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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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26 逃げる災厄、残る爪痕


 そうして、ブリュス・キュリテールの巨体は闇に溶け、完全に視界から消えた。

 壁役として布陣していた魔獣たちも統率を失い、散り散りに逃げ出してゆく。


「深追いする必要はない。一旦、気持ちを落ち着けようじゃないか……」


 マルクが胴着の乱れを整えながら、低くつぶやいた。

 レオンは無言で頷き、深く息を吐く。


 竜臨活性(ドラグーン・フォース)を解除する。

 体を包んでいた風の力が霧散し、銀の髪色も、ゆっくりと黒へ戻っていった。


「君も、その力を使えるのね。どうやって身に付けたの? すごく興味深いんだけど」


 レリアの純粋な好奇心に、レオンは首を振った。


「これは……教えられない約束なんだ」


 視線を逸らすように周囲を見渡す。

 抉れた地面、転がる魔獣の死骸。その光景を前に、奥歯を噛みしめた。


「さすが、王の左手か……個々の力だけでも相当だ。俺も、まだまだぬるい」


 善戦したとはいえ、竜臨活性(ドラグーン・フォース)を展開してなお、拳聖と賢聖の実力は一段上だった。


 マルクの拳は、もはや武器と呼ぶべき代物だ。

 鈍器のような重さ。年齢を感じさせない切れ味。速度と威力を兼ね備えた蹴り技も含め、そのすべてが圧巻だった。


 レリアも同様だ。

 豊富な支援魔法に、合成魔法による大規模攻撃。聡慧の賢聖エクトル亡き今、合成魔法の使い手として、その存在はあまりにも貴重だった。


 もし彼女が竜臨活性(ドラグーン・フォース)を身に付ければ。

 その魔法力の底は、もはや測り知れない。


二物(にぶつ)神者(しんじゃ)に褒められるなんて、光栄ね」


 からかうような口調に、レオンは顔を歪める。


「やめてくれ。自分が小物に思える」


 周囲に散らばる魔獣の死骸が、彼らの力量を雄弁に物語っていた。


 戦い方は違えど、同じ戦士。

 戦場に立てば、相手を好敵手として意識してしまう。レオン自身が抱える、悪い癖だった。


『近くに残っている冒険者は、本部へ帰還して。体勢を立て直すわ。ブリュス・キュリテールを追うかどうかは、各自の判断に任せる』


 シルヴィの声を合図に、ランクLの冒険者たちが撤退を始める。

 一方、ランクSの中には、林へ向かう者や、逃げ遅れた魔獣を追う者もいた。


『野郎ども。よく聞け』


 続いて、軍団長エヴァリストの声が割り込む。


『冒険者様は撤退らしいが、俺たちは追撃の手を緩めんぞ。歩兵と騎兵は、ブリュス・キュリテールの足取りを掴め。すぐに次の行動に移る。きびきび動きやがれ』


「まったく。血気盛んな男だ」


 マルクは小指で耳の穴をほじり、うんざりしたように言った。

 その様子に、レリアが小さく笑う。


「王国軍が新設されて、軍団長に選ばれたんだもの。それはやる気にもなるわよ」


「非常時だってのに、手柄を優先する姿勢が気に食わん」


「王も冒険者の働きに期待しているもの。王国軍にしてみれば、面白くないのでしょうね」


「統制は取れている。王国軍も優れた組織だとは思うがな」


「綺麗にまとまった集団よりも、冒険者のように突出した個の爆発力に期待しているのよ。それこそ、リュシアン君が良い例じゃない」


「王都の救世主、か。その当人はどうした」


 話を振られ、レオンは苦い表情を浮かべた。

 誰もがリュシアンを求める現状に、悔しさと腹立たしさが入り交じる。


「まだ、こちらには来ていない。セリーヌが連絡手段を持っているが……本人があの状態だ。目を覚ますのを待つしかない」


「そうか……一刻も早く手を借りたいがな。この場面で、ブリュス・キュリテールに逃げられたのは厄介だぞ」


「懸念は、再生能力よね」


 レリアの言葉に、マルクも大きく頷いた。


「セリーヌさんが翼を落としてくれたけど、数時間で再生するでしょうね。魔獣は空腹を満たし、休眠に入るつもりなんだと思う。体力を万全にして、また襲ってくるわよ」


「逃げ切る可能性は?」


 問いかけに、レリアは虚空へ視線を投げる。

 人差し指を髪に絡ませ、思考を巡らせた。


「ユーグという魔導師の力で、この土地へ連れてこられたのよね。土地勘のない魔獣にとって、ここはもう縄張り。湖と戦士、水と食料が揃っている。配下の魔獣もいる。快適すぎるくらいよ」


「がっはっは。俺たちは食料か」


 マルクは鍛え上げた胸を叩いて笑う。


「アンナちゃんが追っていったでしょう。ここで休ませては、絶対にダメよ」


 レオンは、思わず感嘆の息を漏らした。


「戦況を、よく見ている」


 レリアは艶然(えんぜん)な笑みを浮かべた。


「それが私の役割よ。元々、魔法攻撃はエクトルの役目だったの。私は後方支援と戦況分析が得意分野なの。さて……そうなれば、セリーヌさんの目覚めを祈るだけね」


 肩に掛かった髪を払い、レリアは戦場を後にした。


※ ※ ※


「え……あの場所って……」


 アンナは、言葉を失った。


 林へ逃げ込んだブリュス・キュリテールを追うと、魔獣は湖畔へ飛び出した。

 断崖がそびえ、巨大な滝が轟音を上げて流れ落ちている。


 鉄柵の罠は振り落とされ、左後ろ足の傷も赤い泡に覆われていた。

 セリーヌの魔法で抉られた臀部(でんぶ)も、急速に塞がり始めている。


 ブリュス・キュリテールは迷いなく滝へ向かう。

 リュシアンから聞いていた通りなら、滝の裏側には洞窟があるはずだった。


 主の帰還を待っていたのだろう。

 滝の周辺には魔獣の群れが控え、番兵のように立ち塞がっていた。


 陸地には熊型、獅子型、虎型。

 湖畔にはワニ型や鳥型。ひとりで突破するのは、あまりにも困難だ。


「さすがに……これは……」


 背後を振り返り、続いてきた冒険者たちに声をかける。


「本部に戻って伝えて。オーヴェル湖の洞窟に逃げ込んだって。(くれない)戦姫(せんき)シルヴィ・メローか、セリーヌ・オービニエに言えば、わかるから」


 アンナは再び、洞窟を見据えた。


「断崖を登って上から攻めるのも、ありかな……。ありったけの魔法石で入口を壊しちゃえば、一時的だけど閉じ込められるんじゃないかな……リュー(にい)が来るまでの時間稼ぎになれば……」


 腰の革袋に詰め込まれた魔法石。

 無意識に指が触れる。


 考えに没頭するあまり、背後への警戒が薄れた。

 闇に紛れ、忍び寄る影。その存在に、まだ気付いていなかった。

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