30 絢爛の剣豪
セリーヌたち冒険者一行は足早に林を抜け、オーヴェル湖のほとりへ辿り着いた。
轟音を上げて流れ落ちる滝が、湖へ流れ込んでいる。湖面は月光を照り返し、幻想的で厳かな姿を一行へ見せつけた。
しかし、その光景に浸る余裕はない。周囲には掃討された魔獣の死骸に加え、命を落とした者や、傷付いた兵士たちも見受けられる。
血の匂いと死臭が満ち、水竜プロスクレがいた頃の名残は感じられない。
王国軍の五人の兵長は前線に詰め、仕掛ける機会を伺って滝を見上げていた。
「相当激しい戦いだったようですね」
セリーヌは惨状を窺いながら足を進める。
戦況を立て直すための撤退だったとはいえ、王国軍に合わせる顔がないという、肩身の狭さを感じずにはいられなかった。
目指す洞窟は滝の裏にある。大地から五メートルほどの高さに口を開けており、正面からでは滝に隠されて見えない。横手から注意深く伺うことで、かろうじてその存在を視認することができた。
セリーヌ、レオン、シルヴィに、老剣士のコーム。その後に、拳聖マルクと賢聖レリア、魔導師のイリスが続く。
七人が滝の側へ立った時、王国軍の人波を掻き分け、ひとりの男性剣士が近付いてきた。
「え?」
暗闇のせいでよく見えなかったこともあるが、信じられないものを見た驚きに、セリーヌは目を見開いた。
痩せぎすの長身で、物々しい大剣を背負っている。肩に掛かるほどに伸びた黒髪のせいで顔の全体を捉えることはできないが、鋭い目付きと顎髭に特徴のある人物だった。
「どうしたの?」
隣に立っていたイリスがすかさず声を掛けた。セリーヌは僅かに口元を緩め、自らの考えを否定すべく首を左右へ振った。
「断罪の剣聖と呼ばれた、フェリクスさんと見間違えてしまったものですから。あの方が、ここにいらっしゃるはずなどないのに……」
もしも、本当にあの方がいてくださったら。
ふと、そんな考えがよぎった。
持ち前の陽気さで皆を励まし、その影響力と統率力を存分に発揮していただろうと思えた。ブリュス・キュリテールが相手でも、臆することなく戦ったに違いない。
「なに? ここまで来ておいて怖じ気づいてるの? あなたなら、きっと勝てるって信じてるんだけどなぁ。なんなら有り金を全部賭けてもいいわよ。報奨金から倍額を払い戻してくれるなら、きっと大儲けね」
屈託なく微笑むイリスに背中を叩かれ、セリーヌの心が軽くなる。一時でも弱気になってしまった自分に活を入れ直した。
「ようやくのお出ましかよ。余裕だな。胴元だから仕方ねぇが、使われる立場のやつらをもうちっといたわってくれや」
男性剣士は首を揉みながら、シルヴィに笑いかけた。その腕には、ランクLを示す加護の腕輪が填まっている。
「魔獣の掃討は終わったみたいね。仕事が早くて助かるわ。さすがの腕前ね」
「それが俺たちの売りなんでね。王国軍の奴らは手こずってたようだが、ドカンと派手にかましてやったぜ。報酬ははずめよ」
「この人は?」
シルヴィに並んでいたレオンは、男性剣士から目を逸らさず、更に一歩踏み出した。
油断なく相手を見据えるレオン。男がただ者でないことを瞬時に感じ取っていた。
「この人、ってのはひでぇな。それに、相手に名を聞く時は自分から名乗るもんだ。だろ? 二物の神者さんよ」
向かい合うと、レオンは男性剣士の口元までの身長しかない。歳はさほど変わらないが、男性剣士のほうがいくらか上に見える。
男はレオンの目を覗き込むように、前屈みになって顔を近づけた。
「俺の名前は、アクセル・ヴァランタンだ。顔を合わせるのは初めてだが、おまえたちのことはよく聞いてたんだぜ。俺も負けず嫌いだからよ。絶対に上を行ってやるって思いながら、必死に足掻いてんだぞ」
「アクセル・ヴァランタン……」
レオンはいぶかしむようにつぶやくと、何かに気付いて目を見開いた。
「絢爛の剣豪」
「そういうこった。おまえらとは深い縁だし、よろしく頼むぜ。フェリクスさんの意志を継ぐ者。俺は、その第一人者ってわけよ」
「勝手に第一人者を気取らないでくれるかな」
「おっと、早速突っかかってきやがったな。年長者を敬うもんだぜ。俺は、おまえやリュシアンより二つも年上なんだからよ」
「レオン、変な所でむきにならないで」
シルヴィがすさかず間に入った。
フェリクスに心酔しているレオンのことだ。ふたりを会わせれば問題を起こすのではないかと危惧していた通りの展開だ。
「アクセルに聞きたいことがあったの。アンナを見てない? ブリュス・キュリテールを追って、ここに来てるはずなんだけど」
「あの元気なお嬢ちゃんか……少なくとも、俺は見てねぇな。仲間の誰かが見たって話も聞いてねぇがな」
「そう……ありがと」
不安を滲ませるシルヴィを気遣い、セリーヌが側に寄り添った。
「わたくしたちがここへ着いたことを知れば、すぐに駆けつけてくださると思います。まずは現状確認を進めましょう」
「そうね……」
努めて明るく振る舞うシルヴィを余所に、アクセルの目はセリーヌに釘付けになった。
「あんた、さっきの戦いで魔獣を派手に吹っ飛ばしてた人だよな。ありゃあ、爽快っていうか見事だったよ。本当にすごかった」
「あの、その……ありがとうございます」
アクセルの勢いに押されたセリーヌがたじろぐと、マルクの豪快な笑いが起こった。
「がっはっはっ。君も相変わらずだな」
「マルクさん!? それにレリアさんまで」
ふたりの存在に気付いたアクセルは、慌てて背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております。ご挨拶が遅れ、大変失礼いたしました。お見苦しい所を晒してしまい面目ありません」
「かしこまらなくていい。今日は君たちが主役なんだ。気楽にいこう」
「気楽に、と言われましても……」
「冒険者のひとりと思ってくれて構わない。王の左手も三人を失い、形だけの存在なんだ。俺たちも好きにやらせてもらうつもりだ」
マルクとアクセルから目を逸らしたシルヴィは、セリーヌとレオンを見た。
「報告が遅れてごめんなさいね。彼はアクセル。フェリクスが抱えていた三つのパーティのひとつよ。あとふたつは、あたしたちのパーティと、アントワンのパーティ。アントワンのところは、クレアモント研究所での騒動で全滅しちゃったけどね」
シルヴィは苦い記憶を振り払うように笑みを作った。
「アクセルのところは本隊が六人。フェリクスの真似事をして、ランクSパーティを二組抱えてるそうよ。それぞれが六人組だから、全員で十八名の大所帯。全員が今回の選別を通り抜けて、この戦いに参加してくれてるの」
「十八名はすごいですね」
心強さで、セリーヌの顔にも笑みが浮かぶ。
「実力は折り紙付きでしょ。あたしたちに合わせなくていいから好きに動いて、って伝えてあるの。早速の大活躍ってわけ」
シルヴィは上機嫌なまま、前方で轟音を上げている滝に目を向けた。
「雑魚は掃討してもらったわけだけど、問題はここからね……ブリュス・キュリテールをどうやって引きずり出したものかしらね」
「それなら考えがあるわ」
話を聞いていたレリアが口を開いた。





