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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.14 オーヴェル湖・決戦編

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03 未来を勝ち取る努力の証


「継承戦も無事に終わって、正直ほっとしてるよ。気が気じゃなかったからさ……それにしても、三ヶ月があっという間だな」


 訓練に使っている洞窟から離れ、草むらに腰を降ろした。体に吹き付けてくる微風が心地いい。体中が汗まみれだが、浴室でそれを洗い流す時間すら惜しかった。


「リュシアンさんも心配性ですね。必ず勝つとお約束したではありませんか」


 セリーヌは髪を押さえながら柔らかく微笑み、並んで腰を降ろしてきた。


 今では見慣れた民族衣装に身を包んでいるが、魔導杖(まどうじょう)は洞窟内の自室に置いてきたようだ。継承戦が終わったばかりだというのに、疲れを感じさせない姿はさすがだ。


 心が浮ついてしまうのを抑えながらも、やはり自分の体臭が気になってしまう。


「汗臭いから、側に寄らない方がいいぞ。ガルディアのしごきがきついんだ。ようやく我が指導をする段階へ至ったか、とか言ってさ……炎竜王(えんりゅうおう)ヴィーラムの方が、まだ優しいぜ」


「リュシアンさんが弱音を吐かれるとは余程の事態ですね。疲れ切ったそのご様子が、すべてを物語っておりますね。それにしても、ガルディア様の口真似も似ていませんね」


「口真似をいじってくるなよ」


 立てた膝に頬を乗せ、顔を傾けてくる。覗き込まれるような可愛らしい仕草を前に、心の中が激しく掻き乱されている。


「匂いなど気にしませんよ。未来を勝ち取るための努力の証を、誰が嫌悪するというのですか。それに、リュシアンさんの左側は(わたくし)の指定席ですから。訓練ばかりで、話す時間もろくに取れないことが非常にもどかしいのです」


「それは俺も一緒だよ。こんなに近くにいるのにな……訓練が終わった後はクタクタだし、気力がないよな」


 苦笑で答えるしかないが、同じ気持ちでいてくれていることがとても嬉しい。

 抱き寄せたくなる衝動をぐっと押しとどめているのだが、何とも落ち着かない。


「応援すら行かせてくれないんだぜ。一日くらい自由時間をくれてもいいじゃねぇかよな」


「私も同感です。リュシアンさんも数日後には、冒険者登録の更新がございますよね。私も同行させて頂きたいのですが、此度もアレクシア様の許可が下りそうにありません」


「竜っていうのも融通が利かないんだな。セリーヌが華麗に勝ち上がる姿を見たかったよ。継承戦は八人の候補者で勝ち抜くんだったよな。ユリスはどうだったんだ」


「決勝戦まで勝ち上がってきてくれました。弟ながら、頼もしい存在に育ってくれているのは嬉しい限りです」


「へぇ。ユリスもやるようになったな」


 笑顔を浮かべるセリーヌを見ながら、他の候補者の存在も気になった。


「あいつはどうした。ジャメルのおっさんは」


 その名を出すと、花がしおれるように、セリーヌの顔から笑みが消えてしまった。


「準決勝で当たりました。目潰しを狙ったり、ダフネルの樹液を撒いて足下を滑りやすくしたりと、相変わらず姑息な手を使われました。竜術(りゅうじゅつ)で打ち負かしましたが、あの方の品位を疑ってしまいます。剣の腕はコームに勝るとも劣らない方ですから、残念でなりません」


 まだ何か言いたそうだが、ぐっと言葉を飲み込んだのがわかった。詮索をしても誰のためにもならない。俺も追求はしない。


「継承戦を勝ち抜いたってことは、光の神官の地位に戻れるってことなんだよな」


「そうですね。後日、継承の儀が執り行われ、正式に通達が下されます。任期は三年ですから、当面は安泰です」


「おめでとう。よかったじゃないか」


「ですが……」


 セリーヌは押し黙り、整った顔を曇らせた。


(おさ)がこの結果に納得されているのか。私を拒絶しているのは明らかです。すんなりと神官の地位に戻れるのかはわかりません」


「それを決めるための継承戦だろ。もっと自信を持てよ。文句を言うなら、みんなで抗議すればいい。ガルディアだって黙ってないさ」


「そうですよね」


 笑顔が戻ったセリーヌに安堵し、そろそろ切り出し時だと、脇に置いた包みを握った。


「継承戦の優勝と誕生日の祝いを兼ねて、贈り物があるんだ。誕生日は三日後って聞いたけど、俺はアンドル大陸にいるだろうからさ。前祝いになっちまって悪いけど」


「それはまったく問題ありませんが、なぜ私の誕生日を?」


「数日前の夜、ユリスが俺の部屋まで、わざわざ教えに来てくれたんだよ。姉さんの誕生日を知っていますか、って言われてさ」


「ユリスの口まねもあまり似ていませんね」


 セリーヌに笑われた。まさか、姉弟そろって指摘を受けるとは思わなかった。


「そこは別にいいだろ……でも慌てたよ。誕生日って聞いても、こんな所じゃ何もないだろ。何をあげていいのかわからなくてさ」


「高望みは致しませんよ」


 セリーヌは膝に顎を乗せた姿勢で、指先を弄ぶようにせわしなく絡ませている。


「今はその……リュシアンさんと共に過ごす時間さえあれば、他には何も……それに数ヶ月ではありますが、年齢もリュシアンさんに追いつきました。同じ時を共に歩むことができることを非常に嬉しく思っております」


「そんなこと言われたら、今すぐ抱きしめたくなっちまうだろうが。汗まみれだけど」


 嬉しさを超えた衝撃発言に、心臓が飛び跳ねる。危うく贈り物を落とすところだった。


「二番煎じみたいで悪いけど、魔力板を持ってきてたことを思い出してさ。で、ガルディアに試しに聞いてみたら、できるって言うんだよ。神竜様々だな」


「一体なにを……」


 包みを解いて中身を見せると、セリーヌは言葉を失ってしまった。口元を右手で押さえ、宝石のように澄んだ目から涙を溢れさせた。


 震える左手が伸ばされ、額縁に収められた魔力板を愛おしそうにゆっくりと撫でる。


「ガルディアが記憶を元に再現してくれた立体映像を、加護の腕輪で映写に収めたんだ。映写を魔力板に焼き付けんだけど、ユリスからもお墨付きをもらった再現度なんだぜ」


 魔力板に映るのは、セリーヌたちの両親だ。父はイザークさん。母はリアーヌさん。微笑むふたりが並び立つ映写だが、母親はセリーヌと瓜二つと言っていいほどの美人だ。


「セリーヌ、大丈夫か?」


 むせび泣く彼女の姿に、なんだか心配になってきた。触れてはならない心の領域へ、無神経に踏み込んでしまったのだろうか。


 腰の辺りから取り出したタオルで涙を拭ったセリーヌは、無言で何度か頷いた。


「申し訳ありません。驚きと嬉しさで胸が一杯になってしまって……今の私には何よりの宝物です。ありがとうございます」


「それならいいんだけどさ……セリーヌを見てたら、余計なことをして傷付けたんじゃないかって心配になってきたよ」


 タオルで顔を隠したまま、セリーヌは大きく首を横へ振った。


「とても嬉しいです。言葉では言い表せないほどに……本当にありがとうございます」


「だったら顔を見せてくれよ」


「今はご容赦ください。涙で泣き濡れていますから……こんな顔を、リュシアンさんには見られたくありません」


「まいったな。セリーヌが落ち着くまでは、みんなの所に戻れねぇな……他のみんなも継承戦を終えて戻ってくるだろうから、すぐに慰労会が始まりそうだし」


 心の置き場に困り、つい饒舌になってしまう。こんなことを言いたいわけじゃないのに、適切な言葉が浮かばない。


「リュシアンさん……」


「ん? どうした?」


 セリーヌは顔をタオルで隠しながらも、泣き濡れた目元だけを覗かせた。


「あなたを、心からお慕いしております」


 顔を隠したままの告白は反則だ。


「わかってる。俺もセリーヌのことが好きだ。ってことで、いい加減に顔を見せてくれ」


「それだけはできません」


 嫌がって頭を振るセリーヌ。乱れた髪の隙間から、真っ赤になった耳が覗いた。

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