01 マルティサン島への帰還
飛竜は、マルティサン島へ向けて順調に飛び続けている。この速さなら三十分程度で、島を覆う霧の結界へ突入するだろう。
「それにしても、ブリュス・キュリテールの製造を王国が手引きしていたとは驚いたよな。戦略兵器とはいえ、とんでもねぇものを作ってくれたもんだぜ。そのせいで、どれだけの犠牲が出たと思ってるんだ。まったく……」
俺には衝撃的な内容だったが、レオンはその可能性に思い至っていたようだ。
「マルセルって言ったか。あの魔導師の言葉を信じるなら、奴が施した細工のせいで、魔獣は制御を失ったという話だけど」
「研究の横取りが目的で近付いたんだろうな。だけど、その情報自体をどうやって手に入れたんだろうな。王国は必死で隠すだろ」
レオンは黙って首を横へ振った。
「そんな昔のことを詮索しても意味がない。魔獣は既に解き放たれているんだ」
「王都の防衛戦の後、フェリクスさんに言われたんだ。冒険者ギルドが設立された本当の目的は、竜を探すためなんだとさ」
レオンとユリスは飛竜の背であぐらをかいたまま、俺の話に聞き入っている。
「さっきも言ったけど、国王は先代たちが起こした戦争を嘆いてる。竜たちが大陸を去った原因にもなったわけだからな。で、その罪を償いたいと考えてくれているって話なんだ。だけど、俺は話半分に捉えてる」
「半分というのは?」
ユリスはいぶかしげな顔を見せてきた。俺の考えを察しているのかもしれない。
「それは口実ってことさ。竜を見付け出すことで、かつての栄光を取り戻そうと画策しているのかも、って疑ってるんだよ」
「ですよね。俺もそう思います」
「まぁ、俺も会ったことはないからな。実際に会ってみないと人柄はわからねぇけどさ」
「リュシアンさんでも会ったことがないんですか。意外ですね……」
目を見開いたユリスは、信じられないという顔をしている。
「さすがに王だからな。簡単には会えねぇよ。マルティサン島の長たちも見習って、年に一度姿を現すくらいで丁度いいんじゃねぇか」
「その意見には同感です」
「ユリスも言うようになったな。外の世界を見て、良い方向に転がったか」
微笑みかけると、ユリスは不満をあらわにした顔で怒りを滲ませた。
「長たちの姉さんに対する態度を見て、不信感がますます強くなってきただけです。外の世界は関係ありません」
「そうか。長どもと全面的にやり合う時は言ってくれよ。喜んで手を貸すからな」
「碧色は面白がってるだけだ。あんたはそんなことに首を突っ込んでいる場合じゃない。もっと訓練に身を入れて、炎竜セルジオンの力を物にするべきだ。ぬるいんだよ」
「それなら心配いらねぇよ」
小言を口にするレオンに笑みで返した。
「ユリスに力を引き出してもらったお陰で、互いが全力を出して繋がっている状態を体に叩き込めた。前にセリーヌにも同じことをしてもらったけど、訓練のお陰もあるのかな。今回の方が、より具体的に感覚を掴めたよ。ラファエルからの刺激も大きいけど、今の感覚を維持できれば大丈夫だ」
「俺には、セルジオン様と会話を交わせることが不思議でなりません。炎の神官の息子という血筋が関係しているんですかね」
ユリスは興味深そうな顔でこちらを見ているが、俺に答えられるはずもない。
「わからねぇ。もしかしたら、ガルディアの宝玉を取り込んだことも関係してるのかもしれないな……竜の力を受け入れる、下地みたいなものができていたのかもな」
「すべての竜王の力を取り込むことができるんですかね? そんなことができたら、最強の戦士になれますよ」
「勘弁してくれ。頭の中に竜たちの意見が飛び交って、それこそ気が狂うぜ。セルジオンは大人しいから、ほとんど思念は飛んでこないけどな。力は貸してくれるけど、俺と適度な距離を取ってくれてる気がする」
「そうなんですね。竜の力を取り込んだ人などマルティサン島にもいません。新たな可能性を見出した第一人者ですね」
「そう言われるとなんだか誇らしいな……でも、ラファエルも雷竜王の力を持ってたな」
自分でその名を口にしておきながら、その後が何となく気になっていた。
「ラファエルも死んだんだろうな」
「どうだろう。モルガンとギデオンが死んだのは確実だけど、他の奴らは遺体を確認したわけじゃない。断言はできない」
レオンも半信半疑という顔だ。確かに通路が崩壊するというあの場面では、状況を詳細に把握できていた者はいない。
「ひとつだけ気になってることがあるんだ。あいつらのパーティに、ミシェルっていただろ。もっと以前に、どこかで会ってる気がするんだ……レオンに心当たりはないか?」
「特に思い当たらないけど……でも、彼らのパーティに途中から加わってきた。それまでも冒険者活動をしていたなら、どこかの街の冒険者ギルドで見かけたとか」
「なるほどな……なんだか、ずっと引っ掛かってるんだ。必要な魔法の詠唱の一部を忘れちまったみたいに、すっきりしないんだよ」
「魔法を使えないのに?」
「物の例えだ。そこに突っ込むんじゃねぇ」
「彼はあのパーティの中では異質だった。ラモナ島という謎の指示を残してくれたけど、好んで彼らと一緒にいたわけではないんじゃないかって気はするけどね」
「それを確認する方法は、もうないけどな」
無言で顔を見合わせていると、飛竜はついに霧の結界へ突入した。数分もすれば、マルティサン島へ到着するだろう。
「一旦、グランド・ヴァンディの山頂へ着陸します。ふたりを降ろしたら、俺は長老の所へ報告の義務がありますから。竜の笛は、このまま返してもらいますね」
「この飛竜、俺にくれねえかな……馬車より遙かに便利だし、使い勝手がいいんだよな」
「それはそうでしょうけど、外の世界でこの子が見つかれば大騒ぎになります。数日ならまだしも、外では生きられないでしょう」
「そうなんだけどさ。惜しいな……」
「それから、王国と災厄の魔獣との関わりについてですが、姉さんにはまだ黙っていてください。衝撃が大きすぎる。折を見て、俺から話します。それから、竜の力を取り込むという方法についても、ガルディア様に聞いてみようと思います」
「何から何まで気を遣わせて悪いな」
「それはそうと、リュシアンさんはもう少し、顔を引き締めてください」
「は?」
ユリスに指摘されるまで気付かなかった。知らぬ間に頬が緩んでいたらしい。
「姉さんに会えるのが本当に嬉しいんですね。シルヴィさんにその顔を見せてあげたらどうですか? 早々に捨てられて、きっぱりと関係を清算できると思いますよ。俺に加護の腕輪があれば、映写に撮っておくんですけどね」
「いつでも貸すけど。使う?」
レオンは早速、腕輪に手を掛けている。
「おまえ、そんなに乗りのいい奴だったか? 俺をいじることには全力だな」
「暇つぶしには丁度いい存在だから」
「俺で遊ぶんじゃねぇ」
間もなく、飛竜は山頂へ降り立った。
俺たちが戻ることは事前に伝わっている。なんでも竜同士で思念を交わすことができるそうで、飛竜から光竜王アレクシアに知らせが届けられているという。





