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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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20 二度目の咆哮、今度は退かない


「およそ一年ぶりですが、改めて目にしても凄まじい威圧感ですね……」


 セリーヌは緊張を隠しきれず、息を呑む。


 本体は体長十五メートルを超える巨大な獅子の魔獣。その左肩に虎、右肩に黒豹の頭を戴く、三つ首の合成魔獣だ。

 背には蝙蝠のような黒い翼が二枚。太い尾の先端には大蛇の頭が付き、舌先を覗かせて不気味に蠢いていた。


「相手に飲まれたら負けだよ。俺たちも力を付けた。一年前とは違う」


 レオンは魔獣を睨み、強気な姿勢を崩さない。手にした魔法剣を強く握りしめる。


「はい。仰る通りです」


 レオンは腰を落とし、駆け出す仕草を見せた。


「事前に話した通りだ。あんたが入ってくる段取りは任せるから。竜臨活性(ドラグーン・フォース)が同時に切れることだけは避けたい。そこだけは意識して」


「承知しております」


 セリーヌはレオンを見送り、夕闇の中でも際立つ魔獣へと目を凝らした。

 相手の状態を見極め、情報を全体へ共有する。それが、彼女に任された最初の役目だ。


 砦から逃げ延びてきた兵たちも臨戦態勢を整え、そこへ王国軍の騎兵隊が合流した。総勢三百名。魔獣を囲むように円形へ展開する。

 さらに、セリーヌとレオンを追うように冒険者たちも集まり、数十に及ぶパーティが先を争って駆け込んでいた。


『魔獣の翼に損傷を確認。一年前に与えた傷は引き継がれている模様。ただし、再生能力を有します。空へ逃がさぬよう、翼へ重点的に攻撃を。王国軍は弓兵隊と魔導隊の到着まで、攻撃を繋いでください』


 拡声魔法に乗せ、セリーヌの声が戦場へと広がる。主力の消耗を抑えるため、この戦いでは伝令専任の者も配置されていた。


 もっとも、無差別に声が拡声されることはない。王国軍は隊長以上、冒険者はリュシアンのパーティに限定されている。余計な情報は統率を乱すだけだ。


 指示に応えるように、騎兵隊から雄叫びが上がった。

 その響きに、セリーヌの脳裏へひとりの男の顔が浮かぶ。


 騎兵隊長、ガブリエル・カース。黒髪に凜とした面差しの男性で、セリーヌより十ほど年上だ。その若さで隊長を任されている事実に、彼女は驚かされた。


『他の隊も似たようなもんさ。二十代で頭角を現す奴もいるが、頑張っていれば三十代には機会が巡ってくる』


 これまでの苦労を思い返したのか、ガブリエルは遠い目をしていた。


『馬と一体になって戦場を駆けるのが醍醐味なんだ。相手の死角に潜り込み、自慢の槍でひと突き……』


 話に合わせて、ガブリエルの左手がセリーヌの肩にそっと添えられた。


『姑息だなんて言わないでくれよ。これも立派な戦術だ』


『なるほど。若い方の意見も参考になります』


 その背後から、音もなく老剣士が現れた。


「びっくりした……いつの間に」


『従者のコームと申す。お見知りおきを』


 気配を感じ取れなかったことに、ガブリエルは思わず身を引いた。

 険しい顔の老剣士は、セリーヌの肩に置かれたままの手首を静かに握る。


 呆気に取られたガブリエルの表情を思い出し、セリーヌは口元をわずかに緩めた。


 その刹那、槍を構えた騎兵たちが左右と後方から一斉に仕掛ける。


 魔獣の尾の大蛇が威嚇の声を上げ、それに呼応するように本体が前方へ跳躍した。

 虚を突かれた騎兵隊が乱れる。


 魔獣は嘲るかのように数騎を薙ぎ払い、噛み砕いた。

 人と馬の悲鳴が交じり合い、鎧ごと砕かれた血肉が雨のように舞う。


 虎と黒豹が魔力球を吐き出し、散開していた騎兵が吹き飛ばされた。

 獅子の顔が倒れた馬へと喰らいつき、両脇の頭が周囲を睨み据える。尾の大蛇は兵士を丸呑みにしていった。


 込み上げる嘔吐感を堪え、セリーヌは敵の動きを追い続ける。


『魔獣は冷凍保存されていたと見られます。人馬を食らい、体力の回復を図っている模様。攻撃の手を緩めないでください』


 シルヴィからも伝えてもらっていたはずだが、王国軍に十分な装備が行き渡っているとは言い難い。通常戦闘なら問題はないが、相手は最強の魔獣だ。生半可な備えでは通じない。


『魔獣の魔力球に警戒を。連続使用は未確認。口を開いた瞬間が予備動作です。尾の大蛇が吐く毒霧にも注意を』


 警告と同時に、敵の頭上へ魔力石が降り注いだ。炎と雷が次々に炸裂し、さすがの魔獣も鬱陶しげに咆哮を上げる。


「あれは……」


 視界に映ったのは、砦から運び出された投石機だった。投石用と魔法石用、双方が今回の戦いに備えて配備されている。


 魔獣が怯んだ隙を突き、騎兵が次々と槍を突き立てる。そこへ冒険者たちも加わり、近接戦闘が展開された。


 これほど多くの者が、共通の敵へ向けて力を貸してくれている。

 その事実は、セリーヌの胸を強く打つ。


 前回は、戦力と呼ぶには心許ない人数だった。


 これだけの布陣があれば、今度こそ勝てる。

 そんな希望が芽生えかけた、その瞬間だった。


「遅くなりました」


 セリーヌのもとへ、ひとりの女性が駆け寄ってきた。

 気の強そうな顔付きには鋭気が漲っている。青い瞳、結い上げた金色の髪、透けるように白い肌。北方出身者の特徴を備えている。


「イリスさん、ありがとうございます」


 冒険者から選抜した、二十五歳の魔導師だ。寄り添う形での支援を依頼している以上、彼女を守りながら戦うこともセリーヌの責務となっている。


 だが、その希望を打ち砕くかのように、三つ首が同時に咆哮を放った。


 大気が震え、鼓膜を破るかのような衝撃が走る。怯えた馬が戦場から逃げ出し、振り落とされた兵士たちが地面を転がった。責められる者など、誰ひとりいない。


 魔獣は怯むことなく突進し、騎兵を次々と薙ぎ払っていく。


 刻まれた傷口からは泡立つ血液が溢れ出し、それが傷を覆って回復を促している。


『怯むな。横腹へ矢継ぎ早に仕掛けろ』


 ガブリエルの怒声が拡散される。

 騎兵隊には、己たちの手で魔獣を討つという強い気概が満ちていた。


 左右から突き立てられる槍に、魔獣は唸り声を上げる。

 直後、尾の大蛇が毒霧を吐き、巨体が大きく跳躍した。


 騎兵たちは退避するが、霧に巻き込まれた何騎かが力尽き、横倒しに崩れ落ちる。


「イリスさん、風の移動魔法を」


 機を窺っていたセリーヌは、跳び退いた魔獣の背後へと一気に踏み込んだ。

 魔導杖を背に担ぎ、両手に魔力を生み出す。荒ぶる力を抱え込むように収束させていく。


「右手に光。左手に光。双竜術(そうりゅうじゅつ)光激爆無還(ル・ブランティア)


 解き放たれた光が、着地直後の魔獣を背後から貫いた。

 太陽が昇るかのような輝きが地を走り、強烈な爆発が起きる。


 尾の大蛇は根元から千切れ、魔獣の腰の一部が抉られた。

 ブリュス・キュリテールは、跳び退いたはずの地点まで押し戻され、地面を削りながら倒れ込む。


 一年前とは違う。

 その手応えが、確かにセリーヌの内に残っていた。

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