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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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04 帰る場所と、踏み出す理由


「ひとまず解散だ。遅れるなよ」


「ありがとうございます。それにしても……店員さんなのに、ずいぶんお詳しいのですね。先程の剣さばきも見事でしたし。あなたこそ、冒険者になられた方がよろしいのでは?」


「は? ああ……まぁな……」


 ここまで一緒に動いてきて、さすがに気付くだろう。

 思わず、残念すぎる美女だなと思ってしまう。


「服装は店員だけど、これでも冒険者なんだよ」


 シャルロットが腹を抱えて笑い出した。その無遠慮さが、妙に腹立たしい。


「すみません。戦う店員さんだったのですね。大変失礼いたしました」


「もういいって。それじゃ、また後でな」


 追い払うように手を振ると、セリーヌは丁寧に会釈をして立ち去った。

 と思ったら、なぜかナルシスまで後を追っている。


 付きまとい確定だ。

 過ちを犯す前に、衛兵へ突き出すべきかもしれない。


 ともあれ、ようやく解放された。

 激しい疲労とともに、女将さんに叱られる未来を想像しながら、大衆食堂へ戻った。


※ ※ ※


 住み込みで働かせてもらっている大衆食堂、(いさ)ましき牡鹿亭(おじかてい)

 その店舗二階に、ベッドと机だけが置かれた、俺の小さな部屋がある。


 夕刻の混雑時間を控えてはいるが、冒険者としての活動を優先する約束だ。これまで文句を言われたことはない。


 魔獣の返り血で汚れた服を脱ぎ、冒険用の厚手服に着替える。

 深緑を基調とした装いに袖を通すと、自然と背筋が伸びた。


 ベッドに腰を下ろし、枕元に立てかけてある一本の長剣(ロングソード)へ視線を向ける。


「がうっ」


 左肩を定位置にして着地してきたのは、世界でいちばん大切な相棒。小型竜のラグだ。


「おまえ、どこにいたんだよ?」


 気まぐれな竜は俺の声を無視し、古びた剣に向かって吠えている。


 この相棒の姿が見えるのは、俺だけだ。

 竜の亡霊に取り憑かれているような感覚。


 あの日から、ずっと続いている。

 兄の行方と同じく、未解決のまま胸に刺さった謎だ。


「全部、この剣から始まったんだよな……」


 剣へ右手を伸ばすと、甲に刻まれた黒い痣が目に入る。

 竜を象ったその痣は、一方的に刻まれたものだった。あの日を境に、俺の人生は大きく変わった。


「この力の謎も……いつか解けるのか?」


 古びた長剣。消えた宝玉。

 そして、俺の運命を変えた謎の竜。


「唯一の手掛かりは……行方不明の兄貴だ」


 兄が生きている。そう信じる根拠は乏しい。それでも、望みだけは捨てない。

 冒険者として活動していたはずの兄は、荷物を残したまま失踪した。

 手掛かりを求め、俺はこの街へやって来た。


「絶対に、捜し出してみせる」


 立ち上がり、窓の外に広がるヴァルネットの街並みを見渡す。

 商業都市として名高い、人口三万の大型都市。多種多様な人々が行き交っている。

 肩に乗るラグも、同じ景色を眺めていた。


「夜は酒も出す繁盛店だ。人が集まれば、情報も集まるはずなんだけどな……」


 ぼやきながら、シャルロットの顔が浮かぶ。


「ギルドでも親父さんに記録を探してもらったけど、登録は解除されてた。残ってたのは、宿の台帳の署名だけ……」


 兄の荷物を運んできた商人の話では、人手を点々と渡ってきたらしい。

 台帳の日付を逆算すると、この街から手配された可能性が高い。


「どうして、見付からねぇんだ……」


「きゅうぅん……」


 ラグまで情けない声で鳴いた。


 家に戻れない理由があるのか。

 それとも家業を継ぎたくないと、逃げているのか。

 真面目な兄が音信不通というのは、どうにも腑に落ちない。


「……もうすぐ、約束の一年か」


 ランクLの、あの人の姿が脳裏をよぎる。


『一年後だ。おまえさんに会いに来る。それまでに全部片付けておけ。絶対、俺の野望に協力してもらうからな』


 普段は気さくでも、締めるところは逃さない剣士だ。

 多大な恩もある。逃げ切れる自信もない。


 再会までに、なんとしても兄を見つけなければならなかった。

 重圧に身震いすると、個性の強すぎる三人の仲間たちの顔が浮かぶ。


『また、あたしの体を見てたでしょ?』


 スケベで酒好きな女戦士。


『よっ! さすがムッツリスケベ!』


 天真爛漫な弓使いの少女。


『小型テント、貸すっスよ。有料で』


 金に汚く、物ぐさな小太りの魔導師。


 一年離れただけなのに、驚くほど恋しい。


「って、浸ってる場合じゃねぇな。今は目の前のことだ」


 意識を現実へ引き戻す。

 長剣を手に取り、鞘から抜いた。使い込まれた柄とは対照的に、刃だけは今も鋭さを失っていない。


 剣を腰に提げ、革袋をベルトに括り付ける。

 加護の腕輪を填めただけの軽装だが、これで十分だ。


「……っと、そうだった」


 黒いバンダナを取り、腕輪を隠すように巻く。

 ナルシスに知られると、面倒が増える。


「がうっ」


「わかってる。ちゃんと連れて行くって」


 他人には見えず、触れることもできないラグ。

 普段はこの部屋で留守番をさせているが、どうやら数十メートル以上は離れられないらしい。


 それと、この街に来てから気になっていることがある。


「俺の故郷じゃ、竜は神の使いだった。なのに、王都に近いほど魔獣扱い……どういうことなんだか」


「がうっ」


 ラグも心外だと言わんばかりに吠える。

 理由はわからない。誰に聞いても、返ってくる答えは同じだった。


 支度を終えて廊下に出ると、横合いから来た人影とぶつかりそうになる。


「おっと、びっくりしたじゃないかい、リュシアン」


「うおっ……イザベルさんか」


 ぽっちゃり体型にショートヘア。勇ましき牡鹿亭の女将、イザベルさんだ。


 兄探しで金欠になり、路頭に迷いかけていた俺に、住まいと仕事を与えてくれた恩人でもある。大らかな人柄は、店でも評判がいい。


「やっぱり行くんだね。あのエリクって子の頼み、放っておけないよねぇ」


「あの涙を見せられたら、さすがにね……」


 すべてお見通しだと言わんばかりに、イザベルさんが歯を見せて笑う。


「偉いよ。それでこそ、あたしの息子だ。ちゃちゃっと片付けてきな」


「ぐはっ!」


 豪快な背中叩きに、思わず前のめりになる。


 子宝に恵まれなかったイザベルさんと、店主のクレマンさん。ふたりは俺を実の息子のように扱ってくれる。 家を飛び出した身の俺にとって、ここはもう帰る場所になっていた。


「じゃあ、行ってきます」


「土産話、楽しみにしてるよ」


 店の裏口から街へ出る。日は傾き始め、まもなく街を覆う防御壁(ぼうぎょへき)の近くへ差し掛かる時間だ。


 魔獣から街を守るための壁。魔力で構成されたほぼ透明な結界で、閉塞感はない。

 二年ほど前から突如凶暴化した魔獣たちに対抗する、数少ない防衛手段のひとつだ。


「夕食時か……腹も減ってきたな」


「がう、がうっ」


 食べられないくせに、ラグが同意してくる。

 街はまだ活気に満ち、夕飯の支度に追われる人々が食材を求めて行き交っていた。


 人垣を抜け、中央広場へ向かう。

 噴水を囲むように、各地へ向かう乗り合い馬車の停留所が並んでいる。


「いたな」


 ランクール行きの停留所。そのベンチに、美人魔導師が腰掛けていた。彼女の姿を見て、ラグも興奮気味に吠え立てる。


「先程は、ありがとうございました」


 俺を見るなり立ち上がり、深々と頭を下げてくる。 つい胸元へ視線が向いてしまうが、その柔らかな佇まいは女神のようですらあった。


 魔獣との戦いで見せた気迫が本性だとすれば、昼間の姿は演技だろう。愚か者を装う必要はないはずだが、他人の懐へ入り込むための策だとしたら、相当な策士だ。


「そんなに畏まらなくていい。座っててくれ。それで、荷物はそれだけか?」


 昼と同じ服装に、胸の前で大事そうに抱えた杖が一本。俺以上に軽装だ。


「宿に置いてきましたが……不都合でしたか? 着替えも、お風呂も、一晩くらいなら我慢できます」


 いや、そういう問題じゃない。


「魔物に合わせた罠とか、傷薬とかさ」


「なるほど……」


「何しに行くつもりなんだ?」


「すみません……すみません」


 ベンチに座ったまま頭を下げるたび、豊かな胸元が否応なく主張してくる。


 悪くない。いや、むしろ良すぎる。


 かつて仲間たちにムッツリスケベと呼ばれた理由を、今になってはっきりと自覚した。

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