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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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08 いつも笑顔でいてほしい


 兄をマルティサン島へ連れて来たことで、俺が初めて訪れた時と同様の混乱が起こった。それでもユリスが場を収め、(おさ)たちに丁寧な説明をしてくれたのは本当に助かった。


 プロム・スクレイルと、そこから作られる秘薬プロムナ。これらがもたらす恩恵を兄とユリスは切々と説き、どうにか認めさせた。


 結果、兄は半年間の滞在を許され、グランド・ヴァンディの山頂で共に過ごすことになった。プロム・スクレイルを育てながら訓練もこなしてみせるよと、やる気になっている。


 プロムナの生成に関しては、災厄の魔獣との戦いが終わった後だ。折を見て、マリーが指導に訪れる約束で話はまとまった。


 それでも兄の一番の関心は、竜で間違いない。神竜ガルディアや竜王を目の当たりにして、卒倒しそうなほど興奮していた。


「あなたがセリーヌさんですか。話には聞いていましたが、リュシアンが夢中になる理由が良くわかりますね」


「リュシアンさんが(わたくし)のことを?」


 なぜか、セリーヌに睨まれている。


「私の良からぬ噂を話されたのですか」


「なんでそうなるんだよ」


「私のことを天然だなんだと、いつものように仰っているではありませんか」


「俺は陰口が嫌いなんだ。そういうことは本人に直接つたえるよ。セリーヌのことを悪く言う奴がいたら、俺が許さねぇからな」


「そういうことであれば、私から申し上げることはなにもございません」


 セリーヌが押し黙ると、兄は堪えきれない様子で笑い声を上げた。


「仲がいいんだね。何だかんだと言いつつ、お互いを信頼しているのが伝わりますよ」


 なんだか無性に恥ずかしくなってきた。


「兄貴、そういうのはいいから。さっさとプロム・スクレイルの栽培に精を出してくれ」


「そうだね。邪魔者は退散するとしよう」


 洞窟内にあてがわれた自室へ向かう兄から目を逸らし、周囲の光景を眺めた。


「継承戦が終わったとはいえ、訓練施設に残ってる()(びと)も多いんだな」


「そうですね。村へ戻れば農業や工業といった仕事が待っておりますが、狩猟にいそしむ者も少なくありません。結局は体が資本ですから、鍛えるに越したことはないのです」


 継承戦は、以前に会った顔ぶれが順当に勝ち残った。イヴォンとヘクターの他は、バルテルミーとウードとクロヴィスだ。確かに、婚姻の儀で勝ち残ってきた面々なのだから、現時点で最強の民ということになる。


 レオンも島へ戻るなり、早々に風竜王の所へ向かった。遅れを取り戻すと言っていたが、休む間もなく訓練を始めるつもりだろう。


「三人との依頼消化はいかがでしたか」


「なんの問題も不満もねぇよ。優秀すぎて、シルヴィさんやアンナの出番がほとんどなかったくらいだ。イヴォンとヘクターは、次回も連れて行く約束をしたところだよ」


「私もそろそろ外の世界を見に行きたくなってまいりました。訓練の終わる日が待ち遠しくてなりませんが、災厄の魔獣との戦いが迫っているのだと思うと、怖くもあります」


 肩を落としたセリーヌは、遠くに目を向け瞳を揺るがせる。その不安を少しでも取り除いてやるのが俺の役目だと思えた。


「大丈夫だ。俺たちは確実に強くなってる。それに、セリーヌのことは俺が絶対に守る」


「ありがとうございます。そう言って頂けるのは非常に心強く、安心できます」


「それに、アンドル大陸では冒険者の選抜も始まる。腕利きが集まれば、前回のようにはならないさ」


「あの……冒険者でもない私はどうなるのでしょうか。当日に割り込むようなことは、皆様に申し訳ないのですが」


「そのために、マリーに腕輪を預けたんだろうが。当日までにはランクSになってるだろうし、腕輪を返してもらうだけだ。主催である俺たちのパーティは、選抜も免除だからな」


「マリーさんにも負担をかけてしまいますね。秘薬を作るだけでも大変でしょうに」


「それがさ、女神様のためならどんな試練にも耐えて見せます、って頑張ってくれてるよ。秘薬作りも協力者がいるし、セリーヌは訓練の仕上げに専念してくれれば大丈夫だ」


「承知しました」


 セリーヌの微笑みに癒される。彼女には、いつも笑顔でいてほしい。


「そういえばさ、ラモナ島って聞いたことないかな? セリーヌでなくても、他に知っている人がいると助かるんだけど」


「私は聞いたことがありませんが……その島に何かあるのですか」


「ラモナ島っていう言葉だけを託されたんだ。アンナにも調べてもらったけど、瘴気が漂う薄気味悪い島だっていうんだ。凶暴な魔獣もうろついてるって話だったけどな……どうでもいいことを伝えてきたとは思えないんだ」


「その方は今、どちらに?」


「崩れた施設に生き埋めにされて、亡くなったよ。情報を確認することはできねぇ」


「そうですか……私に神官の権限が戻れば、使いの者を島の探索に向かわせましょう。飛竜で空から調べれば、違うこともわかるかもしれません」


「そうしてもらえると助かるよ」


「それはそうと、リュシアンさん……」


 セリーヌは急に声を潜め、注意深く辺りの様子を伺いながら小走りで移動した。


「こちらへ」


 手招きをされ、神殿の陰へと呼ばれる。


「どうしたんだよ」


 訪ねると、セリーヌは口元に人差し指を立て、静かにするよう促してきた。そんな仕草も可愛らしくて、ずっと眺めていたくなる。


「リュシアンさんに召し上がって頂こうと、街へ下りた際にお菓子を作ってみたのです。他の方々の手前、こっそりとしかお渡しできずに申し訳ありません」


 セリーヌは小さめの革袋を差し出してきた。


「確かに、俺にとっては全員が恋敵みたいな状況だからな……継承戦も終わったし、婚姻の儀の問題が再浮上してもおかしくねぇな」


「私にはもう、リュシアンさん以外に考えられません。今更、婚姻の儀などと……」


 耳まで赤くして、恥じらう姿がいじらしい。


「うれしいこと言ってくれるよな。この場で押し倒したいくらいだ」


「それはなりません。困ります」


「軽い冗談だろうが。笑って流してくれよ」


「また、そのようにからかうのですから……」


 はにかみながら胸を叩かれたが、その力は驚くほど弱々しい。


 こうしてじゃれ合う時間は貴重だ。早く島を出て、気兼ねなく顔を合わせることができるようになればいいのに。


「ありがとう。ありがたく頂くよ」


 革袋は大きさの割にずっしりしている。


「開けてもいいかな」


「どうぞ。そのために作ってきたのですから」


 中には、小さな丸い物体がいくつも入っている。どうやら飴玉のようだ。


「飴玉を作ってくれたのか?」


「蜂蜜を固めて作った新作です。すみません、ちょっと失礼して……」


 セリーヌは革袋の中からひとつをつまみ上げ、俺の口元へ差し出してきた。


「どうぞ、お口を開けてください」


 そう言われては断れない。促されるまま口を開けると、飴玉を押し込まれた。

 蜂蜜の甘さが舌の上に広がる。


「そのまま噛み砕いてみてください」


 蜂蜜の殻は簡単に砕け、中から柔らかい食感が伝わってきた。口当たりがよく、崩れるようになくなってしまう。


「お味はいかがですか?」


「うん……やさしい甘さで、美味しい」


「よかった」


 満面の笑みを見せられると、なんだかこちらが恥ずかしくなってしまう。


「新作の蜂蜜ボンゴ虫です」


「結局、ボンゴ虫かよ!?」


 なんだか騙された気分だ。

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