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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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10 生き様と背中と謙虚さと


 兄、レオン、イヴォン、ヘクターと共に、アンドル大陸へ戻ってきた。竜の笛はイヴォンが持ち、飛竜は途中にあった森で別れた。


 神官の地位を返還したユリスは同行を認められず、残念ながら島で留守番だ。決まりとはいえ、彼がいないのは物足りない。


 光の神官にはセリーヌが返り咲くと思っていたのだが、神竜ガルディアの意向で神官の席は一時不在となっている。考えがあるのだろうが、それを明かそうとはしない。


 夜のとばりが下りる、ヴァルネットの街へ足を踏み入れた。ここへ戻るのも久しぶりだ。


「リュシアンじゃないか!」


 街へ入ってすぐ、移動販売の屋台が目に付いた。身を乗り出して手を振ってくるのは、もちろんマチアスさんだ。


「お久しぶりです」


「全然顔を見せないで、どこで何をしてるんだよ。寂しかったんだぞ」


 マチアスさんは上機嫌だ。屋台の前に出したテーブルも満席で、今夜も賑わっている。


「そういや、リュシアン。冒険者の選抜も盛り上がってるな。会場の側で店を出したら大繁盛でさ。こっちも儲けさせてもらったよ」


「あぁ、そういうことですか」


 何気なく、品書きへ目を落とした。


「リュシアンの涙、相変わらず売ってるんですね。俺の名前を勝手に使って……」


「悪いね。一番人気の商品だからさ。新作、リュシアンの怒りってのもあるよ。辛口の酒なんだけど、こっちも評判いいのよ。つまみに、冒険者セットってのもあってね……」


「名前の使用料もらいますよ」


「そう堅いこと言わんでよ。こうやって、リュシアンの宣伝にも力を貸してるんだから。おまえが大きくなってくれることが、俺にとっても嬉しいんだ。ヴァルネットの誇りだよ」


 歯を見せて微笑んだマチアスさんは、なぜか夜空を見上げている。


「夢見ることを忘れた男は、死んでいるも同然さ……」


 そんな言葉も、今の俺には響かない。


「いい話っぽくまとめようとしてますけど、誤魔化そうとしてるのが見え見えですから」


「おいおい、そんなことないって。御礼に安くしとくから、みんなで飲んでいってよ」


「そうしたいのはやまやまですけど、俺たちも急いでいるんで。今日は失礼します」


 背を向けてそそくさと歩き出すと、なおも俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「なんか格好いい人っすね。痺れたわぁ」


 イヴォンは興味津々という顔で、名残惜しそうに背後を振り返っている。


「騙されるな。口だけだ」


 警告すると、ヘクターが吹き出した。


「師匠が言うならそうなんでしょうね。僕の爺ちゃんも、男は強くあれ、って言うので。気が合いそうだなと思って聞いてましたけど」


「マチアスさんは商売人だからな。間違いなく、口も達者だよ」


「とはいえ、リュシアンもこうしていじられるほど愛されているということだよね」


「兄貴。それ、何の慰めにもならねぇから」


 マリーの工房へ向かう前に、隣に建っているアランさんの工房を訪ねることにした。父も世話になっているという話だし、赤子の頬屋で買ったゴマ饅頭を手土産に用意した。


「こんばんは。って、あれ?」


 相変わらず立て付けの悪いガラス扉を開けると、カウンターの前にルノーさんを見付けた。椅子に腰掛け、手元には酒瓶が見える。


「おぉ、牡鹿の! 帰ってきたのか!?」


 赤ら顔で、明らかな営業妨害だ。

 おぼつかない足取りで近付いてくると、背中を何度も叩いてきた。酒臭いし、相変わらず遠慮のない老人だ。


「飲むなら自宅にしてください」


「別にいいだろ。こんな工房に、客なんて来るわきゃないぜぇ」


「酷い言い草ですね。アランさんに聞かれたら怒られますよ」


「あいつなら、奥でトンカンやってらぁ。少し騒いだくらいじゃ聞こえやしねぇ」


 高らかに笑うルノーさんの声に呼ばれたように、奥からブリスさんが顔を出した。


 筋肉質の体付きに男前なのは相変わらずだが、みすぼらしかった作業着が少しだけお洒落な意匠に変わっている。銀の首飾りまで付けて、身なりに気合いが入った印象だ。


「リュシアンくん、いらっしゃい」


「なんか……垢抜けましたね」


「あぁ、こいつか」


 ルノーさんのせせら笑いが気になる。


「おまえさんが、隣に工房をこしらえただろ。若い女衆が出入りするようになって、こいつも一丁前に色気づきやがってな」


「ちょっと、ルノーさん。それを言わないで」


 恥ずかしそうにするブリスさんを見て、吹き出してしまった。


 確かに、女性だらけの環境だ。マリーの他は親衛隊とデリアがいる。シルヴィさんとアンナも出入りしているし、助祭のブリジットやシャルロットも遊びに行っているらしい。

 秘薬の作り方を教わっている相手は年配の女性だと聞いている。ブリスさんが付け入る隙はあるのだろうか。


「お変わりないようで安心しました。これ、饅頭と酒の差し入れです。ぜひ皆さんで」


 ブリスさんへ箱入りの饅頭と酒瓶を差し出すと、隣へ兄が歩み出てきた。


「父がこちらでお世話になっていると聞きました。ご迷惑をお掛けしていませんか?」


「とんでもない!」


 頭を下げる兄へ、ブリスさんが強く答えた。


「こちらが毎日学ばせてもらっていますよ。さすがは、親方が師匠と呼ぶだけの人です。技術もですが、こだわりも人一倍強くて。だけど、それだけ素晴らしいものを作られます」


 興奮するブリスさんの顔に、父の働きぶりが伝わってきて嬉しくなる。


「苦情があったらいつでも連絡をください。息子たちから、しっかり伝えますんで」


 苦笑を漏らすと、ルノーさんに背中を思い切り叩かれた。


「いってぇ……何ですか」


 文句を言おうと思ったら、険しい顔で睨まれていた。

 皺の刻まれたその顔には、長年の経験で培われてきた生き様が現れているように思えた。


「牡鹿の。自分の親父を嘗めてかかるもんじゃないぜぇ。おまえがどれだけ偉くなろうと、敬意ってもんを忘れるな。肝に銘じておけ」


「はい。すみません……」


 呆気にとられ、そう返すのが精一杯だ。酔っているようで冷静なのかもしれない。


「冒険者だって同じだろ。ランクが上だからって偉いのか? 偉そうにふんぞり返っているだけじゃ誰も慕ってくれないぜぇ。生き様と背中を見せて示すもんだ。儂の経験じゃ、職員に横柄な態度の奴も長続きしねぇ。誰に対しても謙虚さを忘れるもんじゃないぜぇ」


「はい。しかと心得ます」


 弾かれるように深々と頭を下げていた。

 思い上がっているつもりはないが、こうして注意をくれる存在がいることがありがたい。


「強い魔獣との決戦が迫ってるらしいな。絶対に生きて戻ってこい。おまえさんは、この街とこれからの世に必要な男なんだぜぇ。そういや、ドンブリ娘はどうした? あの娘にもよろしく伝えてくれ」


 ふたりに礼をいい、工房を後にした。


「なんて言うか……強烈な爺さんっすね。島にもあんな人はいないんじゃないっすか」


 イヴォンは屈託のない笑みを見せた。


「確かに強烈な人柄だけど、憎めないんだよ。前にも助けられたし、凄くいい人なんだ」


「あんな風に教えを説いてくださる方は少ないからね。この繋がりは大切にするべきだね」


 兄の言葉に深く頷き返した。


「師匠は好かれているんですね。それが、絆と運を呼び込むんじゃないですか」


「ヘクター、いいこと言うな。確かに、この街は冒険者としての俺の原点って言っても過言じゃねぇんだ。俺は恵まれてると思うよ」


「俺もそう思うよ。そういうあんたを少し羨ましくも思える」


 レオンのつぶやきに胸の奥が痛んだ。故郷を失った彼の悲しみに同情してしまう。

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