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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力に覚醒した俺は、《天壊竜撃》の魔導師に敵わない〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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21 再生する悪意、揺るがぬ選択


「すごい……あんな魔法、見たことない」


 セリーヌに付き従っていたイリスは、思わず足を止めた。声は震え、それ以上の言葉が続かない。


 冒険者を束ねるのは、碧色の閃光が率いるパーティだとは聞いていた。報酬を握る元締めに従うのは常だとしても、他人に干渉されることを嫌い、金銭に執着の強い彼女だ。金のために志願した今回も、正直、気乗りはしなかった。


 それがどういう巡り合わせか、主力のひとりを側で支援する役を任されている。


 単独行動の魔導師なんて、都合のいい駒でしかない。

 そう割り切ってきたはずだった。


 賭博の借金が膨らみ、金に釣られた自分の判断を悔いる。だが支援対象が女性で、しかも年下だと知った時、意外性が先に立った。


 少し力を込めれば壊れてしまいそうなほど、繊細に見えた。整った顔立ち、均整の取れた体つき。彫像のようだとすら感じた、その印象は。


 次の瞬間、打ち砕かれた。


 彼女は桁外れの魔力を操り、圧倒的な魔獣を前にしても一歩も退かない。致命傷と呼ぶほかない一撃を、迷いなく叩き込んでみせた。


「イリスさん、すぐに離れます」


 前のめりに崩れた魔獣を見据え、セリーヌは深追いを避けた。

 敵は毒霧の中心へ倒れ込んでいる。飛び込むのは無謀だ。

 冒険者と騎兵隊が包囲を固めており、これ以上の危険を冒す理由はない。


 呼ばれても、イリスはしばらく動けずにいた。

 その隙を縫うように、死角から陰が迫る。


「イリス殿、危ない!」


 コームの声が飛んだ時には遅かった。

 千切られ、絶命したかに見えた大蛇が、地面から跳ね起きる。


 剥き出しの牙が、イリスの右肩から左脇腹へ食い込んだ。


 悲鳴は上がらない。喉から漏れたのは、かすかな苦悶の声だけ。代わりに、硝子が砕けるような破砕音が上がった。


 ランクSの魔力障壁(プロテクト)が、一噛みで破壊された。尾の大蛇だけでも、十分すぎる殺傷力を持っている。


 セリーヌの放った光の爆撃魔法が、大蛇の頭部へ炸裂した。

 同時に、コームの斬撃が胴を裂く。


 大蛇はイリスを放り出し、毒霧の中へと逃げ込んだ。


「イリスさん!」


 セリーヌは倒れたイリスへ駆け寄る。コームが鋭い視線を向けた。


「セリーヌ様、留まっていては危険です」


「捨て置けというのですか!?」


「やむを得ません」


 不要物を切り捨てるような声音だった。

 セリーヌはイリスを抱えたまま顔を上げ、老剣士を睨む。


「何をしているんだ!」


 横合いから声が飛ぶ。

 騎兵隊長ガブリエルだった。


「負傷者だな。僕が預かる。後ろへ下がって」


 馬上から身を乗り出し、掬い上げるようにイリスを受け取る。

 距離を取るガブリエルを、セリーヌはコームと共に追った。


「毒霧が晴れれば、次が来る。こんな所にいては格好の的だ。君は主力だろう、無茶はするな」


 草原にイリスを寝かせ、ガブリエルは戦場へ目を向けた。

 投石機から放たれた風の魔法石が、紫がかった毒霧を切り裂く。伏せた魔獣の巨体が、徐々に露わになってゆく。


「まもなく重装隊(じゅうそうたい)魔導隊(まどうたい)も合流する。王国軍だけで、討ち取ってみせる」


 挑むような視線を残し、ガブリエルは再び戦場へ駆けた。


 その背を見送りながら、セリーヌは二人の男を思い浮かべる。

 重装隊長アドマー・ゴベール。魔導隊長メルビン・デュカス。


『俺たち重装隊は、鍛え方が違う』


 厚い胸板を拳で叩き、アドマーは笑った。


『どんなに強烈な一撃を受けようと、膝を付くことは許されん。王国の盾としての誇りを持ち、勇猛果敢に戦うだけだ』


 髪を短く刈り上げているせいで、額と頬に残された傷跡が強調されていた。それが余計に歴戦の勇士としての威厳を際立たせ、三十七歳という割に風格を感じさせた。


『アドマー君。力だけでは抗えぬ事象がある、ということも理解しておくべきだぜ』


 横槍を入れるように、メルビンが諭した。


『強力な鎧を着込んだ所で、火炙りに耐えられるのか? 水攻めはどうだ? おまけに雷は? 自然事象や魔導の前では、いかに屈強な兵といえど一溜まりもないぜ』


『メルビン殿。俺に喧嘩を売っているのか。魔導兵の方が優秀だと言っているようにしか聞こえないんだが』


『これは失礼。注意喚起の一言だったが、気を悪くされたのなら謝ろう。同じ仲間ではないか。我々は王国の剣と盾として、共に手を取り合う存在だぜ』


 穏やかに微笑むメルビンは四十代だ。自信と信念に裏打ちされ、悠然な物腰の男性だ。

 これまでは、聡慧(そうけい)賢聖(けんせい)エクトルの存在に押され、日の目を見ることができなかった。その後を継ぎ、魔導隊を任されるという重責を担う立場でもある。


 誇りと理屈。

 剣と魔導。

 その均衡が崩れた時、戦場はどう転ぶのか。


「慢心していなければよいのですが……」


 憂いは、すぐに現実となった。


 魔獣の吐き出した魔力球が投石機を撃ち抜く。

 爆炎と悲鳴が広がる中、セリーヌは息を呑んだ。


 千切れたはずの大蛇が、魔獣の臀部(でんぶ)と結合している。

 抉られた腰の傷は血泡に覆われ、異様な速度で塞がってゆく。


「恐るべき回復力……まさか、これほどまでとは……ユーグという名の魔導師に、どれほどの力を抑え込まれていたのでしょうか。以前戦った時とは別の生き物のよう……」


 苦い顔をして、視線を落とす。

 イリスは蒼白な顔で横たわり、法衣は血で黒く染まっていた。


「セリーヌ様、なにを……」


 腰の革袋へ伸びた手に、コームが気づく。


「一刻を争います。竜術では間に合いません」


「まさか、プロムナを!? リュシアン殿の仲間ならまだしも、一時だけ行動を共にする間柄です。貴重な秘薬を……」


「命に、優劣はありません!」


 即断だった。

 コルク栓をはじき、半分を傷口へ、残りを口へ流し込む。


 このプロムナは、マリーが事前に用意してくれていた分のひとつだ。


『五百個を用意するのが精一杯でした』


 マリーは申し訳なさそうに頭を下げていたと聞いているが、それだけの量を用意するだけでもいかに大変だったかは想像に難くない。


 貴重な秘薬は所持者を厳選された。王国軍でも軍団長や隊長などの限られた者にしか与えられず、セリーヌすらひとつのみ。


「セリーヌ様らしい……良い判断をされましたな」


 コームは吹っ切れたように微笑んだ。

 信念に従い、迷わず踏み込む。

 そんな主だからこそ、側に使えて守り抜くと誓っている。


 イリスの呼吸が安定すると、戦場の空気が変わった。

 風の移動魔法を纏った重装隊と魔導隊が、前線へ合流する。


 だが、再生する悪意は、まだ沈黙していない。

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