35 砕けぬ棘、閉ざす光
滝での攻防で、ブリュス・キュリテールの虎頭は左目を失っていた。
レオンの一撃は、潰された死角を正確に突いている。
「光爆創造!」
ダメ押しが続く。
剣先へ、爆発属性の魔法が流し込まれた。
白光が弾ける。
虎頭の頭部が内側から破裂し、肉片と体液が宙を舞った。
眼球が弧を描いて落ち、舌と顎だけを残して、虎頭は力なく垂れ下がる。
完全に沈黙した。
だが、それで終わらない。
中央の獅子と右肩の黒豹の頭が、同時に苦悶の声を上げた。
痛覚を共有しているのだと、否応なく理解させられる。
レオンは剣を引き抜くと、そのまま魔獣の背を駆けた。
足裏が肉を踏み、重心が跳ねる。
踊るように位置を変え、体をねじり、狙いを定める。
狙いは、背に生えた二本の棘。
「疾風・竜旋斬」
剣を振るう瞬間、風が纏わりついた。
レオン自身が回転し、身体ごと斬撃へと変わる。
淡い緑光に包まれ、身体が風と同化する。
暴風と化した斬撃が、正面から棘へ叩き込まれた。
「レオンさん……」
セリーヌは祈るような想いで、その光景を見つめていた。
攻撃魔法は吸収される。
あの棘を壊さなければ、対抗手段はない。
彼の者にとどめを刺すのは、わたくしの役目。
それだけは、自分の手で。
島を守るため戦場へ向かった両親の背。
長老ディカの顔。
胸に積もった想いが、レオンへの期待として結ばれる。
次の瞬間、甲高い金属音が響いた。
斬撃は、棘の表面で弾かれた。
刃先に返ってきたのは、骨でも殻でもない、鈍く硬い感触。
緑光が散り、レオンの身体が後方へ押し返される。
空中で体勢を整え、地へと降り立つ。
膝は折れない。だが、手応えは皆無だった。
「なんて堅さだ……俺の攻撃がぬるいのか」
吐き捨てるように呟く。
棘を折るどころか、傷を負わせることすらできていない。
表面が削れただけで、その奥にある何かが、斬撃そのものを拒んでいた。
「レオンの剣でも効かないんじゃ無理ね」
シルヴィは吹っ切れたような声で言い、周囲へ視線を走らせる。
拳聖マルク、剣豪アクセルのパーティが包囲を維持する。
老剣士コームはセリーヌを庇い、賢聖レリアが駆け寄ってゆく。
林の向こうでは、王国軍の一部が合流を急いでいる。
『皆さん、攻撃魔法は禁止です。棘に吸収されます。攻撃は打撃と斬撃に限定してください』
拡声魔法を飛ばしながら、イリスは倒れた兵のもとへ駆けた。
置いていけない。背中がそう語っている。
シルヴィの視線が、再び魔獣へ戻る。
「棘は諦めて。付け根からもぎ取るしかない。残りの頭を潰す方が早いわ」
シルヴィの言葉を理解したかのように、獅子が嘲るような咆哮を上げた。
周囲の魔獣を呼び寄せる合図だと、誰もが察する。
「あら。残念だったわね」
シルヴィは闘争の炎をたぎらせ、艶やかな笑みを浮かべる。
「助けは来ないわよ。こっちも全戦力で、周りのお仲間を掃除してるから」
人語はわからずとも、異変は理解したのだろう。
黒豹が牙を剥き、獅子が落ち着きなく周囲を見回す。
アクセルの報告が、シルヴイの脳裏をよぎった。
『冒険者の何人かが、断崖の奥で戦闘音を聞いたって言うんだ。案外、アンナの嬢ちゃんが雑魚を抑えてくれてるんじゃねぇのか』
無事を祈る暇もなく、魔獣が動いた。
セリーヌとは逆方向。アクセルたちの前へ。
「まだ、終わってない……」
レオンの視線が、魔獣に張り付く。
喉の奥が、わずかに鳴った。
倒したい。
理由は、はっきりしている。
あれを斬れば、過去に手を伸ばせる気がした。
焼け落ちた街も、逃げ惑った声も、あの日の無力も。
すべてを、この一太刀で終わらせられると錯覚してしまう。
一歩、踏み出しかける。
理性が、それを引き戻した。
ここは、自分の戦場じゃない。
わかっている。それでも。
剣柄を握る指に、力がこもる。
この魔獣は、俺が討つべきだ。
渇きだけが、胸の奥で静かに膨らんでいた。
『逃がさないで! 再生を抑えている今しかないの』
レリアの声に応え、セリーヌが踏み出す。
「右手に光。左手に光。双竜術、光煌無限牢獄!」
十二本の光柱が円を描き、壁と屋根がせり上がる。
直径三十メートル。光の檻が、戦場を覆った。
『巻き込んでしまい申し訳ございません。逃がさぬための奥の手です。わたくしが結界を維持している間に魔獣を。長くは持ちません』
体当たりを受けても、爪を振るわれようとも、結界は揺るがない。
結界の維持にはいずれかの柱に触れ続け、魔力を注ぎ続けなければならない。全精力を注ぎ込むセリーヌの華奢な体を、コームが賢明に支える。
覚悟に応えるように、戦力が一斉に動いた。
「合成魔法、土流渦堕」
レリアの魔法で大地が隆起し、魔獣の四肢を絡め取る。
そこに冒険者たちが続き、動きを封じる。
「魔獣には、これが一番効く」
マルクが閃光玉を放った。
夜を裂く光に、魔獣が悶える。
その隙を逃さず、レオン、シルヴィ、アクセルたちが殺到する。
魔獣も魔力球を吐いて応戦するが、視界を奪われた攻撃は届かない。
「天地崩壊!」
マルクの正拳が肋骨を砕く。
「疾風・竜駆突!」
レオンの突きで、獅子の右目が潰れる。
「咲誇薔薇!」
シルヴィの回転連撃で、黒豹の後頭部が割れる。
崩れ落ちる巨体へ、アクセルと冒険者たちが雪崩れ込む。
「ついに……」
セリーヌが息を吐いた、その時。
視界の端で、影が走った。
軍団長エヴァリストが、魔獣へと駆けてゆく。
「その魔獣を狩るのは、俺たちだ!」
「あの者は止めます。セリーヌ様は、とどめを」
コームが動こうとした刹那。
外から、圧倒的な質量が迫る。
巨大な岩が結界を直撃し、光の檻が砕け散った。
内からの攻撃には驚異的な防御力を誇るが、外からの衝撃に弱い。
欠点を見抜いた一撃だった。
「一体、何が……」
セリーヌの視線の先にあるのは、滝の断崖だ。
闇に浮かび上がったのは、金色の体毛を持つ猿型魔獣だった。





