25 黒き雷
ラファエルと同時に行動を再開した者がいた。竜臨活性の力を継続したレオンだ。
風の魔法を纏ってミシェルへ体当たりすると、細身の体は軽々と床を転がった。レオンは組み敷かれていたユリスの腕を掴むと、すぐにこちらへ駆け戻ってきた。
「碧色、行こう」
俺たちも電撃の痺れは消えている。辿ってきた扉を振り返ると、背後からラファエルの咆哮が聞こえてきた。
「光喰深闇」
通路の奥で、黒き雷が弾けた。雷は天井と左右の壁を伝い、爆発を引き起こす。破裂した箇所から、大量の土砂が流れ込んできた。
凄まじい威力に目を見張った。俺と戦った時は、本気ではなかったのだろう。
「まずい。崩れるぞ」
手前の通路へ駆け込みながらも、倒れたままのミシェルのことが気になった。敵ながらも、どこか憎めない人物だ。
「碧色、ラモナ島だ!」
そのミシェルの声が聞こえ、不意に足を止めてしまった。振り返ったが、激しい土煙のせいで姿を確認できない。
「リュシー、急いで!」
シルヴィさんに腕を取られ、引きずられるようにその場を後にした。
それからは無我夢中で覚えていない。どうにか地上へ逃げ出すと、施設のあった場所は土砂に飲み込まれ、大きく陥没していた。
竜の笛を使い、飛竜を呼び出した。一刻も早く離れようと、すぐさま廃墟を飛び立つ。
疲れ果て、誰もが無言のままだった。その沈黙を破ったのはユリスだ。
「すみませんでした。俺が勝手なことをしたばかりに、ご迷惑をお掛けしました」
「いいんだ。怒りに駆られたおまえの気持ちもよくわかる。何にしろ無事でよかったよ。レオンにもきちんと礼を言えよ」
頭を下げるユリスを見ながら、全員無事だったことに胸を撫で下ろした。しかし俺も俺で、大きな貸しを作ってしまった。
「シルヴィさんとアンナもありがとう。あの時にふたりが飛び出してきてくれなかったら、俺は今、ここにいなかったかもしれない」
「言ったでしょ。リュシーの盾になるって。命だって惜しくないって言ったのは本気よ」
「アンナは、そんなシル姉を全力で守るんだから。ふたりを危険になんて晒さないよ」
「本気で頼もしいよ。ありがとう」
仲間にも恵まれ、俺は幸せ者だ。その一方で、問題児の存在は見過ごせない。
「にしても、レオン。問題はおまえだ。竜臨活性が使えること、なんで黙ってたんだ」
「聞かれなかったから」
「おまえな……」
悪びれた様子もなく、平然と言ってのけるレオンを殴りたい。
「そもそも、どうやって竜臨活性の力を手に入れたんだ。出所は、風竜王テオファヌしか考えられねぇ。だけど風竜王の力は、風の民のウードが継承してるはずだろ」
「俺も同じことを考えていました」
ユリスも気になっていたらしい。身を乗り出して、すかさず話に加わってきた。
「継承戦はもう少し先です。それを待たずに力の保持者を移し替えることはありません」
「テオファヌはあの性格だから、面白がっているだけだと思う」
腕組みをしたレオンが、さらりと言い放つ。
「力の継承はひとりだけど、島の外へ継承者を作ってはならない決まりはないって。俺に適応力があったのが決め手らしいけど」
「また、テオファヌ様の悪い所が出た」
ユリスは溜め息をついて額を押さえる。
「でもな、いつも言ってるだろうが。情報はしっかり共有してくれ。その力を把握していれば、戦術の幅だって広がるんだぞ」
「手の内をすべて晒すのは好きじゃない。俺には俺の戦い方があるから」
「相変わらず、可愛げのねぇ奴だな……」
「別に。可愛いなんて思われたくない」
「そういうことじゃねぇだろ。俺だって、てめぇなんぞを可愛いとは思わねぇよ」
「そうですか? レオン様は格好いいし、可愛い所もあると思いますよ。感情を表に出すのが苦手なだけですよね。竜臨活性を使われたお姿も尊くて、見とれてしまいました」
さすがにレオンのこととなると、マリーが黙っていない。キラキラとした汚れのない瞳で、崇拝するようにレオンを見つめている。
「勝手に俺のことを分析しないでくれるかな」
「あら、いいじゃない。それだけ愛されてるってことでしょ。もしかして照れてるの?」
「そうじゃない」
シルヴィさんに茶化されたレオンは、むっとした顔ですぐさま否定した。
「いいよ、いいよ、レン君。マリーちゃんとくっ付くのがアンナの理想なんだから。ふたりには仲良くしてもらわないとね」
「いい加減にしてくれ」
四つん這いになったアンナに迫られ、レオンはますます機嫌を悪くしている。そろそろやめないと、本気で怒りだしそうだ。
俺の心配をよそに、ニヤニヤと笑うシルヴィさんがマリーの背後に立った。彼女を抑え込むように両肩へ手を添える。
「マリーからレオンを襲っちゃえばいいのよ。顔は可愛いし、性格も良い。体型だって抜群だし、文句の付け所がないじゃない」
褒めちぎった挙げ句、マリーの胸を法衣の上から鷲掴みにしてみせた。
「ちょ、何するんですか!?」
前屈みになって防御するマリーだが、シルヴィさんは追撃の手を緩めない。
「レオンに見せつけてあげようと思って。きっと、野いちごも大好きだと思うの」
「嫌です。ちょっと、やめてください。あんっ、変な所を触らないで!」
「あら、ちょっと会わない間に大きくなったんじゃない? 成長期かしら。羨ましい」
じゃれ合う様子を、ユリスが冷ややかな目で一歩離れた所から見ている。
「皆さん、いつもの調子に戻りましたね」
「気を休める時間も必要だろ」
緊張から解き放たれ、みんなの肩の力が抜けたのがわかる。その弛緩した空気を引き締めるように、レオンがこちらを見てきた。
「そういえば、ギルドにもうひとつの用事があることを忘れてないよね」
「忘れてねぇよ。王都の冒険者ギルド本部から呼び出しなんて、何の用だろうな」
アントワンの言伝を受け取りに行った際、呼び出しを受けていると聞かされた。何か問題行動でも起こしただろうか。
「王都の救世主にしか頼めない依頼、そういった類のものじゃないですか」
考えを巡らせていると、ユリスが吞気な口調でつぶやいた。
「救世主専用の依頼ってどんな内容だよ……って、なんでおまえがそれを!?」
「行く先々でこれだけ噂されていたら、嫌でも気付きますよ。どうして最初に教えてくれなかったんですか」
「いや、それはまぁ色々あるだろうが。俺だって持ち上げられるのは好きじゃねぇんだ。救世主なんて呼び名も、みんなの協力で防衛戦を乗り越えただけだし、俺ひとりの手柄じゃない。それを言うなら、みんなが救世主だ」
しどろもどろになっていると、隣に座ってきたシルヴィさんに肘でつつかれた。
「リュシーもリュシーで照れ屋なのよね。ムッツリスケベだし、隠すのが得意なのよ」
「シルヴィさん。その一言は、なんの助けにもなってないから」
「大方、ありのままの自分をユリスに認めて欲しかった。そんな所でしょ? 可愛い弟分の前では自然体でいたかったのよね」
どうしてこの人は何でもお見通しなのか。俺以上に俺のことを知っている気がする。
俺が無言になってしまったことで、すべてが肯定されてしまった。ユリスはひとつ咳払いすると、急に正座の姿勢をとった。
「やはり、あなたへの評価を改めなければなりませんね……リュシアンさん、姉さんがあなたに惹かれるのも納得しました」
思えば、ユリスから名前を呼ばれたのは初めての気がする。なんだか体がむず痒い。
「なになに。ユリリンのリュー兄を見る目がランクアップしたってこと!?」
「はい。認めざるを得ません」
「だって。リュー兄、よかったね」
アンナに煽られ、一層恥ずかしくなった。
「ちょっと待って。私はまだ、その野蛮人のことを認めてなんていないんだから」
マリーから必死の抗議が上がる。途端に笑いが洩れ、柔らかな空気が俺たちを包んだ。
飛竜はそのまま、王都を目指して飛ぶ。





