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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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35 絶対に逃がさない


 滝での攻防で、ブリュス・キュリテールの虎頭は左目を失っていた。レオンの一撃は、潰された死角を突いた一撃だ。


光爆創造(ラクレア・エクシオン)!」


 レオンのダメ押しが続く。虎頭に刺した剣先へ、爆発属性を持つ魔法が流し込まれた。


 光が弾け、虎頭の頭部が吹き飛んだ。眼球が落ち、体液が飛び散る。舌と顎だけが残された無残な姿を晒し、虎頭は活動を終えた。


 ブリュス・キュリテールも痛覚は共有しているのだろう。中央の獅子と右肩の黒豹が、同時に痛みに呻いた。


 剣を引き抜いたレオンは軽やかな身のこなしを見せ、踊るように魔獣の背を移動する。

 体をねじるように腕を引き寄せ、魔獣の背に生える二本の棘に狙いを澄ました。


疾風(しっぷう)竜旋斬(りゅうせんざん)


 剣を振るうと同時に風を纏い、自身も駒のように回転した。


 淡い緑の光に包まれ、レオンの体は風の力と同化した。荒れ狂う暴風と化した斬撃が、棘の一本と真っ向から激突する。


「レオンさん」


 セリーヌは祈るような想いで、その光景を見つめていた。


 攻撃魔法をぶつけても吸収されてしまうことは気付いていた。あの棘を破壊しなければ、対抗手段を完全に失ってしまう。


 彼の者にとどめを刺すのはわたくしの役目です。それだけは自分の手で。


 島を守るための戦いに(おもむ)く両親の姿と、長老であるディカの顔が浮かんだ。強い思いに囚われたセリーヌは、レオンが打開してくれることを強く願った。


 固唾をのんで状況を伺っていた一同は、金属同士がぶつかるような甲高い音を聞いた。

 緑の光を撒き散らしたレオンは、大きく弾かれて地面へ着地する。


「なんて堅さだ……俺の攻撃がぬるいのか?」


 レオンは悔しさに歯噛みをして呻く。

 棘を折るどころか、傷を負わせることすらできていないように見えた。しかし良く見れば、棘の表面を削ることには成功している。


 棘の中心にある何かに阻まれ、斬撃を完全に通すことができなかったのだ。


「レオンの剣でも効かないんじゃ無理ね」


 シルヴィは吹っ切れたように明るい声を出し、周囲の仲間へ目を向けた。


 拳聖(けんせい)マルクはもちろん、剣豪アクセルのパーティも魔獣を囲み、戦況を維持している。

 老剣士コームはセリーヌを守るように側に控え、そこへ賢聖(けんせい)レリアが駆け寄ってゆく。

 林から出てきた王国軍の一部も、間もなく合流するはずだ。


『皆さん、攻撃魔法は厳禁です。魔獣の背中にある棘に吸収されてしまうようです。攻撃は打撃と斬撃に絞ってください』


 魔導師イリスは拡声魔法で呼び掛け、倒れた王国軍の下へ走り寄っている。どれほどの助けになるかは知れないが、このまま捨て置けないという彼女の心根が垣間見えた。


 シルヴィもイリスの呼び掛けを聞き、いくらか落ち着きを取り戻していた。


「みんな、背中の棘を直接狙うのは諦めて。付け根から、もぎ取るしかないわ。残ったふたつの頭を潰す方が手っ取り早いかもね」


 シルヴィの言葉を理解したのか、嘲笑うように獅子が咆哮を上げた。それが、周囲に散開した魔獣たちを呼び寄せるための合図だということは誰もが気付いている。


「あら。残念だったわね」


 お返しとばかりに、シルヴィが意地悪い口調で言い放つ。闘争の炎をたぎらせた戦姫は、見る者を惹き込む艶やかな笑みを見せた。


「助けは来ないわよ。こっちもすべての戦力を投入して、周りのお仲間を掃除してるから」


 人の言葉を理解できないブリュス・キュリテールも、呼び掛けに応じる魔獣がいないことは理解したようだった。


 黒豹の頭は怒りに牙を剥き、獅子の頭がせわしなく周囲を見回す。


 シルヴィは嘲るような笑みを浮かべ、ここへ来る途中に、アクセルから聞いた報告を思い返していた。


『冒険者の何人かが、断崖の奥で戦闘音を聞いたって言うんだ。案外、アンナの嬢ちゃんが雑魚を抑えてくれてるんじゃねぇのか』


 無事でいてくれるといいんだけど。


 妹分の安否を気遣うシルヴィの眼前で、ブリュス・キュリテールが駆け出した。

 セリーヌとは正反対に体を向けたが、その先には、アクセルたちが身構えている。


『絶対に逃がさないで! 再生能力を抑え込んでいる今しかないの!』


 レリアの悲痛な声が響く。それを聞き届け、セリーヌがいち早く動いた。


「右手に光。左手に光。双竜術(そうりゅうじゅつ)光煌無限牢獄カージュ・ラディユーズ!」


 一同を取り囲むように、十二本の光の柱が円形に広がった。それぞれの柱を繋ぐ壁がせり上がり、半円状の屋根が上部を覆った。


 直線で三十メートルにも及ぶ光の檻に、この場の全員と魔獣が取り込まれていた。


『巻き込んでしまい申し訳ございません。魔獣を逃がさないための奥の手です。わたくしが結界を維持している間に魔獣をお願いします。長くは持ちません』


 魔獣は結界に体当たりしたが、それを崩すことはできなかった。鋭い爪を振るわれようと、傷ひとつない頑強さを誇っている。


 結界の維持にはいずれかの柱に触れ続け、魔力を注ぎ続けなければならない。全精力を注ぎ込むセリーヌの華奢な体を、コームが賢明に支えている。そんな彼女の呼び掛けに応じ、この場に集う戦力が一斉に動いた。


「合成魔法、土流渦堕(グリス・デブリー)


 賢聖レリアが土の魔法を顕現した。大地に干渉し、魔獣の足止めを図る。


 剣豪アクセルの仲間にも四名の魔導師がいる。レリアに習って土の魔法を顕現し、魔獣の四本の脚を封じ込めてゆく。


「相手は魔獣。これが一番こたえるはずだ」


 拳聖マルクが懐から取り出したのは、複数の閃光玉だった。


 周囲には、魔力灯からもたらされる心許ない灯りがあるだけだ。弾けた閃光は絶大な効果をもたらした。

 まぶしさに悶える魔獣を目掛け、レオンやシルヴィ、アクセルたちが殺到してゆく。


 ブリュス・キュリテールも魔力球を吐き出してくるが、視界を奪われた闇雲な攻撃では一同を捉えることはできなかった。


天地崩壊(シエル・ド・ルモン)!」


 マルクの正拳突きが、魔獣の左肋骨の幾本かを打ち砕いた。


疾風(しっぷう)竜駆突(りゅうがとつ)


 レオンの突きが獅子頭の右目を潰すと、風の補助魔法を受けたシルヴィが跳び上がる。


咲誇薔薇(ロジエ・グロワール)!」


 闇夜へ咲いた紅の回転連撃。斧槍(ハルバード)の刃先が黒豹の後頭部へ深々と食い込んだ。


 崩れるように膝を折る魔獣へ、アクセルが率いる冒険者たちが殺到してゆく。


「ついに、ブリュス・キュリテールを……」


 歓喜の声を漏らしたセリーヌは、視界の端で動くものを捉えた。王国軍の軍団長であるエヴァリストが、魔獣へ駆けてゆく。


「その魔獣を狩るのは俺たちだ!」


「あの者を足止めします。セリーヌ様は、災厄の魔獣にとどめを」


 老剣士コームが、セリーヌのもとを離れようとした時だ。光の結界の向こうから、急速に迫ってくる黒い影があった。


 影の正体は巨大な岩だ。それが結界を直撃したと思った時には、半球状の光は弾けるようにかき消されてしまった。


 内からの攻撃には驚異的な防御力を誇る結界だが、外からの衝撃には弱い。その欠点を的確に見抜いたような攻撃だった。

 砕けた岩が、あちらこちらへ転がってゆく。


「一体、何が起こったのですか……」


 岩の飛んできた方角は、滝のある断崖だ。


 闇夜へ目をこらしたセリーヌは、金色の体毛を持つ猿型魔獣の存在を認めた。

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