28 灰色理論
「出直しだな……」
悔しい思いを抱え、王城の門を見上げた。
確かに、王ともなれば多忙だ。それに加えて復興の最中という状況でもある。
俺たちの側にも、王への申し立てを胸に、謁見を望む住民たちが列を成している。突然やってきて会えるほど甘くない。
「ちょっとくらいは会ってもらえるんじゃないかっていう、淡い期待はあったんだけどな」
「まぁ、それくらいの功績はあるわよね」
俺の気持ちに同調したシルヴィさんも、不満そうな顔で唇を尖らせた。
「シル姉の言う通りだよ。リュー兄だって、王都の救世主なんだよ。遊びに来たわけじゃないんだし、話を聞いてくれてもいいのに」
アンナもたまらず不満を漏らすと、レオンが耐えかねた様子で口を開いた。
「王の左手でさえ、呼び出しや生誕祭でしか謁見を許されない存在だ。俺たちのような一介の冒険者が、簡単に会えるわけがない」
「レオン。こっちまでつらくなるような物言いはやめてくれ。傷が深くなるから……」
「でも、大臣がわざわざ足を運んでくれたわけじゃないですか。私は相応のもてなしをして頂いていると思いますけどね」
「まぁ、そうなんだけどさ」
マリーの言葉に頷いて見せた。
大臣のアロイスが側近を伴って顔を見せ、急な謁見はできないと丁寧に説明してくれた。
「でも、指定された謁見の機会は一週間後だ。そんなに待っていられないしな……今回は大人しく、島に戻るしかねぇだろ」
ユリスの様子を伺うと、こちらも不満を露わにしている。災厄の魔獣と王国の関与。その真相を一番知りたがっているのは彼だ。
「拳聖のマルクさんと、賢聖のレリアさんにも手紙を出した。三ヶ月後、彼らにも立ち会ってもらって謁見の機会を設けるよ。動きがあればすぐに伝える」
ユリスをなだめようと、更に言葉を探した。
話の内容が重いだけに、周囲の目が気になってしまう。口元に手を当て、近くに他人の目がないことを確認した。
「少なくとも、現国王のヴィクトル・アリスティド様は味方だと思っていい。ブリュス・キュリテール討伐にも前向きだし、多数の兵を出してくださると大臣も言ってただろ。災厄の魔獣を止めたいっていう気持ちに、嘘や偽りはないはずだ」
以前にフェリクスさんから聞いた話が蘇る。
「ヴィクトル王は、先代がしでかした過ちを清算したいと望んでいるそうだ。これは、フェリクスさんからの話だから間違いねぇ」
断言しながらも、不安なこともある。
竜を見付け、住処を保護したい。その話は鵜呑みにできないと疑問を持ち続けている。
「とにかく、今回はここまでだ。予定通り、オルノーブルに顔を出した後で島に戻るぞ」
そうして夕方には王都を経ち、飛竜でオルノーブルの街まで戻ってきた。
家に立ち寄り、兄と両親と親衛隊、そしてデリアを集めた。その面々へ、昨日マリーに伝えたことと同じ説明をした。
ヴァルネットの街にある天使の揺り籠亭は、二階の十部屋を押さえてある。
両親に一部屋、兄に一部屋、セシルさんとデリアで一部屋、クリスタさんとソーニャで一部屋としても、六部屋が残る。俺たち五人とセリーヌで分ければ、過不足なく使える。
みんなは恐縮していたが、部屋を余らせていても勿体ない。ジャコブとメラニーを働かせるためにも有効利用するべきだ。
話を終えた俺たちは、街の南門へ移動した。シルヴィさん、アンナ、マリーとはここでお別れだ。再会はまた三ヶ月後になる。
「マリーも頑張れよ」
「はい。ありがとうございます」
握手を交わして彼女と別れた。当面は、シルヴィさんとアンナが面倒を見てくれるというので何の心配もしていない。
マリーが戻らないことで、マルティサン島で問題にならないかとユリスに確認したが、水竜女王の霧の結界が働いていることもあり、島へ立ち入ることは不可能に近い。去る者は追わず、というのがあの島のやり方らしい。
確かにその問題を追及してしまうと、俺の母もとっくに島へ連れ戻されているはずだ。
「俺たちはまた島に戻りますけど、留守を頼みますね。シルヴィさんが頼りですから」
「大丈夫よ。任せておきなさいって」
疲れ果てた俺とは対照的に、シルヴィさんは活力の漲った活き活きとした顔だ。生命力を根こそぎ奪われた気がする。
ここからはまた訓練の日々だ。ラファエルにも惨敗した以上、更に気合いを入れて臨まなければならない。
レオンとユリスを連れ、街が見えなくなった所で飛竜を呼んだ。飛び立って間もなく、待ちかねたようにユリスが口を開いた。
「リュシアンさん。悔しいですけど、あなたのことを認めることにしました」
「急にどうした?」
「不服なら取り消しますけど」
「いや。大歓迎だ」
ユリスの急激な変化に戸惑い、どう対応していいのかわからない。
「同性の俺から見ても顔は悪くないし、格好いいと思います。強い信念を感じますが、それを周りに押し付けすぎない。人当たりも良く、性格が穏やかな所も好感が持てます。そこが周囲から好かれる要因なんでしょうね」
ここまで持ち上げられると気持ちが悪い。
「おだてても、何もやらないぞ」
照れ隠しに頭を掻くと、ユリスの顔付きが打って変わって険しくなった。
「ですが、シルヴィさんとのことはきちんと清算してください。でなければ、長老に対して後押しすることはできません」
「いや。だから、この前も言ったけどさ」
「精神的治療、というやつですよね」
ユリスからの軽蔑するような視線が痛い。
「それだよ。シルヴィさんにいい人が見つかれば、俺が構う必要もないんだけどな」
「そこは、行商人のサミュエルさんに頑張ってもらうしかないんじゃありませんか」
「まぁ、そういうことなんだけどさ」
「どうですかね。口ではそう言いながら、張り合っている節もありますよね。残念ですが、島には一夫多妻のような制度はありません。島では姉さん、外の世界ではシルヴィさんというような、灰色理論は通用しません」
「わかってるって。そんなに責めるなよ」
年下の相手にここまで言われるのはきつい。しかも相手はセリーヌの弟だけに強敵だ。
「碧色が女性にだらしないからだと思うけど」
容赦ない、レオンの横槍が襲ってきた。
「おまえぐらいは俺の味方をしてくれよ。シルヴィさんの性格をわかってるだろうが」
「だとしても、突き放すことも必要だと思うけど。依存しあっていては何も変わらない。考え方がぬるいんだよ」
正論だけに言い返せない。
「碧色の周りにはなぜか魅力的な女性が集まるというのもあるけどね。それだけに、自制を効かせないと自滅するよ」
「そう言うレオンだって、マリーを置いてきて本当によかったのか? アンナは、何が何でもおまえらをくっ付けたがってるぞ」
「なんでそこで俺に話を振るかな。マリーが離れるのは歓迎だよ。戦いに専念できる」
腕組みをしながら断言するレオン。
それを見たユリスはここぞとばかりに、俺に険しい視線を向けてきた。
「レオンさんを見習って禁欲してください。もっと自分を追い込むべきだと思います」
「それを言ってくれるなよ」
またしても、ユリスに怒られた。どんどん墓穴を掘っている気がする。
まだまだ、俺の悩みは尽きることがない。
QUEST.13 クレアモント編 <完>
<DATA>
< リュシアン・バティスト >
□年齢:24
□冒険者ランク:L
□称号:碧色の閃光
[装備]
恒星降注
スリング・ショット
冒険者の服
結界革帯
炎竜の首飾り
竜の笛
< セリーヌ・オービニエ >
□年齢:23
□冒険者ランク:なし
□称号:竜の守り人(仮)
[装備]
悠久彷徨
蒼の法衣
神竜衣プロテヴェリ
タリスマン
< シルヴィ・メロー >
□年齢:25
□冒険者ランク:S
□称号:紅の戦姫
[装備]
斧槍・深血薔薇
深紅魅惑鎧
結界革帯
< アンナ・ルーベル >
□年齢:22
□冒険者ランク:A
□称号:神眼の狩人
[装備]
双剣・天双翼
クロスボウ・夢幻翼
冒険服
胸当て
結界革帯
< レオン・アルカン >
□年齢:24
□冒険者ランク:S
□称号:二物の神者
[装備]
深愛永劫
軽量鎧
結界革帯
< マリー・アルシェ >
□年齢:18
□冒険者ランク:B(仮)
□称号:アンターニュの聖女(仮)
[装備]
聖者の指輪
白の法衣
結界革帯
< ユリス・オービニエ >
□年齢:18
□冒険者ランク:なし
□称号:光の神官・代理
[装備]
光の魔導杖
冒険者の服
結界革帯
< ジェラルド・バティスト >
□年齢:28
□冒険者ランク:E
□称号:なし
[装備]
魔法剣・聖光照刃
魔導鎧・邪払輝
結界革帯





