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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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33 凶光、戦場を覆う


 闇夜を仰ぐように三つ首をもたげ、ブリュス・キュリテールが激痛に吠えた。


 魔獣の体長を思えば、レリアが与えた一撃は針で刺したほどのものに過ぎない。

 しかし、これは賢聖が用意していた秘策だ。


「何が起こったの?」


 イリスが、セリーヌのもとへ駆け寄る。

 魔獣はレリアを背に乗せたまま、身をくねらせるように暴れていた。


 作戦の内容を事前に聞かされていたセリーヌは、視線を外さずに答える。


『レリア様が手にされていた魔力石は特別製です。再生速度を遅延させる効果があり、体内に埋め込むことで激痛が全身を巡る……というご説明でした』


 拡声魔法に乗せられた声が、戦場全体へと広がってゆく。


「だったら、いくつも仕掛ければいいのに。博打(ばくち)だって、数打ちゃ当たるものよ」


「高度な技術と希少な薬剤が必要だったため、ひとつ作るのが限界だったそうです」


「ありゃ。軽率なことを言うものじゃないわね」


 イリスが肩をすくめた、その直後だった。


 レリアの身体が、魔獣の背から弾き飛ばされる。

 宙を舞う姿を見た瞬間、セリーヌの喉が強張った。


 右腕が、肘から先であり得ない方向へねじ曲がっている。


「レリア様!」


 叫びと同時に、獅子と虎の頭が、レリアを狙って口を開く。


風竜斬駆(ヴォロンテ・ヴァン)!」


 反射的に放たれた風の刃が、獅子の頭から吐き出された魔力球を打ち消す。

 だが、虎の頭が放った一撃までは届かなかった。


 賢聖を、ここで失うわけにはいかない。


 その思いは、戦場にいる誰もが共有していた。


 魔力球がレリアを捉える寸前、一筋の影が割り込む。


 ガブリエルの槍だった。

 騎兵隊長は愛馬もろとも爆風に弾き飛ばされ、地面を転がる。


 さらに、拳聖マルクが飛び込み、レリアの身体を抱えたまま地を転がった。


 セリーヌが安堵したのも束の間。


 ブリュス・キュリテールの後方で、大蛇が威嚇の声を上げた。

 重装隊長アドマーが、なおも巨体を押さえ込んでいる。


『アドマー、退避しろ!』


 軍団長エヴァリストの叫びには、隠しきれない焦りが滲んでいた。

 ガブリエルが吹き飛ばされ、今また重装隊長が危機に晒されている。


 歩兵隊長ランベールの姿が見えないことも、不安を煽っていた。

 滝の側で救護に当たっているのか。それとも、すでに。


 嫌な想像を振り払い、エヴァリストは前を見据える。

 被害を抑え、結果を残す。それが、軍団長としての使命だった。


『団長! 俺が大蛇を抑えている間に、叩き潰してください!』


 迷いはなかった。

 戦鎚(ウォーハンマー)を握りしめ、エヴァリストは駆ける。


 だが、ブリュス・キュリテールの反応が一歩早い。

 重量鎧(ヘビーアーマー)で身を固めたアドマーの身体が、後ろ脚の一撃で弾き飛ばされた。


 魔導隊長メルビンの攻撃魔法も、弓兵隊長アグネスの矢も、決定打には至らない。

 黒豹の頭がアドマーを見据え、後ろ脚を高く持ち上げる。


「右手に氷。左手に氷。双竜術(そうりゅうじゅつ)絶対零度檻(ゼロ・アブソリュ)!」


 セリーヌの両手から吹雪が(ほとばし)り、魔獣の後ろ脚を包み込む。

 本来なら、完全に凍結させるはずの一撃だった。


 だが、吹雪は引き寄せられるように、魔獣の背へと流れてゆく。


 次の瞬間、巨体が全体重を乗せてアドマーを踏み潰した。


 鎧同士が擦れる、耳障りな金属音。

 やがて動かぬ金属の塊となった身体の隙間から、赤が滲み出す。


「何が……」


 困惑するセリーヌの視界に、魔獣の背の異変が映った。


 背骨に沿って突き出した、棘のような二本の突起。

 それが氷の竜術を受け止め、凍りついたまま淡く輝いている。


「あの姿は……」


 マルティサン島が襲われた時ですら、見せなかった形態だった。

 対処法を探る間にも、状況は刻一刻と悪化してゆく。


 怒りを露わにし、エヴァリストが再び魔獣へ挑む。

 その背を見て、セリーヌは自分を叱咤した。


『レリア様とガブリエルさんの安否確認を。ふたりにはプロムナが支給されております。すぐに手当てを』


「私が行くわ」


 イリスが駆け出す。

 入れ替わるように、シルヴィと老剣士コーム、そして剣豪アクセルに率いられた冒険者たちが姿を現した。


 賢聖と隊長数名が戦線を離れた一方、魔獣も翼を失い、左肩の虎の頭は片目を潰されている。

 再生速度の遅延を加味すれば、戦況は拮抗している。


 燃え盛る林の奥からも、冒険者と王国軍が合流してくる。

 巻き込んでしまう痛みと、それでも数で押し切れるかもしれないという希望。


 セリーヌは次の一手を見据え、身構えた。

 無闇に前へ出ない。皆が攻める間に、確実な隙を突く。


 ブリュス・キュリテールも、集まりつつある敵意を察する。

 三つの頭と大蛇が吠え、背の棘が変質した。


 凍結していた氷が砕け散り、体内から電光が奔る。

 光は棘の先端へと収束していった。


『皆さん、攻撃が来ます!』


 警告を追い越すように、凶悪な光が戦場を覆った。


※ ※ ※


「雷?」


 天が怒りの咆哮を上げたかのような轟音が、大気を震わせた。

 治療院の窓が怯えたように揺れ、マリーは思わず手を止める。


「魔獣の……攻撃なのでしょうか」


 助祭ブリジットの声には、不安が滲んでいた。


「ナルシスさんも……無事でしょうか」


 祈るように手を組むブリジットのそばで、三人娘とデリアが休む間もなく動いている。


「ブリジット。心配なのもわかるけど、私たちにできるのは手を動かすことだけよ。ひとりでも多くを戦地へ戻せば、勝てる見込みは確実に上がっていく」


 セシルはそれだけを信じ、負傷者に向き合っていた。

 癒やしの力を持たない自分への歯がゆさを、作業に押し込めながら。


「そう言ってますけど、ジェラルドさんが心配でたまらないって、顔に書いてありますよ」


「クリスタ、無駄口を叩かないの」


「いゃん。クリスタさんも煽らないでくださいよ〜。今、セシルさんにここを離れられたら、手が足りませ〜ん」


 ソーニャが血に染まったタオルを運びつつ、場を和ませる。


「リューちゃん、間に合ったのかな」


 デリアの呟きに、マリーは息を詰めた。


 誰もが不安を抱えながら、それでも手を止めない。

 今できることに縋ることでしか、心を保てずにいた。

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