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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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19 最大で最強の魔獣


 セリーヌはリュシアンとの通話を切り、魔導杖(まどうじょう)を掴み取った。

 対策本部を飛び出すと、夕闇が街を覆い始めていた。背後には、完全武装のコームが続く。


 街路へ躍り出たセリーヌは、拡声魔法を展開する。


『動ける方は、わたくしと共に。魔導隊は迎撃準備を最優先で。拡声魔法の範囲を拡張し、王国軍にも即時伝令を』


 王国軍は冒険者とは距離を置き、別系統で布陣している。共通の敵を討つ目的は同じでも、指揮も利害も一致していない。

 冒険者という存在そのものを快く思わぬ兵も多く、王国軍がブリュス・キュリテールを討伐した暁には冒険者側への支援金を没収するという噂もある。それが自分たちへ与えられると聞き、士気を高める兵も多く見受けられた。


 本部と呼ばれる建物は、元は寺院だった施設を急造で改装したものだ。会議室、食堂、就寝区画が詰め込まれ、冒険者が入り乱れている。


空駆創造(ラクレア・シエル)


 風を纏ったセリーヌの身体が浮き、加速する。混乱する冒険者たちの間を縫い、広場へ抜けた。


 外は広い空間が確保された石敷きの広場だ。あちこちに冒険者用のテントが張られている。かつてリュシアンが、大型魔獣ティランと死闘を繰り広げた場所でもある。

 元々は水竜へ祈りを捧げる人々を受け入れるための場であり、街の中でも特に開けていた。


「あれは……」


 セリーヌの視線が、オーヴェル湖上空へ引き寄せられる。


 月と見紛うほどの大きさ。しかし、そこにあるのは美しさではない。

 濁った魔力を孕む巨大な球体が、凍り付いた湖面へ向かい、待ち合わせでもするかのような速度で降下していた。


 街を抜けたところで、横合いから高速移動する影が並ぶ。


「あれをどうするつもり」


 レオンだ。


「接近し、正体を確認します。魔力球である可能性が高いですが、砦の人員だけでは対応できません」


「だろうな。あれは止められない。全力で魔法を叩き込んでも、破壊は不可能だ」


 険しい表情のレオンに対し、セリーヌはわずかに口元を緩めた。


「わたくしも同意見ですが、レオンさんが匙を投げるとは珍しいですね」


「投げたわけじゃない。事実を述べただけだ」


 並走しながら、セリーヌは腰の革袋から魔導通話石を取り出す。砦に配置された兵士と繋がるために、王国側から支給されたものだ。


「砦班、応答を。魔力球へ魔法攻撃を試行してください。通じなければ即時撤退を。命を守ることを最優先に。何度も言いますが、生きてください。それが、わたくしの最重要命令です」


 通話石を収めたセリーヌを、レオンが横目で見る。


「その言葉……碧色の影響か」


「はい。わたくしの支えですから」


「自分の言動が誰かに影響を与える。そういう存在になれるのは、凄い」


「人は誰も、ひとりではありません。まったく影響がないということはあり得ません。レオンさんも、マリーさんに確実に影響を与えております。それに……」


 セリーヌの視線が、レオンの腰に提がる長剣(ロングソード)へ向く。


「ご友人から託されたという剣も、レオンさんを守ってくれております。離れていても、想いは繋がっています」


「何があっても生きろ、か。碧色もたまには良いことを言う」


「はい。わたくしも、そう思います」


 前方で魔力球がさらに低くなる。

 セリーヌの意識は、背後を守る老剣士へ向いた。


「コーム。あなたもです。ロランとオラースの件、無念は承知しています。ですが、無理はしないでください。わたくしの盾になろうなどと、決して考えぬように」


「難しい御命令ですな。私はあなたの剣であり盾。そのために付いてきたのですから。セリーヌ様に何かあれば、私は島へ戻れません。あなた様は、()(びと)の希望です」


「守り人の希望……」


 駆けながら、三年前の光景が脳裏を過る。


 災厄の魔獣の襲撃。光の民の村へ匿われることになったセリーヌとユリス。そこへ現れた父イザークと母リアーヌ。


『耐えろ。今はここに残れ。おまえたちは島の未来を支え、守り人の希望になるんだ』


 神竜剣(しんりゅうけん)ディヴァインを提げた父は、娘の髪を撫で、息子の肩に手を置いた。


『大丈夫。私たちには、ガルディア様や竜王が付いているんだから。必ず戻るから』


 神竜杖(しんりゅうじょう)ディヴィ・セプトルを握る母は、気丈に微笑んだ。

 それが最後の別れになるとは、誰も思っていなかった。


 託された想いは、今も姉弟の中で生きている。


「何があっても生きる。それは、わたくしたちも同じです。命を粗末にすることは許しません」


「承知しております」


 力の籠もった返答に、セリーヌは小さく頷いた。


 視界が開け、凍り付いたオーヴェル湖が姿を現す。

 湖畔を囲む砦には篝火が焚かれ、揺れる炎が不安を煽っていた。


 屋内は混乱の只中だろう。通話石が反応する。


『魔法が弾かれる。我々では対処不能。総員、退避』


 直後、砦から人影が溢れ出す。見張りに就いていた数十名の兵士だ。


「あの魔力はどこから……供給源があるはずだ」


 レオンが剣を抜き放つ。


「これほどの力に気付けなかった……何者かの攻撃なのでしょうか」


 セリーヌが警戒を強めた刹那、魔力球が前進した。

 逃げ惑う兵士たちを追うように迫り、氷の山と砦を薙ぎ払う。


 魔力球はそのまま湖へ沈み、氷を打ち砕きながら地中へ消えた。


「来る」


 レオンの低い声と同時に、大地が震える。

 林から鳥が飛び立ち、獣の気配が消え失せた。


 怒りと威嚇を孕んだ咆哮が空を裂く。

 砕けた氷塊が深淵から噴き上がり、雹のように降り注いだ。


 この声を聞くのは、幾度目でしょうか。


 セリーヌは氷片を受け止めながら、湖の中心を見据える。

 恐怖は消えない。それでも、足は止まらなかった。


「今日こそ、決着を。あの魔獣に、明日の朝日は不要です」


「お任せを」


 コームは、新たに鍛えられた竜骨剣(りゅうこつけん)を構え、主の隣へ立つ。


「積年の恨み、ここで晴らします」


「悪いが、碧色の出番はなさそうだ」


 湖底に開いた大穴から、巨大な影が這い出す。


 三ツ首を持つ四足歩行の魔獣、ブリュス・キュリテール。


 最大で最強の魔獣が、再び地上へ姿を現した。

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