表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

342/347

37 本当の自由


「そうだよ。何もかもぶっ壊すんだ。湧き上がってくる破壊衝動を受け入れて、素直に身を委ねればいい。たまらねぇほどの心地よさだぜ。女を抱くより何倍も上質な体験さ」


 火凶星(かきょうせい)デニスが言葉を重ねると、ジェラルドは弛緩させた両腕を足下へ落とした。

 戦意を喪失したのか剣先は地を打ち、吹っ切ったように晴れやかな笑みを漏らす。


 まるで、見えない力に支配されたかのようだった。甘美な誘惑が鼓膜から侵入し、全身を余すことなく蝕んでいるように思えた。


「ジェラルド……殿?」


 ナルシスは、信じられないものを見せられている気分だった。不安に駆られ、その背に恐る恐る呼びかけていた。


 誘惑には負けないと信じている。だが、ジェラルドのこれまでを思えば、闇に墜ちても仕方がないと納得してしまう自分もいた。


 手招く誘惑にどんな世界が見えているのか。ジェラルドは突然に声を上げて笑った。


「この国を潰すとは恐れ入ったね……ファビアン、サディク、モニク。僕だって、三人の仲間のことを忘れた日はないよ。仕方のないことだったとはいえ、彼らを(あや)めてしまったのは事実だからね……モニクさんに殺されるのなら仕方がないと思っていたんだ。でもね、彼女は君に息の根を止められたと聞いている」


 死に場所を求めるような目を、猿型魔獣のデニスに向ける。当のデニスは、苦虫を噛み潰したように顔をしかめて歯を剥き出した。


「おまえの気持ちを考えず、軽率な行動に出たのは悪かった。モニクの暴走で、おまえを消されるわけにいかなかったんだよ」


「だとしたら、僕は生きなければならないね。彼らの分まで生きることが、僕にできるせめてもの償いだと思うんだよね」


「そりゃそうだ。おまえの意見は正しい。だからこそ、その恨みをこの国にぶつけろ。その先に、おまえが求める本当の自由がある」


「適当なことを言わないでくれたまえ!」


 デニスの妄言を否定せんとナルシスは声を張り上げ、細身剣(レイピア)の切っ先を向けた。


「おまえの言う、本当の自由とは何だ? 自由とは他人から与えられるものではない。自分で考え、自らの手で掴み取るものだ」


「黙れ! 雑魚が粋がるんじゃねぇよ」


 デニスが怒りに任せて吠える。体に力が入ったのか、捕らえられているエドモンが顔を歪ませ、苦しげに呻いた。


「ジェラルドが踏みにじられた人生。それを取り戻す手伝いをしてやろうって言ってるんだ。俺たちもこの世界を壊したい。互いの利害は一致してる。だろ? おまえが望む奴だけ残せばいいだけの話だ」


 ナルシスは否定したい気持ちを抑え、言葉をぐっと飲み込んだ。下手に相手を刺激すれば、今度こそエドモンは殺されてしまう。


「そうだね……」


 デニスの言葉に酔ったように、ジェラルドはおぼつかない足取りで近付いてゆく。


 猿型魔獣は顔をほころばせ、彼を受け入れようと両手を広げて見せた。その右手には、ぐったりとしたエドモンを掴んでいる。


「わかってくれたかよ。俺たちは、喜んでおまえを迎え入れるぜ。六凶星(りくきょうせい)もそうさ。ラファエルが死んで、雷凶星(らいきょうせい)は空席のままだ。マルセルの爺から(いかづち)の力を授かれば、おまえならすぐに雷凶星の座に着けるだろうさ」


「へぇ。興味深い話だね」


 思わぬ食いつきを見せるジェラルドに、デニスは内心で小躍りしていた。


 こいつを手玉に取れば、碧色の閃光も俺たちに逆らえなくなる。この土産のお陰で、六凶星の頂点も見えてくるってもんだ。


「よろしく頼むよ」


 ジェラルドは右手に持っていた竜骨剣(りゅうこつけん)を鞘に収め、握り拳を頭上へ伸ばした。

 デニスもそれに合わせるように、エドモンを掴んだままの右拳を近付ける。


 その動きを追っていたジェラルドの目に、力強い光が宿った。左手に持っていたもう一本の竜骨剣を巧みに操り、すぐさま仕掛ける。


双竜炎舞(バルデュ・ジュモーラ)!」


 炎の中から竜が飛び立つように、華麗で荒々しい動きだった。舞い踊るような回転斬りが、デニスの右手中指と薬指を切断した。


 猿型魔獣は悲鳴を上げ、エドモンの体は魔獣の指と一緒に地面へ落下した。


「僕は諦めない。この世界に絶望しない」


 きっぱりと言い放ったジェラルドは、収めたばかりの右の竜骨剣を鞘から引き抜いた。


「てめぇ。よくも……」


 右手を押さえ、デニスが呻いた。怒りに震える全身から、再び炎が吹き上がる。


「こんな僕でも、帰りを待ってくれている人がいる。必ず戻ると約束したからね。それに、苦しい時ほど笑うというのが僕の信条なんだ」


「ほざけ。あいにく、俺が操るのも炎の力だ。あの碧色でさえ俺との戦闘を諦めた。おまえごときが、生きて帰れると思うなよ」


 デニスが声高に言い放つと、それを掻き消すようにナルシスの高笑いが上がった。


「待ちたまえ。僕のことを忘れているんじゃないのかい? 涼風の貴公子と恐れられる僕の力が合わされば、君など喋るだけの猿さ」


「どいつもこいつも言わせておけば……おまえらなんぞ、消し炭にしてやるよ」


 怒りに震えるデニスが右脚を持ち上げた。その先には、倒れたまま動かないエドモンが横たわっている。


「まずは、小太りからだ!」


「エドモン君!」


 ナルシスがたまらず飛び出した。


 魔獣の脚が落とされようという刹那、横手から緑の発光体が飛び込んだ。


 右目を潰されたデニスが呻き、脚を上げた姿勢のまま岩場に倒れた。

 全身を包む炎が、林の木々に燃え移る。


 巨大な松明と化したその場所が、地面に着地したレオンを浮かび上がらせた。


「よく喋る猿だ。うるさいから静かにして欲しいんだけど」


 愛用の魔法剣を振るい、刃に付いた血を払った。竜臨活性(ドラグーン・フォース)の影響で銀に染まった髪が、炎を受けて(べに)を映し出す。


「まぁ、すぐに黙らせるけど」


二物(にぶつ)……おまえもまとめて消してやるよ」


 怒りに震えて立ち上がったデニスを目掛け、レオンが悠然と斬りかかった。


※ ※ ※


 時は僅かに遡る。


 魔力結界を崩されたセリーヌは、闇の中に浮かぶ金色の猿型魔獣に目を奪われていた。


「ここは任せる。俺はあの猿を仕留めるから」


 セリーヌは、レオンの声で我に返った。


「ですが、災厄の魔獣は……」


「ぬるいことを言わせるな。ここまで追い詰めたんだ。あんたたちでどうにかしろ。あの猿を野放しにしておくのも危険だ」


 レオンは風の補助魔法を纏い、脚力を強化。そのまま断崖へ駆け戻ってゆく。

 それと引き換えるように、こちらへ向かってくる大鷲型魔獣の群れを上空に捉えていた。


「あれは……」


 セリーヌは、動きの鈍ったブリュス・キュリテールを仲間に任せ、空に注視していた。


 群れの中央にいる二頭の大鷲型魔獣が、大きな箱のようなものを運んでいるのが見えた。


 闇夜を滑空する魔獣からそれが離され、シルヴィやアセクルの側に落ちた。


 箱は氷漬けにされていたらしく、砕けた氷があちらこちらへ盛大に散らばる。


「棺、なのでしょうか……」


 セリーヌは誰に問うでもなくつぶやいた。


 箱の蓋は崩れ、白銀の軽量鎧(ライトアーマー)で武装した、ひとりの男性が上半身を起こすのが見えた。


 黒い長髪が首裏の位置で一本に留められている。銀の髪留めが月光を受けて輝いた。


 青白い顔は頬がこけ、お世辞にも健康とはほど遠い。無精髭も相まって、みすぼらしさすら感じてしまうほどだ。


 しかし、前髪の間から覗く濁った目は鋭い。獲物を求めて彷徨う、貪欲で獰猛な狩猟本能を剥き出しにした顔付きだった。


「どうなっとるんだ」


「ちょっと……あり得ないでしょ……」


 拳聖(けんせい)マルクと賢聖(けんせい)レリアは動きを止め、箱の中から現れた人物に目を留めた。互いに、信じられない驚きに目を見開いている。


「どうして、アンセルムさんが……」


 マルクはそれだけ言うのが精一杯だった。


 病に(おか)されながらも冒険を続け、北方の洞窟で古代の秘宝を探索中に亡くなったのを見届けている。至高の剣神という二つ名を持ち、冒険者ギルドで伝説級の扱いを受ける英雄だ。


 最強の冒険者と称えられた男が、息を吹き返したように一同の前に現れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ