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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.05 ジュネイソンの廃墟編

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19 聖者の指輪


 続々と現れるクロコディルの群れ。恐らく、百体近いだろうか。


 Gの狙いは俺たちを消し、大司教とマリーを連れ去ること。二人の命は保証されていることになるが、油断大敵だ。リーズを含めた三人は後方へかくまうしかない。


 一番の問題は、左腕を痛めたシルヴィさんがどこまで戦えるかということ。打開策は浮かんでいるものの、上手く行くかどうか。


 この間も、魔獣の群れは距離を詰めてきている。うかうかしていると打つ手がなくなる。

 すると、真っ先に動いたのはレオン。歩み出し、ソードブレイカーを水平に構えた。


『母なる大地、恵みのあかし。この身へ宿りて隆起せよ! 裂破創造ラクレア・ラ・テール!』


 直後、レオンの眼前で大地に変化が起こった。小域が海面のように激しく波打ち、魔獣たちの巨体を高く突き上げたのだ。


 そして落下する魔獣を迎えたのは、うねる大地から突き出した、つらら状の尖る岩。そこへ次々と串刺しにされて息絶える。小規模の魔法だが、二十体は巻き込んだだろう。


「すげぇ……」


 最早、感嘆の息しか出ない。二物の神者という二つ名もダテじゃないということか。


「奇襲が通じるのはここまで。後は各自で」


 魔法の効果が途切れ、大地は何事もなかったように静まり返っている。だが、そこに積まれたクロコディルの死骸は、何かが起こったのだということを如実に物語っていた。


 ソードブレイカーを構えたレオンに続き、モーリスも長剣ロングソードを手に身構えている。


「アルバン、俺たちも行くぞ。リーズに、恥ずかしい所は見せられないだろ」


「大丈夫……心配いらないよ……」


「おまえらも頼んだぞ!」


 アルバンへの危うさを感じるが、今は戦力のひとりと見なすしかない。


「カスどもが何人束になろうとムダだ。魔獣はまだまだいるぞ」


 闇の向こうで両腕を広げ、愉悦に満ちた笑みを浮かべる狂人が一人。


「アルバン、モーリス。見ての通り、レオンは魔法剣士だ。こいつが魔法を使えるように、詠唱時間を稼ぐ盾役を頼む!」


 前線を三人に任せ、背後の四人を伺いながら速やかに後退する。


 捕らえられていた大司教とマリーには疲労の色が濃い。だが、それを気遣ってやれる状況でもない。すぐに次の手が必要だ。


 救いを乞う存在となった俺は、神の使いと見紛う少女へ目を向けた。


「マリー。悪いけど、すぐに癒やしの力を使えるか。シルヴィさんを治して欲しいんだ」


 あの人が満足に戦えれば、こちらの勝利はより確実なものになる。


「え、私!? 無理よ。魔導触媒まどうしょくばいがあれば何とかなるだろうけど……」


 うろたえる様が手に取るように伝わって来るが、今は彼女だけが唯一の希望だ。


「無理だなんて後ろ向きな発言は聞きたくねぇ。どうにかするんだよ!」


 絶対に、諦めるわけにはいかない。


「私の心配をしてくれてるわけ? 大丈夫よ。リュシーが熱い口づけをしてくれたら、すぐに元気になっちゃうんだから!」


「触媒ならある。これを使ってくれ」


 唇へ人差し指を当て、物欲しそうにしているシルヴィさん。それを無視して、腰の革袋から銀の指輪を取り出した。


「それは私の……聖者の指輪」


 すかさず声を上げる大司教。

 それもそのはず。これは寺院での戦いで、こいつから奪った物だ。


「あんたが持つには過ぎたシロモノだ。これは、マリーへ譲ってやれ」


「大司教様の持ち物でしょ。畏れ多くて、私には受け取れません!」


「いいから早く。このままじゃ、全滅しちまうだろうが!」


 困ったように大司教を伺うマリー。すると彼も覚悟を決めたのか、少女へひとつ頷いた。


「指輪は、マリー君が使いなさい」


 それを待つまでもなくマリーの細い腕を掴み、綺麗な色白の指先へ目を向けた。華奢と言えるほど細いこの指では明らかに緩い。


「とりあえず、中指にでも填めておけ」


 無理矢理に填めると、マリーは観念したように溜め息をついた。


「緊急は分かるけど、強引で高圧的な人は苦手なの。詠唱に集中したいから静かにして」


 年下からこんな風に怒られるのは屈辱だ。しかし今は緊急事態。何より、顔が可愛いという不純な理由で、どうにか怒りを静めた。


 そして、祈りを捧げるように両手を組んだマリーは、そっと目を閉じた。


 この立ち姿だけで、彫刻にしたくなる程の美しさと神々しさに溢れている。あと五年もすれば、聖女の名が相応しい女性となるはず。


『静寂の水、生命のあかし。この身へ宿りて傷癒やせ! 命癒創造ラクレア・ゲリール!』


 組み合わされた両手が、仄かな水色の光に包まれた直後。


「えっ!? なに? なんなの!?」


 一番驚いているのはマリー本人だが、それは俺も同じだ。


 魔法の発動へ呼応するように、彼女が身に付けた首飾りが光を放っている。あれはセリーヌが渡した物だ。成人の祝いに長老から貰ったと言っていたが、特殊な力を持つ魔導触媒だったということだろうか。でも、これほどの物をどうしてマリーへ簡単に譲ったのか。


「なんなの、これ!? すっごい……」


 苦しげに眉根を寄せたマリー。すると、その華奢な体が小刻みに痙攣を始めた。


「ダメ……奥から、なんか来る」


 背中を丸め、上目気味に潤んだ瞳を向けてくる聖女。大人でも子どもでもない妙な色気に、思わずたじろいでしまう。


「ダメだってば……あぁぁぁぁっ!」


 叫びと共に、たまらず天を仰ぐ聖女。その体から青白い光が溢れ、波紋が広がるように周囲へ拡散。すると、俺の全身を包んでいた倦怠感が嘘のように拭い去られていた。


「まさか……首飾りが、癒やしの魔法の効果を増幅させたのか?」


 シルヴィさんの傷を治してもらうつもりが、思いがけない方向へ展開している。惜しむらくは、マリーが攻撃魔法を使えないということ。この力に攻撃の魔法が加われば、魔獣を一掃できただろうに。


 そんなことを考えていると、マリーはそのまま気を失ってしまった。膝からくずおれた彼女を、シルヴィさんが咄嗟に抱きかかえた。


「シルヴィさん、ここはひとまず頼みます。俺はあいつを……」


「ねぇ、ちょっと待ってよ。あぁん! あたしも一緒に行きたいのに!」


 声を無視して長剣を強く握る。そのまま、前方の戦場を見据えた時だった。


「がうっ!?」


 ラグの間抜けな声と共に、紋章が刻まれた右手の甲が大きく疼いた。


「ぐっ!」


 顔をしかめてしまうほどの強烈な痛みに、思わず剣を取り落としそうになる。

 こんな時に、一体なんだというのか。


「静まれ……」


 左手で、右手首を押さえた時だった。それは確かに頭の中へ響いた。


“人間を許さぬ……灼熱の炎を浴びせ、魂までも焼き尽くしてくれよう……”


 聞き覚えのあるこの声は。


赤竜せきりゅうなのか?」


 竜骨魔剣ドラグーン・フォースと共に消滅したと思っていたが、まだしっかりと思念が根付いていたとは意外だ。こいつの恨みはどれほどのものなのか。


 ムスティア大森林での戦いで、赤竜の記憶は垣間見た。共存など夢物語と嘆き、そんな彼を生け捕りにしようと押し寄せる騎士。心に流れ込んできたのは、人間に対する激しい憎悪。人類を滅ぼしたいと願うほどの深い恨みとは、何があったのだろう。


 それにしても、どうしてこんな時に呪いが蘇ったのか。竜臨活性ドラグーン・フォースの力も使い切ってしまったというのに。


 不意に頭を過ぎった一つの理由。思わず、背後のマリーを振り返っていた。


「ひょっとして、さっきの力か?」


 強力な癒やしの力が、俺の奥底で消えかけていた赤竜を呼び起こしてしまったとでも言うのだろうか。


 右腕が燃えるように熱い。ふと目を向ければ、紋章が赤い光を放っている。その光は徐々に強さと大きさを増し、右腕全体を飲み込むように広がってゆく。


「まずい。このままじゃ……」


 受け止めきれないほどの魔力が暴走し、体の奥から込み上げている。今すぐこの力を解放しなければ、俺自身が壊れてしまいそうだ。


「魔力を移す、触媒があれば……」


 指輪はマリーへ渡してしまった。ここで無闇に力を解放すれば、みんなを巻き込んでしまう。Gの下へ進むにも遠すぎる。


「そうだ!」


 カロルが持っていた魔導武器の短剣。あれを拝借していたことを思い出した。


 長剣を地面へ落とし、痛む右手でどうにか短剣を取り出した。それを待っていたように、腕を覆う赤い光が吸い込まれてゆく。だが、このままではすぐに破裂だ。既に並の攻撃魔法を越える力が内包されている。


 即座に、前線で戦う三人を探した。並み居るクロコディルに押されるアルバンとモーリスだが、後方のレオンを庇って奮戦している。


「レオン、すぐに魔力結界を展開させてくれ! みんなも伏せろ!」


 祈るように叫び、魔獣の群れの中央、ちょうどGの頭上を目掛けてそれを放り投げた。

 短剣は中空で激しく回転しながら、赤い尾を引いて夕闇を流れてゆく。


 そして巻き起こった赤い爆発。まるで小型の太陽が立ち昇ったように、周囲へ激しい閃光が拡散した。

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