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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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42 蠢く影、迫る刃


「どうにか勝てたね」


 満身創痍のジェラルドが、肺の奥に残った熱を吐き出すように息を漏らした。

 勝利を口にするには、あまりにも静かな声音だ。


 レオンは無言で頷き、暗い林の奥へ鋭く視線を走らせる。

 デニスを倒したとはいえ、本命が残っている。


 エドモンは深手を負っていたが、ナルシスが無理やり飲ませた秘薬によって、命の灯だけは辛うじて繋ぎ留められている。

 呼吸は浅く、脈も不安定だ。それでも致命傷を免れた事実は、今の彼らにとって救いだった。


 アンナとびゅんびゅん丸の姿が見えないことも気掛かりだった。

 その事実が、胸の奥に小さな棘のように引っかかる。

 だが、あの馬の賢さを知るレオンは、最悪の想像を喉元で飲み込み、判断を保留した。


 今は、生き残った戦場の“呼吸”を読む方が先だ。


「俺は本隊の加勢に戻る」


 低く、迷いのない声だった。


「その体で、まだ戦うのかい?」


 ジェラルドが目を見開く。誰の目にも、限界は明らかだった。

 竜臨活性(ドラグーン・フォース)を使い果たし、燃えるようだった髪色は黒へ戻っている。

 呼吸のたび、肩がわずかに揺れるのを、レオン自身だけが隠していた。


「戦いは終わっていない……止まれない」


 周囲の兵も冒険者も疲弊していた。

 猿型魔獣と化したデニスとの死闘で多くが倒れ、立っている者でさえ足取りは覚束ない。


 レオンに続ける者がどれほど残っているかはわからない。


「みんなは残って。疲れ切った状態で付いてこられても……足手纏いになる」


 本心から出た言葉だった。

 だが、抑えた声音は冷たくも響く。

 レオンをよく知らぬ者たちの間に、理解と同時に、刺々しい嫌悪の気配が流れた。


 その空気を、別の温度が一瞬で塗り替える。


「行かせないわよ。あなたたちは、私の遊び相手なのだから……そうよね?」


 歌うような声が、戦場に残る熱気を瞬時に冷やした。


「どういうことだ……」


 レオンは瞬時に魔法剣を構えた。

 嫌な記憶が、否応なく引きずり出される。


「リュシアンの話では、猿型魔獣に捕まって絶命したはずだけれどね」


 ジェラルドも、喉の奥で硬い音を出した。

 洗脳魔法で操られていた過去。

 最期を見届けられなかった罪悪感。

 忘れようにも忘れられない影。


「その猿型魔獣の正体が……そこに転がってるデニスだったわけっスよね」


 エドモンは恐怖を押し隠しながらも、震える手で杖を握りしめる。

 彼女の底なしの闇は、数日間の同行だけで心の底を侵食していた。


「つまり、繋がっていたというわけかい?」


 ナルシスが細身剣(レイピア)を構え、金髪を乱暴に掻き上げる。青い瞳が落ち着かず揺れた。


「失礼ね。そこの猿と一緒にしないで。利用してあげただけのこと……この私は、天才魔導師なのだから」


 直後、王国軍から短い悲鳴が上がった。

 レオンが視線を走らせた先で、人影が炎に包まれ、崩れ落ちていく。


「久しぶりね、ジェラルド。正気に返ったあなたを八つ裂きにする日を、どれほど待ちわびたと思う? あなたにわかるかしら」


 闇の奥から滲み出すように現れたのはモニクだった。

 法衣は昔のまま。だが、袖の奥から覗く“異変”に、誰もが息を呑んだ。


「両腕は……魔法の暴走で吹き飛んだはずっスよね……」


 エドモンの震えた声に、モニクは愉悦を乗せた笑みを返す。


「気分がいいから教えてあげる。六凶星(りくきょうせい)という組織に協力する代わりに“移植”してもらったの。土凶星(どきょうせい)のユーグが碧色のボウヤに殺されたでしょ。私はその後任というわけ」


 その瞬間、モニクの下半身が異様に膨張し、甲殻を纏った巨大な蜘蛛の腹部へと変貌した。

 両腕は消え、左右二脚ずつの四肢に生え替わってゆく。


 人の形を、完全に捨て去っている。


「デニスが猿の力を得たように……私は蜘蛛の力を授かった。四本脚って便利なのよ。ほら、こんなこともできるのだから」


 四つ脚の先で(いかづち)と風の魔力が渦を巻く。


「散れ!」


 レオンの叫びと同時、全員が本能のままに地面を蹴った。


「合成魔法。雷猛暴風(オラージュ・デシェネ)!」


 四脚を敏捷に操り、二重に顕現した魔法が戦場を貫いた。


 雷を孕んだ二つの竜巻が荒れ狂い、木々を薙ぎ払い、断崖の岩壁までも砕いていく。

 悲鳴すら雷に飲まれ、景色が一瞬で地獄へ変貌した。


「あぁ……愉快。愉快だわ」


 狂気を含んだ声が断崖の向こうへ吸い込まれていく。


※ ※ ※


 マルクは足元へと力を叩き込むように掌を押し込んだ。


猛狂気衝撃(オンド・ソヴァージュ)!」


 放たれた衝撃波が周囲を一気に薙ぎ払い、黒装束たちを吹き飛ばす。

 拳聖(けんせい)の渾身の一撃だ。至近距離で直撃した者は、その場で痙攣し、絶命した。


「合成魔法、燃盛風刃トランシュ・フラム!」


 レリアの杖から飛び交った真空の刃が、黒装束たちを切り裂いた。

 裂け目から炎が噴き上がり、次々と灰に変えてゆく。


 付近の配下は一掃された。残るはセヴランだけだ。


 マルクは迷うことなく駆けた。

 結界革帯(セントゥリエ)の守りだけでなく、魔力結界(プロテクト)も失われた。護りはない。己の肉体だけで戦うしかなかった。


 体勢を崩した相手に跳び蹴りを繰り出す。


 セヴランは体を捻って躱し、反撃の短剣を突き出した。


 読んでいた。


 マルクは身を沈めて刃を逸らし、立ち上がりざまの掌底を胸へ叩き込む。


「がはっ!」


 セヴランの息が漏れ、体勢が揺らぐ。


 その一瞬を逃さなかった。


「はっ!」


 後方宙返りの蹴りが、顎を跳ね上げた。


 マルクが月蹴宙舞(ヴァルス・セレスト)と名付けた強烈な蹴りを受けながらも、セヴランは数歩後ずさっただけで倒れない。


 装束の首元に流血が滲んでゆくも、彼の中に高まる怒りを表しているかのようだ。


 凄まじい執念の光と勝利への貪欲さが、魔力灯に照らされたセヴランの瞳に灯っていた。


 見上げた根性だ。


 マルクには、立っているのもやっとだろうという手応えがあった。負けられない覚悟を背負っているのはどちらも同じだ。


 エクトル、見ていろ。必ず仇を取る。


 かつての仲間である聡慧(そうけい)賢聖(けんせい)を想い、マルクは踏み込み、奥の手を放つ。


猛荒気弾(エクラ・ド・ラージュ)!」


 拳から放たれたのは、成人男性の頭部ほどもある気弾だ。


 大砲で胸を撃たれたような衝撃に、弾き飛ばされたセヴランは仰向けに倒れた。


 決着。そう思った瞬間。


「マルク?」


 レリアの声が震えた。


 攻撃を仕掛けたはずのマルクが、動きを止めている。


 胸騒ぎが走る。


 彼は腹部を押さえ、ゆっくりと膝をついた。何かを引き抜くような仕草を見せる。


「く……そっ……」


 レリアが駆け寄り、その手から血塗れの短剣を受け取った。


「これって……毒……」


 嗅いだことのない刺激臭が鼻を突いた。

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