表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

356/357

50 祝福の裏側で、世界が軋む


「てめえら。動くんじゃねぇぞ」


 周囲を牽制したジャメルは、リュシアンを引きずったまま後退する。

 全員を視界に収められる位置で足を止めた。


「え!? 何がどうなってんの?」


 駆け込んできたのは、白馬びゅんびゅん丸に乗ったアンナだ。

 遅れて、青年姿のテオファヌ、炎の民ヘクター、水の民イヴォンが続く。


『戦いが終わって、気が緩む場面が一番危ないんだよねぇ……油断大敵、ってね。ギルドに帰るまでが冒険、ってわけなのよ』


 危機のただ中。リュシアンの耳に、ドミニクの声が蘇る。


「くそっ……」


 視界を塞がれている。

 抵抗はおろか、迂闊に声も出せない。


『静まりなさい』


 拡声魔法が場に継続している。

 セリーヌの凜とした声が響いた。


『ジャメル、どういうつもりですか。継承戦が終わるまではと大目に見ておりましたが、あなたの素行は目に余ります。今は再び、わたくしとユリスの護衛という立場。わきまえなさい。これ以上は看過できません』


 セリーヌ、ユリス、老剣士コーム。

 三方向からの鋭い視線を受けても、ジャメルは睨み返す。


「継承戦でも負けた。こうして付いてきたのは、災厄の魔獣を仕留める機会があるかもしれないっていう、薄い希望からだ。それすら奪われた俺は、島に戻ったって居場所がねぇんだよ」


 怒りに震える手。

 短剣の腹が、リュシアンの頬を打つ。


「どうして、こんな小僧が神竜に認められた? てめぇらも、()(びと)としての誇りを忘れたのか? 残された手は、喜びの絶頂にいるこいつを始末して、少しでも溜飲を下げるだけだ」


『とても正気だとは思えません』


 セリーヌは呆れたように小さく息を吐く。


『神竜の決定に異を唱えるのであれば、直接もの申しなさい。間接的にリュシアンさんを襲うとは卑劣です。恥を知りなさい』


「知ったことか!」


『リュシアンさんを解放してください。何が望みなのですか』


「望みだと? 大金だ。それからセリーヌ、おまえだ。おまえが一緒に来るなら、こいつを解放してやる」


「愚か者が……」


 コームのつぶやきが、静かに広がった。


 かつて同じ未来を夢見た同士。

 だが今は、正気を失い、闇に沈んだ。

 同情の余地も、救いの道も見当たらない。


「これだけの人数を前に、逃げおおせると思っているのか。友として、せめてもの情けだ。貴様には私が引導を与えてやろう」


 剣を抜いたコームを見て、地の民クロヴィスは弛緩した姿勢のまま舌打ちした。


「俺にやらせろ、と言いたいところだが、ここはあんたに任せるのが筋だろうな。あんな奴が同族なんて、全身に虫唾が走る」


 殺気を帯びて踏み出すコームを、ジャメルが睨む。


「コーム、てめぇは引っ込んでろ。金とセリーヌが手に入ればそれでいい。どこかで大人しく隠居生活でも始めるさ」


「本当に、つまらない男……」


 この場の誰のものでもない声。


「ねぇ。あなたたちも、そうは思わない?」


 リュシアンとシルヴィの背筋が凍る。

 レオンが低く舌打ちした。


闇覆天幕結界ヴォワル・デ・テネーブル


 艶めいた声に、空気が塗り替わる。


 空を飲み込むように暗黒結界が展開された。

 星の光が、闇に塗り潰される。


 外界から完全に隔絶された漆黒。

 外の様子は、もう窺えない。


「さすが闇凶星(あんきょうせい)ね……悔しいけれど、老いぼれのくせに実力は本物なのよね。視界も音も、一切を遮る高性能の結界よ」


 一同から十メートルほど離れた位置に、女性魔導師が姿を現した。

 足元に、重いものが落ちる鈍い音が続く。


 魔法攻撃が届くかどうかという絶妙な距離で、酷薄な笑みを浮かべている。


 持ち上がった右手が、ジャメルを指した。


「小物風情が、私の天才的な段取りを邪魔しないでちょうだい。あなたみたいな人を、老害って言うんでしょうね。わかるでしょう?」


「いきなり出てきて何だってんだ。部外者が離れた所から文句をたれるんじゃねぇよ」


 ジャメルが吠えた背後で、殺気が膨張する。


零水一閃(デボル・オ・クーペ)


 風が抜ける。

 ジャメルの頭部が地面へ転がった。


 解放されたリュシアンは激しく咳き込み、呼吸を整える。

 涙が毒草の粉を洗い流した。視界が戻り始め、像を結んでゆく。


「は?」


 それ以上、言葉が出ない。

 全員が沈黙したまま、立ち尽くす。


 剣が鞘に収められる小気味よい音が響いた。

 漆黒の鎧が月光を受け、冷たい光を返す。


 中性的で端正な横顔。通った鼻筋。引き締まった唇。胸元まで流れる黒髪。


「ヴァレリーさん……なんですか?」


 リュシアンがどうにか言葉を絞り出したその直後だ。

 月光を奪う勢いで、大鷲型魔獣が結界内へ侵入した。


 一頭がモニクの側へ着地し、漆黒の鎧を身に着けた男が地面に降り立つ。


「よう、リュシアン。久しぶりだなぁ……こうして会える日を待ちわびたよ」


 のんびりとした、いつもの口調。

 失ったはずの左手が、軽く振られる。


 理解が追いつかない。

 現実が、軋む。


「何がどうなってるんだよ……」


 まだ目がおかしいのではないか。もしくは、既にジャメルに殺され、死語の世界で再会を果たしたのか。


 リュシアンは自身の存在を疑った。

 ブリュス・キュリテールを討ち果たしたことも、ジャメルが殺されたことも。亡くなったはずのふたりがいることさえも。

 そのように処理しなければ、今にも頭がおかしくなりそうだった。


 ジャメルを討った女性剣士が、男とモニクへ歩み寄る。

 モニクの詠唱が響き、広範囲に魔力障壁が顕現した。三人の体を光の球体が包み込む。


 男は女性剣士が隣に並ぶのを待ち、全員を見渡した。


「おまえらと少し話がしたくてな。さっきの老剣士には悪いと思ったが、早々に黙ってもらった」


 陽気な笑みを浮かべ、足下に横たわるものを踏みつけて片膝を上げた。


 持ち上がった太股に肘を突き、懐かしむように見回す。


「リュシアン、何か言いたそうな顔だな。シルヴィにレオン、アンナ。それからアクセル……みんな間抜けな顔をしやがって」


 わずかに声を落とす。


「ただな。その場を動くなよ。レオンは気付いてるだろうが、俺の足元にはジェラルドがいる。体を縛って、口も塞いだ。そこを動けば……首を落とすぞ」


 男は声を上げて笑い、リュシアンを見据える。


「まずは、お祝いが先だなぁ。ブリュス・キュリテール討伐、おめでとう。最高だな」


 白々しい拍手が響く。


神竜剣(しんりゅうけん)神竜杖(しんりゅうじょう)は祝いにくれてやる。代わりに、こっちは俺たちが貰う」


 男の言葉を受け、傍らにいたモニクが丸い物を持ち上げた。

 成人の頭部ほどもある大きな球体だが、虹色の輝きを放つ神秘的な物体だ。


理力(りりょく)宝珠(ほうじゅ)……」


 セリーヌのつぶやきに、リュシアンは激しく動揺した。

 ユリスを始め、守り人たちが息を飲む。


「ご名答。これが現物だ。神竜が是が非でも取り戻したいと願う逸品さ」


「フェリクスさん……あなたはどこまで知ってるんですか」


 混乱と疑念の入り交じったリュシアンの問いに、男は目を細めて微笑んだ。


「さてな。今なら、望むものすべてを知れる気がする。終末の担い手、最高の組織だ」


 口端が吊り上がる。


「俺は導かれ、生まれ変わった……六凶星(りくきょうせい)を束ねる存在としてな」


 その身体が前のめりになる。


「歴史は、守られることで続くんじゃない」


 視線が、全員を貫く。


「壊されることで、次へ進む」


 低く、確信に満ちた声。


「俺は、その役目を引き受けただけだ」


 深い笑み。


凶王(きょうおう)フェリクスとしてな」


 その名が、世界の重さを変えた。


 誰も動けない。

 誰も、否定できない。


 どこかで、世界が軋む。


 リュシアンは理解する。


 これは裏切りじゃない。

 もっと深い。

 もっと根源の、何かだ。


 英雄が堕ちたのではない。

 英雄という概念そのものが、別の側へ移された。


 もしフェリクスが、あちら側に立つなら。

 この世界は、どこで線を引けばいい。


 守る側と、壊す側。

 その境界が、静かに崩れてゆく。


 誰も口にしない。

 だが全員が悟っていた。


 もう、以前の世界には戻れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ