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碧色閃光の冒険譚 ~竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない~  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
QUEST.13 クレアモント編

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22 玉座はひとつ


 レオンは敵意のない顔で、ゆっくりとラファエルへ近付く。まるで、獰猛な魔獣を手懐けようとするかのような慎重さだ。


「月牙。あんただって、ここで碧色を失うのは本望じゃないだろう。これから先、大陸を支配するまでには長い時間がかかる。刺激のないぬるい生活に耐えられるのか。人生には、程よい刺激が必要だとも思うけど」


「ふん。貴様の言うことにも一理ある。だがな、その物言いは気に食わん。碧色以上の存在は現れないということになるぞ」


 ラファエルの目はレオンの深層を覗くように、彼を捕らえて離さない。


二物(にぶつ)……貴様はその地位に黙って収まり続ける男だとは思えないがな。そのままでいいのか? 本当の意味で二番目のものに落ちぶれるぞ。玉座はひとつだ。碧色が消えれば、玉座に近付けるとは考えないのか」


「それは同感だけどね。但し、碧色は俺が乗り越えるべき相手だ。あんたに横取りされるのは面白くないってことだよ」


「だったら貴様が俺を殺してみせろ。半年後、碧色に俺を殺させて、横からすべてをかっ攫う算段でも立てているのか?」


「それは面白い考えだ。ぜひ採用したいね」


「何にしろ、今の貴様では話にならん」


 レオンに興味を失ったのか、ラファエルは足下へ視線を落とした。その視線が床を辿り、頭を上げたリュシアンのもとで止まった。


「さすが炎竜。尋常でない回復力だな」


 リュシアンの左肩から白い蒸気が立ち上っていた。剣による刺し傷すら急速に塞がり、出血も止まっている。


 命のやり取りを楽しみ、笑みを零すラファエルは、レオンの背後に立つ人影を見た。

 視線が交錯したのはユリスだ。背筋を伝う悪寒に、思わず身震いしていた。


 これまでに会った、誰よりも恐ろしい。


 ユリスがラファエルに抱いた印象がそれだ。心に深い闇を抱え、見つめられていると吸い込まれてしまいそうな恐怖を感じるのだ。


「貴様、()(びと)だな。碧色が連れているんだ。ただの守り人ではないんだろ。炎竜の力を引き出せるということは、神官のひとりか?」


「あいつは関係ねぇ……構うな」


 魔法剣を手にしたリュシアンが、ユリスを庇うようにラファエルの視線上に立った。

 傷は癒え始めているとはいえ、疲労までは回復できない。加えて傷の治癒には多大な魔力を消耗する。それはつまり、炎竜の力を操るための持続時間に直結する。


 リュシアンは無我夢中で飛び掛かった。


炎纏(えんてん)竜薙斬(りゅうていざん)!」


 炎竜の力を纏った上段からの一閃に、ラファエルも漆黒の斬撃で応戦する。


光喰深闇マンジェール・オブフォンド!」


 刃へ闇の魔力が収束した。すべてを食らい尽くすような暴虐の一撃が、リュシアンの振るった渾身の一撃を容易に弾いた。


 そうして返す刃が、リュシアンの腹部を深く斬り裂いた。


「碧色!」


 レオンの声も虚しく、リュシアンは苦悶の表情でうつ伏せに崩れた。勢力図を塗り替えるかのように、床へ赤いものが広がる。


「これで碧色も黙った」


 ラファエルは大きく息を吐き、額を流れる汗を拭った。恍惚とした笑みをたたえ、レオンとユリスへ視線を送る。その背後で恐怖するマリーなど眼中にない。


「二物、俺と交渉をしたがっていたな。ふたつにひとつ、選択の機会を与えてやろう」


 漆黒の剣を床へ突き立てた。


「碧色か守り人。どちらかひとりを置いていけ。他の奴らは見逃してやる」


「おいおいおい。本気か、大将!?」


 たまらず、モルガンが立ち上がった。


「黙れ、馬鹿が! 決めるのは俺だ」


 ラファエルの怒声に驚いたように、その背で羽根を散らしていた翼が忽然と消えた。


「翼が……消えた?」


 ミシェルが不可解なものを見るようにつぶやくと、グレゴワールも興味深そうな顔で身を乗り出した。


「ふむ。強大な力を得る代わりに消耗が激しく、持続時間も短いということか。なるほど」


「碧色にとどめを刺すだけなら、竜臨活性(ドラグーン・フォース)の力だけで充分だ」


 ラファエルは気にした風でもなく、苦しげに肩で息をしている。しかし未だ警戒を緩めぬ鋭い目で、レオンを見据えた。


「さぁ、選べ。時間がないぞ。ぐずぐずしていると碧色は今にも死ぬぞ。俺はどちらでも構わないんだ。マルティサン島への案内役が欲しいだけだからな」


「だったら俺が」


 ユリスが決死の覚悟で歩み出た。


 ここであの人を死なせるわけにはいかない。


 リュシアンの存在は、災厄の魔獣を倒すための切り札であると確信していた。何より、姉であるセリーヌが想いを寄せる相手だ。そんな大切な人物を見殺しにしたと知れれば、一生恨まれてもおかしくはない。


 仮に、ラファエルをマルティサン島へ導く結果になろうとも、神竜ガルディアが竜臨活性(ドラグーン・フォース)の力をリュシアンに与えれば、すべてを解決してくれるという考えもあってのことだ。


「ユリスさん、待って!」


 マリーが慌ててその腕を掴んだ。


「それで本当にいいの?」


「他に手はないでしょう」


「だったら、私が代わりになります」


「え?」


「あなたは、あの島の希望だから。新しい風を呼び込めるのは、あなたしかいない」


 呆気にとられるユリスを押しのけ、マリーは覚悟を決めた顔で歩み出た。右手首に填めたブレスレットに触れているが、それはシャルロットとお揃いで購入したものだ。


「私もマルティサン島の場所を知っているし、強力な癒やしの魔法も使えます。あなたたちのパーティに加えて頂ければ、補助の要にはなれると思います。どうですか?」


「ぶはっ。面白ぇ」


 たまらず吹き出したのはギデオンだ。


「男だらけで退屈してたんよ。あんな可愛い娘が付いてくるなら大歓迎よ」


「相変わらず下衆な男だな。おまえに任せておくと、すぐに壊しちまうから駄目だ」


「脳みそまで筋肉のモルガンには言われなくないんよ。大将、その娘に決めてくれ」


 モルガンとギデオンがやり取りをしている間も、マリーはゆっくりと進んでいた。倒れたままのシルヴィとアンナを追い越し、うつ伏せのまま動かないリュシアンの隣に立った。


 自分より頭一つ高いラファエルの顔を見上げ、挑むように睨みを効かせている。


「いかがですか? 納得して頂けますか」


「まぁいいだろう。碧色や守り人を引きずっていくよりは、こいつらの士気も上がる」


 ラファエルは笑みを零したが、その口元は僅かに引きつっていた。本音は、気迫で押し負けた部分が大きい。有無を言わさぬ意志の強さを少女の内に感じ取っていた。


「早速だが一緒に来てもらうぞ」


「その前に、彼らを動ける程度まで回復させる許可をください。特にこの人は命に関わります。私の癒やしの力も見せられますから、絶好の機会だと思います」


「動ける程度まで、だぞ。俺が止めたらそこで終わりだ。でなければ斬る」


 ラファエルの言葉に頷いたマリーは、床へしゃがんで癒やしの力を収束させた。

 全員の意識が彼女へ注がれる瞬間を待っていたように、それは不意に訪れた。


 風が吹いてきた。


 ラファエルがそう思った時には、後方にいる仲間たちの側まで弾き飛ばされていた。


「何だ……」


 上半身を起こしたラファエルは、信じられない光景に驚愕の表情を見せた。


 彼の目に映ったのはひとりの剣士。膨大な魔力を纏い、髪を銀色に変えたレオンだった。

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