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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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36 火凶星の遊戯


 猿型魔獣は、全身に炎をまとっていた。

 誇示するような火勢が巨躯を包み、巨大な篝火が歩いているかのように揺らめく。熱量は濃く、空気そのものを焦がしてゆく。


「おい。あいつらの間抜け面、見えるか。笑いすぎて腹がよじれそうだ」


 金色の体毛を持つ猿型魔獣が背を丸め、肩を震わせる。

 十メートルを超える体躯がわずかに動くだけで、燃える山が揺れた錯覚が走った。


 魔獣が言葉を操る。

 その異様さが、戦場の緊張を別の形へ歪めていく。


 猿型魔獣の耳元に、一頭の大鷲型魔獣が浮かんでいた。

 背には、黒装束の男がひとり立っている。


「デニスさん。目立つ行動は避けてくださいと、何度もお伝えしたはずですが」


 頭巾に覆われ、露出しているのは目元だけ。

 それでも、声色には呆れと苛立ちが滲んでいた。


「うるせぇ。俺に指図するな。結界は破った。文句ねぇだろ。それに、ブリュス・キュリテールを見ろ。どう見たって瀕死だ。俺が助けなきゃ死んでた」


「私はブリュス・キュリテールの奪取へ向かいます。この場は任せました」


「待てよ、セヴラン。俺は後始末か。俺たち六凶星(りくきょうせい)は並列だろ。風凶星(ふうきょうせい)は、そんなに偉いのか?」


 吐き捨てるような声音。

 不快感を隠そうともせず、デニスは鼻を鳴らした。


「態度で言やぁ、鳴り物入りのあいつの方が、よほど気に入らねぇがな」


「今は言い争っている場合ではありません。作戦は動いています。あなたが派手に暴れてくれれば、強敵を引きつけられるでしょう」


「ここを片付けたらすぐ行く。俺の獲物、勝手に始末するなよ」


「お願いしますね。火凶星(かきょうせい)のデニス殿」


 セヴランの物言いに、猿型魔獣と化したデニスは露骨に顔を歪めた。

 足下には、冒険者や王国軍の戦士が幾人も倒れ伏している。


 大鷲型魔獣が羽ばたき、セヴランを乗せたまま上空へ消えた。


 デニスは息を吐き、視線を眼下へ落とす。

 もはや、自身の命を脅かす存在は見当たらない。

 全身を覆っていた炎の力が収束し、熱が引いていく。


「だとさ。そういうわけで、おまえらみたいな小物と遊んでる暇はねぇんだ」


 相対するのは、竜骨剣(りゅうこつけん)を両手に握ったジェラルドだ。

 背後に、細身剣(れいぴあ)を構えるナルシスと、魔導杖(まどうじょう)を構えるエドモンが控える。


 三人とも疲弊は明らかで、立っているだけで精一杯に近い。


 ナルシスが乗ってきたびゅんびゅん丸は、断崖のさらに奥へ逃がしてある。

 白馬の背には、全身の骨を砕かれたアンナが横たえられていた。


※ ※ ※


『これ、マリーから。あなたにも渡してほしいって』


 ジェラルドたちが作戦本部を訪れた際、救護を手伝っていたセシルが近付いてきた。

 秘薬のプロムナを手渡しながら、エドモンを見つめる。


『マリー嬢が、オイラにも?』


 言葉が追いつかない表情。

 セシルはその反応に、困ったように微笑んだ。


『顔も見たくない、なんて言ってたけどね。私はふたりの間に何があったのかは知らない。けどね、あなたが心を入れ替えてみんなのために尽くしてくれるならって、マリーは自分の感情を抑えて貴重な薬を提供してくれたの。彼女の想いを無駄にしないで』


 エドモンは薬瓶を強く握りしめる。

 セシルはジェラルドに向き直った。


『無理しないで。危険だと思ったら、すぐ引いて。お願いだから』


『大丈夫。わかってるから』


 ジェラルドはセシルの肩に手を置き、柔らかく笑った。


『必ず戻るよ』


 その言葉は、自身へ言い聞かせるようでもあった。


※ ※ ※


 そうして、エドモンの秘薬はアンナに使われた。

 最善の判断だったと、彼は迷いなく受け入れている。


「さっさと殺すつもりだったが……せっかくジェラルドがいるんだ。気が変わった」


 次の瞬間、デニスは跳んだ。

 ジェラルドの頭上を越え、林を薙ぎ倒し、エドモンを両腕で掬い上げる。


 反撃に転じようとしたふたりを、再び跳躍で置き去りにした。


「そう焦るんじゃねぇよ」


 歯を剥き、デニスはエドモンの右腕を掴み上げる。

 力が込められ、骨が耐えきれず悲鳴を上げた。


 杖が手を離れ、地を転がる。


「この程度で喚くなよ。さっきの小娘の方がよっほど根性があった。腕を折られても、脚を潰されても、睨み返してきたぞ」


 言葉に、異様な熱が混じる。


「あれは良かった。俺も傷を負ったし、背筋が冷えた。興奮しすぎて、人型に戻って犯してやろうと思ったくらいだ。邪魔が入らなけりゃな」


 デニスは断崖の窪みに腰を下ろす。


「人型?」


 ジェラルドとナルシスが視線を交わす。


「おまえらはこの姿しか知らないからな。俺は獣人だ。マルセルって爺の人体実験に志願して、魔獣になる力を手に入れた」


 左手でエドモンを押さえ、右手で頭部を掴む。

 少しでも力が入れば、命は潰える。


「俺のことはいい。少し話に付き合え。動くな」


 周囲を見渡し、言い放つ。


「余計な真似をすりゃ、この小太りの首が折れる」


 困惑する反応を眺め、デニスは口角を吊り上げた。


「神竜剣を狙って、妙な連中が接触してきただろ。あれが何者か、知ってるか?」


「どうして今、その話を」


「興味があってな。神竜剣がおまえの人生を狂わせた。違うか」


「それは確かにそうだろうね」


「俺は、接触してきた相手の正体を知ってる。まぁ、元同業者だから当然だけどな」


「同業者というのは?」


 前のめりで食い付くジェラルドに満足し、デニスの鼻息が荒くなる。


「闇ギルドだよ。俺もそこの出身でな。でもな、おまえを追ってたのは並の連中じゃねぇ。ある所から命を受けた、特別班だ」


「闇ギルド? 誰が、何のために……」


「頭を働かせろ」


 いぶかしむジェラルドとナルシスを眺め、デニスは右手の人差し指をこめかみに添えた。


「王国の連中だよ。表立って動けないあいつらは、闇ギルドを頼ったってわけだ」


「王国が!?」


 ジェラルドの息が詰まる。


「マルセルの爺さんの細工で、王国はブリュス・キュリテールを横取りされた。竜の情報も集まらず、相当焦ってたんだろうなぁ」


 猿型魔獣の口から、忍び笑いが漏れる。


「おまえが神竜剣を手に入れた事件を切っ掛けに、王国も()(びと)の存在を知ったわけだ。生き残った守り人は他にもいてな。そいつらを保護して、拷問を加えて吐かせたのさ」


「なんてことを……」


「今のヴィクトル王は平和主義を掲げる穏健派だが、古くから残る宰相には血の気の多い奴も多い。その一派が、拷問で得た情報を元に竜の力を求めて動いた結果だ」


「そんな馬鹿な話が……」


「嘘じゃねぇ。真実なんだよ。いいか、ジェラルド。おまえには、この国に復讐する資格がある。おまえが望むなら、俺たち六凶星と終末の担い手が、喜んで力を貸してやるよ」


 デニスはエドモンから手を離し、ジェラルドへ手を差し出した。


「俺たちと一緒に来い。この国をぶっ潰すんだ。世界を変える手助けをしてやる」


「世界を……変える?」


 覚醒の時を迎えたかのように、ジェラルドの目が見開かれた。

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