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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.03 ムスティア大森林・洞窟編

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16 奪い返したもの、零れ落ちる理性


「待ってくれ。わかったから!」


 奥へ消えたジャコブさんは、革袋と首飾りを手に、慌てた様子で戻ってきた。


「宝石に手は付けてない。これで許してくれ。頼む!」


「で、部屋が直り次第、営業再開ってわけか? 随分と都合のいい話だな」


「これ以上、何が目的だっていうんだ!?」


「あんたたちの、微塵も反省しない態度が気に入らねぇんだよ。衛兵に突き出せば、人生終わりだぜ?」


 今日ここまで必死に戦ったのは、この街を守るためでもあった。

 それが、街の内側に悪の片棒を担ぐ連中がいたと知り、胸の奥が冷え切る。


「わかった……店を畳んで街を出る」


「ふざけんな。俺の仲間があんたたちを見張ってる。逃げられると思うなよ」


「見張ってるって……」


 不意に、ひとつの考えが浮かぶ。

 逃がさず、潰し、利用する。今の状況に最も噛み合うやり方だ。


「衛兵に引き渡すのは勘弁してやる。代わりに……この宿の二階、十部屋全部を明け渡せ。今日から、俺が使う」


「そんな……」


「牢獄行きと、平穏な生活。どっちがいい? 馬鹿でもわかるだろ」


 バルバラさんへ視線を向ける。


「それに奥さん、セリーヌから宝石をひとつ貰ってただろ。あれがあれば、当面は困らねぇはずだ」


「わかりました……従います」


「ちょっと、あんた!」


 バルバラさんが声を荒げる。


「文句があるのか? 宝石を取り上げてもいいんだぜ」


 ようやく観念した彼女を解放し、革袋と首飾りを受け取った。


「俺を始末しようとか、街から逃げようとか、余計な考えは捨てろ。俺に何かあれば、同じ書類を持った仲間が衛兵の所に駆け込む算段になってる」


 完全にはったりだが、効果は十分だ。

 短剣を収め、束ねた書類を折り畳む。


「改装は急げ。明日には引っ越すからな」


 宿を出る。

 勝利の余韻と同時に、妙な重さが腹の底に残っていた。


 勢いとはいえ、拠点が手に入るとは思わなかった。

 だが、ドミニクたちからの万一の報復を考えれば、悪くない選択でもある。


 外でセリーヌを探すと、屋台のカウンターで木製カップを手に、店主と談笑していた。


 嫌な予感がする。


「遅かったですねぇ〜」


「おまえ、大丈夫か?」


 引き寄せられた拍子、カップの中で揺れる赤黒い液体が見えた。


「おい。これ、酒だろ」


 果実酒特有の甘い香り。しかも、かなり強い。


「こんなに酔うほど飲んだのか?」


「なんだ、リュシアンの連れだったのか」


「マチアスさん!?」


 移動屋台の店主は顔見知りだった。


「こいつは悪いことをしたな……美味い酒が欲しいって言うから、女性に人気の果実酒を出したら、止まらなくなってな」


「えへへ〜。この若鶏のモモ肉も美味しいですよ〜。はい、あ〜ん……」


 押し込まれた串焼きは、悔しいほど旨い。

 香ばしく焼けた皮、溢れる肉汁。噛むほどに広がる甘みと弾力。


 だが、勝利の余韻は完全に霧散した。


「リュシアンの彼女だったのか。とびきりの美人だし、その服装だ。てっきり奥の歓楽街で働く女性だと思ってたよ。でも……こうして見ると、美男美女だな。お似合いだよ」


 その言葉に、赤ら顔のセリーヌが口を開いた。


「それは聞き捨てなりません。私は彼女ではありませんし、清廉潔白な生娘きむすめです!」


「自分で生娘なんて言うな……」


「にしたって勿体ない。その顔と体付きで男を知らないなんてさ。人生、損してるよ?」


 マチアスさんの視線が胸元へ吸い寄せられる。


「また胸を見て……なぜこの街の男性は、いやらしい方ばかりなのですか」


「俺を含めるな!」


 言い返すと、マチアスさんが愉快そうに笑った。


「それが自分にないものだからさ。胸と母性……男の心を惹き付けてやまない宝は、新たな探究へと駆り立てるのさ……」


 遠い目で語るその姿は、無駄に格好いい。


「そうだ。そういうことだ! だから俺が胸に惹かれるのも自然なんだ!」


 勢いに乗って熱弁を振るうと、セリーヌは薄紅色の唇を尖らせた。


「よくわかりませんが……男性の方は、女性の胸が好き、ということですか?」


『間違いない!』


 声が重なった。


※ ※ ※


「大丈夫か? ちゃんと歩けるか?」


 支払いを済ませて牡鹿亭へ向かうが、相当酔っている。

 飲みかけを手放さないためカップごと譲ってもらったものの、足取りは怪しく、通りの木製ベンチに座らせた。


「きゃっ」


 腰を下ろした拍子に酒がこぼれたらしい。

 カップをベンチへ打ち付け、半泣きで俺を見上げてくる。


「冷たい……」


「は?」


「びしょ濡れです……」


「え?」


「濡れたんです……ここが」


「ぶっ!」


 法衣の胸元をぐいと引っ張るセリーヌ。

 下着ごと引かれ、双丘の先端まで見えそうだ。


「おい、ちょっと待て!」


 両手を掴み、慌ててそれを隠す。


「冷たい……服が張り付いて気持ち悪いです〜。脱がせてくださいよ〜」


 誰か助けてくれ。

 これだから、酒癖の悪い女は嫌いなんだ。


「しっかりしろ。こんな所で脱がせるわけにいかねぇだろ。着替えたいなら、牡鹿亭まで歩け」


「もう、歩けないです〜」


「ったく、なんなんだよ……」


 どうして、こんな目に。


 泥酔美女なんて、大嫌いだ。


※ ※ ※


「リュシアン、どうしたんだい!?」


 勇ましき牡鹿亭へ戻り、イザベルさんを裏口に呼び出した。

 酔いつぶれたセリーヌを負ぶっている姿を見て、目を見開いている。


「話は後だね。早く上へ運びな。どうせあんたは、みんなと飲むんだろ。今夜はベッドを貸しておやり」


「突然連れてきて、すみません……」


 自室へ戻り、ベッドにセリーヌを横たえる。

 女性をこの部屋に入れるのは初めてだ。意味もなく、肩に力が入る。


「せめて、コートだけでも……」


 純白のコートを脱がせ、イスの背へ掛けた。


「びしょ濡れで、気持ち悪いです〜」


 急に身を起こしたセリーヌは、法衣を脱ぎ捨て、下着姿で再び倒れ込む。

 再び訪れた眼福だが、本当に見事としか言い様のない体付きだ。


「だめだ。冷静になれ……」


 これ以上ここにいれば、一線を越えかねない。

 幸い、天使の揺り籠亭で保管されていたカバンから、彼女の軽装を引き上げてある。

 綺麗に折り畳まれている服を枕元へ静かに置いた。


 右腕の痺れは強まっているが、治療はお預けだ。

 最悪の流れだが、彼女が潰れてくれたのは、ある意味で幸いとも言える。

 このまま明日の夜までやり過ごせば、セリーヌに関する記憶を保持できる。


「ずいぶん変貌するもんだな……」


 名残惜しく寝顔を一瞥し、掛け布団を整えて部屋を出た。


 扉を閉めた瞬間、溜め息が漏れる。


「今頃、下は悪魔の宴か……」


 シルヴィさんは深酔いしているかもしれない。

 酒が強く、欲情し始める。かなりタチの悪い御方だ。


 二階の居住区を抜け、一階店舗へ続く内階段を降りる。


「あれ? なんで?」


 賑やかな声。

 そこには、シルヴィさんとレオンだけでなく、懐かしい顔ぶれが集まっていた。


「あっ、リュー(にい)!」


 真っ先に駆け寄ってきたのはアンナだ。

 彼女が加わるだけで、場の空気が一段明るくなる。


「どうして、おまえとエドモンまで?」


 エドモンはカウンターで料理を頬張りながら、寡黙なクレマンさんへ愚痴をこぼしている。

 北方出身者特有の金髪と色白の肌。室内で魔導書を読むことが趣味ということもあり、肌が病的に白い。


「痩せろ。真理の探究者って二つ名が泣いてるぞ……」


 あいつは、以前より太った気がする。

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