11 大司教への制裁
「さっさと話さないと腕が折れるぞ」
捻り上げた大司教の右腕へ更に力を込める。
「ぐうっ……あの娘が住んでいた……ジュネイソンの街は……魔獣に襲撃され滅んだ……両親もその時に……他界している」
「デタラメを言うな! だったら、俺たちと一緒に来た両親は誰だって言うんだ」
「私が……知るわけがないだろう……」
「それが本当なら、どうしてマリーだけが助かった? 何か知ってるな?」
捻り上げた右腕から、小指を即座に掴んだ。
「一本ずつ、順にへし折ってやるよ。何本目で口を割るか。見物だな」
耳元へ、囁くように声を発してやる。こうなれば、とことん追い詰めるだけだ。
「待て、待ってくれ。ジュネイソンへ魔獣の襲撃を指示したのは私なんだ」
「は!?」
「あの娘がここへ来てすぐ、証拠を消すために冒険者を雇った。彼等に魔獣をけしかけさせ、両親の遺体も私が間違いなく確認した」
そう言えば、牡鹿亭へやってきた客から、魔獣に滅ぼされた街の話を聞いたことがある。
「まさかマリーを手に入れるために、街ひとつを潰したっていうのか?」
「やむを得なかった……悪魔に魂を売り渡す行為だというのは百も承知だったが……どうか、あの子には黙っていて欲しい……時が来たら、私から告白するつもりだ」
「その時は、いつ来るっていうんだ」
僅かに力を加えると、大司教の右小指はあらぬ方向へ折れ曲がった。
「自分が何をしたかわかってるのか?」
しゃがれた悲鳴を聞きながら、二本目となる右薬指を掴んだ時だった。気付けば外が騒がしい。人々の悲鳴と、魔獣の鳴き声。
なんだか嫌な予感がする。
「ジョフロワ、てめぇは完全に終わりだ。そこの女神像にでも慈悲を乞え」
鞘から魔剣を引き抜くと、竜の力を帯びた刃は碧色の淡い輝きに包まれていた。
その先端を老人の足下へ向ける。
「神に代わって制裁だ」
右太ももを刃が貫くと同時に、老人の悲鳴が広間を満たした。
横たわり、苦悶の声を上げる大司教。床へ血だまりが広がってゆくが、この程度でも生ぬるい。同情や情けなどという感情も一切沸かず、その背を無言のまま冷たく見下ろした。
「ここで待ってろ。外を確認したらすぐに戻る。全てをはっきりさせてやるからな」
先日のドミニクの一件が頭を過ぎった。ここで逃げられては元も子もない。
革袋をまさぐり、魔導輪と交換に黄色の魔法石を取り出す。そして大司教の頬を掴み、口を無理矢理こじ開けてやった。
「これで死ぬようなこともねぇだろ」
それを放り込むと、下あごを打ち上げ、奥歯で無理矢理に噛み砕かせた。
「ぐがあぁぁぁぁ!」
砕けた欠片を吐き出しながら、弱電撃の効果で激しく痙攣する大司教。
「ったく、大げさだな……それでしばらくは動けねぇだろ。また後でな」
そうして、倒れた魔導師どもを見回した。
「こいつを連れて逃げようなんて思うなよ。ギルドを通じて、必ず探し出してやる!」
壇上から飛び降り素早く着地。そのまま一直線に出入り口を目指した。
☆☆☆
「どうなってんだ!?」
その光景は、全く予想だにしていなかった。寺院の入口付近へ固まる野次馬の富裕層ども。そいつらを掻き分けて表へ出ると、辺りには大量の匂い袋が散らばり、強烈な血の臭いが立ちこめていた。
聞こえ続けていた魔獣の声を辿ると、頭上を旋回する複数の影。大鷲型魔獣グラン・エグルの群れだ。それを迎え撃つのは、なぜかセリーヌただひとり。髪は黄金色に染まり、竜臨活性を使っているのは明らかだ。
「アンナとマリーは?」
頭上を警戒しながら問いかける。
「外へ出た直後に閃光が弾けて……恐らく、クロードさんの声だと思いますが、嫌がるマリーさんを脅して無理矢理に連れ去ったようです。視界が戻った時には、寺院の前から馬車が走り去る所でした」
「馬車!?」
「三人はそれに乗っているかと。アンナさんが追ってくださっています」
「遅かったか……あの夫婦、もしかしたら偽者かもしれねぇ」
「それは本当なのですか?」
驚きに目を見開いているが無理もない。俺も未だに半信半疑だ。
「それを確かめる。馬車を追うぞ」
辺りに散らばる匂い袋は魔獣を呼び寄せるための物。待ち伏せていた馬車といい、計画的な犯行に違いない。
「待ってください。上空にいる魔獣を片付けるのが先です」
その言葉が、にわかには信じられなかった。
「放っておけよ。寺院には魔導師たちもいる。あいつらに任せればいいだろうが!」
「患者さんもいらっしゃいます。ここには防御壁もありませんし、何かあったらどうされるおつもりなのですか?」
揺るがない強い眼差し。こうなってしまうと絶対に折れないだろう。
「だあぁっ、わかったよ! さっさと片付けるぞ。いいな?」
「はい!」
気持ちが良いほどの声が返ってきた。
やれやれ。やっぱりこいつには敵わない。
「全部で十体ってところか」
グラン・エグルもギルドに討伐対象として記録されていた。討伐ランクはC。
俺が両腕を広げた以上もある巨大な姿はまさに圧巻。獲物の隙を窺い、鋭い爪で掴み上げた後は地面へ落として殺害。その遺体を群れで貪るという空の狩人だ。
寺院の側には、粉々に砕けた馬車の残骸と食い散らかされた馬の死骸。奴等の凶悪性をまざまざと見せ付けられた。
「剣が届かないのは厄介だな」
俺の攻撃で可能性があるとすれば、竜牙天穿ただひとつ。しかし、この魔剣では力を即座に吸収されてしまうはず。セリーヌの竜術も効果範囲を外れている。
「まてよ……」
ひとつの可能性が閃いた。それに賭ける。
「セリーヌ。俺が作る魔力球へ竜術を打ち込んでくれ」
「どういうことですか?」
「どうもこうもねぇ。合体技だ。俺の竜牙天穿は無属性だから、変に反応することもないはずだ。急げ!」
ザコはさっさと片付けて、馬車を追いたい。全力で一気に仕留める。
刃の切っ先を、頭上で旋回する魔獣どもへ向けた。そのまま剣先へ意識を研ぎ澄ませ、魔力を収束させる。
「竜牙……」
刃に生じる魔力の球体。碧色に輝くそれが大きく膨らんだが、思った通りたちまち刃に力を吸収され始めてしまった。
どうにか力を振り絞り、大きさと威力を保持する。そうしている間に、側で杖を構えていたセリーヌが術を解き放つ。
「光竜滅却!」
「天穿!」
刃から飛んだ碧色の魔力球。それがセリーヌの放った黄金色の魔力を含み、金色の軌跡を描いて上空へ舞い上がる。
「行けえっ!」
三体の魔獣を飲み込み、魔力球が爆散。溢れた閃光が、周囲に飛んでいた残りの魔獣たちを飲み込んだ。まるで小型の太陽を思わせるような光が、辺りをまばゆく照らし出す。
「これじゃあ、あいつらの死骸も残らねぇ。報酬もゼロ。働き損かよ……」
がっくりうなだれた途端、力を根こそぎ奪い取られたように体が重くなった。竜臨活性が切れたらしい。
「踏んだり蹴ったりだな」
苦笑を漏らすと、紋章から飛び出してきたラグが俺の左肩へ着地した。
セリーヌへ視線を向ける。彼女は杖の先端から火柱を放ち、匂い袋を焼き払っていた。
真面目の見本のような奴だ。彼女こそ、聖女と呼ぶに相応しい気がする。
「さて、ここから麓までどうするか?」
魔獣の襲撃で馬車は襲われ、残っていた馬も逃げ失せてしまった。徒歩では三、四時間の覚悟が必要だろう。竜臨活性が残っていれば一気に駆け抜けられただろうに。
「がうっ!」
走る覚悟を決めたその時だ。左肩に乗ったラグの鳴き声に続き、山道を駆け上がってくる馬の足音が聞こえてきた。その音はまるで天からの救いのように思えた。
「どうして馬が?」
いぶかしむように山道へ視線を向けると、現れたのは思いも寄らない人だった。
「は? なんで!?」
「はぁぃ。あたしの可愛いリュシー。大好きなお姉さんが、迎えに来てあげたわよ」
颯爽と馬を操りながら、左手には別の一頭も連れたシルヴィさん。そのまま近付いてくると、左手に持った手綱を差し出してきた。
「ほら、急ぐんでしょ。早く乗って」
「え? ありがとうございます……」
訳がわからないまま馬の背に乗り、セリーヌを引き上げた。
「霊峰の入口で待機してたらアンナから連絡があってね。この馬は、門の中にいた馬車から解いて、ちょっと拝借してきたってわけ」
「連絡って、どうやって?」
「コレよ、コレ」
シルヴィさんの掌には、魔導通話石があった。
「フェリクスから一組だけ預かったの。大森林でもアンナが持ってたでしょ。リュシーを追うついでに、今回も持たせてたってわけ」
「そういうことか……あいつを連絡係にして、みんなで悠々と追ってきたわけですか?」
「リュシーが突然いなくなるからでしょ。彼女とふたりきりになりたいのはわかるけど、まるで駆け落ちみたい……あたしは強引なのって嫌いじゃないけど」
「いや。シルヴィさんの好みは、今はどうでもいいんですけどね」
「どうでもいいって失礼じゃない!?」
「失礼なのはあなたの方です! ふたりきりだとか駆け落ちだとか、私たちは決して、そんなやましい間柄ではありません!」
出た。セリーヌの必殺技、全力否定。これ、何気に物凄いダメージなんですけど。





