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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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32 総力戦、牙を折る刻


 地面に手を突いて上体を起こしたセリーヌは、炎に包まれた林の光景に息をのんだ。


 林の一部が根こそぎ薙ぎ払われ、あちこちに人影が倒れている。その脅威を誇示するかのように、ブリュス・キュリテールの咆哮が夜気を震わせた。


「こんなことで……負けはしません」


 自らへ言い聞かせるように、心を奮い立たせる。

 全身の痛みを押し殺し、セリーヌは胸を張って立ち上がった。


 腰の革袋へ手を伸ばし、閃光玉をいくつか取り出す。

 震えはない。視線は、すでに次を見据えていた。


※ ※ ※


「くそっ……」


 苦しげな呻きとともに、レオンの手から愛用の魔法剣がこぼれ落ちた。

 乾いた音を立てて地面に転がり、まるで主を呼ぶかのように跳ねる。


 右腕を押さえ、膝から崩れ落ちる。

 竜臨活性(ドラグーン・フォース)が解け、銀色に染まっていた髪は元の黒へと戻っていった。


 すぐ側には、ブリュス・キュリテールの巨体。

 三つ首のひとつ、虎の頭がこちらを睨み据えている。動こうにも、身体が言うことをきかなかった。


 だが、その虎の顔も左目を失っている。

 レオンも、黙ってやられていたわけではない。


「力を解いたのは……温存してるだけだから」


 精一杯の虚勢。

 魔獣がそれを理解しているかはわからないが、互いに出方を測り合う一瞬の静寂があった。


 ブリュス・キュリテールへ突進したのは、レオンだからこそ可能だった判断だ。

 風の属性を持つ竜臨活性(ドラグーン・フォース)。その瞬発力と機動力を信じ、魔力球へ飛び込んだ。


 咄嗟の機転が功を奏し、放った突きは虎の左目を正確に捉えた。

 痛みに吠えた魔獣が顔を逸らし、魔力球の着弾点がわずかにずれた。


 だが、威力そのものは桁違いだった。

 王国軍の重装隊と歩兵隊が控えていた地点を直撃し、二部隊は壊滅的な被害を受けている。


 魔導隊も、先の戦いで多くが食い殺された。

 王国軍の戦力は、すでに六割ほどにまで落ち込んでいる。


 その現実を、レオンは理解していた。

 理解しているからこそ、歯噛みする。


 防いだ。

 確かに、防いだのだ。


 魔力球の直撃を逸らし、最悪だけは避けた。

 自分が踏み込まなければ、被害はもっと広がっていたはずだ。


 だが。


 この程度か。

 これだけの覚悟を決めて、これだけの力を使って、戦況を覆せていない。


 右腕を押さえ、膝を突く。

 焼けるような痛みが走るたび、胸の奥で別の痛みが膨らんだ。


 悔しさ。情けなさ。

 そして、どうしようもない焦り。


 ここに、リュシアンはいない。

 ならば、本来この場で流れを変えるべきは、自分のはずだった。


 それなのに、出来たのは時間稼ぎだけ。

 魔獣を止めることも、叩き伏せることも出来ていない。


 神竜ガルディアから授かった鎧でなければ、半身を失っていたはずだ。

 事実、直撃を受けた重装兵は、鎧の欠片すら残さず消滅していた。


 守られたという現実が、なおさら胸に刺さる。


 守られてどうする。

 俺は、守る側だ。


 次の一手を選ぶには、治療が必要だった。


「来ないなら……俺から行こうか?」


 奥歯を噛みしめ、レオンが煽る。


 その瞬間、林の向こうでまばゆい閃光が弾けた。

 誰かが閃光玉を使った。魔獣を誘うため、自ら囮になったのは明白だった。


「誰が……」


 問いは、最後まで形にならない。

 ブリュス・キュリテールは光に引き寄せられ、地を蹴って走り出した。


 張り詰めていた空気が解け、レオンは深く息を吐き出す。

 そして、近くにうずくまる魔導兵の男へ視線を向けた。


「籠手を外したい。頼めるか」


 そう言いながら、腰の革袋を探る。

 取り出した小瓶には、希少な秘薬プロムナが入っていた。


 惜しんでいる場合ではない。

 コルク栓を噛み砕くように外し、二の腕の傷へ半分を振りかけ、残りを一気に飲み干した。


 鎧の下の冒険服は焼け落ち、素肌が露わになっている。

 傷口が熱を帯びながらも、わずかに痛みが引いていくのを感じていた。


※ ※ ※


「ここで決着を着けます」


 燃え盛る林から姿を現した巨体を睨み、セリーヌは竜臨活性(ドラグーン・フォース)の力を纏って身構えた。


 その背後で、賢聖(けんせい)のレリアと、魔導師イリスも杖を握りしめる。


「セリーヌさん。強力な魔法の連続使用には、くれぐれも注意して。さっきみたいに倒れられたら、助けられるかわからないわよ」


 レリアの声に、嫌味はない。

 力を認め、必要不可欠な存在として扱っているからこその警告だった。


「大丈夫です。マリーさんから、特製の気付け薬も頂きました。今は、とても調子が良いのです」


 そう答えつつ、セリーヌは魔獣から目を離さない。


「おふたりこそ、無理をなさらないでください」


 破壊したはずの翼は、すでに根元から再生を始めている。

 完全な回復も、時間の問題だ。


 ブリュス・キュリテールを追うように、騎兵隊長ガブリエルが駆けてくる。

 さらに、林の向こうから魔力灯が次々と放たれ、戦場を照らし出した。


 まだ、使える投石機が残っているのだろう。

 ひとりではないという事実が、セリーヌの体に新たな力を与えた。


「参ります」


 裂帛の気合とともに、セリーヌが地を蹴る。


 光の竜術が矢継ぎ早に放たれ、連続した爆発が魔獣の進行を阻んだ。

 黒豹の頭が魔力障壁を展開するが、セリーヌの力はそれを上回る。


 障壁を砕き、爆炎が魔獣の体を次々と叩いた。


 その隙を逃さず、ガブリエルが背後から突きを放つ。


 だが、尾に備わる大蛇の頭が動いた。

 攻防一体の毒霧が噴き出し、進軍を阻む。


斬駆創造(ラクレア・ヴァン)!」


 イリスの風が毒霧を一気に押し流す。

 姿をさらした魔獣に呼応するように、王国軍の部隊長たちが次々と合流した。

 その身体は、風の移動魔法に包まれている。


 魔導隊長メルビン、重装隊長アドマー、弓兵隊長アグネス。

 最後尾には、軍団長エヴァリストの姿もある。


 拡声魔法を展開したレリアが声を張り上げた。


『毒霧の連続使用はできないはずよ。大蛇が喉を膨らませた時と、毒の牙に注意して』


 部隊長たちが魔獣を囲み、間断なく攻撃を重ねる。

 その隙間を縫うように、エヴァリストが死角から踏み込んだ。


「ワンコロ。餌の時間だ」


 振り抜かれた戦鎚(ウォーハンマー)が、虎の頭を左から殴り飛ばす。

 折れた牙が宙を舞い、巨体が大きく体勢を崩した。


 反撃の前足を軽々と躱し、エヴァリストは獰猛な笑みを浮かべる。


「右手に水。左手に土。双竜術(そうりゅうじゅつ)深喰底無闇(マレサン・ノワークル)


 セリーヌの竜術が、魔獣の足下を喰らった。

 右前足の下が泥沼と化し、巨体は抗えず前のめりに沈む。


 三つの頭が、地面へと叩き付けられた。


空駆創造(ラクレア・シエル)


 レリアの声と同時に、その身は魔獣の上空へ躍り出る。


「もう一度、翼を破壊して!」


 導かれるように、セリーヌが駆けた。

 反撃に動いた大蛇を、重装隊長アドマーが身を挺して押さえ込む。


「左手に光。右手に光。双竜術、光激爆無還(ル・ブランティア)


 魔獣の背が裂け、夥しい血が噴き出した。


 怒りの咆哮が戦場を震わせる中、背へと着地したレリアは、ひとつの魔力石を握りしめていた。


「これでも、食らいなさい」


 傷口へと腕を突き入れ、魔力石を深く、深く埋め込む。

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