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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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09 竜は名を呼び、夢は爪痕を残す


 温かく、柔らかく、なめらかな感触。

 甘い香りまでして、どう考えても普段使っている枕じゃない。


「きゃっ。あの……あまり触られると、くすぐったいです……」


 枕が喋った。


 そんな馬鹿な、と思う一方で、心地よすぎて手が離れない。


「あと五分だけ……」


 逃すまいと抱き寄せ、頬ずりをしながら感触を堪能する。

 指先に伝わる柔らかさが、やけに現実的だ。


「あの……本当に困ります……」


 主人を拒むとは意味がわからない。


 それにしても、本当に素晴らしい枕だ。

 後頭部を支える安定感、横を向いても耳が収まる溝。まさしく俺のための形状だ。


 至福に浸っていると、隣で何かが暴れる気配がした。


「ちょっと、ナルシスさん」


「いい加減に起きたまえ!」


 怒号と共に頬を叩かれ、意識が跳ね上がる。


 目を開けると、隣にはナルシスが地面に寝かされていた。


「どうして君が姫の膝枕で、僕がコートなんだ。どう考えても逆じゃないか」


 見れば、丸められた白いロングコートが後頭部に敷かれている。


「膝枕?」


 恐る恐る顔を上げる。


 柔らかそうな双丘が視界いっぱいに盛り上がっている。

 その向こうから、セリーヌが静かにこちらを見下ろしていた。


 驚きと恥ずかしさが一気に込み上げ、慌てて体を起こした。


「がうっ」


 左肩に、ラグが舞い降りてくる。


「あれ? 力が……消えてる」


 本来なら三十分は続く力のはずだ。それ以上の時間、意識を失っていたらしい。


「俺は……どうして?」


 膝の感触が名残惜しくて、思考が鈍る。


「何か、大事なことを忘れている気が……」


 いや気のせいだ。膝枕以上に大事なことなんて、あるはずがない。


 ナルシスは悔しさを隠そうともしない。

 実に愉快だ。俺は選ばれた。


 コートを脱いだセリーヌは、例のぴったりとした紺色の法衣一枚だ。

 胸元から膝上までを隠しただけの露出度。この法衣を手掛けた職人は天才に違いない。


「魔獣を退治した後、それを操っていた男性と話したことは覚えていらっしゃいますか?」


「もちろん。忘れるわけがねぇ」


 怒りが、ゆっくりと腹の底から蘇る。


「あの後、怒りに任せて魔獣の顔を斬りました。ですが、足を滑らせ、頭を打って気を失われたのです」


 説明を聞き、ようやく記憶が繋がった。


 セリーヌの援護を受け、ふたりで魔獣を追い詰めた。最後は必殺技を叩き込み、魔獣の半身を抉り取った。


 そこまで思い出すと、ナルシスが笑った。


「君と姫が魔獣を? 君のような駆け出し紛いにどうこうできる相手ではなかった。特に、そんな古びた剣ではね」


 品定めする視線が、セリーヌへ向けられる。


「すべてお見通しだよ。姫の素晴らしい魔法で魔獣を仕留めたんだね。彼のような下民に、みすみす手柄を渡すことはない。そんな奥ゆかしさも実に眩しいね」


 魔獣を操っていた男よりも腹立たしい。


「おい。そろそろ殴ってもいいか?」


※ ※ ※


 街へ戻り、宿で一夜を明かした。

 翌朝、街長へ報告を済ませる。


 ナルシスはびゅんびゅん丸での帰還を主張したが、セリーヌが丁重に断った。


「馬車での移動が気に入ってしまったもので」


「仕方ない……では、ヴァルネットで」


 ナルシスはすぐに俺を睨んできた。


「くれぐれも、姫に失礼のないようにな」


「わかった、わかった。さっさと行け」


 肩を落としたナルシスを見送り、ひとりほくそ笑む。

 これでようやく、セリーヌとふたりきりだ。


 意気揚々と馬車に乗る。

 向かい合わせに設置された木製ベンチに、並んで腰を下ろした。


「そういえば、セリーヌの目的は達成できたのか?」


「はい。お陰様で滞りなく」


 魔獣のリーダーを取り逃がした。

 俺には中途半端な結果だが、手は打ってある。彼女が満足しているなら、それでいい。


「でも、なんでこの依頼にこだわったんだ?」


「それは……秘密です」


 口元へ人差し指を立てる仕草に、思わず笑みがこぼれた。


 さらに親しくなる絶好の機会だと思っていたが、安堵したのか、急に睡魔が押し寄せる。


 視界が白み、意識がふっと浮いた。

 その瞬間、これは夢だと理解した。


※ ※ ※


 視界が真っ白になった直後、我が家よりも巨大な塊が目の前に現れた。


 は虫類のような鱗。いぶし銀に輝く皮膚。背中に広がる一対の翼。


 紛れもなく、竜だ。


 見上げた先には、こちらへ向けられたトカゲのような顔。

 黄金色に輝く眼球の縦長の瞳孔が、俺を探るように見据えている。


「本物……なんだよな?」


 何が起こったのかわからない。


 尋ね人が来ていると街の外へ呼び出され、中年の行商人と顔を合わせた。


『おまえが、リュシアン・バティストか。仲間からこれを託された』


 紐で結わえられた細長い布包。

 そこには見覚えのある筆跡で、ジェラルドと綴られている。


『俺も詳しいことは聞いてない。でも、確かに渡したからな』


 包みを押し付けられ、商人は足早に去った。

 不審に思いながらも包みを解く。


 中には一本の長剣(ロングソード)と黒い手帳、そして赤子の握り拳ほどの宝玉(ほうぎょく)があった。


 その宝玉を手にした瞬間、光が弾けた。


『我を呼んだのは、汝か』


「え!? えぇ!?」


 現実へ引き戻すように、頭の中に声が響いた。低く、渋味のある男性の声だ。


 しかし、辺りを見回しても誰もいない。


『どこを見ている。話しているのは我だ』


「嘘だろ……」


『信じられぬのも無理はない。だが、汝へ語りかけているのは紛れもなく我』


 伝承では、竜は思念で会話をしたとされている。


「二百年も前に姿を消したはずだろ……伝承画でしか見たことねぇぞ」


『その通り。我々は人の前から姿を消した……だが、今はそれについて語る時ではない。残された時間はわずかだ』


「は? 時間がわずか?」


『これは運命の悪戯か。あるいは時代が汝を選んだか。見れば、混じっているようだな。資格を有する者か』


「混じってる? 資格?」


 竜だけが勝手に納得している。

 理解が追い付かない。


『我の意識が途絶える前に……汝へ、力の一部を授ける……』


「力? そんなもん、いらねぇって」


 直後、右手の甲が碧色の輝きに包まれた。

 光は強さを増し、手首から肘へ、そして肩までを飲み込んでゆく。


「がっ! があぁぁぁっ!」


 爪の先から何かが入り込んでくる異物感と痛み。

 それが光の移動を追うように、腕の中を這い上がってくる。


『邪悪な……討て……そして……』


 余りの激痛で思考は飛んでいた。

 何かを言われたはずだが、覚えていない。


※ ※ ※


「リュシアンさん、目を覚まされましたか。間もなく、ヴァルネットへ到着しますよ」


 鈴の音のような声と、触れ合った肩から伝わる温もりが、穏やかに現実へ引き戻す。


「悪い……寝ちまったのか」


「疲れていらしたのでしょう。本日は陽気も良く、うたた寝には最適です」


「依頼も無事に終わったことだしな」


 眠った勢いで、もう一度膝枕をしてもらえたら最高だったのに。


 そんな考えが浮かんで、すぐに打ち消した。


「がう、がうっ!」


 左肩の上でラグが吠える。


 街へと入った馬車は、ゆっくりと減速を始めた。

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