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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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41 安い代償


「コーム!」


 セリーヌが悲鳴のような声を上げた。

 荒い息を吐いた老剣士は数歩後ずさり、たまらず背後の樹木に背を預ける。


 避けたと思ったが、剣神の踏み込みの深さが勝っていた。一命は取り留めたものの、軽量鎧(ライトアーマー)の胸元が砕けて血が溢れ出している。


 しかし、コームも諦めてはいない。手にした竜骨剣を持ち上げ、次の攻撃に備えた。


 瀕死のブリュス・キュリテールの周りでも、戦士と亡者兵(もうじゃへい)の戦いが続いている。しかし、戦いの音は遠く、助力は期待できそうにない。


「お待ちください」


 剣神アンセルムがとどめの一撃を繰り出そうという所で、セリーヌが声を上げた。闇凶星(あんきょうせい)マルセルも、すぐさま制止を命じる。


「その者は助けて頂けませんか。わたくしの体が目当てであるならそれでも構いません。その者の命を奪うというのであれば、この場で舌を噛み切り自害します」


「セリーヌ様……何を馬鹿なことを……」


「これは、これは。健気なことだ」


 痛みを堪え、声を絞り出すコーム。それを遮り、マルセルは肩を揺らして笑った。


「老いぼれ剣士。素晴らしい主を持って幸せなことだな。まぁ、その傷と出血では、どこまで命が持つかは知らんがね」


「治療をお願いいたします」


「は? なぜ僕が、あんな爺の世話を」


 セリーヌの懇願に、たまらず顔をしかめる。


「君に頼まれた通り、命は助けた。ここから先は僕には関係のないことだ」


「命を助けて頂くようお願いいたしました。その者がこの場で息絶えたなら、約束を反故にされたも同然です」


 忌々しそうに舌打ちしたマルセルは、(はりつけ)にされたままのセリーヌの顎を掴んだ。


「調子に乗るなよ小娘。そこの老いぼれが即死しなかっただけありがたく思え」


 淡々と吐き捨て、足下の小瓶を蹴り付けた。


「残念だったな。この薬があれば、そんな傷もすぐに治っただろうに。地面に這いつくばって土ごと食らったらどうだ」


 マルセルが意地悪く笑った直後、コームは自らの喉へ竜骨剣を向けた。


 セリーヌは息を飲み、マルセルがすかさず剣神へ合図を送る。

 振るわれた聖剣が竜骨剣を弾き飛ばすと、剣神はコームを押し倒して組み敷いた。


「足手纏いになるくらいなら自害を選ぶか。主ともども見上げた精神だよ」


 安堵の息を吐いたマルセルは、身動きの取れないセリーヌの背後へ回り込んだ。


「だが、簡単に死なれては困ってしまう」


 背後からセリーヌの体を抱き、蛇が這うように法衣の表面を撫で回した。服の上から両方の乳房を鷲掴みにすると、大きさと張りの良さを愉しみ、愉悦の笑みを見せる。


「今すぐ、この場で主を(けが)してやろうか? 拡声魔法に乗せて、女子(おなご)の初体験を戦場の全員に聞かせてやるのも一興だろう」


 マルセルは両手でセリーヌのスカートをたくし上げ、腰に巻かれた革のベルトへ押し込んだ。大衆へ晒すように黒い下着が露わにされ、セリーヌは恥辱にうつむいてしまう。


 マルセルは彼女の体を撫でながら、ブリュス・キュリテールの様子を伺った。


 魔獣の周辺には、何人かの黒装束が集まっている。彼らは大鷲から降ろされた魔力の鎖で魔獣をがんじがらめにしているが、そのまま運び出そうという意図が見て取れる。


「君たちが、ブリュス・キュリテールを弱らせてくれるのを待っていたんだよ。我々の目的はあの魔獣を手に入れることだ。湖へ落とした魔力球も楽しんでくれたかね? 碧色に見せられなかったのは心残りだよ」


「あなたの仕業だったのですね」


「正確には我々の力、だけれどね。僕ひとりではあれだけ膨大な魔力量はとても……しかし、膨大といえば形も美しく張りのある乳房だ。これは僕こそが堪能すべき逸品だな」


 執拗にセリーヌの胸を揉み、舌なめずりするマルセル。そんな彼に、コームは恨みがましい目を向け続けていた。


 組み敷かれたまま身動きを封じられ、睨むことが唯一の抵抗だった。噛みしめた唇からは涙のように鮮血が流れ続けている。


「望み通り土ごと食らってやろう。その両手で土を掬い、私の口に押し込んでみろ」


 吠えるコームを眺め降ろし、マルセルは盛大な溜め息を漏らして首を左右へ振った。


「やれやれ。何を勘違いしている。土を食らいたくば貴様がここへ這って来い。僕は彼女の相手をするのに忙しい」


「コーム、構いません。この程度のことでは、わたくしの心は折れません」


 闇凶星と剣神。この巨大な戦力を足止めできるのなら処女を散らすことすら安い代償だと覚悟を決めていた。


 しかし、すべてを捧げると誓ったリュシアンの顔がよぎった。


 無理矢理に(けが)された事実を知れば、嫌悪から心離れをされてしまうのではないか。

 それは災厄の魔獣を取り逃がすのと同等の絶望をセリーヌの心に植え付けた。


「どれ。どこまで耐えられるか見物だな」


 しわだらけの手がセリーヌの下着を降ろそうと狙い、両端を掴んだ時だった。


薔薇吹荒(ロジエ・トルナード)!」


 暴風がマルセルを狙い撃ち、セリーヌから引き剥がした。そうして、コームを組み敷いていた剣神もわずかに体勢を崩した。


 その期を狙い、ひとりの剣士が飛び掛かる。


聖煌込斬(エクラ・サクレ)!」


 聖なる魔力を帯びた魔法剣の斬撃が、剣神の胸を打った。煌めきが爆ぜ、アンセルムの体が大きく弾き飛ばされた。


「シルヴィ、魔導師は頼んだ。俺はアンセルムの亡霊を。おまえらも頼む」


 絢爛(けんらん)の剣豪アクセルが呼びかけると、彼の仲間たちも集まってきた。剣士、弓矢使い、魔導師。全員が男性の四人構成だ。


混戦をかいくぐり、シルヴィとアクセルのパーティが駆けつけてくれていた。そうして、仲間の剣士がマルセルに向かってくれたお陰で、シルヴィの動きにも余裕が生まれた。

 腰の革袋から秘薬を取り出し、磔を解かれてうつ伏せに倒れたセリーヌに駆け寄った。


「わたくしではなく、コームに……」


「両腕が折れてるじゃない。あなただって相当な重傷よ。薬はふたつあるから大丈夫」


 セリーヌと同様、シルヴィもふたつの秘薬を所持していた。事前に渡されていた物と、本部でマリーから手渡されたものだ。


 秘薬をセリーヌに飲ませたシルヴィは、もうひとつをコームに放った。


「かわいそうに……もう大丈夫よ」


「わたくしは何ともありません。コームが必死に守ってくれましたから」


 いたわる目を向けたシルヴィは、セリーヌの顔に付いた土を優しく払った。そうして着衣の乱れを目に留めると、周囲から覆い隠すように華奢な体を包んだ。


「他のみんなには絶対に言わないから安心して。リュシーに逢ったらうんと甘えて、全部忘れなさい。あの爺は女の敵ね……」


 シルヴィは手早くセリーヌの着衣を正し、思い出したくもない記憶に顔を歪ませた。


 エミリアンの屋敷で、メイドとして要人の相手をさせられていた過去。それが記憶の底から沸々と湧き上がってきてしまう。


「あたしが魔導師を抑えておくから、ブリュス・キュリテールをお願い。ここで逃したら機会はないわよ」


「承知しました」


 セリーヌは決死の覚悟で頷いた。杖がないなどと泣き言を言っている暇はない。


 杖なら、魔導師の遺体を探して奪えばいい。


 絶対に災厄の魔獣を仕留める。今の彼女にはそれにしか考えられなかった。


※ ※ ※


「ふざけるな。俺がこんな奴らに……」


 猿型魔獣から人型へ戻ったデニスが吠えた。

 レオンとジェラルドの猛攻で体力と魔力を大きく削られ、変身の効果を失っている。


 魔獣の正体は、逆立った黒の短髪と筋肉質の体格の中年男性だ。素肌を晒した上半身に毛皮を羽織り、銀製の装飾品で着飾っている。


 左目は潰れ、右腕を失っている。胸から腹部までを斬り裂かれ、息も絶え絶えの様相だ。

 しかし、それでも戦意を失っていない。残された右目が憎悪を含んで、ふたりを睨んでいる。


「人の姿を捨ててまで六凶星(りくきょうせい)の地位を手に入れたってのに……ふざけんじゃねぇよ!」


 狂ったように吠えたデニスは、円月刀(シミター)を振りかざしてふたりへ迫った。


 しかし、その攻撃も最後の悪あがきなのは明らかだ。レオンとジェラルドは落ち着き払った対応で、向かい来る狂人へ刃を向けた。


光爆煌(エクシ・ブリエ)!」


 光の魔法を含んだレオンの斬撃が、敵の胸を深く斬り付けた。


双竜炎舞(バルデュ・ジュモーラ)!」


 追って放たれたジェラルドの連撃が、闇夜に炎の軌跡を刻む。そうして、首を失ったデニスの体が倒れた。

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