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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.04 霊峰アンターニュ編

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06 突然の求婚


 呆然としていると、茂みを掻き分けやってくる人影が見えた。


「セリーヌ……」


 それ以上、言葉が出てこない。彼女は不意に立ち止まり、戸惑いを浮かべた顔をする。


「ありがとう。助かったよ」


 礼に小さく頷き、ゆっくりと近付いてきた。すると、俺の左肩へ遠慮がちに手を添えた。


水竜癒命ゲリール・グラッセ


 青白い光が肩を包み、仄かなぬくもりを伴って傷を癒やしてゆく。


「すみませんでした……その……昨晩から色々有り過ぎて、リュシアンさんへどう接して良いのかわからなくなってしまったのです」


「どうって、今まで通りだろうが」


「よろしいのですか?」


 驚きに目を見開いたと思ったら、今度はその顔が見る間に赤く染まった。


「あの……わたくしはてっきり、身体を求められているものだとばかり……」


 心の奥底を見られたようで、途端に恥ずかしくなってきた。きっとこいつは俺の機嫌が悪い原因を、そこに見出したのだろう。


「まぁ、それについては否定しねぇけど、長老とやらに話を付けるのが先だろ? 認めて貰えるように頑張るから、呪いを解いた後に故郷の島へ案内してくれないか?」


「え? それはまさか……」


 視線が左右を漂い、激しく動揺している。


「そのまさかだよ。俺は本気だ」


 突然に求婚じみたことを口にしてしまったが、ここまで来たら後には引けない。


「いえ……あの……困ります! 私の目的は、災厄の魔獣を討ち滅ぼし、一族の無念を晴らすことです。その悲願を達成するまでは、私だけ幸せになどなれません」


「だったら、倒せばいいだろうが」


「え?」


「それでセリーヌが心置きなく幸せになれるっていうなら、どこまでも付き合ってやるよ。どんな魔獣だろうがぶっ倒してやる!」


 一緒にいるためにはどうしたらいいか。ひとつしかない答えを咄嗟に口にしていた。


「リュシアンさん……そこまで……」


 見開かれたセリーヌの目に、光る物が見えた。


「おい。なにも、涙ぐむことねぇだろうが」


「すみません……なんだか胸が一杯で……」


 対応に困り、思わず髪を掻き毟る。


「セリーヌがそんなじゃ、また俺が泣かせただの何だのと言われるだろうが……特に、そこにいる奴にな。いい加減、出て来い!」


 それに応えるように、数メートル後方の頭上で葉を揺らす物音。そして、地面に着地する微かな足音が続く。


「なんかお熱い雰囲気だったから……これは是非、みんなに報告しないとね」


「それは勘弁してくれ」


 肩へ添えられていたセリーヌの手から離れ、背後に迫った声の主を振り返った。


「おまえにも助けられたな。ありがとな」


「えへへ。余計なお世話だったかな?」


 赤髪のショートヘアに掛かった葉を振り払うアンナ。だが、こいつがいるということは。


「他はどうした?」


「ん? 知らない」


 あっけらかんと言い放つ。


「知らないって、ひとりで来たのか?」


「うん。リューにいの態度が怪しかったから、何かあるなぁって後を付けてたの」


 さすがの動物的勘とでも言おうか、獲物を追う嗅覚は半端じゃない。


「おまえを甘く見た俺の落ち度だな……帰れって言っても無駄なんだろ?」


「うん」


「即答かよ!」


 面倒な奴に捕まった。だが、セリーヌとこのまま悶々とふたり旅を続けるのも生殺し地獄だ。緩和剤くらいにはなるだろう。


「俺たちはカルキエに向かってるんだ。丁度いいから手伝ってくれ」


「リュシアンさん。よろしいのですか?」


 みんなに迷惑は掛けられない、などと格好を付けた手前もあるが、全て撤回だ。


「大丈夫だ。問題ない」


「アンナに任せて。で、何の依頼なの?」


 いつもは脳天気なクセに、今日はガンガン突っ込んでくるじゃねぇか。


 こいつのことだ。俺が呪いを受けたなどと知ったら大騒ぎだろう。しかも先日の戦いでは賊に逃げられ、仮面の男は赤竜に横取りされるという踏んだり蹴ったりの結末。その上、呪いとあっては立つ瀬がない。あざ笑うレオンの顔まで頭を過ぎる。


「あ〜……大司教に会いにな。実はこの間の戦いで、セリーヌが強い呪いを受けてさ。それを解いてもらいにな」


「え?」


 間抜けな声を上げるセリーヌ。

 頼むから、うまく話を合わせてくれ。


「呪いって、大丈夫?」


 アンナは深刻な顔でセリーヌを伺う。


「問題ない。魔法の威力が低下して、疲れやすくなるって(たぐい)の呪いらしい」


「魔法の威力が低下って、さっきのいかづちで魔獣は一網打尽なんだけど……セリちゃん凄い」


「あ……」


 思わず沈黙し、倒れた魔獣たちを眺めることしかできなかった。


 その後、討伐証拠にサングリエたちを魔力映写で収め、馬車を探して林道へ。アンナは馬も使わずに走って追い付いたらしい。相変わらず、恐るべき脚力と運動能力だ。


「大丈夫でしたか!? 心配しましたよ」


 御者の男性と言葉を交わし、アンナの追加料金を申し出た。


「お金なんて頂けません! 魔獣退治のお礼に、乗ってください」


 好意に甘えて馬車へ乗り込むと、カルキエを目指して再び走り出す。アンナを挟んで三人で座り、ようやく一息ついた時だった。


「随分とお強いんですね……皆さん、冒険者の方たちですか?」


 隣からの声に視線を向けると、疲れた顔の夫婦がいた。声を掛けてきたのは女性の方だ。

 長い黒髪を後ろで一つに束ね、質素な身なりをしているが、良く見れば整った顔立ちだ。


「えぇ……まぁ」


「強いなんてもんじゃないよ。このリュー兄は、碧色の閃光って呼ばれてるんだから! ムッツリスケベだけどね」


「おい。さり気なく、余計な情報をぶっ込むんじゃねぇ」


 こいつを馬車から突き落としたい。今の一言で、俺は窮地を救った英雄から、ただのスケベに格下げだ。

 向かいに座る男の子から、不思議なものでも見るように凝視されている。


「お母さん。ムッツリってなーに?」


「しっ! 後で教えてあげるから……」


「後って、いつ? ねぇ? ねぇ?」


 馬車から降ろして。周りの失笑が痛いです。


「あの……あなた方の強さを見込んで、お願いしたいことがあるんです」


「え? お願い、ですか?」


「こんなスケベで大丈夫? いだっ!」


 アンナの額を平手打ち。良い音が響いた。


「ここでは話しづらい内容なので、カルキエに着いたらお時間を頂けますか?」


 深刻な様子だが、こちらも余談を許さない状況だ。寄り道をしている暇はない。


「すみませんが、先を急ぐ身なので……霊峰アンターニュで、大司教様に会わないといけないんですよ」


「それなら問題ありません。私たちのお願いも、大司教様に関係するものなんです」


☆☆☆


「それで、話っていうのは?」


 日は落ち、カルキエの食堂で夕食。六人掛けテーブルの向かいには夫婦の姿もある。


「私たちの、娘のことなんです」


 互いに四十歳で、クロードとメラニーと名乗ったアルシェ夫妻。ふたりには、マリーという十七歳の娘がいるという。


 奥さんの家系が代々強い魔力を持ち、娘のマリーにもそれが受け継がれた。幼い頃から強い魔力を持っていた彼女だったが、ある日を境に、より強い力に目覚めたのだとか。


「強い力って、具体的には?」


 話を聞きながらも食事の手が止まらない。大皿に盛られた各種料理から、堪らなく良い香りが漂い続けている。


 山岳地帯ということで、木の実や果実が豊富に取れる他、野菜の栽培も盛んだ。それらを活かし、目にも鮮やかな料理の数々がテーブルを彩っていた。


「病気を和らげ、どんな怪我も治してしまう、癒やしの力なんです」


「癒やしの力、って……」


 大司教ジョフロワといい、彼らの娘のマリーといい、偶然は重なるものだ。この地方には、有能な癒やしの使い手が多いということか。


 夫婦は話を続けた。マリーの噂が広まり、一年前、司祭たちが訪ねてきたのだという。


「司祭が?」


 なんだか、話が焦臭きなくさくなってきた。


「娘の力を高める修行を行うため、しばらく預けて欲しいと頼まれました」


 希望した時に会えることを条件に、ふたりは娘を預けた。しかし寺院からの連絡はなく、毎月いくらかのお金が届くようになった。会いに行っても門前払い。夫婦は途方に暮れながらも再度の面会に訪れたのだという。


「お金なんていらないんです。これではまるで娘を売ったようなものです」


「この街の衛兵にでも頼めば良かったんじゃありませんか?」


「なぜか、全く取り合ってくれません」


 最悪、寺院から手が回っている可能性もある。これは厄介な問題になりそうだ。


「つまり大司教側は、マリーちゃんを手放したくない理由があるってこと?」


 フォーク片手に料理を頬張り、遠慮無く核心へ触れてしまうアンナ。


「リュシアンさん。それはまさか……」


 周囲を伺い、遠慮がちに声が上がる。


「セリーヌの憶測は多分、正しい。大司教が手に入れた奇跡の力。それがマリーを差しているなら、全ての辻褄が合う」


「どうか、娘に会えるよう上手く取り計らって頂けませんか?」


 ブリジットを連れてくるべきだった。そう思った矢先、メラニーさんは肩掛け鞄から、一枚の映写記録を取り出した。


「これが、娘のマリーです」


「ふぐっ!」


 口の中の物を飲み下しながら、言葉を失ってしまった。

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