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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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40 誓いを乗せた一閃


「おのれぇ!」


 老剣士コームが吠えた。普段は物静かな彼が、ここまで感情を剥き出すのは珍しい。


 それは、自身へ向けた怒りでもあった。

 闇凶星(あんきょうせい)マルセルの接近に気付けず、護衛対象であるセリーヌを守れなかった。


 敵への怒り。自身への怒り。それらすべてを込め、横薙ぎの鋭い斬撃を繰り出した。


 年老いたとはいえ、肉体の衰えを補うだけの技術と経験を培ってきた。災厄の魔獣に島を蹂躙された後も、生き残った仲間たちと研鑽を積み重ねてきた自負もある。


 その面々には、ロラン、オラース、ジャメルも含まれていた。マルティサン島の再興を誓い、共に励みあってきた間柄だ。


 一度はリュシアンを打ち負かしたことで、それがコームの自信にも繋がっていた。


 まだまだ皆の役に立てるのだと奮起しながらも、次第に頭角を現すリュシアンの活躍を目の当たりにするにつれ、時代遅れの考え方を持っているのだという認識を強くしていた。


 オービニエ家に仕え、セリーヌとユリスを一人前に育て上げることを生きがいとしてきたコームだ。独り身を貫いてきた彼にとって、姉弟は我が子同然の存在だった。


 ロランやオラースに先立たれ、後を追いたいという気持ちも少なからずあった。


『だがな。セリーヌ様が(おさ)となり、島を変えてゆく日々を見てみたい。最近は、そんな風にも思うのだ……私は残された時間を捧げ、その日を見届けようと思う。御主たちと酒を酌み交わすのは、もうしばらく先になる』


 二人の墓前に酒を添え、コームは告げた。


※ ※ ※


 誓いを乗せた気迫の一閃が、闇凶星マルセルの首を狙っていた。


 マルセルも、コームの力を甘く見ていたのは間違いない。余裕の笑みが消え、慌てて上体を後ろに反らした。

 喉元を刃が掠め、どす黒い血が噴き出す。


 マルセルは右手で傷口を押さえると、忌々しそうにコームを睨んだ。左手を剣神アンセルムに向け、指先を動かして呼び込む。


 剣神が助けに飛び込んでくると、マルセルは入れ替わるように引いた。素早く魔法を顕現(けんげん)し、傷口の治癒を始める。


「逃げるな!」


 たまらず怒鳴ったコームも、意識は既に剣神へ向いている。全神経を注がなければ、この男を抑えることはできないと悟っている。


「たかが老剣士だと、甘く見すぎたか……」


 マルセルは悔しげに呻き、林へ潜り込んだ。


 倒れたままのセリーヌを見付けると、深い皺が刻まれた顔に笑みが浮かんだ。黄ばんで隙間の目立つ歯が覗き、笑い声を漏らした。


闇捕創造(ラクレア・キャブル)


 セリーヌの体を中心に、蜘蛛の巣のように魔力の糸が広がった。首、二の腕、腰、太股を捕らえると、彼女の体を引きずり上げて大木へ(はりつけ)にした。


 攻撃魔法の衝撃で気を失ったセリーヌは、竜臨活性(ドラグーン・フォース)も解かれている。吊り上げられた動きで意識を取り戻したが、喉を絞められ声を発することもままならない。


「この若さで、双竜術(そうりゅうじゅつ)に究極光竜術まで扱うとは末恐ろしい……しかし、一歩及ばなかったな。それにあの化け物の背に棘がある限り、竜術も魔法も効かんよ。あれには、馬鹿弟子のユーグが(ほどこ)した仕掛けがあるからの」


 マルセルは縛られたセリーヌの背に周り、魔導杖(まどうじょう)を抜き取った。魔力の糸に囚われているとはいえ、術者のマルセルには何の障害にもなりえない。


魔導触媒(まどうしょくばい)がなければ、ただの女子(おなご)じゃろ」


 マルセルは両手を使って魔力を注いだ。

 魔鉱石から作られた杖でさえ枯れ木のように変貌し、粉々に砕け散ってしまった。


「おぉ。そうだ……」


 満足げに頷いたマルセルは、新しい悪戯を思い付いたのか、無邪気な笑みを見せた。


「君も亡者兵(もうじゃへい)にしてやろうか。碧色の小僧が見たらどんな顔をするだろうな。ラファエル君の調教は失敗に終わったが、君のような美しい娘を手駒にできれば僕も鼻が高い」


 セリーヌの正面に回ったマルセルは、磔にされた彼女の心臓部へ指先を伸ばした。

 皺だらけで血管の浮き上がった右手。人差し指の先が、張りのある乳房に押し返される。


「もしくは君を孕ませて、最強の魔導師を生み出すというのも胸が躍る実験だ」


 指先は乳房の形をなぞって山なりに進む。いたずらに先端を引っ掻くと、セリーヌは不快感に顔を歪ませて身をよじった。


 その反応が余計に老魔導師を喜ばせた。かすれた笑いを漏らしたマルセルの指は、みぞおちを辿って下腹部へ至る。


「うひひひ……どうだ。素晴らしい体験だとは思わないか? 君の体を使って、人類史上で最高傑作となる魔導師が誕生するんだぞ」


 マルセルの息が首筋に掛かったセリーヌは、唯一の抵抗を見せて顔を逸らした。


「僕の性欲などとうに枯れ果てたと思っていたけれど、君を見ていたら滾ってきたよ。男をたぶらかす魔性でも秘めているのかね」


 舌なめずりをしたマルセルは体を密着させ、左手でセリーヌの豊かな乳房を乱暴に揉んだ。右手は太股をまさぐり、スカートをたくし上げながら下着の表面をなぞる。


 セリーヌが小さく苦悶の声を上げ、傷みに顔をしかめた。その反応に、マルセルは意外だというように目を見開く。


「まさか、男を知らぬのか!? この戦いで命を落とせば、神格化されるのも間違いない。清らかさと美しさを兼ね備えるとはな」


 マルセルは名残惜しそうにセリーヌから離れ、背後で争う剣神と老剣士コームを伺った。


 剣神の荒々しい攻撃を、コームはすんでの所で避け続けていた。力と技とが拮抗する戦いに、マルセルも感嘆の声を上げた。


「そうとなれば、早々にこの場を切り上げなければな。君を連れ帰り、是が非でも僕のものにしたくなった……あのラファエル君も君に固執していたひとりだが、彼が求めていたのは母性だろうな……君の中に聖母の面影でも見ていたのかもしれないね」


「イリスさんは……どうされたのですか」


 魔力の糸に喉を締め付けられながらも、セリーヌはどうにか言葉を絞り出した。


「この期に及んで他人の心配か。見上げたものだ。あの娘は大鷲に僕が乗っていると思い込み、今も(たわむ)れているよ。それよりも……」


 マルセルは再びセリーヌに近付いた。


「君を連れて行くのであれば、力を完全に封じておかなければならないね。少々痛むだろうけれど、我慢しておくれ」


 マルセルはセリーヌの二の腕を掴んだ。

 左右それぞれの手に魔力が込められると、セリーヌはたまらず悲鳴を上げた。


「あぁ、痛かったね……申し訳ないことをしたね……後で綺麗に治してあげよう。今は痛みを和らげる魔法で我慢しておくれ」


 両腕を折られ、痛みにあえぐセリーヌ。その小顔を包むように触れたマルセルは、すぐさま闇の魔法を注ぎ込んだ。


「僕だけが話しているのも退屈だ。首の拘束を緩め、声くらいは満足に出せるようにしてあげようじゃないか。それと、もうひとつ」


 マルセルはセリーヌの腰に目を移し、そこに下がる革袋の中身をあさった。


「君たちが戦いの最中に小瓶を服用しているのは気付いているんだ。全員が持っているわけではなさそうだけれど、君もひとつやふたつは持っているんじゃないのかね?」


 そうして、マルセルは目当ての品を取り上げた。手にしたのは秘薬のプロムナだ。


 最初のひとつは、イリスを助けるために使ってしまった。奪い取られたものは、本部でマリーと再会した際に渡されたものだ。


「なるほどな。プロムナか……それも恐ろしく高純度の逸品だ。この作り手も是非とも部下に欲しいな。賞賛に値するよ」


 コルク栓を捨てた老魔導師は、セリーヌに見せびらかしながら小瓶をゆっくり傾けた。

 中に収められていた半透明の赤い液体が零れ、地面に吸収されてゆく。


「どうだ。悔しいか?」


 瓶を捨て、マルセルは歯を見せて微笑む。


 その一瓶を生成するだけでもどれほどの労力を要するか。互いがその価値を充分に知っているだけに、煽る方も煽られる方も、激しい感情の昂ぶりを見せた。


 その奥で、剣神の豪快な斬撃が、コームの胸元を斬り裂いた。

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