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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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37 双竜、偽りを断つ


「そうだよ。何もかもぶっ壊すんだ。湧き上がってくる破壊衝動を受け入れて、素直に身を委ねればいい。たまらねぇほどの心地よさだぜ。女を抱くより、何倍も上質な体験さ」


 火凶星(かきょうせい)デニスが、愉悦を滲ませて言葉を重ねる。

 その声に応じるように、ジェラルドは弛緩させた両腕を足下へ落とした。


 剣先が地を打つ。

 戦意を失ったかのようにも見えた。吹っ切れたかのような、穏やかで晴れやかな笑みが、その口元に浮かぶ。


 まるで、見えない力に支配されたかのようだった。

 甘美な誘惑が鼓膜から侵入し、思考を鈍らせ、全身の隅々にまで染み渡っていく。


「ジェラルド……殿?」


 ナルシスは、信じられない光景を前に、声を震わせた。

 不安に駆られ、その背に向けて、恐る恐る呼びかける。


 誘惑には負けない。そう信じている。

 だが、ジェラルドが歩んできた過去を思えば、闇に墜ちても不思議ではない。そう納得してしまう自分が、確かにいた。


 手招く誘惑の先に、どんな世界が広がっているのか。

 ジェラルドは、ふいに声を上げて笑った。


「この国を潰すとは、恐れ入ったね……ファビアン、サディク、モニク。僕だって、三人の仲間を忘れた日は一日だってないよ。仕方のないことだったとはいえ、彼らを(あや)めてしまったのは事実だからね……モニクさんに殺されるのなら、それも仕方がないと思っていたんだ」


 死に場所を探すような視線が、猿型魔獣デニスへと向けられる。


「でもね。彼女は、君に息の根を止められたと聞いている」


 当のデニスは、苦虫を噛み潰したように顔を歪め、歯を剥き出した。


「おまえの気持ちを考えず、軽率な行動に出た。それは悪かった。だが、モニクの暴走で、おまえまで消されるわけにはいかなかったんだ」


「だとしたら……」


 ジェラルドは、静かに言葉を継ぐ。


「僕は、生きなければならないね。彼らの分まで生きることが、僕にできる、せめてもの償いだと思うんだ」


「そりゃそうだ。おまえの意見は正しい」


 デニスは、待ち構えていたかのように頷く。


「だからこそ、その恨みをこの国にぶつけろ。その先に、おまえが求める本当の自由がある」


「適当なことを言わないでくれたまえ!」


 ナルシスが声を張り上げ、言葉を遮った。

 細身剣(レイピア)の切っ先を、真っ直ぐに突きつける。


「おまえの言う本当の自由とは何だ。自由は、他人から与えられるものではない。自分で考え、自らの手で掴み取るものだ」


「黙れ。雑魚が粋がるんじゃねぇよ」


 怒りに任せた咆哮。

 捕らえられているエドモンが顔を歪め、苦しげに呻いた。


「ジェラルドが踏みにじられた人生。それを取り戻す手伝いをしてやろうって言ってるんだ。俺たちも、この世界を壊したい。互いの利害は一致してる。だろ? おまえが望む奴だけ残せばいいだけの話だ」


 ナルシスは、反論を飲み込んだ。

 ここで刺激すれば、エドモンは確実に殺される。


「そうだね……」


 デニスの言葉に酔ったかのように、ジェラルドは一歩、また一歩と近付いていく。


 猿型魔獣は顔をほころばせ、両腕を広げた。

 その右手には、ぐったりとしたエドモンの体が握られている。


「わかってくれたかよ。俺たちは、喜んでおまえを迎え入れるぜ。六凶星(りくきょうせい)もそうさ。ラファエルが死んで、雷凶星(らいきょうせい)は空席のままだ。マルセルの爺から(いかづち)の力を授かれば、おまえならすぐに雷凶星の座に着けるだろうさ」


「へぇ。興味深い話だね」


 思わぬ食いつきに、デニスは内心でほくそ笑む。


 こいつを手玉に取れば、碧色の閃光も逆らえなくなる。

 この土産があれば、六凶星の頂点も見えてくる。


「よろしく頼むよ」


 ジェラルドは右手の竜骨剣(りゅうこつけん)を鞘に収め、拳を頭上へ突き上げた。

 それに応じ、デニスもエドモンを掴んだまま拳を近付ける。


 その瞬間。

 ジェラルドの瞳に、確かな光が宿った。


 左手の竜骨剣が閃く。

 ためらいはなく、斬撃が走った。


双竜炎舞バルデュ・ジュモーラ!」


 炎の中から竜が飛び立つような、華麗で荒々しい一閃。

 舞い踊る回転斬りが、デニスの右手中指と薬指を断ち切る。


 猿型魔獣が悲鳴を上げた。

 エドモンの体は、魔獣の指と共に地面へと落ちる。


「僕は諦めない。この世界に、絶望しない」


 穏やかに、しかし揺るぎなく言い切り、ジェラルドは収めたばかりの右の竜骨剣を引き抜いた。


「てめぇ……よくも……」


 右手を押さえ、デニスが呻く。

 怒りに震える全身から、再び炎が噴き上がった。


「こんな僕でも、帰りを待ってくれている人がいる。必ず戻ると約束したからね。それに……」


 ジェラルドは、ほんのわずかに笑みを浮かべる。


「苦しい時ほど笑う。それが、僕の信条なんだ」


「ほざけ。俺が操るのも炎だ。あの碧色ですら、俺との戦闘を諦めた。おまえごときが、生きて帰れると思うな」


 その言葉を掻き消すように、ナルシスの高笑いが響いた。


「待ちたまえ。僕のことを忘れてはいないかい? 涼風(すずかぜ)貴公子(きこうし)と恐れられる僕の力が合わされば、君など喋るだけの猿さ」


「どいつもこいつも……消し炭にしてやる」


 デニスが右脚を振り上げる。

 その先には、倒れたままのエドモン。


「まずは、小太りからだ!」


「エドモン君!」


 ナルシスが飛び出した。


 脚が振り下ろされる、その寸前。

 横合いから、緑の発光体が飛び込む。


 右目を潰されたデニスが呻き、脚を上げた姿勢のまま岩場に倒れた。

 全身を包む炎が、林の木々へと燃え移る。


 巨大な松明と化した光景の中。

 地面に着地したレオンの姿が、はっきりと浮かび上がった。


「よく喋る猿だ。うるさいから、静かにして欲しいんだけど」


 魔法剣を振るい、刃に付いた血を払う。

 竜臨活性(ドラグーン・フォース)で銀に染まった髪が、炎を受けて(べに)を映した。


「まぁ、すぐに黙らせるけど」


二物(にぶつ)……まとめて消してやるよ」


 怒りに震え、デニスが立ち上がる。

 そこへ、レオンが悠然と斬りかかった。


※ ※ ※


 時は、わずかに遡る。


 魔力結界を崩されたセリーヌは、闇の中に浮かぶ金色の猿型魔獣から目を離せずにいた。

 距離があるにもかかわらず、視線だけを引き寄せられる異様な存在感。


「ここは任せる。俺は、あの猿を仕留める」


 レオンの声に、セリーヌは我に返った。


「ですが、災厄の魔獣は……」


「ぬるいことを言わせるな。ここまで追い詰めた。あんたたちでどうにかしろ。あの猿を野放しにする方が危険だ」


 言い捨てると同時に、レオンは風の補助魔法を纏う。

 脚力が跳ね上がり、断崖へと一気に駆け戻っていった。


 その動きと引き換えるように、空がざわめく。

 上空から迫る、大鷲型魔獣の群れ。


「あれは……」


 セリーヌは、動きの鈍ったブリュス・キュリテールを仲間に任せ、空を仰ぐ。


 群れの中央。

 二頭の大鷲型魔獣が、大きな箱状の物体を運んでいる。


 闇夜を滑空する魔獣から、それが切り離された。

 落下地点は、シルヴィとアセクルの側だ。


 地面に激突し、氷が砕け散る。

 箱は凍結されていたらしく、破片が周囲へ盛大に飛び散った。


「棺……なのでしょうか……」


 セリーヌは、誰に向けるでもなく呟いた。


 箱の蓋が崩れ、白銀の軽量鎧(ライトアーマー)に身を包んだ男が、ゆっくりと上半身を起こす。


 黒い長髪は首裏で一本に束ねられ、銀の髪留めが月光を反射する。

 顔色は青白く、頬はこけ、無精髭が伸び放題。健康とは程遠い、みすぼらしさすら覚える風貌。


 だが、前髪の隙間から覗く目だけが違った。

 濁りを帯びながらも鋭く、獲物を探す獣のような光を宿している。

 貪欲で、獰猛な狩猟本能が、そのまま形になったかのようだった。


「どうなっとるんだ……」


「ちょっと……あり得ないでしょ……」


 拳聖(けんせい)マルクと賢聖(けんせい)レリアは、同時に動きを止めた。

 箱から現れた人物を前に、言葉を失っている。


「どうして……アンセルムさんが……」


 マルクは、それだけ言うのが精一杯だった。


 病に冒されながらも冒険を続け、北方の洞窟で古代の秘宝を探索中に命を落とした男。

 至高の剣神という異名を持ち、冒険者ギルドでは伝説として語られる英雄だ。


 最強の冒険者と称えられたその男が、息を吹き返したかのように、彼らの前に立っている。

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