06 ジュネイソンの廃墟へ
弓矢使いと戦士、そしてメラニー。彼等の遺体を並べた俺は、火を放って簡単に供養してやろうと提案したのだが。
「こいつらは、そんな価値もねぇ」
モーリスはふたりの男たちを見下ろし、吐き捨てるように言い放つ。アルバンもまた無言で頷き、それを肯定していた。
そんな対応をされては、俺も命を狙われた相手に対してそこまでの義理はない。そう思い直し、メラニーだけを供養することにした。
大司教であるジョフロワがいれば満足の行く弔いをできただろうが、無い物ねだりをしても仕方がない。彼女の遺体を火葬した後、剣で地面を抉り、魔法石で周囲の土を爆破。その穴へ遺骨を埋め、簡単な塚を作った。クロードを一緒に埋めてやれなかったのが心残りだが、どうか許して欲しい。
そのまま馬車を頂いた俺たちだったが、あいつらが楽しんでいた荷台へ転がり込むのは気が引けた。せめてもの対処にと、そこに敷かれていた絨毯を裏返し、毒の影響で身動きの取れないアルバンを寝かせた。
「本当なら、早朝に発つのが一番いいんだろうけどな」
木陰で休む馬たちに視線を向ける。ゆっくり休ませてやりたいが、あいにく俺たちに残された時間は少ない。
モーリスが御者台へ座り、馬車は真夜中の街道を静かに走り始めた。
荷台の中では苦しげに顔を歪めるアルバンの姿が。乱れた呼吸が漏れ、見ているだけで痛々しい気持ちになる。
そして荷台の端へ座っていた俺は、膝を抱えた姿勢のまま、自分の両手を眺めていた。
モーリスからは休んでいてくれと言われているが、とても眠れそうにない。戦斧の男が散り際に見せた恐ろしい形相が、脳裏に焼き付いて離れない。俺の心を、魂を打ち砕かんと、険しい恨みの視線を投げ続けている。
みんなは、こんな悪夢のような光景をどうやって乗り越えたのだろう。だが前に進む以上、同じようなことはいくらでも起こる。その度に、心を折られるわけにはいかない。
「きゅうぅん……」
俺の腕へ留まり、心配そうに顔を覗き込んでくるラグ。必死に元気づけようとする健気さに、口元が緩んでしまう。
ふと、仲間の存在が頭を過ぎる。シルヴィさんからの連絡も途絶えたままだ。衛兵の追撃を振り切ることに必死で、通話石の機能を遮断したのは失敗だったかもしれない。魔導通話石の使用限界は八時間程度だったはず。魔力石などを使って力を補充しなければ、それ以上の継続使用はできない。
「あの人が、持ってるとは思えねぇ」
酒だけは欠かさず持ち歩くクセに、余計な物は一切持ちたがらない人だ。
“胸が重いから肩がこるのよ。これ以上、酷くなったら戦えないわ”
胸当てを持ち上げながら、谷間を強調して微笑んでいた。あれは絶対に道具を持つのが面倒なだけだ。せめてレオンと一緒にいてくれたら、あいつの魔力で通話できるのだが。
「碧色、起きてるのか? そういえば、あんたに言っておくことがあった」
御者台からモーリスの声が聞こえた。
「AとBから、加護の腕輪を回収してたよな。死亡した仲間の腕輪は、何があっても必ず回収しろって言われてんだ」
「身元が割れるのを警戒してるのか?」
「多分、そうなんだろうな。俺やアルバンの腕輪は取り上げられたんだ。魔力障壁なんてない方が、死に物狂いで戦うだろう、とか言われてさ……最悪だ」
吐き捨てるようにつぶやくモーリス。今回の出来事に関わっている一味へ、相当な恨みがあるのは想像に難くない。
「こいつらの事を調べて貰おうと思ってたんだけど、仕方ねぇな」
これほど大がかりなことをする一団だ。ここで確実に潰しておきたいのが本心だ。
渋々、四つん這いで御者台へ近付き、ふたつの腕輪を手渡した。
「偽物にすり替えりゃいいんだろうけど、そんな都合の良いものもないしな」
申し訳なさそうに道具袋へしまうモーリスを見ながら、不意に疑問が浮かんだ。
「そう言えば、全てを話してくれるって言ってたよな? ジュネイソンの廃墟へ着く前に、聞いておきたいんだ」
「長くなるが構わないか?」
「別に、時間はたっぷりあるだろ」
御者台の側へ腰を下ろし、モーリスの横顔を見上げる。すると話は、半年前へ遡った。
アルバンとモーリスは、五人で冒険を続けていたらしい。二人の幼馴染みでもある弓矢使いのリーズ。そして旅の途中で出会った、男性剣士のニコラと女性魔導師のカロル。
旅の目的は、リーズの母親が患っている難病を治療するための秘薬探し。その途中でジュネイソンの街に立ち寄った彼等は、マリーの噂を聞きつけたのだという。
「藁にもすがる思いだった。本当は竜を探そうと考えてたんだ……でも、伝説の存在が簡単に見付かるはずもねぇ」
聞き慣れた単語に、胸の奥が騒いだ。
「どうして竜を探そうと思ったんだ?」
「俺たちの村に伝承があったんだ。叡知を授けてくれる、神にも等しい存在だってな。ところが旅を続ける間に、神どころか悪魔のような存在だって知ってさ……もう最悪だ」
「悪魔のような存在?」
「そうだろ? 全てを焼き尽くす吐息に、全てを引き裂く牙と爪。破壊の化身であり、魔獣たちの王だって言うじゃねぇか」
「おまえ、その話をどこで?」
「どこって、この辺りじゃ誰に聞いてもそう答えるだろ? 村の伝承は嘘なんだよ」
やはり何かがおかしい。モーリスたちの故郷でも、竜は崇拝されるべき存在として伝わっている。地域によって、神と悪魔に区分されるような二種類の竜が存在したのだろうか。
「悪い。続けてくれ」
マリーの両親であるアルシェ夫妻を訪ねてみると、娘を取り返して欲しいと懇願されたのだという。
そうしてマリー奪還の作戦が練られていた一方で、彼女を得ようと画策した大司教の計画も進行していた。ジュネイソンの街を襲撃し、マリーを知る人々の命を奪うという恐ろしい計画が。そのために雇われたのが、この騒動を起こしている六人の冒険者だ。
そして、モーリスたちが出立する前夜、魔獣の群れが街を襲った。
混乱の中で奮戦した彼等だったが、アルシェさん一家の自宅へ踏み込んで来た六人に制圧されてしまったのだという。
街人は皆殺しにされたが、冒険者ということで利用価値のあるモーリスたちは、そのまま敵のアジトへと連行された。
「そこからは本当に最悪だった……奴隷のように、こき使われる日々の始まりだ」
悔しさを含んだ、大きな舌打ちが響く。
「うまくやったのはカロルだ。女を武器に体を売って、あいつらのリーダーに取り入りやがったんだ。最悪だぜ。ニコラは、あいつに惚れてるってのに」
苛立ちに、口元を歪めるモーリス。
なんだかこいつらのパーティにも、複雑な思惑が交錯しているらしい。
「リーズを人質に捕ったのも、カロルの入れ知恵に違いねぇ。あいつは、リーズの容姿や性格に嫉妬してたからな」
その後、ジュネイソンを滅ぼし、大司教から謝礼を受け取った六人の冒険者たち。その矛先が、大司教本人へ向くのに時間はかからなかったということだ。
街を襲った際、マリーが持つ癒やしの力を目の当たりにしてしまった六人。その力があれば戦いも有利に傾く。邪魔になれば売り渡すこともできる。巨万の富を生む取って置きの人材などと知ってしまえば、放っておけるはずがないのは当然だろう。
そんな邪な狙いの下、寺院への襲撃が行われた。しかしモーリスたちを含めた十人の力でも、寺院を墜とすことはできなかったのだ。
二度の失敗により、大司教の警護はより強度を増した。その結果が、先日の魔導師集団というわけだ。
自分たちでできないのなら、新たな戦力を募るしかない。そこで彼等は、クロードとメラニーという仕掛け人を作り、大司教の包囲網を打ち崩す戦士を探していたらしい。
「それが、俺だったってわけか」
「あぁ。結果的に、強い奴なら誰でも良かったんだ。で、計画の最終目的はふたりを攫い、その戦士を犯人役に仕立て上げること」
完全にハズレ役だ。しかも俺の動きは、クロードから六人の冒険者へ報告されていた。
俺たちが寺院へ踏み込む日程に合わせ、魔導師であるカロル、そして六人の中で唯一の魔導師であるDという女性が、護衛にすり替わっていたのだという。そしてまんまと計画にかかり、敵の手助けをしてしまった。
「俺たちが犯人役の命を奪えば、口封じできる上に報酬まで貰えるって計画だったんだ。想定外だったのは、あんたの強さが想像以上だったってことだな」
「褒めてるのか、けなしてるのか?」
「褒めてるさ。俺とアルバンの救世主様だ」
「で、どうしてジョフロワまで攫ったんだ?」
「単純さ。マリーが大司教に懐いてたからだ」
確かに、大司教を崇拝していたマリーのことだ。奴の命を握られては、大人しく従う他ないだろう。
とことん、やり口の汚い奴等だ。怒りの感情しか湧いてこない。
「こうなったら徹底的に潰すしかないな。敵は残り四人だよな? 剣士のニコラと魔導師のカロルってのは、信用できるのか?」
「ニコラは大丈夫だ。カロルは敵だと思った方がいい。どの道、あいつとは縁を切る」
待ち伏せされている以上、すんなり行くとは思えない。気を引き締めていないと、簡単に足下を掬われてしまう。
そうして眠れぬ夜を過ごしながら、馬車はジュネイソンの廃墟へ進む。





