48 碧光、終焉を貫く
「なんだ、あれは……」
老魔導師マルセルは、リュシアンとセリーヌが手にした武器から目を離せずにいた。
コームとジャメル、ふたりの老剣士の猛攻を捌き続けながらも、意識の半分は別の場所へ引き裂かれている。
ふたつの、異常な魔力。
それらが並々ならぬ力を持っているのはすぐにわかった。
問題はその“発生源”だ。
ブリュス・キュリテール。
その巨体の奥底から、異物のように現れた力。
「まさか……ユーグの奴が」
舌打ちとともに、蝶の仮面を付けた弟子の顔が脳裏を過った。
勝ち誇ったように口端を上げる、あの笑み。
魔獣を造り、操る才覚は確かだ。
成長速度も異常だった。だからこそ、気に入らなかった。
『碧色の閃光の異名を持つ冒険者に邪魔をされてしまいました。ですが、興味深い代物を手に入れましたよ。私の生み出した魔獣ベルヴィッチアも、大幅な強化を確認しました』
『だが、その自慢の魔獣も敗れたのだろう。地底湖に沈んだと嘆いていたではないか』
いい気味だ。
マルセルは内心で嗤っていた。
挫折は成長の糧になる。
まして傲慢な者ほど、叩いておくべきだ。
それはユーグだけではない。
ラファエルも、同じだ。
そんな師の心を見透かしたように、ユーグは笑みを深めた。
『魔獣は改良が肝要。ですが……興味深い品の“回収”には成功しています』
『回収だと? どうやって?』
『んふっ。魚人のしもべがおりますので。この後はブリュス・キュリテールと接触し、あれを用いた次の段階を考えています。近々、師にも成果をお披露目しましょう』
だが、ユーグは討たれた。
企みの全貌は、闇に沈んだまま。
「とはいえ……」
戦況を見渡し、マルセルは確信する。
リュシアンの剣。セリーヌの杖。
あれこそが、ユーグの言っていた“代物”だ。
ならば、潮時か。
「闇捕創造」
杖の先から、巨大な蜘蛛の巣を思わせる魔力の糸が展開する。
宙に浮かぶ六角の捕縛陣。
迫っていた老剣士ふたりは、自ら罠へ飛び込む形となった。
全身を絡め取られ、もがく姿を見下ろし、マルセルは歪に笑う。
「久方ぶりに、良い運動をさせてもらったよ。すまないが……そろそろ時間だ」
言葉の途中で、足下に赤い魔法陣が広がった。
「剣神、引くぞ」
魔法陣に飲み込まれ、マルセルの姿が忽然と消える。
捕縛魔法は霧散し、コームとジャメルは地面へ投げ出された。
マルセルが消えたことで、周囲の亡者兵も溶けるように消失してゆく。
ジャメルは即座に立ち上がり、膝をつくコームに手を伸ばした。
「立てるか?」
「すまん……だが、なぜ御主までここへ?」
「継承戦には敗れたが、俺もセリーヌ様の護衛のひとりだからな。ロランとオラースは、もういない。おまえにばっかり負担を掛けさせるわけにいかないだろうが」
「かたじけない」
戦場を見渡したコームは、異変に気づく。
剣神アンセルムの姿も、消えていた。
その化け物を抑えていたアクセルたちも、限界だった。
倒れ伏す仲間。動かぬ者。
失われた命の重さが、言葉なく突きつけられる。
アクセルの側にユリスが駆け寄り、竜術による治療が始まっていた。
「また、若い命が……」
やりきれぬ思いに頭を振った、その時。
ブリュス・キュリテールの悲鳴が響いた。
顔を上げると、魔獣は左前足を失い、崩れ落ちている。
「小僧! ここで決めろ!」
倒れ込む巨体を避け、地の民クロヴィスが吠えた。
リュシアンは、すでに神竜剣を構えている。
神竜と炎竜。
ふたつの力が絡み合い、神器は確かに手の中にあった。
体が、燃えるように熱い。
未体験の力の奔流が、全身を破裂させそうな勢いで滾っていた。
「炎纏・竜薙斬!」
横薙ぎの一撃。
神竜剣の刃は黒豹の頬を正確に捉える。
まるでチーズを切るような滑らかさで、頭部を刈り取った。
顎だけを残し、地面を転がる頭。
刃を引いた瞬間、満月の夜が脳裏をよぎった。
神竜剣を賭け、セリーヌと刃を交えた日。
あの日もこんな、満月の夜だった。
限界を超えた戦いの果てに、神竜剣ディヴァインは覚醒した。
セリーヌも驚くほどの底力を発揮したことは記憶に新しい。
血流のように、剣へ力が流れ込む奇妙な感覚。
あの光景が、再び繰り返されようとしていた。
「応えろ。神竜剣ディヴァイン!」
碧色に輝く刃へ、銀色の光が重なり、剣が呼応する。
この機を逃すまいと、魔力の練り込みを終えたセリーヌも詠唱へ入った。
我が呼び声に応えよ、神竜。
天を裂き、地を焼き、闇を祓うは光の咆哮。
千の闇を滅ぼし、万の魂を導かん。
これぞ、終焉を告げる神の刃。
今、気高き翼を広げ、滅びを照らせ。
神竜の力を降臨させたセリーヌ。
左右それぞれの手に、光り輝く魔力球が具現化する。
その動きに合わせ、リュシアンも呼吸を整えた。
中央の獅子が吐き出した魔力球を、クロヴィスが打ち上げ、弾き返す。
竜臨活性を纏い、神器の斧だからこそ可能な一撃だ。
「セリーヌ、撃て!」
リュシアンの声に導かれ、セリーヌは両手をブリュス・キュリテールに突き出した。
左右の魔力球が融合し、ひときわ眩い輝きとなった。
「究極光竜術、光竜滅連翔!」
両腕を広げたほどもある、巨大な魔力球が飛んだ。
それを追い、リュシアンが踏み込んだ。
「覇竜・天牙閃!」
突き出された剣先から、竜を象った銀光が解き放たれる。
馬をも凌ぐ発光体が大地を抉り、雄々しく空を裂いた。
セリーヌの竜術が、獅子と虎の頭部を飲み込んだ。
続くリュシアンの一閃が、魔獣の胸部を貫き、大穴を穿つ。
ふたつの光が消えた後。
そこに残っていたのは、ブリュス・キュリテールだったものの下半身だけだった。
力が抜け、セリーヌの膝がわずかに震えた。
終わったのだ、とようやく理解した瞬間、胸の奥に溜め込んでいた息が、一気に零れ落ちる。
「勝った……のでしょうか?」
実感の伴わぬまま、セリーヌが呟く。
力は尽き、夢から覚めるように髪色が戻っていった。
「勝ったんだ! やってやったぞ!」
リュシアンの歓喜が、戦場へ響き渡る。
理屈も、状況も、もはやどうでもよかった。
この瞬間だけを、確かめたかった。
ふたりはどちらともなく駆け寄り、強く抱き合う。
ここが戦場であることすら、意識の外へ追いやられていた。
感極まったセリーヌは、嗚咽を堪えきれず声を上げた。
リュシアンは言葉を探すことをやめ、ただ腕に力を込める。
離せば、すべてが夢に戻ってしまいそうだったから。





