11 強く気高き、紅い薔薇
斬り結ぶアルバンとモーリス。それをただ見ていることしかできない自分へ猛烈に腹が立っていた。
俺の怒りへ呼応するように、髪を乱すほどの風は変わらず辺りを流れる。そこに重なるのは、彼等の剣がぶつかり合う悲鳴だ。
「おまえら。もう少し冷静になれ!」
クズどもに利用された挙げ句の殺し合い。こんな馬鹿げた結末は認めない。
しかし、現実は余りにも残酷だった。
「はあっ!」
モーリスの繰り出した一撃が、アルバンの剣を勢いよく弾き飛ばした。
滑ってゆく剣を、呆然と見送るアルバン。そこへモーリスは、大上段に剣を振り上げた。
「すまない……」
「モーリス、やめろ!」
叫びも空しく、まさに勝負を決する一撃が振り下ろされようという、その瞬間。
「紅炎乱舞!」
魔獣の吐息を思わせる一筋の炎が、背後から勢いよく吹き荒れた。
荒れ狂う紅蓮の炎が狙い違わずニコラの背を直撃し、その体を吹っ飛ばした。追って放たれたもう一筋が、その先にいたアルバンとモーリスをも弾き飛ばす。
「やっと来てくれたのか」
俺の知る限り、この技はあの人のもの。
「ごめんね〜。やり過ぎちゃった?」
ペロリと舌を覗かせながら、悪びれた様子も無く歩み出てきた女戦士。
俺の隣へ立つと、いつもの妖艶な笑みを見せ付けてきた。こんな人でも、今は女神のように見えるから不思議だ。
「はぁい。遅くなったわね。通信は聞いてたんだけど、こっちも色々あってね〜」
「通信って、何のこと!?」
突然の事態に取り乱した女魔導師のDが、金切り声を上げる。俺はその慌てぶりを眺め、目一杯の皮肉を込めて言い放つ。
「魔導通話石を持ってるのは、おまえらだけじゃねぇってことだよ」
モーリスと分かれた後、通信状態の通話石を胸ポケットへ忍ばせておいたのだ。シルヴィさんが、これを聞いてくれると信じて。
「見世物を邪魔して悪いけど、あの二人が伸びちゃった以上、どうしようもないでしょ。あたしの顔を立てて、許してちょうだいね」
『紅の戦姫か。おもしれーことをしてくれるな……よし、規定変更だ』
側に転がり落ちていた魔導通話石から、Gの声が漏れ続けている。
『DにM。その阿婆擦れを痛めつけろ。但し、絶対に殺すな。そんな上玉、めったにお目に掛かれるもんじゃねー。散々犯して、廃人にしてやるよ』
「あら、楽しみね。滅茶苦茶にして、って言いたいところだけど、あんたみたいな陰湿男は、お・こ・と・わ・り」
唇へ左の人差し指を当て、腰をしならせるシルヴィさん。そのまま右腕一本で、斧槍を軽々と担ぎ上げた。
魔鉱石から作られる魔導武器は軽くて丈夫なことで知られているが、それを片手で振り回すなど、あの細い腕からは想像できない。
「さっさとかかって来たらどう? 二人まとめて、逝かせてあ・げ・る」
シルヴィさんの挑発へ応えるように、重量鎧に身を包んだMが、大剣を手に歩み出した。その後方で、Dも魔導杖を構えている。
「シルヴィさん。こいつらには聞きたいこともある。加減してください」
「う〜ん。あんまり自信ないけど……あたしだって暴れたい気分なんだから」
まるで、全身を炎が包んでいるかのように闘気が漲っている。触れただけで切り裂かれそうな、鋭く激しい怒り。
斧槍を手に、Dへ向かって駆け出した。
「悪いけど、あんたは邪魔」
互いの中間地点で身を起こそうとするニコラ。その背へ斧槍の一撃が食い込み、鎧を砕く音と共に鮮血が舞った。これであいつも、派手に動くことは不可能だろう。
「あんたたちの陰湿なやり方にイライラしてんのよ。堂々と戦ったら?」
シルヴィさんの腹部を狙い、大剣が迫る。横凪の一撃を、構えた斧槍の柄で受け止めた。
彼女は即座に後方へ下がり、斧槍を引き戻す。大剣を押していたMは予想外の動きにバランスを崩し、前のめりの姿勢に。
その好機を見逃さない。両手で構えた斧槍を振り上げ、鎧の継ぎ目から敵の首を狙う。
「轟響創造!」
そこへ、地を這う紫電が割り込む。Mの背後に控えていた、Dの援護魔法だ。
「もぅっ!」
後一歩という所で邪魔をされ、声を荒げるシルヴィさん。Mへの追撃をあきらめ、後方へ飛び退くと同時に武器を一閃。紫電は即座に払われ、大気へ霧散した。
「あんた、鬱陶しいのよ!」
Dへ向かって言い放つも、二人の間には、体勢を整え直したMが身構えている。
しかし何を思ったか、シルヴィさんは斧槍を肩へ担ぎ、Mに突進を仕掛けた。相手は重量鎧に身を包んだ戦士。裸同然のあの人がぶつかれば、弾かれるだけでは済まない。
「シルヴィさん!?」
焦る余り、思わず声が出ていた。
「はっ!」
走る勢いは殺さずに、武器先端の槍部分を勢いよく地面へ突き立てた。するとそこを軸にして、槍で支えた体が華麗に宙を舞う。
アンナも驚くような軽業を目にして、思わず言葉を失っていた。しかしその衝撃度は、間近で見ていたMの方が上だ。
突如標的を見失い、狼狽するM。後ろに控えていたDも、舞い姫を見上げるだけ。
シルヴィさんは、上空で前転をしながら武器を引き抜いた。落下と回転の勢いを利用して、深紅の円が描かれる。その様はまるで、空へ咲いた一輪の薔薇のよう。
「咲誇薔薇!」
振り下ろされた深紅の一撃。それが魔導師Dの肩口へ食い込み、腹部までを一気に引き裂いた。
驚愕に目を見開き、絶命した体が崩れる。それはまさに一瞬の出来事。
吹き上がった返り血も、加護の腕輪の魔力障壁に遮られ、紅の戦姫には一滴たりとも降りかかることはない。
唇を舐め、恍惚の笑みさえ浮かべる戦姫。烈火のごとく、Mの背後を強襲した。
素早い突きが重量鎧の継ぎ目を撃つ。胴と腰の境目へ、槍の歩先が食い込んだ。
「ダメだ。浅い」
鎧に阻まれ、致命傷に至らないのは俺にも分かった。それを体現するように、Mはお構いなしに武器を振り上げる。
肉を切らせて骨を断つか。このままだと、強烈な一撃が来る。
「シルヴィさん、危ない!」
だが、その口元は静かに笑っていた。美しく妖艶な戦姫は、ただ静かに。
「紅炎乱舞!」
「があぁぁっ!」
炎の力を秘めた魔導武器、深血薔薇が仄かに輝く。穂先から迸る紅蓮の炎。それが鎧の隙間を縫うように展開し、敵を飲み込んだ。
確かにこれなら、どれほどの武装も無意味。シルヴィさんの作戦勝ちだ。
「もう終わり? もっと激しくして欲しいんだけど……まだ足りないわ」
引き抜いた斧槍が、ダメ押しとばかりにMの喉元を貫いた。
情け容赦のない所も相変わらずだが、美しくも強い姿は健在だ。するとシルヴィさんはDの遺体の隣へかがみ、その体を調べ始めた。
それを不思議に思いながら、加護の腕輪と共に転がっている通話石へ視線を落とす。
「G、見てるんだろ。てめぇの部下も大したことねぇな。降参するなら今のうちだぜ。従えば、命だけは助けてやるよ」
『クックッ……降参だと? てめーの頭はお花畑か。見世物はまだ、始まったばっかりじゃねーか。そっちの阿婆擦れも、物足りねーって顔だろ?』
側に近付いていたシルヴィさんが、覗き込むように通話石を拾い上げた。
「あら。良く分かってるじゃない。仕上げはあなたでいいわよ。ゆっくり、じっくり、逝かせてあげる」
『クックッ……いつまでそう言っていられるか見物だな。イかせてやるのはこっちの役目だ。もう許してください、って懇願するほど、滅茶苦茶にしてやるよ』
「あんた、ホントに最っ低ね」
シルヴィさんは俺の手に通話石を乗せ、加護の腕輪を付け直してくれた。でも、俺の顔を覗き込みながら不適に微笑むのはなぜだ
「リュシー、動けないのよね? ってことは、何をしてもオッケーってこと?」
「は? ちょっと……」
両頬を押さえられたが、何をするつもりだ。それに、頬へ何か固い物が当たっている。
「何を持ってるんですか?」
「知りたい? リュシーが今、一番ほしい物。多分、あの娘が持ってるんじゃないかと思ったら大当たり」
そう言って、通話石へ視線を向ける。
「聞いてる? 魔導師のあの娘が、腰の革袋に入れていた方はフェイクでしょ? 本物は、首に提げていたこっち」
指に摘まんでいるのは紐付きの小瓶だ。白く濁った液体が中で揺れている。
『ほぅ。良く見付けたな』
「シルヴィさん。それって、まさか……」
「ん? 解毒薬」
なんてことの無い口調で、あっけらかんと言い放つ。
「ちょ、それが本物っていう確証がどこにあるんですか? どっちも偽物かも」
「やりかねないわよね……でも、毒粉塵まで持たせていたのよ。万が一を考えて、必ず解毒薬も渡しているはずでしょ?」
なぜか小悪魔のような笑みを浮かべる。
「どう? あたしと心中してみない?」
「絶対、しません」
伸るか反るかの大博打。勝利の女神がいるのなら、今すぐここへ降りてこい。





