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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.05 ジュネイソンの廃墟編

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13 取って置きの一撃


「行くぜ、ワニ魔獣!」


 Gがどうやって魔獣を従えているのか気になるが、それは後回しだ。


 痛みに悶える魔獣を見据え、目を潰した右方へ回り込む。その前足を目掛け、素早く突きを繰り出した。

 だが、竜の力を込めた碧色の刃でも皮膚を貫くことはできない。強い抵抗と共に、先端が僅かに食い込むだけ。


「くそっ」


 続け様に振り抜いた横凪の一閃も同様。外皮へうっすらと傷跡を刻む程度だ。


 そして魔獣が体をよじると同時に、太い尾が目前へ迫っていた。

 舌打ちが漏れる。強化された身体能力を使って、その攻撃を一気に飛び越えた。


「だったら……」


 着地と同時に魔獣から距離を取り、体の奥底に生まれた魔力へ意識を研ぎ澄ませた。

 その流れを掴み取り、右手へ一気に注ぎ込む像を描く。


付与エンチャント! 雷竜刃トネール・ラム!」


 刃へ薄紫の光が迸る。敵は水属性。ならば、雷で一気に攻め立てる。


 竜骨剣を握り、敵の胴体を目掛けて走る。シルヴィさんの奇襲を参考に、魔獣の目前で一気に踏み切り、大きく跳躍した。


 落下と同時に、刃の先端は既に足下を向いている。後はこのまま体重を乗せ、敵の背中へ落ちて行くだけだ。


 だが、ちょうどその時だ。俺を探していたはずの魔獣が、寝返りでも打つように巨体を傾け横転したのだ。


「は!?」


 このままだと完全に巻き込まれる。

 咄嗟の判断で魔獣の横腹を蹴り、慌てて飛び退く。


 すると、そこを狙っていたように、的確に吐き出された水流弾が迫っていた。


 両腕を眼前で組み、顔を守った。直後、体がバラバラになるのではないかというほどの強烈な衝撃に襲われる。


「碧色さん!?」


 アルバンの叫びが確かに聞こえた。


「がっ!」


 何が起こったのか分からないまま、勢いよく芝生の上を転がっていた。竜臨活性ドラグーン・フォースで強化されていなければ絶望的なダメージを負っていたはず。視界の端には、腕輪へ灯る赤い光が映っていた。


「リュシー!?」


「大丈夫……です」


 近付いてこようとするシルヴィさんを片手で制し、即座に身を起こす。魔獣は既に、次の攻撃態勢に入っているはずだ。


「まさか……」


 その光景に、言葉が出て来ない。

 眼前の魔獣は四肢を踏ん張り、地面へ伏せるように体勢低く身構えていたのだ。これが予備動作だとしたら。


「みんな、すぐに散れ!」


 三人の走る姿が視界へ入るも、どうやら魔獣の狙いは俺に絞られている。


 言った側から頭上へ陰が差し、周囲は闇に覆われた。しかしその時にはもう、強化された脚力で地面を蹴り付け飛び退いている。


 けたたましい地響きを上げ、ワニ型魔獣の巨体が眼前へ着地。先程まで俺が座らされていた噴水は下敷きとなり、粉々に砕けてしまった。


 地響きに足を取られたが、強化されたこの体なら戦いに支障が出る程ではない。攻撃を避けながら、既に魔剣を構えている。


 魔獣の右前脚を目掛けて深く踏み込み、横凪の強烈な一閃を繰り出した。

 今度は確かな手応えがあったが、魔力を帯びた斬撃ですら血がにじむ程度の傷だ。


「こいつ……」


 どうしてこうも的確に俺を狙うことができるのか。不思議に思いながら魔獣の右目を確認すると、眼球を潰したのは思い違い。瞼へ浅い傷跡が残っているだけだ。


「そういうことかよ」


 再び魔獣から距離を取る。こうなれば、残る手段はただ一つ。俺の持つ最強の技で確実に仕留めるしかない。


 刃へ流し込んでいた魔力付与エンチャントの力を解除する。今は少しの力でも温存しておかなければならない。革袋をまさぐりながら、側で攻撃の機会を推し量るシルヴィさんへ近付いた。


「一撃で仕留めます。あいつの気を逸らして貰えますか? シルヴィさんも左腕をやられてる。無理はしないでください」


「オッケー。心配してくれてありがと」


 駆け出す戦姫の背中を見ながら、水平に構えた剣先を魔獣へ向けた。刃は体内に宿る魔力を吸い集め、碧色の輝きを一層強くする。


 視線の先では、斧槍ハルバードを巧みに繰る戦姫の一撃が魔獣の前脚を打った。その瞬間、吹き荒れる風まで味方に付けたか、強い追い風が彼女の背中を後押ししていた。


「たあっ!」


 戦姫は魔獣の前脚へ穂先を打ち付け、見る間に敵の肩まで駆け上がる。


「無理するなって言ったのに」


 不安を押し殺し、剣を構えて突進する。


「さぁ。美味しいエサの時間よ」


 魔獣の鼻先へ飛び出した戦姫。そこから飛び降りる直前、先程手渡しておいた閃光玉を炸裂させていた。

 敵の眼前で弾けた閃光が、その視覚を見事に奪い去っていた。強烈な咆吼が響き、激しく身悶えている。


「作戦通りだ」


 剣先に宿った碧色の光は大きく膨れ、球体状にまで増幅されている。それは、絶大な破壊力を秘めた魔力の塊。まるで竜の力を再現したような荒ぶる力だ。しかし、ようやく生み出されたその力も、即座に竜骨剣へ吸収されてしまう。長くは形を保てない。


 勝負はまさに一瞬だ。これを魔獣へ叩き込む。


竜牙天穿りゅうがてんせん!」


 吠える魔獣の口めがけ、刃から飛ぶ魔力球。絶対的な破壊力を持つそれが、碧色の尾を引き夕闇を切り裂く。


「行け!」


 これで全てが決する。俺とシルヴィさんは、確信を込めて魔力球を追っていた。


 だが、魔力球の速度より、魔獣の予想外の動きが僅かに勝っていた。

 閃光による目つぶしで悶えていたはずの敵が、魔力球の軌道から逃れるように体をよじった。


 魔力球が魔獣の背中を直撃。その一部を喰らうように荒々しく抉り取ると、そのまま寺院の一角へ激突。壁に大穴を開けながら有効距離を過ぎ、消滅してしまったのだ。


「嘘だろ……」


 余りの衝撃に言葉が出ない。まさか、取って置きの一撃を外した。


 背中から血を溢れさせた魔獣は頭を振り、怒りを漲らせて吠える。するとシルヴィさんが隣へ並び、俺の顔を覗き込んできた。


「今の、もう一度できる?」


「無理です。あの技は、力のほとんどを使ってしまうんで……自然回復させないと、力を練り込めません」


「あら、そうなっちゃう?」


 唇を尖らせ、魔獣へ視線を向ける。


「でも、お陰で背中は剥けたわね。もう一押し、って感じじゃない?」


「前向きな意見、助かります」


「この勢いで、今夜は私を剥いてくれるんでしょ? 激しいのは大歓迎」


「は?」


 困惑している所へ、魔獣が勢いよく突進してきた。シルヴィさんとふたり、左右へ散って魔獣を挟み込む。


「リュシー。一緒にイクわよ!」


 魔獣の体越しに、シルヴィさんの声だけが聞こえてきた。


 ここに、アンナやエドモンがいてくれたら後方支援を期待できるのに。それこそセリーヌがいてくれたら、竜臨活性(ドラグーン・フォース)の一撃で魔獣を葬ることも可能だ。


 戦いの最中だというのに、セリーヌを思い出しただけで口元が緩んでしまう。


「こんな所で、つまずいてる場合じゃねぇんだよな……追い付いてみせる」


 魔剣を手に、敵を目掛けて走る。

 シルヴィさんはきっと、敵の傷口を狙うはず。俺も敵の背へ飛び乗るしかない。


 そんな俺たちを迎え撃つように、魔獣は巨体をくの字に曲げた。


「気を付けろ!」


 警告を発したのと、魔獣の尾が振るわれたのはほぼ同時。


 地面を蹴って垂直に飛び上がった時、同じように魔獣の背へ駆け上がってきた戦姫の姿を見付けた。

 安堵したのも束の間。魔獣は傷口から血を溢れさせながらも、再び俺を狙って巨体を横転させてきた。


「きゃっ!」


 進行方向に対して逆回転を仕掛けられ、戦姫の体が後頭部から落下。それを見ながら、眼前に迫った魔獣の体を蹴り付け、慌てて距離を取って着地する。


 魔獣の背から転げ落ちた戦姫を目で追った。


 器用に後方宙返りを繰り出し、斧槍(ハルバード)で体を支えて着地している。三メートル程度の高さはあったはずだが、余計な心配だったか。


 よろめいたその体を、モーリスが支えてくれている。思わぬ支援に胸を撫で下ろした。


「一旦、魔獣から距離を取ってくれ!」


 俺自身も後退しながら、考えを巡らせる。

 こちらの動きを把握したようなこの動き。明らかに通常の魔獣とは違う。


「Gが、何かしてやがるのか?」


 もしも本当に魔獣を操れるのなら、この奇をてらったような動きにも説明が付く気がする。そして、導き出されたのは一つの可能性。

 即座にアルバンの姿を探すと、数メートルほど離れた位置で戦況をじっと見据えていた。


 今はこれに賭けるしかない。俺たちの命運はきっと、あいつが握っている。

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