻り次第、もう一度、霊峰れいほうアンターニュへ行かせて欲しいんです。一週間程度で戻りますから」


 新たな剣も手に入れた。後は腕輪とマリーさえ戻れば、すぐに水竜女王へ会いに行ける。いや、一刻も早く会わなければならない。

 フェリクスさんとシルヴィさんには、霊峰でセリーヌの行方を知る人に会ったと嘘をついた。マリーと共にその人を訪ねることが、情報を知る条件だとも。


「兄を探していたかと思えば、お次は魔導師のお嬢さん……おまえの仕事は人捜しか?」


 やはり今日は虫の居所が悪い。いつもは、こんなに凄味を効かせる人じゃないんだが。


「とりあえず、落ち着いて俺の話を聞いてください。あのふたりは、俺の人生に欠かせない存在です。何としても探し出したいんです」


 フェリクスさんの目を見据え、一言一言を噛み締めるようにゆっくりと言葉を紡いだ。

 それを聞き終えると大きく息を吐き、椅子の背もたれへ体を預け直した。


「リュシアン。おまえが、言い出したら聞かない奴だってことは重々承知だ。この街へ留まると言い出した時だってそうだ……今更、おまえを縛り付けられるとは思っちゃいないが、手放すわけにもいかない俺から、条件を出したい。それくらいはいいだろ?」


「条件って、何ですか」


 嫌な予感がする。計算高い上に口も上手い。このまますんなり引き下がるわけがない。


「そう警戒するな。なぁに、簡単なことさ。霊峰へ行った後も、おまえは兄とセリーヌを好きなだけ探せばいい。その代わり、マリーってお嬢さんを俺に預けろ」


「マリーをですか!?」


「そうだ。シルヴィから聞いた話じゃ、相当な治癒魔法の使い手らしいじゃないか。おまえが戻って来るまでの身代わりとして、このパーティの一員として働いてもらう。お互い、すべてが丸く収まるんだ。最高だろ?」


 勝ち誇った笑みが憎らしい。どうすればここを切り抜けることができるだろうか。


「マリーの意思はどうなるんですか。彼女がそれを了承するかどうか」


「俺の知ったことじゃない。おまえが了承させるんだよ。ふたりを探したいんだろ。だったら、力尽くでも言うことを聞かせるんだ」


 俺を見据える目がそっと細められた。背筋が凍るような冷たい視線だ。


「逃げられると思うな。前回のようにはいかないぞ。こっちはランクLの権限を使って、加護の腕輪の位置情報を素早く入手することだってできる。忘れるんじゃないぞ」


「穏やかじゃありませんね……」


 もう、苦笑しか出てこない。フェリクスさんには多大な恩もあるし逃げるつもりもないが、あのふたりを捜し出すまでは、こちらとしても引くつもりなど毛頭ない。こうなると、マリーを説得する以外に道はない。


「リュシーを好きにさせるなんて、このパーティはどうするつもりなの?」


「新しいリーダーを立ててやる。本来ならシルヴィ、おまえさんが適任だと思っているんだがな……姉御肌で、面倒見も良い」


「そんな面倒な役目は御免だわ」


「だろうな……さて、この話はもう終わりだ。後はリュシアンが、マリーを口説き落とせるかどうかに懸かってるんだからな。それができなければ、霊峰行きも人捜しもあきらめろ。シルヴィ、そこにある酒を持って来てくれ」


「なんで、俺にそこまでこだわるんですか?」


「きゅうぅん……」


 大きく伸びをするフェリクスさんへ問うと、左肩に乗ったラグまで困ったような鳴き声を上げる。


「俺としても、おまえの力と存在を見過ごすわけにはいかないんだ。それくらいの逸材なんだよ。おまえなら、俺の代わりに“王の左手”を務めることだってできる」


「無理ですよ。“王の左手”は、ランクLから更に選ばれた五人っていう狭き門ですよね。フェリクスさんはともかく、俺なんてランクAで足踏みしてるんですから」


「いいや。おまえが本気になれば不可能じゃない。全身を碧色の光で包むあの技を磨けば、もっともっと強くなれるはずだ」


 間違いなく、竜臨活性ドラグーン・フォースのことだ。


「俺と入れ替わってくれれば、これ以上の喜びはないさ。“王の左手”。名誉ある称号だが、縛られるのは御免だね。本音を言えば、その権力を頂くだけで充分なんだがな……」


「ちょっと! どこで誰か聞いているかわからないんだから、滅多なこと言わないで」


 酒樽を右小脇に抱え、左手には三つのグラス。咎める口調とは裏腹に喜色満面のシルヴィさんが、四人掛けテーブルの椅子を引く。


「なんだ、シルヴィ。生誕祭にはランクS以上が招集されるんだ。おまえも同じだろ。“王の左手”なんて言ったって、来賓のもてなしと要人警護さ。それと、王に箔を付けるための宝飾品代わりってところか」


「もぅ。毎年、この時期は不機嫌になるんだから……こっちにまで当たり散らすのはやめてよね。せっかくのお酒が不味くなるわ」


 テーブルに置いた樽を嬉しそうに撫でているが、フェリクスさんが土産として持って来たということは、かなりの上物に違いない。


 このアンドル大陸を収める国王、ヴィクトル=アリスティド。六十三歳となる彼だが、その誕生を祝う祭りは三日三晩催される。“王の左手”の栄誉を持つフェリクスさんもまた、各国の要人を持て成すひとりとして、必ず出席することを義務付けられている。


「おまえは気楽でいいな。城の周りで、見張りだけしていればいいんだ」


「御免なさいね。今年はリュシーと、愛に満ちた王都観光をする予定なの」


「そうですか。妬けちゃうねぇ……」


 ふたりがやり取りしている間にも、栓を抜かれた樽から、深紅の葡萄酒が注がれる。樽へ閉じ込められていた芳醇な香りが解放され、部屋中に広がってゆく。

 普段は固形物にしか反応しないラグも、必死に鼻を動かしている。


 と、その時だ。不意に扉をノックする音が響いた。


「誰だ?」


「おくつろぎの所、誠に申し訳ございません。店主のジャコブですけれども。こちらの部屋に、リュシアン君はいらっしゃいますか?」


 扉を開けると、怯えた表情で俺を見る。


「どうしたんですか」


「一緒に来てください! 宿の前に傷を負った男が倒れていて、リュシアン=バティストを呼んで欲しいと……」


 慌てて外へ出ると、外壁にもたれるひとりの中年男性がいた。皮鎧や衣服は破れ、引っ掻き傷の他に、噛み付かれた跡や斬り傷まで残されている。腰へ下げた短刀が目に付いた。


「賊か?」


「恐らくそうだと思います」


 背後からつぶやかれたジャコブさんの震え声を聞きながら、男の側へしゃがむ。


「しっかりしろ。俺がリュシアン=バティストだ。誰の使いで来た?」


 ゆっくりと顔を上げた男は震える腕を持ち上げ、手にした赤い布切れを見せてくる。


「これを付けて……王都アヴィレンヌへ……仲間が……待ってる……」


「アヴィレンヌ!? 仲間ってどういうことなんだ? おい! しっかりしろ!」


 使命を果たして気が緩んだのか、男はそのまま事切れた。だが、これほどの傷を負っているとなれば、ただ事では済まされない。


「焦臭くなってきたな……王都で何か、不穏な動きがあるのか?」


「生誕祭も近いし、それを狙って馬鹿なことを考える連中がいてもおかしくないわね……」


 後ろから、フェリクスさんとシルヴィさんの会話が聞こえてきた。


「リュシー。何か心当たりはある?」


「あるわけないでしょう。王都なんて、ここ何年も行っていませんから」


 だが、このままにはしておけない。俺が王都へ行く機会を狙ったような事件に、言いようのない胸騒ぎがする。

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