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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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06 碧色の閃光、そして異変


「肉と血の臭いで、魔獣をおびき寄せようという魂胆だね。君もなかなかやるじゃないか」


 ナルシスの感心したような声に、視線だけを向けた。


「随分と上から目線だな。おまえはどんな策を見せてくれるんだ?」


「僕が用意したのは……これさ」


 この街へ来た時から担いでいた大きな袋を、得意満面で撫でる。


「中身がわかるかい? 大量の匂い袋さ。開封すれば、魔獣が好む香りが放たれる。金に物を言わせて買い込んできたんだ」


 わざわざ金を強調するところが、実にえげつない。


「牛を一頭買って囮にしたいところだけれど、生憎、この街に残った家畜は少ないだろう」


「びゅんびゅん丸が囮でいいだろ」


「なんてことを言うんだ!」


 声を裏返らせる様子が、実にからかいがいのある男だ。


「武器も道具も、成果を出すためなら出費は惜しまない。それこそが、最年少最速での昇格を記録した秘訣さ」


「なるほどな」


 鼻につくが、実力主義の世界ではこういう男が成功する。 セリーヌ同様、パーティを組んでいないのは、たぶん性格の問題だ。


「ナルシスさん、酷いです!」


 セリーヌが憤慨し、腰の袋へ手を伸ばした。


「あなたが牛を一頭買われると仰るのなら、私はこの街を買い上げて、家畜たちを守ります」


「話の規模がとんでもねぇ……」


 天然の優しさは、ときどき想像の斜め上へ振り切れる。


 肉塊を蒔き終える頃、ナルシスが匂い袋を開封した。

 すぐに、森の闇がざわめく。影が滲むように現れ、ルーヴの群れが姿を現した。


「すげぇな……四十頭はいるぞ」


 前脚を持ち上げれば成人男性ほどの高さ。押し倒されれば、まず助からない。


「ルーヴは三、四頭ごとで狩りをするんだ。囲まれると厄介だが、動きに気を配れば昼間のカロヴァルほどの脅威じゃねぇ」


 群れの中央には、一回り大きな個体。

 あれが、リーダーだ。


 警戒しながらセリーヌを見る。

 殲滅も重要だが、彼女を守ることが最優先だ。


防御壁(ぼうぎょへき)を背にして戦え。俺とナルシスで斬り込む。セリーヌは魔法で援護を頼む」


 言い終えた瞬間、ナルシスが声を張り上げた。


「ふたりとも、伏せるんだ!」


 俺たちと魔獣の中間に置かれた匂い袋。

 殺到したルーヴたちが食らい付いた瞬間、爆ぜた。


 熱風が吹き抜け、夜空が炎に染まる。

 数頭が悲鳴を上げ、高々と宙に舞った。


「こんな罠まで仕掛けてたのか」


涼風(すずかぜ)貴公子(きこうし)、参る!」


 細身剣(レイピア)を構え、ナルシスが飛び出す。


「ったく、先走り過ぎだ」


 セリーヌに良い所を見せたいのだろう。

 長剣(ロングソード)を抜き、俺も続いた。


 煙が邪魔だ。二段構えの罠は評価するが、視界を奪われる。


「がうっ」


 ラグが上空へ舞った瞬間、右手の紋章が疼いた。

 見えない力が腕を包み、剣身が魔力を帯びる。


 青緑の淡い光。

 碧色と呼ばれるそれが、闇夜を切り裂いた。


 爆炎を突き破って飛び出したルーヴを、次々と斬り捨てる。

 碧色の軌跡が夜に残り、流星のように走った。


 碧色の閃光。

 この光が、俺の二つ名の切っ掛けになった。


「リーダー魔獣はどこだ?」


 煙と炎で完全に見失っている。


「倒したか、爆炎で吹っ飛んだか……」


 逃げた可能性は低い。

 ルーヴは、群れを重んじる。


「串刺しの刑!」


 ナルシスの突きが、迫る一頭の眉間を貫いた。


「腕は悪くねぇ。名前だけどうにかしろ」


 背後からの殺気。

 爆炎に紛れた数頭が、セリーヌへ突進していた。


「くそっ!」


 胸が縮むような焦りが走る。

 彼女の力は未知数だが、放ってはおけない。


 ナルシスは自分のことで精一杯。

 守ってやれるのは、俺だけだ。


 だが、セリーヌは乱れなかった。

 杖を掲げ、静かに詠唱する。


煌熱創造(ラクレア・フラム)!」


 炎の渦が解き放たれ、広範囲を焼き尽くす。

 圧倒的だった。


「やっぱり規格外だ……」


 無詠唱で、この威力。

 天然の天才魔導師という評価でも足りない。


斬駆創造(ラクレア・ヴァン)!」


 真空の刃が掠め過ぎ、俺の背後で魔獣の悲鳴が上がった。


「リュシアンさん、集中してください!」


「悪い」


 守るつもりが、守られてどうする。


「一気に畳み掛ける」


 剣を構え、ルーヴの群れへ突進する。

 横から飛び掛かってきた一頭を避け、反撃の一閃で胴を裂いた。


 こうなれば俺の独壇場だ。

 闇夜に碧色の煌めきが踊り、魔獣は次々と倒れていった。


※ ※ ※


「これで終わりか?」


 ラグが左肩へ戻ってくる。動く影はない。


「相手はルーヴだ。こんなもんだろ」


 剣を収めると、ナルシスが呆然としていた。


「いつの間に終わったんだい? この僕でさえ、まだ数頭しか倒していないのに」


 乱れた金髪を整え、間の抜けた顔をさらす。


「死骸を集めて、焼いてしまおう」


 せめてもの機転を利かせたつもりだろうが、悪手だ。


「ダメだ。ルーヴの毛皮は高値で売れる。街長へ渡せば、復興費用の足しになる」


「ぐぬぅ。その手があったか……」


「リュシアンさん、さすがです」


 セリーヌの微笑みに、少し誇らしくなる。


「でも、リーダー魔獣を見付けねぇと……死骸の回収がてら、街の人に探してもらうか」


 ひとりつぶやいていると、セリーヌの表情が強張っていることに気付いた。


「どうした?」


「静かに。山の方から、強い魔力と獣の声が……」


 魔力を持たない俺には捉えられない。耳を澄ましても、何も聞こえなかった。


「気のせいじゃねぇのか? 風の音とか」


「姫を疑うのかい? 僕には聞こえるとも」


「幻聴だ。すぐに寺院で診てもらえ」


 付きまといに効く薬も必要だろう。

 口では軽く返したが、胸の奥がざわつく。


「がるるる……」


 次の瞬間、ラグが唸った。

 遠吠え。大気を震わせる、異質な波動。


 山鳥が群れをなして飛び立ち、夜空へ消える。

 地上へ広がる死の影から、少しでも離れようとするかのように。


 続け様、乾いた音を立てて木々が倒れた。

 天災とも呼べる破壊の嵐が、こちらへ迫ってくる。


「おふたりとも、気を付けてください」


 セリーヌの緊張した声。

 山と平地を隔てていた最後の木々が薙ぎ倒される。


 生木の折れる音が悲鳴のように響いた。

 そして、巨影が姿を現す。


 ルーヴに似た魔獣。

 だが、大きさは三倍以上だ。


「なんなんだ、あの魔獣は……しかも、頭がふたつ。ルーヴ・ジュモゥってところか?」


 冗談のつもりで名付けたが、誰も笑わない。


「ルーヴたちも、あの大型に餌を奪われて、人里へ来たのか?」


 剣を握り直す。

 遠目でもわかる。あれは危険度が段違いだ。


 深く呼吸し、心を落ち着ける。

 次の行動を頭の中で組み立てていると、ナルシスの引きつった顔が視界に入った。


「一端、退くべきじゃないかな」


「退けるかよ。後ろには守るべき街がある」


 退くという選択は、あり得ない。

 兄だったら、そんな判断は絶対にしない。


 敵を見据えると、涙を流して懇願してきた男の子の顔が脳裏を過ぎった。

 あんな子どもまで悲しませる魔獣を、これ以上野放しにはしない。


「男なら、大事な物は自分の手で守らなきゃダメなんだよな……」


「え? なにか言ったかい?」


「なんでもねぇ」


 思わず苦笑が漏れた、その時だった。


「魔獣……巨大な四足魔獣……二年前の……あの気配に似ている……」


 セリーヌの顔は青ざめ、震えていた。

 その瞳は、目の前の魔獣ではなく、過去を見ている。

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