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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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05 甘いおやつと苦い現実


 しょんぼりした様子のセリーヌは、革袋から何かをつまみ上げ、口へ運んでいた。


「それ、何を食べてるんだ?」


「よろしければ、おひとつどうぞ。故郷の村のおやつです」


 親指ほどの茶色い固まり。

 美女が美味しそうに食べているのだから、悪くはないのだろう。


 肩に乗ったラグまで身を乗り出してきた。

 食べることはできないくせに、いつもこうだ。


 恐る恐るかじると、軽い歯触りとともに甘辛い風味が広がった。

 中は芋のような食感で、意外といける。


「これ、なんていうおやつなんだ?」


「甘辛ボンゴ虫、と呼んでいます」


「ぶっ!」


「きゃあぁっ!」


 思いきり吹き出してしまった。


「ボンゴ虫って……あの、森の中で木の根元にいる芋虫の?」


「何をなさるのですか!? 顔にかけるなんて、あんまりです……出すなら出すと、先に仰ってください。心の準備が……」


 何を言っているのかよくわからないが、怒るのも無理はない。

 俺が吹き出したせいで、顔から胸元にかけて食べかすが飛び散っている。


「ごめん。でも……これ、本当に食べ物なのか?」


「ボンゴ虫を油で揚げて、甘辛く味付けした定番のおやつです。村では人気なのですよ。母も、よく作ってくれました。懐かしい味です」


 頬を膨らませ、食べかすを払っている。


 美人で、金持ちで、天然。虫がおやつの魔導師。

 不思議な人、という枠を軽く飛び越えて、変人の領域に足を踏み入れた気がした。


「もう、お風呂に入りたいです……」


「悪い。これ、使ってくれ」


 ポケットから手拭き布を差し出す。


「せっかくのご厚意ですが、丁重にお断りします」


 道端へ移動したセリーヌは、かがんで両手を合わせた。

 水の魔法だろう。椀を作った手の中に、すぐ水が満たされる。


「魔法か。便利だよな……」


 セリーヌは風の魔法で顔を乾かしている。

 答えを期待しているわけじゃない。ただ、沈黙が気まずかった。


「資質は遺伝するって聞くし、失われつつある力だもんな。使い手は人口の二割くらい、だったか……」


 それでも答えは返ってこない。


「冒険者の間でも魔導師は取り合いなんだ。世間でも好待遇だし、要職にも優先登用される……羨ましいと思うこともあるよ」


「やあ、ご両人。どうかしたのかな?」


 声に振り向くと、美しい白馬にまたがったナルシスが現れた。

 芝居がかった動きで颯爽と下馬し、真っ白な歯を見せて微笑んでいる。


「姫、探したよ。突然いなくなってしまったから、心配していたんだ」


 鬱陶しい。

 いなくなったんじゃない。まかれただけだ。


「こいつが、僕の愛馬。びゅんびゅん丸さ」


「……名付けのセンス、最悪だな」


「え? 可愛い名前だと思いますが」


 意外にも、セリーヌは好反応だった。

 柔らかな笑みを浮かべる彼女に、白馬が甘えるように擦り寄る。


「優しい目をした、良い子ですね」


 動物に好かれる人に悪い奴はいない。

 そんな言葉を思い出し、つい横顔を見つめてしまう。


「びゅんびゅん丸も、姫を気に入ったみたいだ。どうだい? こいつに乗って、ランクールまで走り抜けないか?」


 おまえだけ、地平の彼方へ消えてくれ。


 念が通じたのか、セリーヌが口を開く。


「申し訳ありません。今回は馬車で向かうことにします」


 セリーヌは丁寧に言葉を選びながら続けた。


「初めて訪れる地ですし、風景や、他の方との会話も楽しみたいのです」


「そうですか。とても残念だよ……」


 うなだれるナルシスと目が合い、勝ち誇った笑みを向けてやる。

 そのまま他の利用客とともに、ランクール行きの馬車へ乗り込んだ。


※ ※ ※


「早速、腕輪の説明を伺いたいのですが」


「そうだったな。先に済ませておくか」


 座席へ座るなり、早々に声を掛けられた。

 勤勉で真面目な姿勢には好感が持てる。


「腕輪の造形は共通だけど、冒険者ランクによって、あしらわれているラインの色が違うんだ。ランクはL・S・A・B・C・D・Eの七段階。セリーヌはランクEで黒のライン。ナルシスはランクCで緑なんだ」


「なるほど」


「腕輪は魔獣の攻撃から身を守る魔力障壁(プロテクト)を体の周囲に張り巡らせる。魔力で造られた、見えない鎧だと思えばいい。ただし完全じゃない。威力を軽減する程度だ。許容量を超える攻撃を受けると破れて、自然回復に数時間かかるのが欠点だな」


「それでも、心強いですね」


「そうだな。ランクが上がれば魔力障壁(プロテクト)の強度も増す。危険な依頼をこなすには、それだけの装備が必要だからな。しかも最近は、多額の資産を有する冒険者を襲う物騒な連中もいるらしい。そういった外敵から命を守る目的もある」


「人が人を襲うのですか。悲しいですね」


「盗賊なんて奴らもいるくらいだ。用心に越したことはねぇよ」


「この腕輪を量産して、すべての人に配ることはできないのでしょうか?」


「無理だろうな。上ランクほど希少な素材を多く使うらしくてさ。量産できないんだ。冒険者ギルドの活動へ貢献した者だけが手にできる報酬みたいなものなんだよ」


「残念ですね。魔獣の脅威から身を守る有用な品だというのに……私の宝石を売って、買い取ることができたらいいのですが」


「金を積んでも素材がな……それに、腕輪を持てることが冒険者の特権って面もある」


 セリーヌは眉を寄せ、押し黙ってしまった。


 気持ちはわかるが、どうにもできない。


 何となく気まずい雰囲気のまま、馬車はランクールに向けて走り続けた。


* * *


「確かに酷いな」


 薄暗くなった頃に到着したランクールは、予想以上に荒れていた。

 ナルシスも苦々しい顔を見せるが、何やら大きな袋を担いでいる。


防御壁(ぼうぎょへき)も壊されて、再生が追い付いていないようだね。通常は五日ほどで自動修復されるというのに、それが間に合わないほど襲撃を受けているということか……」


「ヴァルネットの防御壁は三層だが、ここは一層のみだしな」


「街によって異なるのですか?」


 セリーヌは形の良い眉をひそめた。


「人口と重要度によって壁の枚数が異なるんだ。国が取り決めていることだから、俺たちにどうにかできる問題じゃない」


 防御壁も俺たちの魔力障壁(プロテクト)と同じ素材が使われている。

 セリーヌの望む、全人類が守られる未来が叶えばいいが、現実は厳しい。


 家屋には歯形や爪痕が残り、街外れへ続く無数の足跡があった。


「魔獣はどこへ向かったのでしょう」


 セリーヌの不安げな声が、やけに響いた。


「家畜小屋だろうな。ここは酪農が盛んな街なんだ。鮮度の高い卵やミルクが名物で、周辺の街は重宝してる」


「可哀想に……」


 惨状を悼み、悲痛な面持ちを浮かべている。


 他人の痛みに寄り添えるのは優しい証だ。俺はただただ、この現実が悔しくて堪らない。


「この街から流通が止まれば、周辺の街も大打撃だろうね」


 袋を担いだナルシスと三人、防御壁の損傷が最も激しいという街の裏手へ向かう。

 向かいには壮大にそびえる山々。そこに生息するルーヴが、人里へ押し寄せている。


 緊急討伐の依頼者は街の長だ。十日ほど前からルーヴたちが現れ始め、家畜だけでなく人も被害に遭っているという。


 およそ二年前から魔獣の凶暴化が目立ってきたが、原因は未だに不明だ。冒険者ギルドや王国も、調査中の一点張りとなっている。


「ルーヴはここから侵入するだろう。迎え撃つしかねぇ」


 崩れた防御壁の外へ陣取り、出発前に購入しておいた包みを置いた。


「ナルシス。自慢の愛馬が襲われないように気をつけるんだな」


「縁起でもないことを言わないでくれ。それに、たかがルーヴ。一頭たりとも逃さないさ」


「油断は禁物です。魔獣は恐ろしいですから」


 セリーヌの声はわずかに震え、神妙な顔付きだ。

 魔獣に対して、思うところがあるのだろうか。


 その後、街人から差し入れられたスープとパンを頂き、腹ごなしを済ませた。

 夜も更け、時刻は二十三時を過ぎた。


「そろそろだな」


 ルーヴどもの活動時間を見計らい、包みの中から新鮮な牛肉の塊を取り出す。


 またしてもラグが注目してくるのだが、食べ物にいちいち反応するのはやめて欲しい。


「リュシアンさん、すごい……今度は夜食ですか。うふふ。意外と食いしん坊なのですね。生肉ですから、よく焼かれた方が」


「食うわけあるか」


「では、どうされるのですか?」


「こうするんだ」


 腰から短剣(ショートソード)を引き抜き、肉塊を細切れにしてばらまいていく。


「食べ物を粗末にしないでください!」


「怒るなよ。しかも拾うな。これは魔獣をおびき寄せるための餌なんだよ」


「エサ、ですか?」


 呆気にとられた顔を見せるが、そんな表情を向けられてしまえば、怒りも吹き飛んでしまう。

 ただただ、可愛いだけじゃないか。

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