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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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09 竜は名を呼び、夢は爪痕を残す


「あら? ですが先程、二年前に一方的に与えられた、と仰っていましたよね」


 穏やかな声色だったが、そこにわずかな探りが混じっているのがわかる。

 柔らかく投げられた言葉ほど、逃げ場はない。


「それだけは思い出したんだ」


 咄嗟のことで機転が利かず、浅い答えしか返せない。

 セリーヌは追及せず、間を一拍置いた。


「では、どこでその力を?」


 問いは静かだった。

 けれど、その静けさが胸の奥を撫でる。


 セリーヌは一瞬、視線を伏せた。睫毛の影が頬に落ちる。

 その仕草の奥に、俺の知らない時間が確かに存在していると伝わってきた。


「夢か現実かわからないけど……故郷の街で、目の前に竜が現れたんだ」


 口にした瞬間、空気がわずかに変わった。


「故郷の街……そうですか。ちなみに、リュシアンさんの信仰されている属性は?」


「信仰している属性?」


 問いの意味が掴めない。


 戸惑って言葉を探していると、セリーヌの双眼が黄金色の光を帯びた。

 内側から磨き上げられた宝玉のように、静かで、しかし確かな光。


 体が言うことを利かなくなる。

 足元から力が抜け、意識がゆっくりと底へ引き込まれていった。


※ ※ ※


 温かく、柔らかく、なめらかな感触。

 甘い香りまでして、どう考えても普段使っている枕じゃない。


「きゃっ。あの……あまり触られると、くすぐったいです……」


 枕が喋った。

 そんな馬鹿な、と思う一方で、心地よすぎて手が離れない。


「あと五分だけ……」


 逃すまいと抱き寄せ、頬ずりをしながら感触を堪能する。

 指先に伝わる柔らかさが、やけに現実的だった。


「あの……本当に困ります……」


 主人を拒むとは意味がわからない。


 それにしても、本当に素晴らしい枕だ。

 後頭部を支える安定感、横を向いても耳が収まる溝。

 まさしく俺のために作られた形状だ。


 至福に浸っていると、隣で何かが暴れる気配がした。


「ちょっと、ナルシスさん」


「いい加減に起きたまえ!」


 怒号と共に頬を叩かれ、意識が跳ね上がる。

 目を開けると、隣にはナルシスが地面に寝かされていた。


「どうして君が姫の膝枕で、僕がコートなんだ。どう考えても逆じゃないか」


 見れば、丸められた白いロングコートが後頭部に敷かれている。


「膝枕?」


 恐る恐る顔を上げる。

 柔らかそうな双丘が視界いっぱいに盛り上がっている。

 その向こうから、セリーヌが静かにこちらを見下ろしていた。


 驚きと恥ずかしさが一気に込み上げ、慌てて体を起こす。


「がうっ」


 左肩へラグが舞い降りてきた。


 竜の力が消えている。

 本来なら三十分は続くはずだ。それ以上の時間、意識を失っていたらしい。


「俺は……どうして?」


 膝の感触が名残惜しくて、思考が鈍る。

 何か大事なことを忘れている気もするが、今は掴めない。

 いや。膝枕以上に大事なことなんて、あるはずがない。


 ナルシスは悔しさを隠そうともしない。

 実に愉快だ。俺は選ばれた。


 コートを脱いだセリーヌは、例のぴったりとした紺色の法衣一枚だ。

 胸元から膝上までを隠しただけの露出度。この法衣を手掛けた職人は天才に違いない。


「魔獣を退治した後、それを操っていた男性と話したことは覚えていらっしゃいますか?」


「もちろん。忘れるわけがねぇ」


 怒りが、ゆっくりと腹の底から蘇る。


「あの後、怒りに任せて魔獣の顔を斬りました。ですが、足を滑らせ、頭を打って気を失われたのです」


 説明を聞き、ようやく記憶が繋がった。


 セリーヌの援護を受け、ふたりで魔獣を追い詰めた。

 最後は必殺技を叩き込み、魔獣の半身を抉り取った。


 そこまで思い出すと、ナルシスが笑った。


「君と姫が魔獣を? 君のような駆け出し紛いにどうこうできる相手ではなかった。特に、そんな古びた剣ではね」


 品定めする視線が、やがてセリーヌへ向けられる。


「すべてお見通しだよ。姫の素晴らしい魔法で魔獣を仕留めたんだね。彼のような下民に、みすみす手柄を渡すことはない。そんな奥ゆかしさも実に眩しいね」


 魔獣を操っていた男よりも腹立たしい。


「おい。そろそろ殴ってもいいか?」


※ ※ ※


 街へ戻り、宿で一夜を明かした。

 翌朝、街長へ報告を済ませる。


 ナルシスはびゅんびゅん丸での帰還を主張したが、セリーヌが丁重に断った。


「馬車での移動が気に入ってしまったもので」


「仕方ない……では、ヴァルネットで」


 ナルシスはすぐに俺を睨んできた。


「くれぐれも、姫に失礼のないようにな」


「わかった、わかった。さっさと行け」


 肩を落としたナルシスを見送り、ひとりほくそ笑む。

 これでようやく、セリーヌとふたりきりだ。


 意気揚々と馬車に乗る。

 向かい合わせに設置された木製ベンチに、並んで腰を下ろした。


「そういえば、セリーヌの目的は達成できたのか?」


「はい。お陰様で滞りなく」


 魔獣のリーダーを取り逃がした。

 俺には中途半端な結果だが、手は打ってある。

 彼女が満足しているなら、それでいい。


「そもそも、なんでこの依頼にこだわったんだ?」


「それは……秘密です」


 口元へ人差し指を立てる仕草に、思わず笑みがこぼれた。


 さらに親しくなる絶好の機会だと思っていたが、安堵したのか、急に睡魔が押し寄せる。

 視界が白み、意識がふっと浮いた。

 その瞬間、これは夢だと理解した。


※ ※ ※


 視界が真っ白になった直後、我が家よりも巨大な塊が目の前に現れた。


 は虫類のような鱗。いぶし銀に輝く皮膚。背中に広がる一対の翼。

 紛れもなく、竜だ。


 見上げた先には、こちらへ向けられたトカゲのような顔。

 黄金色に輝く眼球の縦長の瞳孔が、俺を探るように見据えている。


「まさか、竜なのか?」


 何が起こったのかわからない。

 尋ね人が来ていると街の外へ呼び出され、中年の行商人と顔を合わせた。


『おまえが、リュシアン・バティストか。仲間からこれを託された』


 紐で結わえられた細長い布包。

 そこには見覚えのある筆跡で、ジェラルドと綴られている。


『俺も詳しいことは聞いてない。でも、確かに渡したからな』


 包みを押し付けられ、商人は足早に去った。


 不審に思いながらも包みを解く。

 中には一本の長剣(ロングソード)と黒い手帳、そして赤子の握り拳ほどの宝玉(ほうぎょく)があった。


 その宝玉を手にした瞬間、光が弾けた。


『我を呼んだのは、汝か』


「え!? えぇ!?」


 現実へ引き戻すように、頭の中に声が響いた。

 低く、渋味のある男性の声だ。

 しかし、辺りを見回しても誰もいない。


『どこを見ている。話しているのは我だ』


「嘘だろ……」


『信じられぬのも無理はない。だが、汝へ語りかけているのは紛れもなく我』


 伝承では、竜は思念で会話をしたとされている。

 だが、竜という存在は二百年も前に姿を消したはずだ。

 俺も伝承画でしか見たことがない。


『その通り。我々は人の前から姿を消した……だが、今はそれについて語る時ではない。残された時間はわずかだ』


「は? 時間がわずか?」


『これは運命の悪戯か。あるいは時代が汝を選んだか。見れば、混じっているようだな。資格を有する者か』


「混じってる? 資格?」


 竜だけが勝手に納得している。

 理解が追い付かない。


『我の意識が途絶える前に……汝へ、力の一部を授ける……』


「力? そんなもん、いらねぇって」


 その直後、右手の甲が碧色の輝きに包まれた。

 光は強さを増し、手首から肘へ、そして肩までを飲み込んでゆく。


「がっ! があぁぁぁっ!」


 爪の先から何かが入り込んでくる異物感と痛み。

 それが光の移動を追うように、腕の中を這い上がってくる。


『邪悪な……討て……そして……』


 余りの激痛で思考は飛んでいた。

 何かを言われたはずだが、覚えていない。


※ ※ ※


「リュシアンさん、目を覚まされましたか。間もなく、ヴァルネットへ到着しますよ」


 鈴の音のような声と、触れ合った肩から伝わる温もりが、穏やかに現実へ引き戻す。


「悪い……寝ちまったのか」


「疲れていらしたのでしょう。本日は陽気も良く、うたた寝には最適です」


「依頼も無事に終わったことだしな」


 眠った勢いで、もう一度膝枕をしてもらえたら最高だったのに。

 そんな考えが浮かんで、すぐに打ち消した。


「がう、がうっ!」


 左肩の上でラグが吠える。

 街へと入った馬車は、ゆっくりと減速を始めた。

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