05 守る力と、守れない現実
「早速、腕輪の説明を伺いたいのですが」
「そうだったな。先に済ませておくか」
座席へ座るなり、早々に声を掛けられた。
勤勉で真面目な姿勢には好感が持てる。
「その前に、冒険者についての簡単なおさらいをしておこう」
覚えているだろうが、念のための確認だ。
「百日以上、依頼を消化せずにいると強制除名されちまうから要注意だ。その際は五千ブランの解約金が必要になる」
「先程、シャルロットさんに教わりました」
「だよな。解約を無視すると、腕輪の位置情報を基に衛兵が動き出す。最悪の場合、拘束もあり得るから気を付けろよ」
「承知しました」
「腕輪の紛失や破損については、再支給は有償なんだ。これも覚えておくといい」
「はい。ありがとうございます」
さすがにここまでは問題ない。
「じゃあ、腕輪の説明だ。造形は共通だけど、冒険者ランクによって、あしらわれているラインの色が違うんだ。ランクはL・S・A・B・C・D・Eの七段階。セリーヌはランクEで黒のライン。ナルシスはランクCで緑」
「なるほど」
「腕輪は魔獣の攻撃から身を守る魔力障壁を体の周囲に張り巡らせる。魔力で造られた、見えない鎧だと思えばいい。ただし完全じゃない。威力を軽減する程度だ。許容量を超える攻撃を受けると破れて、自然回復に数時間かかるのが欠点だな」
「それでも、心強いですね」
「そうだな。ランクが上がれば魔力障壁の強度も増す。危険な依頼をこなすには、それだけの装備が必要だからな。しかも最近は、多額の資産を有する冒険者を襲う物騒な連中もいるらしい。そういった外敵から命を守る目的もある」
「人が人を襲うのですか。悲しいですね」
「盗賊なんて奴らもいるくらいだ。用心に越したことはねぇよ」
「この腕輪を量産して、すべての人に配ることはできないのでしょうか?」
「無理だろうな。上ランクほど希少な素材を多く使うらしくてさ。量産できないんだ。冒険者ギルドの活動へ貢献した者だけが手にできる報酬みたいなものなんだよ」
「残念ですね。魔獣の脅威から身を守る有用な品だというのに……私の宝石を売って、買い取ることができたらいいのですが」
「金を積んでも素材がな……それに、腕輪を持てることが冒険者の特権って面もある」
セリーヌは眉を寄せ、押し黙ってしまった。
気持ちはわかるが、どうにもできない。
何となく気まずい雰囲気のまま、馬車はランクールに向けて走り続けた。
* * *
「確かに酷いな」
薄暗くなった頃に到着したランクールは、予想以上に荒れていた。
ナルシスも苦々しい顔を見せるが、何やら大きな袋を担いでいる。
「防御壁も壊されて、再生が追い付いていないようだね。通常は五日ほどで自動修復されるというのに、それが間に合わないほど襲撃を受けているということだね……」
「ヴァルネットの防御壁は三層だけど、ここは一層しかないんだな」
「街によって異なるのですか?」
セリーヌは形の良い眉をひそめた。
「ヴァルネットは人口三万の商業都市だし、優遇されてる。人口と重要度によって壁の枚数が異なるんだ。国が取り決めてることだから、俺たちにどうにかできる問題じゃない」
防御壁も俺たちの魔力障壁と同じ素材が使われている。セリーヌの望む、全人類が守られる未来が叶えばいいが、現実は厳しい。
家屋には歯形や爪痕が残り、街外れへ続く無数の足跡があった。
「魔獣はどこへ向かったのでしょう」
セリーヌの不安げな声が、やけに響いた。
「家畜小屋だろうな。ここは酪農が盛んな街なんだ。鮮度の高い卵やミルクが名物で、周辺の街は重宝してる」
「可哀想に……」
惨状を悼み、悲痛な面持ちを浮かべている。
他人の痛みに寄り添えるのは優しい証だ。
俺はただただ、この現実が悔しくて堪らない。
「この街から流通が止まれば、周辺の街も大打撃だろうね」
袋を担いだナルシスと三人、防御壁の損傷が最も激しいという街の裏手へ向かう。
向かいには壮大にそびえる山々。そこに生息するルーヴが、人里へ押し寄せている。
「依頼者は街の長だったよな。十日ほど前からルーヴたちが現れ始めて、家畜だけじゃなく人も被害に遭ってるって話だ」
およそ二年前から魔獣の凶暴化が目立ってきたが、原因は未だに不明。冒険者ギルドや王国も、調査中の一点張りだ。
「ルーヴはここから侵入するだろう。迎え撃つしかねぇ」
崩れた防御壁の外へ陣取り、出発前に購入しておいた包みを置いた。
「ナルシス。自慢の愛馬が襲われないように気をつけるんだな」
「縁起でもないことを言わないでくれ。それに、たかがルーヴ。一頭たりとも逃さないさ」
「油断は禁物です。魔獣は恐ろしいですから」
セリーヌの声はわずかに震え、神妙な顔だ。魔獣に対して、思うところがあるのだろうか。
その後、街人から差し入れられたスープとパンを頂き、腹ごなしを済ませた。
夜も更け、時刻は二十三時を過ぎた。
「そろそろだな」
ルーヴどもの活動時間を見計らい、包みの中から新鮮な牛肉の塊を取り出す。
またしてもラグが注目してくるのだが、食べ物にいちいち反応するのはやめて欲しい。
「リュシアンさん、すごい……今度は夜食ですか。うふふ。意外と食いしん坊なのですね。生肉ですから、よく焼かれた方が」
「食うわけあるか」
「では、どうされるのですか?」
「こうするんだ」
腰から短剣を引き抜き、肉塊を細切れにしてばらまいていく。
「食べ物を粗末にしないでください!」
「怒るなよ。しかも拾うな。これは魔獣をおびき寄せるための餌なんだよ」
「エサ、ですか?」
呆気にとられた顔を見せるが、そんな表情を向けられてしまえば、怒りも吹き飛んでしまう。
ただただ、可愛いだけじゃないか。
「肉と血の臭いで、魔獣をおびき寄せようという魂胆だね。君もなかなかやるじゃないか」
ナルシスの感心したような声に、視線だけを向けた。
「随分と上から目線だな。おまえはどんな策を見せてくれるんだ?」
「僕が用意したのは……これさ」
この街へ来た時から担いでいた大きな袋を、得意満面で撫でる。
「中身がわかるかい? 大量の匂い袋さ。開封すれば、魔獣が好む香りが放たれる。金に物を言わせて買い込んできたんだ」
金を強調するところが、実にえげつない。
「牛を一頭買って囮にしたいところだけれど、生憎、この街に残った家畜は少ないだろう」
「びゅんびゅん丸が囮でいいだろ」
「なんてことを言うんだ!」
声を裏返らせる様子が、実にからかいがいのある男だ。
「武器も道具も、成果を出すためなら出費は惜しまない。それこそが、最年少最速での昇格を記録した秘訣さ」
「なるほどな」
鼻につくが、実力主義の世界ではこういう男が成功する。セリーヌ同様、パーティを組んでいないのは、たぶん性格の問題だ。
「ナルシスさん、酷いです!」
セリーヌが憤慨し、腰の袋へ手を伸ばした。
「牛を一頭買われると仰るのなら、私はこの街を買い上げて、家畜たちを守ります」
「話の規模がとんでもねぇ……」
天然の優しさは、ときどき想像の斜め上へ振り切れる。
肉塊を蒔き終える頃、ナルシスが匂い袋を開封した。
すぐに、森の闇がざわめく。
影が滲むように現れ、ルーヴの群れが姿を現した。
「すげぇな……四十頭はいるぞ」
前脚を持ち上げれば成人男性ほどの高さ。押し倒されれば、まず助からない。
「ルーヴは三、四頭ごとで狩りをするんだ。囲まれると厄介だが、動きに気を配れば昼間のカロヴァルほどの脅威じゃねぇ」
群れの中央には、一回り大きな個体。
あれが、リーダーだ。
警戒しながらセリーヌを見る。
殲滅も重要だが、彼女を守るのが最優先だ。
「防御壁を背にして戦え。俺とナルシスで斬り込む。セリーヌは魔法で援護を頼む」
言うが早いか、ナルシスが声を張り上げた。
「ふたりとも、伏せるんだ!」
俺たちと魔獣の中間に置かれた匂い袋。
殺到したルーヴたちが食らい付いた瞬間、爆ぜた。
熱風が吹き抜け、夜空が炎に染まる。
数頭が悲鳴を上げ、高々と宙に舞った。





