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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.01 ランクール編

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04 帰る場所と、踏み出す理由


 住み込みで働かせてもらっている大衆食堂、(いさ)ましき牡鹿亭(おじかてい)

 その店舗二階に、ベッドと机だけが置かれた、俺の小さな部屋がある。


 夕刻の混雑時間を控えてはいるが、冒険者としての活動を優先する約束だ。これまで文句を言われたことはない。


 魔獣の返り血で汚れた服を脱ぎ、冒険用の厚手服に着替える。深緑を基調とした装いに袖を通すと、自然と背筋が伸びた。


 ベッドに腰を下ろし、枕元に立てかけてある一本の長剣(ロングソード)に視線を向ける。


「がうっ」


 左肩を定位置にして着地してきたのは、世界でいちばん大切な相棒。小型竜のラグだ。


「おまえ、どこにいたんだよ?」


 気まぐれな竜は俺の声を無視して、古びた剣に向かって吠えている。


 この相棒の姿が見えるのは、俺だけだ。

 竜の亡霊に取り憑かれているような感覚。未解決のまま、胸に刺さった謎だ。


「全部、この剣から始まったんだよな……」


 剣へ右手を伸ばすと、甲に刻まれた黒い痣が目に入る。

 竜を象ったこの痣は、一方的に刻まれた。あの日を境に、俺の人生は大きく変わった。


「この力の謎も……いつか解けるのか?」


 古びた長剣。消えた宝玉。

 そして、俺の運命を変えた謎の竜。


「唯一の手掛かりは……行方不明の兄貴だ」


 冒険者として活動していたはずの兄は、荷物を残したまま失踪した。

 手掛かりを求め、俺はこの街へやって来た。


「絶対に、捜し出してみせる。とはいえ、もうすぐ、約束の一年が経っちまう……」


 ランクLの、あの人の姿が脳裏をよぎる。


「多大な恩もあるし、逃げ切る自信もねぇ。再会までに、必ず兄貴を見つけないと」


 重圧に身震いすると、個性の強すぎる三人の仲間たちの顔までもが浮かんだ。

 一年離れただけなのに、驚くほど恋しい。


「って、浸ってる場合じゃねぇな。今は目の前のことだ」


 意識を現実へ引き戻す。


 長剣を手に取り、鞘から抜いた。使い込まれた柄とは対照的に、刃だけは今も鋭さを失っていない。

 剣を腰に提げ、革袋をベルトに括り付ける。加護の腕輪を填めただけの軽装だが、十分だ。


「っと、そうだった」


 黒いバンダナを取り、腕輪の上に巻く。

 ナルシスに知られると、面倒が増える。


「がうっ」


「わかってる。ちゃんと連れて行くって」


 他人には見えず、触れもしないラグ。普段はこの部屋で留守番をさせているが、数十メートル以上は離れられない制限もあるようだ。


 支度を終えて廊下に出ると、横合いから来た人影とぶつかりそうになった。


「おっと、びっくりしたじゃないか」


「うおっ……イザベルさんか」


 ぽっちゃり体型に肩までの髪。勇ましき牡鹿亭の女将、イザベルさんだ。


 兄探しで金欠になり、路頭に迷いかけていた俺に、住まいと仕事を与えてくれた恩人でもある。大らかな人柄は、店でも評判がいい。


「やっぱり行くんだね。あのエリクって子の頼み、放っておけないよねぇ」


「あの涙を見せられたら、さすがにね……」


 すべてお見通しだと言わんばかりに、イザベルさんが歯を見せて笑う。


「偉いよ。それでこそ、あたしの息子だ。ちゃちゃっと片付けてきな」


「ぐはっ!」


 豪快な背中叩きに、思わず前のめりになる。


 子宝に恵まれなかったイザベルさんと、店主のクレマンさん。ふたりは俺を実の息子のように扱ってくれる。

 家を飛び出した身の俺にとって、ここはもう帰る場所になっていた。


「じゃあ、行ってきます」


「土産話、楽しみにしてるよ」


 店の裏口から街へ出る。日は傾き始め、まもなく街を覆う防御壁(ぼうぎょへき)の近くへ差し掛かる時間だ。


「夕食時か……腹も減ってきたな」


「がう、がうっ」


 食べられないくせに、ラグが同意してくる。


 街はまだ活気に満ち、夕飯の支度に追われる人々が食材を求めて行き交っていた。


 人垣を抜け、中央広場へ向かう。

 噴水を囲むように、各地へ向かう乗り合い馬車の停留所が並んでいる。


「いたな」


 ランクール行きの停留所。そのベンチに、美人魔導師が腰掛けていた。彼女の姿を見て、ラグも興奮気味に吠え立てる。


「先程は、ありがとうございました」


 俺を見るなり立ち上がり、頭を下げてくる。

 つい胸元へ視線が向いてしまうが、その柔らかな佇まいは女神のようですらあった。


 魔獣との戦いで見せた気迫が本性だとすれば、昼間の姿は演技だろう。愚か者を装う必要はないはずだが、他人の懐へ入り込むための策だとしたら、相当な策士だ。


「そんなに畏まらなくていい。座っててくれ。それで、荷物はそれだけか?」


 昼と同じ服装に、胸の前で大事そうに抱えた杖が一本。俺以上に軽装だ。


「宿に置いてきましたが……不都合でしたか? 着替えも、お風呂も、一晩くらいなら我慢できます」


 いや、そういう問題じゃない。


「魔物に合わせた罠とか、傷薬とかさ」


「なるほど……」


「何しに行くつもりなんだ」


「すみません……すみません」


 ベンチに座ったまま頭を下げるたび、豊かな胸元が否応なく主張してくる。


 悪くない。いや、むしろ良すぎる。


 かつて仲間たちにムッツリスケベと呼ばれた理由を、今になってはっきりと自覚した。


 しょんぼりした様子のセリーヌは、革袋から何かをつまみ上げ、口へ運んでいた。


「それ、何を食べてるんだ?」


「よろしければ、おひとつどうぞ。故郷の村のおやつです」


 親指ほどの茶色い固まり。

 美女が美味しそうに食べているのだから、悪くはないのだろう。


 肩に乗ったラグまで身を乗り出してきた。

 食べられないくせに、いつもこうだ。


 恐る恐るかじると、軽い歯触りとともに甘辛い風味が広がった。

 中は芋のような食感で、意外といける。


「これ、なんていうおやつなんだ?」


「甘辛ボンゴ虫、と呼んでいます」


「ぶっ!」


「きゃあぁっ!」


 思いきり吹き出してしまった。


「ボンゴ虫って……あの、森の中で木の根元にいる芋虫の?」


「何をなさるのですか!? 顔にかけるなんて、あんまりです……出すなら出すと、先に仰ってください。心の準備が……」


 何を言っているのかよくわからないが、怒るのも無理はない。

 俺が吹き出したせいで、顔から胸元にかけて食べかすが飛び散っている。


「ごめん。でもこれ、本当に食べ物なのか?」


「ボンゴ虫を油で揚げ、甘辛く味付けした定番のおやつです。村では人気なのですよ。母も、よく作ってくれました。懐かしい味です」


 頬を膨らませ、食べかすを払っている。


 美人で、金持ちで、天然。虫がおやつの魔導師。

 不思議な人、という枠を軽く飛び越えて、変人の領域に足を踏み入れた気がした。


「もう、お風呂に入りたいです……」


「悪い。これ、使ってくれ」


 ポケットから手拭き布を差し出す。


「せっかくのご厚意ですが、お断りします」


 道端へ移動したセリーヌは、かがんで両手を合わせた。

 水の魔法だろう。椀を作った手の中に、すぐ水が満たされる。


「魔法か。便利だよな……」


 セリーヌは風の魔法で顔を乾かしている。

 答えを期待しているわけじゃない。ただ、沈黙が気まずかった。


「冒険者の間でも魔導師は希少で取り合いなんだ。世間でも好待遇だし、要職にも優先登用される……羨ましいと思うこともあるよ」


「やあ、ご両人。どうかしたのかな?」


 声に振り向くと、美しい白馬にまたがったナルシスが現れた。

 芝居がかった動きで颯爽と下馬し、真っ白な歯を見せて微笑んでいる。


「姫、探したよ。突然いなくなってしまったから、心配していたんだ」


 鬱陶しい。


 いなくなったんじゃない。まかれただけだ。


「こいつが、僕の愛馬。びゅんびゅん丸さ」


「名付けのセンス、最悪だな」


「え? 可愛い名前だと思いますが」


 意外にも、セリーヌは好反応だった。


 柔らかな笑みを浮かべる彼女に、白馬が甘えるように擦り寄る。


「優しい目をした、良い子ですね」


 動物に好かれる人に悪い奴はいない。

 そんな言葉を思い出し、目が離せなくなってしまう。


「びゅんびゅん丸も、姫を気に入ったみたいだ。どうだい? こいつに乗って、ランクールまで走り抜けないか?」


 おまえだけ、地平の彼方へ消えてくれ。


 念が通じたのか、セリーヌが口を開く。


「申し訳ありません。今回は馬車で向かうことにします」


 セリーヌは丁寧に言葉を選びながら続けた。


「初めて訪れる地ですし、風景や、他の方との会話も楽しみたいのです」


「そうですか。とても残念だよ……」


 うなだれるナルシスと目が合い、勝ち誇った笑みを向けてやる。


 そのまま他の利用客とともに、ランクール行きの馬車へ乗り込んだ。

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