23 碧色の号令、道は開く
「リュシアンさんたちも数を減らしてくださったと伺っていたのに……」
冒険者ギルドからリュシアンが直近に受けた依頼が、この周辺に集まった魔獣討伐だったことはセリーヌの記憶にも新しい。三ヶ月も経たぬうちに再び群れが膨れ上がっている現状は、セリーヌの感覚からしても異常に映る。
「やはり、理力の宝珠の影響が……」
王国軍と冒険者に囲まれたブリュス・キュリテールへ視線を向け、低くつぶやく。
新手の出現で前線の判断が鈍る。
主目標と周囲の掃討。その選択に迷いが生じ、隊列に揺らぎが走った。
報酬と名誉が一点に集まる場だ。大物へ群がり、小物が後回しになるのは避け難い。
拡声魔法に咳払いが乗る。
『碧色の閃光が率いる、シルヴィ・メローよ。冒険者は聞きなさい。リュシアン・バティストからの報酬は、生き残った者で山分け。目立った者には追加を考える。ランクLはブリュス・キュリテールへ。ランクSは周囲の掃討。連携を最優先に。いいわね』
号令は短く、要点だけを突く。共有済みの手順が呼び覚まされ、動線が整う。
包囲の一部が後退し、外縁へ散開。前線は再び息を吹き返した。
「さすが、シルヴィさんですね……」
感嘆と同時に、背後の気配。
狼型魔獣の群れが距離を詰めていた。
接近が想定より速い。
魔法の詠唱へ移りながらも、消耗は抑えると決める。
倒すべき相手は他にいる。
左右の掌に魔力を収束させたその時だ。
「双竜炎舞!」
炎を纏う斬撃が弧を描き、数頭を斬り伏せる。
続けざまに、白馬の蹄音が迫る。
「串刺しの刑、極!」
「斬駆創造!」
馬上から繰り出された細身剣の突きに、風の刃が連なった。
迫っていた群れは一掃される。セリーヌは一瞬、言葉を失った。
「ここは僕たちが。君は災厄の魔獣を」
両手に竜骨剣を構えたジェラルドが、緊急の只中でも柔らかな笑みを見せてきた。
その余裕が、張り詰めた思考を解く。
「ありがとうございます。ですが、どうしてナルシスさんとエドモンさんまで……」
「後方支援に入ると、リュシアンとも約束したからね。彼らを探し出すのは大変だったよ」
ジェラルドが苦笑する。
ふたりの冒険者を乗せた白馬、びゅんびゅん丸が近付いてきた。
「実は三人でパーティを組んだんだ」
「え!? パーティを!?」
驚いたセリーヌは、戦いの場であることを忘れて呆然とする。
「気心の知れている者を集めた方が、リュシアンも動きやすいだろうと思ってね」
「姫、このナルシスが参上したからには、もう安心さ。何があっても守り抜くとも」
「ナルシスの旦那、走りが荒いっス。振り落とされそうっスよ」
騒がしさに、セリーヌは苦笑した。
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。リュシアンさんも喜びます」
「そのリュシアン・バティストは、どこに?」
ナルシスは食い入るように、馬上から身を乗り出してきた。
「訓練が期日までに終わらず……未だ、こちらには辿り着いておりません」
「ぐぬぅ。何をしているんだ……僕が迎えに行きたいところだけれど、あいにくこの戦場は僕の存在を必要としているからね。心苦しいが、離れるわけにはいかない」
「お金をくれたら、オイラが行くっスよ」
「エドモン君、戦場を放棄するつもりか」
「命と金が優先っス」
「こら! その考えを改めるよう、何度も言っているじゃないか。君という男は……」
吞気なエドモンに、ナルシスが細身剣を向けそうな勢いで声を荒げた。
「お取り込み中、誠に申し訳ありません。この場は皆様にお任せ致します」
不毛な応酬から視線を切り、主目標へ意識を戻す。
乱戦が拡がる。立ち止まる余地はない。
風を纏い、駆ける。
切り札を解放するため、集中を深める。
恵みの証、母なる大地。
生命の証、静寂の水。
躍動の証、猛る炎。
自由の証、蒼駆ける風。
光竜王アレクシアとの訓練の日々が重なる。技と理は血肉となり、判断を支える。
力の証、蒼を裂き。
轟く雷、我照らす。
詠唱が結ばれ、濃紺の髪が黄金色に染まる。溢れる魔力が全身を包み、淡く輝いた。
セリーヌが用いる術式は、リュシアンの竜臨活性とは発動条件が異なる。それは、アレクシアが光竜王の代理という次席的な立場であることに起因している。
彼女の竜臨活性は、詠唱を用いなければ充分な力を引き出せない。神竜ガルディアは復活したものの、光の力がリュシアンに向けられている以上、その優劣は変わらない。
混戦を抜けるのは容易ではない。兵と魔獣が進路を塞ぐ。
『うちの魔導師が通るわよ。道を開けて』
シルヴィの訴えはセリーヌにも聞こえていた。
支援をありがたく思いながらも、この乱戦だ。その訴えに対応できる者は少ない。
『てめぇら、魔導師のお嬢さんがお通りだとよ。お手並み拝見と行こうや。重装兵が気張って、道を開けてやんな』
軍団長エヴァリスト・デュバルの怒声が戦場を貫く。歴戦の威が隊を動かし、前線が割れた。
王国軍の中では歴戦の猛者として知られ、絶大な信頼を置かれている男性だ。
赤みがかった髪と色黒の肌は南方出身であることを示していたが、その見た目が余計に威圧感を振り撒いていた。四十五歳という年を経ても勢いは衰えず、戦鎚を振り回し、深紅の重量鎧が印象深い人物だった。
『感謝します』
風の結界を纏い、強引に突破する。
接近を察したブリュス・キュリテールが応じた。
尾の大蛇が牙を剥き、左肩の虎が振り向く。
赤い眼光と視線が交錯する。
ここまで来るのは長い道のりだった。
感慨深い想いが、彼女の胸を埋め尽くす。
ついに、ここまで来た。
迷いを切り捨て、両手に魔力を満たす。
「右手に炎、左手に炎。双竜術、炎盛昇天」
突き出した両手から業火が奔る。
並の魔獣なら一瞬で焼き尽くす。ブリュス・キュリテールも無傷では済まない。
だが魔獣は四肢を踏み、垂直に跳躍。
巨体で宙返りし、炎をやり過ごして戦士の中へ着地した。
踏み潰された者たちの悲鳴が上がる。
「魔法を飛び越えた!?」
俊敏さに脅威を覚えた刹那、地を蹴った魔獣が距離を詰める。
次の一手が、迫っていた。





