16 絆の守り人
「未知の力? 神竜のガルディアにもわからないっていうのか」
「そのようです。でも、竜臨活性のように何かしらの特別な力が作用しているのは間違いありませんよね……あの禍々しい力は、魔法とも一線を画すものでした」
クレアモントでの戦いを思い出したのだろう。ユリスは深刻な顔で大きく息を吐いた。
「マルセルって魔導師も、百年以上も生きてるような爺さんだったからな。古代魔法みたいなものを持っていてもおかしくねぇ……」
俺の不安を感じ取ったのか、セリーヌが心配そうな顔でこちらを伺っている。
彼女を安心させようと、精一杯の笑みで不安を吹き飛ばしてみせた。
「心配いらねぇよ。こっちには女神が付いてるんだからな。ちょっととぼけた所もある、愛嬌たっぷりの女神だけどさ」
「女神、ですか? リュシアンさんは、ラヴィーヌ様へ信仰を変えられたのですね」
「は?」
とぼけた女神には伝わらなかったらしい。
きょとんとした顔でセリーヌが首を傾げると、濃紺の髪が天幕のように肩を流れた。
ユリスは笑いを堪え、口元を抑えたまま肩を震わせている。
ここはもう、直接伝えるしかない。
「悪い。ちょっと遠回りな表現だったな……俺にはセリーヌが付いてるから、どんな奴にも負けねぇ、って意味で言ったんだ」
すると、セリーヌは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。両手を膝に乗せたまま、民族衣装のズボンを握りしめている。
「ユリスもいるというのに、リュシアンさんはまた、臆面もなくそのように……恥ずかしいですが嬉しいです」
照れていたかと思えば、それを誤魔化すように勢いよく顔を上げた。
「お話の通りであれば、リュシアンさんの戦いは、終末の担い手を滅ぼすまで続くということですよね。微力ながらお供いたします」
「それは、災厄の魔獣との戦いの後で考えればいいことさ。セリーヌには、この戦いに集中してほしいんだ」
「承知致しました。ですが、これだけは忘れないでください。私の心は、常にリュシアンさんのお側にあります。いかなる困難が訪れようと、共に乗り越えてみせますから」
「わかった。いつもありがとう」
「御礼を言われるようなことではありません」
セリーヌが微笑むと、ユリスが動き出す様が視界に映った。
「お二人が信頼し合う様子はよくわかりました。これ以上いても邪魔になるだけなので、そろそろ退散させてもらいます。リュシアンさん、わかっているとは思いますが、姉さんに手を出すのは厳禁ですからね」
「ユリス、待ってください」
その言葉に触発されたのか、恥じらうセリーヌも慌てて後を追って飛び出して行った。
※ ※ ※
翌朝、俺たちは言われていた通り、ガルディアの神殿に集合していた。
入口となる石段の前で、各竜王たちとすれ違った。炎竜王ヴィーラムの他に、新たな水竜女王となったベルオーナと会うこともできた。神殿の内部にいるのは、光竜王であるアレクシアと神竜ガルディアだけだ。
俺とレオンの他には、竜の力を継承した戦士も集っている。炎の民ヘクター、水の民イヴォン、雷の民バルテルミー、風の民ウード、地の民クロヴィスの五名がここにいる。
そこへ、光の民の長老であるディカが、ユリスを伴いやってきた。
「遅くなりました」
わずかに遅れ、神殿の入口にセリーヌの声が朗々と響いた。旅支度を調え、凜とした佇まいでこちらに近付いてくる。
訓練を経て、大きく成長した様がはっきりと伝わってきた。落ち着いた姿や身のこなしにも、自信と活力が漲っている。
その姿に嫌悪し、鼻を鳴らすのはディカだ。
「光の民の恥さらしが。その服は捨てろと何度も言った。羞恥心というものがないのか」
「この法衣は、わたくしが自分らしくあるための象徴です。一族としてのわたくしではなく冒険者としてのわたくしであるために、これを身に着け続けます」
アンナの父親が創作した蒼の法衣。その胸元に手を当てて宣言するセリーヌに、ディカは気に入らないという顔で睨みを効かせた。
「勝手にしろ。どうせこの戦いで命を落とせば、二度と見ることもない」
「長老、滅多なことを言わないでください」
ユリスがたしなめると、ディカは怒りを当てつけるように彼を睨んだ。
「そもそも、おまえが継承戦を勝てばこんなことにはならなかったんだ。愚か者が」
「申し訳ありません。私の不徳の致すところ。いかようにでも罵ってください」
批難の受け皿となったユリスが、頭を下げて場を収めてくれた。それを待っていたように、ガルディアの唸り声が思念となって響く。
『さて、セリーヌとレオン。ふたりが島を離れる時がやってきた。リュシアンには一足早いが、これを渡しておく。リュシアンとレオンは前に来るがいい』
言われた通りに歩み出ると、石造りの台座の上に、二着の鎧が出現した。装飾は同じだが、一着は緑を基調にしたもの。もう一着は銀に近いが、淡い水色が混じっている。
『竜の鱗を鍛え、我の加護も込めた。名を、神竜鎧アルデュージェと言う。手に取ってみるがいい。魔鉱石から作り出した鎧より遙かに強靱で軽い。我の勝手な印象で、リュシアンには緑を。レオンには銀を用意した』
「ありがとうございます」
持ってみると確かに軽い。胴鎧は肩当てが付き、腹部から腰までを覆う形状だ。他に、額当て、籠手、すね当てが用意されている。
『おまえたちが使っていた武器は、この島に滞在している間に研磨を済ませた。切れ味はこれまでより数段も増している』
「何から何まですみません」
レオンとふたり、深々と頭を下げた。
『継承者たちには竜臨活性の他に、神器の使用も許可しているな。有事の際は自由に持ち出して構わん』
これは、セリーヌから以前に聞いている。
炎の民には斧。水の民には鎧。雷の民には槍。風の民には弓。地の民には盾。そして、光の民には剣と杖が割り振られているという。
ガルディアの力強い目が、俺たちの後方へ向けられたのがわかった。
『そして、セリーヌだ。直接的な贈り物はないが、災厄の魔獣を討ち果たせるか否かで、婚姻の儀を保留としていることを忘れるな』
「はい。承知しております」
『それに加えてだ。御主にはひとつ、重要な役割を頼みたい』
「はい。なんでしょうか」
『この島と外の世界とを知る、御主にしかできぬことだ。光の神官の座は、ユリスに託せ』
「え?」
その場の全員が呆気にとられている。
光の継承者となったはずのセリーヌが、神官の座を剥奪される。そんな展開は、この場の誰も予想していなかったはずだ。
ガルディアの意図がわからない。抗議しようと身を乗り出すと、再び思念が響いた。
『話は最後まで聞け。守り人という殻を捨て去り、島と外界の橋渡しをする使者の任を命じたい。これからは竜の守り人ではなく、絆の守り人として動くのだ。できるか?』
「もちろんです。承知いたしました」
「ガルディア様、本気ですか?」
笑みを浮かべるセリーヌとは対照的に、狼狽したディカは助けを請うような顔だ。
『我が決めたことだ。異論は認めぬ。セリーヌには継承者としての特別な任を与える』
反論できる者はいない。この島の在り方に、新たな風が吹き込まれようとしている。





